海から吹く潮風に黒い髪が靡く。

一瞬、その黒色に戸惑い恐怖を覚えたが
握り締めているしわくちゃのメモだけを信じて言葉を紡いだ。





「…私が火のモニュメントで見たものは、破壊の少女の過去だった」





どうしてその時言わなかったのか。
どうしてそんな事を今更言うのか。

皆を見てると、皆の感情が少しだけ伝わってきた。





「悲しくて、寂しくて、残酷で…そんな過去だった」





思い出しただけで吐き気がする。

でも、そんな残虐な過去を見た時よりも
事実を伝えようとする今の状況の方が、私には怖くて堪らなかった。

この後、皆はもっともっと顔を歪めるのだろう。
そう思うと、上手く呼吸する事さえ出来なくなる。





「破壊の少女は、生きてたんだ…自殺しようとしても、出来なくて」

「それで、逃げ出した…でも、皆に拒絶された」

「それで、その後…最後に見た映像では、たくさんの人を殺していて…」

「…たくさん、霧を吸ってた」





ピクリと、ジェイの指先が動く。
きっと“霧”と言う単語に無意識に反応したのだろう。





「…同じだった」

「霧の出方も、吸い方も、今と同じ…私と破壊の少女は、違うとこが一つもなかった」

「…霧を吸った事で行きつく未来も、同じだった」





蘇る映像に手が震えた。
自らの手中にある紙切れが汗でじんわりと萎れるのが分かる。

くしゃくしゃでとても読めた物ではなくなっているであろうそれに
私はただ「勇気を頂戴」と心の中で何度も何度も助けを求めていた。





「…どう言う事だ…?」





セネルの声に、身が跳ねる。
そんな震えた声は聞きたくなかった。

その場から逃げそうになる足に“想い”と言う足枷をつける。
逃げたら、また弱い私に戻ってしまうから。





「…私も、皆を殺してた」





静寂を包む風と、波の音。





「滄我にも言われた…このまま霧を吸い続けたら、私は皆を殺すって」

「破壊の少女みたいに、人を殺して、霧を欲しがって、いつか私は、酷い人間になるって…」

「でも、滄我は私に勇気があるって言ってくれた…ワルターも、約束してくれた…」

「皆にこの事をちゃんと言わなきゃいけないって、教えてくれたのはワルターだった…!」





震える声が、戻らない。
いつもの声に戻って、と思っても体が言う事を聞かない。

気が付いたら瞬きを忘れた瞳から涙が溢れている。
何も言わない皆が、歪んで見えた。





「正直に、答えて欲しいから!私も正直に話したの…!」





潤む目を擦り、真っ直ぐと皆を見つめる。

皆の表情は驚愕に歪んでいたり、とても険しい表情をしていたり。
それこそ十人十色ではあったけど、私は溢れそうになる嗚咽を呑み込み言葉を紡いだ。

こんなに言いたい事がたくさんあったんだって
自分でもビックリするくらい、次々に色んな気持ちが溢れる。





「私はこの世界を滅ぼそうとしている奴に利用されてて、いつかたくさんの人を殺しちゃう!」

「でも、霧から逃げる事だけは、したくない…!
 私を助けてくれた滄我とワルターを裏切るような事はしたくないの!」


「でもっ…でも!」


「どうやったら霧を吸い込むのを止められるか分かんない…!
 どうやったらこの力をなくせるのか、分からないんだよ…!」

「自分の意思で止められるなら、とっくにこんな力なくなってるはずなのに!」

「なくせないの…!何度考えてもあの未来に辿り着くんだよ…!」





そうこうしている間にも、もしかしたら霧を吸い込んでいるかもしれない。

目に見えない微量ですら私には恐怖で
上下左右何処を見ても安心する事が出来ず、美しい景色すらも霞んで見えた。





「自分では止められない…!」

「どんなに逃げても知らない内に霧を求めて、
 知らない内に世界を壊して、知らない内に皆を殺して、笑ってる…!」





きっと皆、私の事を怖がっている。

当たり前だ。

いくつもの困難を一緒に乗り越えてきた仲間が
今目の前で自分達をいつか殺すと宣言しているんだ。

私だってそんな事言われたら、怖いと言うに決まっている。





「ッでも、皆といたいの…!!」





でも、これが私の本音。





「少しでも違う未来になるなら、何でもする!
 皆を傷付けないように、たくさんたくさん努力する!!」

「私、皆と一緒にいたいんだよ…!離れようと思ったけど、ダメだったのッ…!!」

「皆じゃなきゃ、ダメ…なの…!」





これが、私の飾らない想いだ。

どんなに弱いと罵られても、構わない。
拒絶されても、私の気持ちだけは知っていてほしい。





「ッ皆が大好き…!」





これだけは、今の私の偽りのない気持ちなんだ。





「泣くな、前を見ろ」





崩れそうになる体を支えられるのも、あの言葉のおかげ。





「笑顔を絶やさず、前を見て、アイツ等に全てを話せ」





話した、話したよ。
じゃあ、後は笑うだけだ。

ゆっくりと口の端を吊り上げ、俯かせていた顔を上げ。





「それが今、お前のやるべき事だ」





私は、今出来る精一杯の笑顔で皆の答えを待った。

どんな答えでも、泣かない。

例え否定されても、私の気持ちが少しでも伝われば良い。
もう、笑っているって決めたんだ。





「…もう、答えは分かってるだろ?」





必死に保っていた笑顔が、一瞬にして崩れた。
驚いた拍子に口角が下がった、と言うのが正しいだろう。

だって、さっきまで目を見開いていた皆が、同時に笑ったから。





「も〜何回こんなの繰り返せば気が済むのよ〜」
「そうですよ。しかもまた同じ場所でやるなんて…やっぱり馬鹿ですね」
「だが前と違って、ギャーギャー泣いていないだけマシか」
「そうねぇ。ちゃん、凄く強くなったわぁ」





