今幸せですかと問われ笑って答えるなど。

私には、出来ないだろうな。





酷く冷たい、強い雨。
幾重にも轟く雷鳴。

目の前には血塗れになった母の死体。





「かあさま!お願いだから目を、…目を開けて下さいッ!!」




雷鳴に紛れ聞こえる、幼い少女の声は
何度も何度も、動かない母親を呼ぶ。





「お願いだから、目を開けて下さいっ…!」

「かあさまっ!かあさまっ!!」





剣が、肉へと刺さる音。
少女はゆっくりと顔を上げ、音が聞こえた方へと視線を向ける。





「素直に金品を渡していれば命散らす事もなかった」





聞こえるは低い、男の声。





「とうさまっ!うそ…とうさまっ…とうさま…!」





父親だったものは血しぶきを上げ崩れ落ちる。
少女の頬は涙と雨で濡れ、青白く変わる。





「こんなの、うそ…ですよね…」





答える者は誰もいない。

聞こえるのは激しく降る雨の音。
そして一人の男が少女へと歩み寄る足音。





「う…あぁ…来ないで…」
「剣を握れば容赦はしない…覚悟があるなら握るが良い」
「いや…いやぁ…あ、あぁ…」





声にならない声。
男の顔が少しだけ歪む。

今更罪悪感でも感じたのだろうか、それともただ呆れただけなのだろうか。
恐らく、前者と後者両方だろう。





「戦う覚悟も持てないか…名門貴族と言われるヴァレンス家も、所詮はこの程度か」
「いや…いや、こないで…やだ…」





「やだ、やだよ…」

「やだ、やだ…やだやだ…!」

「いやああああぁあっ!!」















ゆっくりと目を開ける。

目の前にあるのは自らの手、その手に伝わる温かいぬくもり。
更にそのぬくもりを辿れば、私の手を握り眠るワルターの姿。





「…」





私、いつの間にか寝ちゃってたんだ。

明け方からずっと寝てたのかな。
だとしたら、今は何日後の夜なんだろう。





「…」





窓から見える月が、とても綺麗だ。
あれだけ恐ろしかったものが、美しく輝いている。

私はその光に魅了されるかのよう、繋がっていた手を解き
ベッドを軋ませながらも部屋を後にしようとする。





「…何処へ行く」





寝ていたはずの青年の声が耳に届き、反射的に体が跳ねた。
決してやましい気持ちがある訳ではなく、ただ暗闇に響いた声にちょっと驚いただけ。





「散歩に行こうかなあって」
「こんな夜中にか?」
「うん」
「…ついていった方が、良いか?」
「ううん!街の外から出るつもりはないから平気!」





満面の笑みを向ければ、ワルターは「そうか」と言い微笑んだ。

それ以上干渉しようとはせず、ワルターは「気を付けろ」と言って目を閉じる。
私も「行ってきます」と小さく返し、なるべく音を立てないよう夜の街へと飛び出した。










街灯と月の光に照らされた夜道をゆっくりと歩く。

ウィルの家の庭に集まる小さな蝶に癒されてみたり
夜にしか見れない噴水広場のイルミネーションに感動してみたり。

今まで見ていたはずの景色がどれもこれも輝いて見えた。
まるで恐れていたはずの夜が私を許し、包み込んでくれているよう。

…いや、夜を許したのは私なのかもしれない。

もう少しだけ歩いてみようかな、と足を動かしたその時
何かがポツリと頬を濡らした。





「…雨…?」





小雨だから大丈夫、と思ったのも束の間。
雨は量、速度を増し落ちてくる。

この雨に当たっていれば、水の民を傷付けた罪も洗い流してもらえるかな。
そんな事を考えながら、私は濡れる事に対して対策も練らずに再び歩き出した。















「クロエ・ヴァレンス嬢で間違いないな?」





ピタリと足を止める。

声の聞こえた方へゆっくりと視線を移せば
そこには夜にも関わらず、入り口に明かりを灯している建物がある。





「…病院…」





病院の裏で誰かが話をしている。

誰かが話している、その程度だったら気にしなかっただろうけど
風が届けてくれた言葉は、私が良く知っている人の名前だった。

盗み聞きをするのはいけないと思いながら
勝手に足が病院の裏庭へと向かっていた。





「頭を上げろ。聞きたい事がある」





ザァザァと五月蠅い雨音に紛れ聞こえる男の声。
私が知らない人の声だ。

さっきよりもハッキリと聞こえるその声に
距離はそれ程遠くない、と冷静に考える。

ここからでも充分聞こえる。
これ以上は近付くのを止めて、そっと耳を澄ましていた方が良さそうだ。





「国からの指令はどうなった」





国から…?
遺跡船に戻ってくる前、クロエは国から仕事をもらっていたのだろうか。





「…それは…」





珍しい、クロエの弱々しい声。
こんなクロエの声は久しく聞いていない。

恐らく相手は上司であるガドリアの騎士だ。
恐縮してしまうのも無理はないのだろう。





「破壊の少女の討伐だ。忘れていたのか?」

「なっ…!」





無意識に漏れてしまった声に、咄嗟に口を押さえる。

ビク、と跳ねた体がガサリと草を揺らし、「まずい」と思ってしばらく
誰一人行動を見せない沈黙が数秒続いた。

幸い、この重たい沈黙は私に気付いての物ではなさそうだ。


でも、今の話…。


クロエは光跡翼での戦いが終わった後、国へと戻って
そして、王から私を殺すようにって命令された…?





