「…さん」
「ん?」
「人の話、聞いてたんですか?」
「…何が?」
隠し砦に向かう途中、前を歩くジェイが私に呆れた声で話しかけてきた。
「それ、街の外でする必要はないんですよ」
そう言って指差されたのは、首から下がっている証明書。
私を陸の民と認める、と書かれたその紙は
街の中では効力を発揮するものの、外では全く効果がない。
それでも私は首に掛けたまま歩いている。
ジェイにとってはそれが不思議で堪らないのだろう。
「だって外してなくしたら嫌だし…」
「…外してもなくさなければ良いじゃないですか…」
「良いの!私がずっとつけてたいの!」
「…はあ…」
「…だって、離れたくないんだ」
「っ…」
素直な気持ちを伝えるとジェイは小さく声を漏らし、バッと私から視線を逸らす。
それはもう、勢いよく体ごとだ。
「どうかした?」
「あ、いえ…別に…」
その場を取り繕う言葉を一つ二つ零した後ジェイは軽く舌打ちをし
スタスタと先へ行ってしまう。
一体なんだったのだろう、と首を傾げる私も
その背中を追うように歩き出した。
「…だって、離れたくないんだ」
「そんな事、こっち向きながら言わないで下さいよ…」
自分に言われた事でないのは分かっている。
それなのに激しい動悸に襲われて眩暈がした。
「…と言うか、証明書に向かって言う言葉じゃないでしょう…」
それぐらい大切な物だと言うのは分かったけど
まるで大事な人へと向ける、愛の言葉のようだ。
「…調子が狂うな」
久しぶりに出てきた言葉と、少しだけの憂鬱。
何時まで経っても、彼女に慣れる事がない。
いつ来ても嫌な場所。
それが素直な感想だ。
建物の中から漏れる血の匂い。
壁にこびり付いた血はどす黒く変色し、床を染めている。
エルザ、この中へ一人で入っていったのかな…。
父が危険な状況にあるとは言え、その勇気は尊ぶべきだ。
「、置いてくぞ」
「あ、うん」
血の匂いにも鉄の味にも慣れた。
だから大丈夫…私にだって進める。
何より、エルザを助ける為だと思えば冷えた足もすんなりと前へ動いた。
入り口に入ってすぐの事。
荒い息と、途切れ途切れの独り言が聞こえた。
道の先には身を守る道具一つ付けていない女の子の姿。
「エルザ!!」
少女の背中に向けて名を叫び、駆け寄るクロエ。
少女はハッと振り向き、汗だくの顔で笑顔を見せた。
「クロエさん、それに皆さん…お揃いで…」
「お揃いで、じゃない!!」
乱れる呼吸を整えようともせず笑うエルザに、クロエは本気で怒り声を上げた。
さすがのエルザもこれには驚いたのか、ビクリと体を跳ねらせ眉を下げる。
「自分が一体何をしたか分かっているのか!?」
「ク、クロエさん…怖いです…」
「怒っているのだから怖くて当たり前だろう!!」
我を忘れ怒るクロエはまるで母親だ。
そんなクロエを前にし、エルザの体はどんどんと小さくなっていく。
「…エルザ、帰るんだ。オルコット殿は私達が探すから」
「でも…」
「でもじゃない」
「だけど…」
「だけどじゃない!」
クロエが叫ぶ度にエルザはビクンと体を震わす。
目には涙が溜まり、先程の笑顔は何処へやら。
「クロエさん、凄く怖いです…」
何だかこんな時に不謹慎だけど
小動物のようにクロエを見つめるエルザが凄く可愛い。
「…一人で帰らすのも心配だ、一緒に連れて行こう」
「それもそだね〜、ここで目を離したらまっすぐ街に帰らないかもしんないし」
「だが、そんな危ない事…!」
エルザの根気に折れ始めた仲間に対し、クロエはより一層声を大にする。
叫びすぎて熱があがっているようだった。
「お願いします!迷惑は掛けませんから!わがままも言いませんから!」
バッと勢い良く頭を下げたエルザに
クロエは怒鳴る事も出来ず言葉を詰まらせた。
そう言うとこ、やっぱり優しいんだよな。
「連れてってあげよ」
「…」
「大丈夫!私達ならエルザを守れるよ!」
何とも言えないクロエの表情はしばらくそのまま。
数秒後、ハア、と大きな息を吐くとクロエは困ったように眉を下げ笑った。
「…が、言うなら」
頭を下げ続けるエルザに向けて、クロエはそんな言葉を発する。
エルザはバッと顔を上げ、そのキラキラした瞳でクロエを見た。
「あ、ありがとうございます!」
連れて行ってもらえる事は勿論だが、
いつもの優しいクロエに戻った事がエルザにとっては嬉しいのだろう。
そんなの、エルザの目を見るだけで分かった。
「…な〜んかさ〜」
良かったね、と笑い合う私達を見てノーマは何か不満なのか