皆当たり前のように言葉を零す。
いつもの私に接する時と同じように。

一瞬、何が起きてるのか分からなかった。











導かれるよう、私の視線はセネルに向かう。





「俺達、仲間だろ?」





嘘偽りを微塵も感じさせない声が、私の元まで真っ直ぐ届いた。





「一人で抱え込む必要なんてないだろ?」

が分からない事は皆で考えれば良い」

が一人で作るんじゃなくて、皆で未来を作れば良い」

「例えがたくさんの人を殺しても俺等がを庇う…必ず助ける」

「例え世界がなくなろうと、が壊れようと、皆で救えばいいだけの話じゃないか」





そう言って差し伸べられた手に、私は戸惑う。

望んでた答えが返ってきたにも関わらず
「え」とか「あ」とか声を漏らす事しか出来なかった。





「そうですよ、さん」





セネルの横で微笑むシャーリィは、まるで天使のようだった。





「私もさんに救われたんです」

「私が世界を滅ぼそうとしてた時、私を助けてくれたのはさん達じゃないですか」

さんはまだ大丈夫です。心を奪われてない…私の時とは違う」

「それでも、もし世界がさんのせいで消えそうになったら今度は私が止めてみせます」

「今度は私に、救わせて欲しいんです」





セネルの手の横に並ぶ白い手は
私にとってとても大きく見えた。





「そ〜そ〜!あたし等もう一回世界救ってるんだしさ!何とかなるっしょ!」

「なんじゃったら、ドガーン!と嬢ちゃん時みたいにやっちょくれ!
 その方が止めがいがあるってもんじゃ!」

さんが僕達を殺せる訳ないじゃないですか。
 例え霧に呑み込まれたとしても、さんに殺される程僕達は弱くありませんよ」





次々と差し出される手を見て、私は一歩足を退く。
皆を混乱させると思っていた私が、今一番混乱しているのだ。





…―――汝よ。仲間の手を取り、未来へ進め。





無意識に波を蹴った後ろ足。
波はそんな私の背中を押すように、言葉を紡ぐ。





「何を考えようとも、どんな未来を望もうとも
 誰かに利用されてても、操られてても、だ」

「俺達はと一緒に歩いてくよ」





ジワリと、忘れていた涙が溢れ出す。
いけない、と目を擦り震える声を押し殺した。

そして私は、恐る恐る彼等の手に自らの手を重ねる。





「絶対、違う未来にしような」





次々と重なる手、ぎゅうっと握られた手。

私はそのぬくもりが夢ではないと感じた時
強く、何度も頷きながら皆の名前を口にした。





「ありがとう…!」





ワルター、約束通りちゃんと皆に言えたよ。
ワルターが言った通り、皆は私を受け止めてくれたよ。

きっと、笑顔を見せれた。

ワルターも今この瞬間、私との約束守ってくれてる?
ちゃんと、笑ってくれてるかな。





「よっしゃ!どうする何するこれからどうなる〜!?」
「ノーマ、騒ぎすぎだぞ」
「そんな事言って〜目が潤んでるぞオヤジ〜!」
「五月蠅い」
「あでっ!」





いつものようにドッと笑顔が溢れて、私もその輪の中で笑った。

あぁ、笑顔ってこんなに温かいものだったんだ。
いつから忘れてしまっていたのかも思い出せないけど、やっと思い出せたよ。





「しかし…今の話だとやはり霧を操っている誰かが…」
「そうだな…、それは分からないのか?」
「あ…うん。霧を操ってる奴はいるよ」





突如空気が変わり、私も慌てて返事をする。
今度こそ、ちゃんと自分が分かっている事を伝えなきゃと。





「ソイツと破壊の少女が何か関連してるんだけど…」
「破壊の少女と、霧を操っている者の共通点は?」
「共通点…」
「…」
「接触は、あったけど…全然分からない…」
「…まあ、今は分からなくても仕方がないさ」





情報が少なすぎる、と言ったセネルの言葉にジェイが頷く。
私も無意識の内に頷き、そして眉を顰めた。

きっと、破壊の少女は教えてくれないだろう。
この答えも私自身が見つけなければいけないんだ。





「今はどうやって霧からを守るか、だが…」

「守りようがないでしょう…僕達にとって霧は空気と同じで掴む事すら出来ませんし
 さんの体内に入るのを防ぐのは不可能です」

「…だよな」





しゅん、としたセネルの声に私はクスリと笑った。

「お前の為の話だぞ」、と小突くセネルに「ごめんごめん」と謝る。

その姿がまるで子犬のようだからと説明したら
今度は顔を真っ赤にして髪をぐしゃぐしゃにされた。





「あのさ!」
「?」
「守ってもらわなくてもいいんだよ!」





「皆と一緒にいれれば、私無敵だから!」





そう言って胸を張ってみせれば
ノーマは大爆笑しジェイは溜め息を零す。

割と真面目に言った事なのに、誰一人まともな反応を返してくれない。

でも、それが皆なんだ。
私はこんな皆が好きだから、一緒にいたいって思ったんだ。

これからは温かいぬくもりを忘れないよう、この笑顔を失わないよう
皆と一緒に、未来を変えていくんだ。










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修正:14/01/07