「あぁ、約束だ」





その言葉を聞いた後の記憶がハッキリしない。
恐らく疲れて寝てしまったのだろう。

…こんなにぐっすり寝れたのはいつぶりだろう。

気が付けば夜は明け、始まりの太陽が昇っていた。





「…」





夜中、ずっと抱き締めてくれていたワルターの姿はなく
また昨日のように置き手紙があるだけ。

服が血で汚れている。
夢ではないと分かるのに、彼は夢のように消えていた。





「…自分ばっか喋って、結局ワルターが何してるか聞いてないや…」





一体何をしてるんだろう。
あんな大怪我をして帰ってくるなんて。

もしかしたら今も何処かで無理をしているのではないかと
急に不安が込み上げてきた。





「っ笑顔、笑顔…」





呪文のように、昨日交わした約束を口にする。
そうすれば不思議と、本当に笑顔を作れるから。

私が笑顔でいれば、ワルターも何処かで笑顔を浮かべている。
バカみたいだけど、そんな気さえしたんだ。

悪い物全てを取り払うよう、首を横に振る。
頬を叩いて気合いを入れ直し、机の上にあるメモを持ち部屋を後にした。










「あ、おはよ〜!」
「おはよーノーマ!」
「…へ?」





気の抜けたノーマの声と、私に集まる皆の視線。

まるで異質な物を見るような視線に
私は照れ笑いを浮かべながらも「どうしたの?」と首を傾げた。





…?」
「ん?」





恐る恐る私の名前を呼んだセネルに笑顔を向けた。

部屋の中に流れる静寂が何だかくすぐったくて、私は頬を掻く。
こう言う時、どんな表情を浮かべれば良いのかな。





!戻ったんか!?」




ガタン、と大きな音を立て叫ぶモーゼスに私は「あはは」と笑った。
取り繕う為ではない、自分の意思で笑ったのだ。





「まだ、もうちょっと」





でも、昨日より私は強くなった。
だから、今度こそちゃんと言うんだ。

ワルターとの約束を守る為に。





「皆と一緒に、静の大地に行きたいんだ」





リビングに響き渡る私の声。
震えてなくて、ちょっと安心した。

皆はきょとんとした後、私の言葉を理解するとニッと笑い同時に立ち上がる。





「…よし、行くか!」
「あぁ、そうだな」
「準備準備〜!」
「まぁ、何だかピクニックみたいねぇ」





皆は笑顔を浮かべ、「行こう」と扉を開ける。

嬉しい事に変わりはない。
だけど「何で行く必要があるのか」、と問う者が一人もいない事に少し気味悪さを感じた。

あのジェイですら黙々と出掛ける準備をしてる。





「あの…」
「ん?」
「理由…聞かないの?」





居た堪れなくなった私は、つい聞かなくても良い事を口走る。

だけどそんな私にセネルはゆっくりと笑って
爽やかな朝の風に髪を揺らし、言葉を紡いだ。





「皆、と一緒にいたいからな」





「理由なんかどうでも良いんだよ」、そう言ったセネルの言葉は
まるで心地の良い音楽のようだった。















「長!テューラが何処にもいません!」
「何…?」





水の民の一人が手に武器を持ったままマウリッツへと大声を上げる。

建物の中、実の姉の墓、そして一人の青年が取り囲まれているその場にも
何処にもテューラがいないのだ。





「まさか、アイツ裏切る気じゃ…!」
「何て奴だ…きっと破壊の少女に!」
「落ち着け」





怒りを露にしている民に向かい、威厳に満ちた声を発するマウリッツ。





「あんな小娘一人に何が出来る。放って置けばいい」
「し、しかし…!」





「例えテューラが破壊の少女の元へ行っても…こやつと同じ末路を辿らせれば良いだけだ」





蹲る青年の顔を杖の先で無理矢理持ち上げ
まるで小汚い犬を見るかのようにマウリッツは嘲笑う。





「腹の傷が治っていないのに、良く来たものだ」
「っ…」
「大したもてなしも出来ない事を許してくれたまえ」





