!」
!しっかりして!!」





深い深い沼の底にいるようだった。
体に泥がへばり付いたみたいに、服の下までべったりしている。

肩を揺すられ何度か名前を呼ばれた時、沼から引き上げられ目を覚ます。

ゆっくりと開いた目に映ったのは、血塗れで倒れていた仲間達。





!!」





目を覚ましたと同時、モーゼスは力強く私の体を抱き締める。
ぎゅう、と音が鳴るくらいの力に私はどうする事も出来ず、ただ目を見開き唇を震わせる。

視界の端に見えたモーゼスの髪が、赤い。
まるで血塗られているようだった。





「い、や!!」





気が付けばモーゼスの体を押し退けていた。





…?」
「ッ…!」
「ワイが分からんのか!?」
「や、め…!」





「触らないでッ!!」





殺されるかと思った。
あんな酷い事をした私に復讐する為、モーゼスはその手で私の首を絞めると思ったのだ。

そんな事、するはずがないのに。
するのは、私ダケナノニ。

眩暈が酷く、立つ事すら出来ない状況で、私はその場に蹲りながらも皆を睨む。





…?」





獣のように形振り構わず威嚇する私を、セネルが不安気な声で呼んだ。

色んな感情が混ざり合う瞳の中に、光が揺れている。
そこで初めて、あの映像とは違う世界だと言う事に気付いた。





「戻って…きてる…」
「え…?」
「も〜ビックリしたよ!いきなり意識失うんだもん!!」





皆の体は五体満足だし、焦げ臭い匂いも血の匂いもない。
あれ程リアルだった地獄の世界等、微塵も感じさせない青と緑の世界。





「モニュメントの入り口…?」
「ああ…暑さで気を失ったのかと思ってな」
「涼しい風に当たれば、目を覚ますかもしれないと思って」





ウィルとセネルの優しい言葉に、きゅうっと胸が苦しくなる。

ううん、二人だけじゃない。
皆私が目を覚ました時、本当に安堵し心配してくれたのだ。





「…一体、何があったんだ?」





だけど、この“嬉しい”と言う気持ちは感じちゃいけないものだと察した。

意識を失ったからと言って忘れた訳じゃない。
あの地獄のような情景を、私は描ける程鮮明に覚えている。





「っ…」
「…無理に話さなくても良いからな」





そう言って背中を擦ってくれたセネルの優しさに、体がゾクリと震える。
嬉しいと言う感情よりも、気持ち悪いの方が大きかった。

ただただ首を横に振る私の意図を読み取ってか
セネルは遠慮がちに離れ、行き場をなくした手で拳を握る。

ありがとう、と言える余裕も立場もなく
私は襲い来る吐き気に喉を締め耐えた。





「…皆さん、あっちの方で海が…」





シャーリィの声に顔を上げ、指差す方向に目を向ける。

そこにあったのは、遠くの海が七色に光り揺れる光景だった。
いつか私達を導いた時と同様に、温かな優しい光が私を誘う。





「また、俺達を呼んでいるのか…?」





動揺を隠し切れない仲間達の中、誰よりも先に動いたのは私自身だった。

腰を抜かし立つ事も出来なかった体が、そうは感じさせない程すんなりと動く。
仲間の制止する声を振り解き、私はただただ海を目指した。

早く、早く滄我に会いたくて。















「っはぁ…はぁ…!」





こんなに離れていただろうか、そう感じる程海までの距離は長かった。
まるで足に重い鉛が付いているようで、自分で思ったように動かす事が出来ない。

浜に着いた時には足を上げる事も出来ず、引き摺るように歩いていた。





…―――汝の意識が途切れ、声が届かくなったので呼ばせてもらった。





海は私が着いた途端光を失う。
代わりに聞こえたのは声。

忌々しい物ではなく、優しく、厳かな、滄我の声だ。





…―――改めて、話をしよう。





こくん、と頷く私を見て、海は大きな波を立てる。

後からついて来た仲間達は私の背中と海を見て無言を続けた。
何がどうなっているのかも分からないはずなのに、見守る事を優先してくれたのだ。
いや、もしかしたら呆然と立ち尽くしているだけなのかもしれない。





