今度は私が助けるんだ。
クロエが私にたくさんの物をくれたように
私もクロエに、たくさんの物をあげるんだ。
「おはよー!」
「おっはよ〜!」
「すっかり元気になっちょるのう!」
「うん、元気ー!」
夜は明け、いつものようにウィルの家へと集まる仲間達。
騒がしい私達を見て家主のウィルは「やれやれ…」と頭を抱える。
逆に言えば頭を抱えるだけで済んでいるのだ、
初めに比べればウィルも相当私達に感染されていると見える。
「…クロエは?」
一通り騒いだ後、私は家の中を見回しながら皆に問うた。
リビング、キッチン、玄関。
見える範囲でクロエを探すものの、ここにいたと言う形跡すら見つからない。
「そう言えば、今日はまだ来てないな」
「珍しいね〜寝坊かな?」
「私、病院まで迎えに行って来る!」
「へ!?って、ちょっと!」
ぱたぱたと駆け出した私を制止するノーマ。
私は「待ってて!」と乱暴に言葉を投げ返し、部屋を飛び出した。
その後数秒、あれ程騒がしかった部屋の中は静寂に包まれる。
「珍しいですね、さんが誰かを迎えに行くなんて」
「全く、アイツの為に集まったと言うのに…」
ジェイとウィルの呆れた声等、走り出した私には聞こえているわけもない。
小走りで病院に到着した私とタイミングを合わせるよう、
クロエも病院の玄関から姿を現した。
「おはよークロエ!」
俯く彼女に元気いっぱいの挨拶をすると
クロエはパッと顔を上げ、きょとんと私を見る。
綺麗な瞳の下には色濃い隈。
余り寝れなかったのだろうか、心なしか顔色も悪い気がする。
「…?」
隈があって当たり前だ…あんな事があったんだから。
だから私はその不安を少しでも取り除ければと笑顔を見せる。
「、実は…」
「?」
「エルザが、何処にもいないんだ」
だけどクロエの不安は昨夜の話だけではなかった。
病院の患者であるエルザの姿が何処にも見えないとクロエは言う。
四六時中見ていろと言われた訳ではないのだから、勿論クロエのせいではない。
だけどクロエは多少なりとも責任を感じているのだろう。
「心当たりはあるから、皆にも力を貸してもらおうと思ってな…」
「皆なら絶対に一緒に探してくれるよ!」
「そうだな…レイナードの家に行こう」
「呼びに来てくれたんだろう?」、と微笑むクロエに
私は「うん」と大きく頷いて歩を進める。
クロエと二人きりで道を歩くなんて、いつ振りだろう。
ううん、もしかしたら初めてかもしれない。
「全く…エルザは本当に無茶をする」
「えー?」
「?どうかしたか?」
「無茶をしてるのは、クロエもじゃん」
からかうつもりもなく、ただ正直に思っている事を言ってみた。
自分の名前が出てくる事が予想外だったのか
クロエは再び目を丸くし、意地悪い笑顔を浮かべる私を見る。
すると困ったようにクスリと笑い、クロエは私の肩をトン、と叩いた。
「も、だな」
そう言って私達は同時に笑う。
何て穏やかな時間なのだろう。
クロエと一緒に爽やかな朝の空気を吸いながら歩く。
ただそれだけで心が落ち着く気がした。
例えクロエの態度が私に対する“同情”だとしても、私は凄く嬉しかった。
「勿論私も手伝うからね!」
「あぁ、心強い」
「クロエの為なら頑張っちゃうよー!」
「ふふっ…期待しているぞ」
まるでお姉さんみたい、と口には出さずに思っていれば
そんな私に気付いたのかクロエは優しく髪を撫でてくれる。
ああ、こんな所をエルザに見られたら嫉妬されてしまうなと思いながらも
エルザがクロエの事を好きになる気持ち、何となく分かった気がした。
「早く行こ!」
幸せをぎゅっと噛み締めて、その手を取り走り出す。
繋がった手から、クロエの気持ちが霧となり流れ込んできた。
不安と、戸惑い。
温かい感情に紛れた、哀しみ。
でも、大丈夫。
どんな微々たる霧でも、私が吸い取ってあげるから。
「ただいまー!」
「おっかえり〜!クーもおはよ!」
「あぁ、おはよう」
くつろぐ仲間達の輪に戻り、私は空いていた席に座る。
クロエは何処にも座らずただ神妙な面持ちで輪に近付いた。
「何かあったのか?」
そんなクロエの異変に誰よりも早く気付いたのはセネルだ。