ただただ蒼い瞳で相手を睨む青年。
きっともう、傷が酷く無暗に動く事が出来ないのだろう。





「良い瞳をしている…昔のお前が、陸の民に向けていた瞳のようだ」
「…」
「それが私に向けられるとは、思ってもいなかったがな」





皮肉混じりの言葉に青年は表情を変えた。
クッと喉を鳴らし、切れた唇を舐め、声を出し笑ったのだ。





「…何だ、その顔は」





気に食わない、と言わんばかりの感情を露にし
マウリッツは青年へと言葉を吐き出す。

青年は男の怒気、殺気を諸に受けてもただただ笑みを浮かべるばかり。
そしてゆっくりと、その口を動かした。





「これが、約束だからな」















「誰でもいいから答えて下さい!!」





街の入口が騒がしい。
騒ぎを聞きたてた陸の民が何十も集まり、そこには異様な光景が広がっていた。

街の入口で声を荒げているのは、一人の水の民の少女。

どうして彼女がここへ来たのかは誰にも分からない。
そして彼女が欲しい答えを知っている者も、誰もいない。





「こんなに大きな声で叫んでいるんです!聞こえてるでしょう!?」

「早く私の質問に答えて下さい!!」





それでも彼女は、たった一人の少女の名前を上げ続けた。

どうしてそれがその人じゃなきゃいけないのかは分からない。
どうして別の誰かじゃいけないのかは分からない。

でも、ここに来なきゃいけない気がした。
あの人じゃなきゃいけない気がした。

何よりも、一番、あの人に事を伝えたいと、少女は思ったのだ。





「あの人は…破壊の少女は何処にいるんです!?」
「ウィルさんが保護してたんじゃないのか…?」
「知るかよ…俺等がアイツに関与してる訳ないだろう?」





住民の返事は少女が求めている物とは程遠い。

誰もが無関心で、関与したくないとポツポツ文句を漏らすだけ。
次第に街の住民は少女を置いて、各自喧騒から姿を消した。





「早く…!誰か答えて下さい!!」





急いで。
急いで。

じゃないと、あの人が。
ワルターさんが。





「ッ人の命が懸かってるんです!!」















波音が響く、穏やかな大地。

海は私が来た事に驚いたのか、一度波を高くするものの
それ以上語りかける事はない。





「ね〜ね〜何処行く?やっぱ地のモニュメント?」
「そうねぇ。それもいいわねぇ」
は何処に行きたいんだ?」





潮風に目を細める私に、セネルは優しく問う。
「ん?」と首を傾げながらも、私の中で答えは決まっていた。





「海の近くが良いな。滄我の近くが落ち着くから」





そう言って笑ってみせれば、皆はきょとんとした表情を浮かべる。
でもすぐににっこり笑って頷いてくれた。





「うんうん!海の近くも良いよね〜。風が冷たいし、綺麗だし!」
「そうねぇ。それもいいわねぇ」
「ってグー姉さん…さっきからそれしか言ってないって…」





突っ込むノーマ、とぼけるグリューネさん。
私はそれを見てクスクスと笑う。

あぁ、何だか久しぶりに皆の輪に戻れたみたいだ。
とても心地良くて、安心出来る。

…でも、私はまだ皆に甘えちゃいけない。

だからワルター、力を貸して。
あの約束で、私は強くなれるから。










今も形に残っている、石碑が並べられた例の砂浜。
私は皆の列から外れ、パタパタと砂を蹴り、海の前まで走る。

くるりと周り、海に背を向け一人一人の顔をゆっくりと見た。

ザアァ…と浜へ打ちあがる波に言葉を乗せるよう、ゆっくりと口を開く。





「皆に、話があるの」





勇気と優しさをくれた彼が残したメモを、強く握って。

一人じゃないんだ。
そう自らに言い聞かせ、私は約束通り、笑顔で真実を告げた。










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修正:14/01/06