「灯台の街ウェルテスの保安官であるウィル・レイナードの娘に怪我を負わせ
 宝珠、エバーライトを自らの欲の為身勝手に使用。
 そして水の民の多くに重傷を与え、里一つを崩壊寸前まで追い詰めた」





今まで私がやってきた事を淡々と口にするガドリアの騎士。
ついさっき起こった、水の民の里での事件すらもう流れている。

いつの間にそんな、と動揺を隠せない私は
もう身動きを取りたくても取れない状況になっていた。

まるで体が、石になったみたいに動かない。





「しかしそれには理由があり、全てが破壊の少女の意思と言う訳ではなくっ…!」
「口を慎め!」





クロエの言葉を遮る男の態度は傲慢無礼。
明らかにクロエを見下したその声色に段々と腹が立ってきた。

でもここで私が姿を現したらクロエはどんな表情を浮かべるんだろう。
きっと、とても悲しい表情をするに違いない。





「っお言葉ですが、騎士は民を守る者であり、
 例え国からの命令とは言え一人の少女の命を奪うのは…!」

「お前は、人を殺すのが怖いのか?」





無言。
ただ雨の音だけが私達の間に広がる。

その沈黙を破ったのは、男の嘲笑だ。





「安心しろ。あやつは人ではないのだからな。
 殺人の罪に問われる所か、報酬がもらえる獲物だぞ」





それは私にとって聞き慣れた言葉だった。
もう怒る気にも、悲しむ気にもなれない。

こんな男の言う事にいちいち感情的になるのすら億劫だ。
「はいはい」と軽く流し、欠伸を零せる程度に私の神経は図太くなっている。

…だけど。





「ッ貴様!言って良い事と悪い事があるぞ!!」





クロエは怒ってくれた。

クロエだってもう聞き飽きているはずの言葉を
まるで初めて聞いた時のように反論してくれた。





を侮辱する者は、例え同じ祖国の者でも許さな―――…」
「三日だ」





途切れた声に被さった男の声は
クロエを嘲ける、酷く汚いものだった。

まるで、一つのゲームを楽しむように笑っている。





「三日くれてやろう…三日後の夜までに破壊の少女を殺せ」

「そうすれば今は亡き父と母も喜ぶぞ?
 ヴァレンス家の娘も、破壊の少女の討伐が出来る程立派になったとな」





何、それ。

私の事を悪く言うのは構わない。
もう何を言われたって、私の立場が変わる事はないんだから。

だけど、クロエの立場を利用するなんて、そんなやり方卑怯すぎる。
気付かぬ内に握り締めた拳に食い込む爪は、白く変色していた。





「使命を投げ出すのならそれも構わん。手柄は私がもらおう…今すぐ殺しに行ってな」





ご機嫌な相手の言葉を、今度は私が嘲笑した。

上等。
ガドリアの騎士一人くらい、今の私ならきっと勝てる。

夜であれば他の住民に迷惑が掛かる事もないし
遺跡船の土地勘も大陸から来たばかりの騎士より私の方があるはずだ。

だから、クロエには「分かりました」って言って欲しかった。

私の力を信じて、こんな脅しには従わず
先程のように威勢良く、私を売ってくれて良かったのだ。

なのに―――…。





「いえ…私、クロエ・ヴァレンスにやらせて下さい」

「必ず、期限までに任務を遂行します」





雨に混ざるクロエの声は、私の考えていた物とは正反対の物だった。





「その言葉に偽りはないな?」
「…ハッ!全ては国の為に」
「そうか…お前の活躍ぶりを期待している」





ザッザッ、と雨に混ざる足音が聞こえ、ハッと我に返る。
音は徐々に大きくなり、私は咄嗟に太い幹の後ろへと回りこんだ。

幸い、雨が酷く視界が悪いせいか
ガドリアの騎士は私に気付く事なく病院を後にする。

男が去り、一人になった後もクロエは動かず、ただ天を見つめていた。





「…三日、か…」





月に照らされたクロエは、うっすらと微笑んでいるように見える。





「…少ないな…」





その笑顔の意味は、私には分からない。





「今までのぎこちない態度を、はどう思ってるんだろう…」





クロエが遺跡船に戻ってきてから今まで
何となく避けられているかもと、そう思っていた。

その理由が、こんな残酷なものだなんて知らなかった。

ずっと、ずっと、クロエは不安だったのに
私はそれを「気のせい」で済ませていたなんて。





「あんな男に、を殺されるなんてて考えたくもない…やるなら、私がっ…」

「最後の日まで、今まで話せなかった分声が枯れるまで話して…」

「っには、安らかに…!」





クロエは言葉を詰まらせ、その場に崩れ落ちる。
震える体はきっと寒さのせいじゃない。





「こんな事しか出来ない私を、許してくれ…!」





そんな、泣きそうな声で言わないで。





「…クロエは、私と一緒だね」





皆が無茶だって言っても、きっと自分の考えを突き通すのだろう。
それが最良の判断だと決めつけて。





「クロエは優しいなあ…」





私がクロエと同じ立場だったら、きっと別の道に進んでいた。
ただ腹を立て、傲慢な男に襲いかかっていたかもしれない。

なのにクロエは理性を抑えて、今の私の無事を優先してくれたんだ。

でも、もう迷わない。





「もう、こんな事じゃ凹まない」





今度は私が、迷っているクロエを助けてあげるんだ。
きっと、助けてあげられる。





「守るよ、クロエ」





クロエの手は、私が汚させない。
今度は私が、クロエを呪縛から解くんだ。










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修正:14/01/07