「…話って…?」

…―――…先程の言葉、訂正させてもらう。





先程の言葉ってどの言葉?
いっそ、今までの事を全て嘘だと言ってくれれば良いのに。

そんな私の心の声に反応してか、海は揺れる。
ああ、この揺れ方は“嘘じゃない”って意味だ。





…―――汝の旅路、それは汝が決める物。

…―――我がとやかく言う必要は、なかったのかもしれぬ。

…―――ましてや、残酷な過去を知らせる必要も、全くなかった。





滄我の言葉に首を振る。

教えてくれてありがとう、だなんて思える程良い過去じゃなかったけど
教えてくれなかったら、私はどうなってたかと思うと…ゾッとした。





…―――…汝は、強かった。





驚き目を見開く私に否定の隙も与えず、海は波を立てる。





…―――汝は魔の手から逃げるような者ではない。

…―――立ち向かう勇気がある。





謙遜でも何でもない、ただ首を振る。
滄我がどうしてそんな事を言うのか、私には分からなかった。





…―――例えその足を止めようとも。

…―――汝には、見守る影がいくつもあると言う事を忘れるな。





ザザァ、と波音が響いたと同時に私は後ろを振り向いた。
そこにいるのは、今まで旅路を共にした仲間達だ。

今泣きついたら、きっと仲間達は受け止めてくれるだろう。
全てを吐き出したとしても、私を恐れながら頭を撫でてくれるだろう。

だから嫌なんだ。
仲間に無理をさせてしまう、私の存在自体がなくなれば良いのに。





…―――汝よ。

…―――例えその体が宿命と言う物に縛られていても、汝にはその宿命を消す力もある。

…―――消せる勇気がある。

…―――その事を、決して忘れるな。





そうして、滄我は私に語りかけるのを止めた。
海はただ見守る存在となり、真実を教えると言う役目を果たし沈黙を奏でる。

滄我が立ち去るのを私は止めなかった。
きっと滄我は私がどんな事を言っても同じ事しか言わないだろうから。

でも、違うよ。





「…、ない…」





ぽた、と一粒の涙が砂浜に落ちる。





「ッ私は、そんなに強くない…!」





弱音を吐く私を前にしても、海はいつも通りの表情を浮かべていた。
まるでこれも、私が歩む道だと言うように。















静の大地を後にし、灯台の街へと戻る。
既に空は暗く、月の光が街を包んでいた。





「もう夜か〜…結構長い間いたんだね〜」
「そうねえ」





空を見上げ、ノーマとグリューネさんが言葉を零す。
私に向けられた言葉じゃないだろうけど、無意識に首を動かし頷いた。





「ほんじゃ、今日は解散じゃの」





そう言って誰よりも先に動いたのはモーゼスだ。

月のせいか、その背中はいつもよりも寂しそうに見える。
月の光に照らされ橙色になった髪を見て、私は小さく声を漏らした。





「触らないでッ!!」





私、錯乱してたとは言えモーゼスに酷い事を言った。

思えばあの言葉を口にしてからモーゼスは私に触ろうとしなかったし
必要以上に距離を近付ける事もなかった。

いつもなら誰よりも私の近くに寄りたがり、誰よりも早く私の心配をしてくれるのに。





「…、よう休め」





背中を向けたままモーゼスは言葉を発し、野営地へと消えた。

私は「うん」とも言えずに「あ…」と返事とも言えない声を零し
行き場を失った手を引っ込める。


…これで、良いんだ。


私が仲間を頼れば、きっと未来は変わらない。
私がこうして仲間から離れれば、依存しなければ、あの未来も避けられるのかもしれない。

…でも、それが正解と言う証拠は何処にもない。

むしろこうした行動が今日見た未来を引き寄せるものなのかもしれない。
“かもしれない”、“でも”が頭の中をグルグルと廻り、心臓が痛くなった。





「…皆、おやすみ」
?」
「また、明日」





私は話がまとまらない内に輪から抜け
自らが泊まる家の主すらも置いて自分の寝床へと走った。

夜が怖い。
闇が怖い。

闇がこのまま体の中に入り込み
私をあの世界のような残虐な人格にしそうで。





「…もう、やめて…!」





一人になった部屋で、悲鳴にも近い声を上げ耳を塞いだ。










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修正:14/01/06