ぶぅ、と口を尖らせながら文句あり気な声を上げる。
「クーって、に弱くない?」
「なっ…!」
「言われてみればそうじゃのう」
「あたし等が言ってもすぐに納得しなかったのにさ〜何か裏でもある訳〜?」
「そ、そんなはずないだろう…!」
精一杯否定するクロエを見て「余計怪しい…」とじりじり追い詰めるノーマ。
クロエもそこで堂々としていれば良いのに、追い詰められた分だけ後退している。
ああ、本当にクロエは正直者だ。
「あ、まさかに恋〜?」
「っノーマ!!」
「ってそんな訳ないか〜!愛しい人は他にいるもんね〜?」
「い、良い加減にしてくれ!」
クロエの白い肌が真っ赤だ。
先程のエルザよりも息を荒げて、汗も酷い。
今のクロエは何処からどう見ても恋する女の子、
私はそれがとても可愛く見えてアハハと笑った。
「クロエは誰にでも優しいよ?私が特別とかじゃない」
「…あ…」
「そうだよね?」
落ち着きを取り戻したクロエは私に向けて戸惑いの色を見せた。
…そうだ。
クロエの中で私は特別だ。
私は、“後三日の内に殺さなければいけない相手”なのだから。
思い出させてしまった。
慌てて話題を変えようと両手を広げ振り返る。
私達のやり取りを見ていた仲間達全員を誤魔化すように。
「と、とりあえずオルコットさん探さないと!」
「あぁ、そうだな」
「じゃー出発!エルザ、行こ!」
そう言って、私は彼女の返事も待たず手を取った。
ビックリした。
想像もしていなかった程、エルザの手首は細い。
強く握っただけで折れてしまいそうだ。
「あ、あの!さん!」
「?」
それでも、私の名前を呼ぶ少女の声は力強い。
いや、正確に言えば勢い余って力んでしまった、の方が正しいだろう。
「そ、その…!クロエさんとは、どういうご関係で…!」
私は思いもよらない言葉に固まり
後ろを歩くノーマがブッと勢い良く吹き出す音が聞こえた。
い、いやいや…そんな禁断の地に入るつもりは全くない。
「クロエは大事な友達だよ?」
「と、友達っ?」
「うん、大好きな友達!エルザも友達だけど!」
きょとんとする彼女に満面の笑みを見せると、エルザはカアッと顔を赤くする。
どうやら皆が軽く引いちゃっているのに気付いたらしい。
「ご、ごめんなさい!こんな事、急に聞いちゃって…!」
「何で?エルザらしいじゃん!」
「ほ、本当ですかっ…?あ、あの、私も友達でいいんですか…?」
「私は会った時から友達だと思ってるけど?」
何を今更、と胸を張り言う私に対し、エルザはまたぱちくりと瞬きをした。
そして次には嬉しそうに頬を染めて笑う。
その姿は無垢な少女そのものだった。
「じゃ、行こうかー!」
「あ、はい!」
何だかハリエットに続いて、もう一人妹が出来たみたい。
ついついお姉さんぶりたくて、背伸びしている自分がいる。
「…大事な、友達…」
だからだろう。
エルザを守る事がクロエを助ける事に繋がると信じ
大切な彼女の言葉を聞き逃してしまったのだ。
「…大、好きな…」
無意識の内に繰り返す、の言葉。
「っ大丈夫だ…」
気が付けば爪が白くなる程、拳を強く握っていた。
「まだ、まだ時間はある…!」
渡された期限まで、まだ三日あるんだ。
「それまでに、覚悟を決めろ…!」
これ以上楽しい時間を過ごしてしまえば
この事実を忘れてしまいそうで、怖い。
が私の事を大好きと言えば言うだけ
私はこの苦痛を思い出して歯を食い縛る。
後三日、心がもつか。
もういっそ、この場で全てをなくしたい。
ぐるぐると迷路を巡り続けても、どうせ辿り着く先は血塗れの世界。
「っ誰か、助けてくれ…!」
私は、一体どうしたら良いのだろう。
「さん、さん」
「ん?」
「それ、何ですか?」
エルザの指は上下に揺れる証明書を追っていた。
私は「ああ」と声を漏らし自らの手にそれを手繰り寄せる。
「皆からもらったプレゼント!」
「わあ…素敵ですね!あ…見てもいいですか?」
「勿論!」
「自慢したいくらいなんだから!」と言ってエルザに証明書を近付けると
エルザはニコニコ笑いながらそこに書いてある文字を一つ一つ目で追った。
「…え…?」
でも、ニコニコの笑顔はすぐに消えた。
「こ、これどういう意味ですか?」
「へ?」
「さんって、水の民さんだったんですか?」
あたふたと戸惑うエルザは私の瞳の色と髪の色を確認。
どうやら私が水の民だと言う証拠を探しているようだ。
「陸の民として認めるって事は、陸の民じゃないんですよね…?」
「そうだよ」