長くいるだけある、クロエの抱えている気持ちを無意識に察する事が出来るのだろう。
「実は…エルザが、病院から逃げ出した」
穏やかな空気は一転し、皆が驚き目を見開いた。
「どうして…」
「明け方、エルザが部屋を訪ねて来たんだ…慌てた様子で、呼吸も乱れていて…」
「何とか落ち着かせて事情を聞いてみれば
オルコット殿がいなくなった…昨日からずっと出かけている…と」
クロエの言葉に皆は眉を顰める。
そして沈黙を流し、次の言葉を待った。
「オルコット殿の捜索は任せろ、と言ったのだが
私も連れて行って下さいとしつこく言われてな…」
「だけど一般人を魔物のいる場所へと連れて行く事など出来ない。
体の弱いエルザは特に、だ」
「その時は少しきつく言葉を返し、諦めさせたのだが…」
途切れたクロエの言葉を補うよう
「部屋を覗いたら誰もいなかったって訳か」とセネルが言う。
クロエは黙ってセネルの言葉に頷いた。
「クロエの言葉に従うふりをしてこっそり病院を出て行ったのか」
「…行き先に、心当たりは?」
「ヴァーツラフの使っていた、隠し砦だと思う」
場所を聞き、皆は再び顔を顰めた。
過去の出来事を思い出したのだろう、
シャーリィは傍から見ていても分かる程顔色を悪くし、震えている。
「何故、そんな場所に?」
「オルコット殿がエルザに、あそこに行くと言っていたらしい」
「薬の材料を調達にするにしては、いささか疑問を感じる場所だな…」
ウィルの言葉に数人が頷き、数人は首を傾げた。
「薬草が茂っている訳でもないだろう?」
「薬草はなくても、貴重な薬品が残っている可能性はあるんじゃないですか?」
「あ〜、それは言えてるね」
「行って確かめたらええじゃろ」
人が慎重に事を考えているのにこの男は…と呆れられながらも
モーゼスは一足先に家を出る準備を始めた。
だけど皆もモーゼスと同じ気持ちだ。
一人席を立てばまた一人が席を立ち、旅支度が進んでいく。
「よし!これで解毒の恩返しが出来る!」
「恩なんぞ、三歩進んだら忘れそうじゃがのう」
「あたしは義理深い人間なのよ」
「執念深いの間違いじゃないですか?」
「確かにその通りかもしれないな」
意気揚々と立ち上がるノーマに向かって
責める、からかう、馬鹿にする暴言の数々。
ノーマはぷうっと頬を膨らませ地団駄を踏む。
次には大きな目をうるうるとさせて、パタパタとある場所に走り出した。
「…うわ〜ん、グー姉さ―――…」
ああ、この子はいつものようにどさくさに紛れてグリューネさんを触る気だ。
私も一緒に甘えてしまおうかと考えていると、ノーマは両手を広げたままピタリと静止する。
そして何を思ったのか、私に向かって走ってきたのだ。
「…!皆がいじめるよ〜!」
「はぁ…?」
これは予想外、と間抜けな声を出す私を余所に
ノーマはその細い体を私に押し付けるよう、ぎゅうっと絡めてくる。
「慰めて〜!」
「…残念だけど、私からマイナスイオンは出ないよ」
「ま〜ま〜そんな事言わずに〜!」
「打ち合わせもなしにネタを振られても」と言ってみても
「そんなんじゃないって〜」と軽く流される。
その間もノーマは私にぎゅうっと体を巻きつけて、ふんふんと何度か頷いていた。
「む、これはこれで良い感じ…もちもちしてて」
「ごめん全然嬉しくないんだけど」
「…羨ましいのう」
私達の会話にポツリと混ざる、低い声。
声が聞こえた方へと顔を向ければ、モーゼスは指をくわえ私達をじっとりと見ていた。
「モーゼスさんちゃんと聞いてたんですか?もちもちって太ってるって事ですよ?」
「ちょっ…ストレートに言うな!!」
「ジェー坊は分かっちょらんな!おなごは少しぐらいふくよかな方がええんじゃ!」
「さっすがモーゼス分かってるー!」
「モーゼスさんにしては素晴らしいフォローですね」
意地悪い笑顔を浮かべるジェイをキッと睨みつけながらも
モーゼスにはうんうんと満面の笑みを見せた。
「騒いでないで、さっさと行くぞ」
会話が終わる頃合いを見てウィルは小さく溜め息を零す。
ノーマはそれに従い私から離れると
皮肉を垂れ流していたジェイに勝ち誇った笑みを浮かべていた。