「でも、水の民さんじゃ…ないですよね?」
「うん、違うよ」
エルザはしばらく考えていたみたいだけど、もう既にお手上げ状態のようだ。
一体私が何でこんなものを持っているのかも分からず、首を傾げ続けている。
ああ、何だか自分から名乗りだすのも久々だな。
「私、破壊の少女なんだ」
でも、不思議と躊躇いはなかった。
何でか破壊の少女である事を誇らし気に語る事が出来たのだ。
「え…?」
そして返ってきたのは、当たり前の反応。
我が耳を疑い、辺りを見渡して、そしてもう一度私を見る。
皆の視線、私の笑顔に嘘がないと分かると、エルザは大きな声を上げた。
「そ、そうなんですか!?」
その小さな体から何故こんな大きな声が出るのか、とビックリした。
だけどもエルザは興奮しているせいか、声のトーンを落とそうとしない。
「生まれ変わりとかのレベルだけどね」
「ちょっと大きく言い過ぎたかも」、と笑うと
エルザは「そうなんですか…」と首を二回縦に動かす。
…何と言うか、この流れは新しい。
エルザは私が破壊の少女だと分かっても離れようとしない。
むしろ「そうなんですか!?」と言って体をグイッと寄せてきた。
エルザは破壊の少女を知らないのだろうか…いや、もし知らなければ驚く事もない。
一体どうして、と頭を捻る私の前で
エルザは自らの胸に手を当て、柔らかい笑顔で語り始めた。
「私ですね、ちょっと前まで破壊の少女さんに憧れてたんです」
エルザの言葉に、今度は私が驚かされた。
つい、声を出すのを忘れるくらいに。
「私…もっと小っちゃい頃、今よりも体が弱かったんです」
「外にも出れなくて、食事も取れなくて…。
寝たきりで苦しいのに、お父さんはお仕事でどっか行っちゃって…凄く寂しかった」
エルザは目を伏せ、話すのも辛いであろう過去の話をしてくれた。
健康だった私が風邪をひいて寝込むとか、そう言う次元の話じゃない。
「だから、体が丈夫だった破壊の少女さんが羨ましくて」
今、私の中にいる少女はこの言葉を聞いてどう思っているだろうか。
素直に嬉しいと感じているだろうか。
それとも、エルザの言葉は重いと拒絶するだろうか。
「水の民を殺す為、陸を守る為に作られたって事は私だって知ってます」
「でも、それに私が選ばれたら良かったのになあって…。
人の命を奪うのは嫌だけど…体が頑丈になるならって…」
「あ、勿論今は外に出る事も出来るようになって、そんな風には思ってないんですけど」
えへへと照れ臭そうに笑うエルザに私は笑みを返す事が出来なかった。
本当は、「ありがとう」と返したかったのに。
「あ、今尊敬してる人はクロエさんですっ」
エルザはグッと両の手で拳を握り、眉をきりっと上げる。
「破壊の少女さんみたいな丈夫な体も欲しいけど
クロエさんみたいなかっこいい人になりたいんです!!」
良くも悪くも真っ直ぐで、包み隠さず自分を曝け出す女の子に私は戸惑うばかり。
「でも、破壊の少女さんも嫌いじゃないですよ!それがさんなら、尚更ですっ」
そう言ってエルザは笑い、そして熱を上げすぎた自分に気付きあたふたと辺りを見渡す。
周りからの視線に気付いたのか、またカアッと頬を朱に染め体を小さくしてしまった。
「あ、あの…私変な事言っちゃったでしょうか…?」
何も言い返さない私を上目遣いで見つめ、おどおどと口にする。
「い、いや、そんな事ない…!」
「でもさん、さっきからボーッと…」
「それは、話聞いてなかったとか、呆れてたとかじゃなくて…!」
慌てすぎて言い訳にしか聞こえない自分の言葉。
思いっきり両手を横に振る仕草すら嘘っぽく見えるのは何でだろう。
って言うか、急にこんな事言うのは反則だよ…!
「…私がここに来る前から、この子の事そんな風に想ってくれてた人がいたんだなって」
今共にいる仲間達ですら、以前の破壊の少女を誤解していたのに。
エルザは古くから伝わる間違った彼女の歴史を聞いても嫌わなかった。
ただ単に体が丈夫で羨ましいと言うだけであっても、それがとても嬉しかったのだ。
「ありがとう…」
こんなにも、周りには私を好きでいてくれる人がいる。
破壊の少女を認めてくれる人がいるんだ。
「これからも仲良くしてあげてね!」
「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします!」
そう言って再び繋いだ手はとても温かく。
私を、破壊の少女を好きでいてくれる女の子の手を決して離さないと決めた。
Next→
...
修正:14/01/08