それがどう言う意味なのか、私にはサッパリ分からないが。
「」
名前を呼ばれ、振り返る。
その先にいたのは、先程私達を軽く叱ったウィルだ。
「エルザとオルコットさんを探し出すとまたゴタゴタしそうだからな」
「…?」
「マダムからの預かり物だ。…なくすなよ」
そう言って、ウィルは私にある物を差し出す。
私はそれを何の躊躇もなく受け取った。
自分の世界にあったポイントカード程度の大きさの紙が
ネックストラップ付きのカードホルダーに入っている。
肝心の中身は良く分からない。
何かごちゃごちゃした文字と赤いインクの判が押されている。
「…これ、何?」
意味なく光に透かしてみたり、揺すってみたり。
勿論、ただの紙なのだから変化はない。
何も分かっていない私を見てクスリと笑い
優しく、丁寧に説明をしてくれたのはシャーリィだった。
「さんの証明書ですよ。
ミュゼットさんに頼んだら快く引き受けてくれたので、早速作ってもらいました」
シャーリィの言葉を聞き、ネックストラップを意味なくいじる手が止まる。
「…証明書…?」
遥か過去に聞いた、懐かしい響き。
そう思っているのは私だけで、実はつい先日聞いた言葉だ。
「お前には変な字が書いてあるただの紙切れにしか見えないだろうが
そこにはを陸の民として認めると言う文章が書かれている」
ウィルの言葉が信じられなくて、ついつい顔を顰めてしまった。
嬉しくない訳じゃない。
まだ信じられない気持ちの方が大きいのだ。
「街の中ではそれを首から掛けておけ。
お前に暴力を振るう者が現れても、一枚の紙で相手を罰する事が出来るんだ」
言われた通り、私はゆっくりとストラップを首に通す。
一つ一つ、ウィルの言葉を理解する度
何となくその紙切れがずっしりと重みを持った気がした。
「まぁ、ちゃん。と〜っても似合ってるわよぉ」
「何かダサいね〜。動物園とかにいるよねこういう人!」
「ちゃんと自分で管理するんですよ?再発行も大変なんですから」
皆ニコニコしながら私を見てる。
笑ってないのは私だけ。
「これ…本当なの?」
だって皆、嬉しそうに笑ってるから。
戸惑う私を見て、実はドッキリでしたーって言うのかと思って。
それでも皆は「嘘じゃない」と首を横に振る。
「現実だよ。お前はこの世界の人間だ」
そう言って優しく微笑むセネルを見て、ジィン、と目頭が熱くなる。
私が、この世界の人間に…?
「まぁ、気休めにしかならないかもしれませんがね」
「…」
「破壊の少女への恐怖が住民から抜けた訳でもありませんし
例え証明書があっても、襲ってくる者はたくさん―――…」
「ありがとう」
きゅう、と強く強くそれを抱き締めた。
たった一枚の紙切れが、こんなに素敵な物に見えたのは初めてだ。
「本当、ありがとう…!」
私はこの世界で、陸の民と言う種族でいたい訳ではない。
ジェイの言う通り、証があったとしても私が破壊の少女である事は変わりないんだ。
それに私が陸の民でもそうでなくても、変わらず一緒にいてくれる人がいる。
だから私は今のままでも良かった。
じゃあ、何でこんなに心が温かいんだろう。
きっと、私の為に証明書を作ってくれた皆の気持ちが嬉しいんだ。
「絶対なくさない!肌身離さず持ってる!皆がくれた物だから、ちゃんと大切にする!」
そう言って笑顔を振り撒けば
皆は呆れたような、困ったような笑顔で返事をくれた。
「何か、陸の民とか破壊の少女はどうでも良かったっぽいな」
「良いじゃん良いじゃん!あたしらの気持ちとして受け取ってもらえればさ!」
「ほうじゃの!が喜んでくれるんじゃったら何でもええわ!」
豪快に笑うモーゼスに私は「うん!」と大きな声で返事をする。
もっと言いたい事はたくさんあるのに、
本当に幸せな時って言葉が上手く出てこないものなんだな。
「じゃ、この話も一段落しましたし隠し砦に行きますか〜!」
「そうだな。早く二人を探し出そう」
「おぉー!」
張り切る私を笑う仲間達に、私はどうやってこのお礼をすれば良いんだろう。
私が出来る事、精一杯やろう。
今はそれが、きっと皆に出来る唯一の恩返しだ。
Next→
...
修正:14/01/07