「どうだった?」
戻って来た私達の姿を確認し、セネルが何の気なしに発した言葉。
それに返事をしたのはジェイだった。
「まあ、三人は役に立ちませんでした」
「ああ…ってそうじゃなくて」
「近くにはいませんでしたが、間違いなくオルコットさんはこの先でしょう」
「倒されている魔物の姿がありました」と一言付け加えると
エルザはホッと息を吐いた後、眉を下げる。
道の途中にオルコットさんが倒れていなかった事への安心と
魔物と出会い怪我をしていないかの不安両方が入り混じっているのだろう。
「途中、大きな音が聞こえたのは…」
「ああ、それはさんが馬鹿して…」
「馬鹿したのはモーゼスだよ!」
「…なるほど」
「本当、お前って奴は…」と呆れた風に言うセネルに対し
「何じゃ」と愛想悪く返事をしたモーゼスの頬はやや腫れていた。
「とにかく急ごう、オルコットさんが心配だ」
「エルザ、行けるか?」
「は、はい!」
立ち上がり暗い道の奥を見つめる少女は誰よりも先に一歩前へ進んだ。
勿論、すぐにクロエが後を追い
自分の後ろへ下がるように言い伝えたのは言うまでもなく
エルザは自分が焦ってしまった事を何度も謝罪する。
私はそんな彼女の姿を見て、その行動力と父親への愛の深さを尊敬した。
最奥にある個室へと辿り着けば、血の匂いに混じり古紙の匂いが混ざりこむ。
オルコットさんは探すまでもなく、私達の視界の中にいた。
部屋の中央でうつ伏せに倒れながら。
「お父さん!」
オルコットさんに駆け寄ろうとするエルザの手を無理矢理引っ張る。
エルザは「え?」と小さく声を漏らすと
戸惑いの色を混ぜた大きな瞳で私を見つめた。
「初めての血は、怖いから。すぐ治すからここで待ってて!」
言葉の意味を理解したのか、
エルザは今にも飛び出したい気持ちを抑え、ゆっくりと一つ頷いてくれた。
早く、元気なオルコットさんに会わせてあげなきゃ。
「セネル、傷口が良く見えるように袖を捲ってくれ」
「これでいいか?」
「私も手伝う!」
先に手当てを始めたウィルとセネルに続き、私もオルコットさんの横にしゃがんだ。
「あぁ…頼む……」
隣から聞こえたウィルの声は、とてもぎこちなかった。
何事かと顔を上げれば、ウィルは私を見てとても辛そうな顔をしている。
「すまないな…」
「ん?」
「血なんて、見たくないだろう…」
きっと、私とエルザの会話を聞いていたのだろう。
私がエルザを庇ったように、ウィルも私を庇おうとしてくれたのだ。
「お前だって、慣れていないのに」
もう一度「すまない」と言い、ウィルは治癒のブレスを唱える。
「良いよ、皆の為だから」
「私がやりたくてやるんだし」、と付け加え意識を集中させた。
「後、言うなら『ありがとう』にして!」
「…ああ、ありがとう」
二人分のブレスは暖かな光を散りばめ、オルコットさんの傷を癒していく。
傷口が塞がった事を確認し、水で濡らした布で固まった血を拭いた。
プチ、と音を立て掌の皮膚が切れる。
隣にいるウィルにバレないよう息を漏らし、私は傷付いた掌を自らの背中に回した。
「う…うぅ…」
「大丈夫、そうだな…」
「うん!」
オルコットさんは唸り、ゆっくりと目を開ける。
間に合った、と安堵の息を零すウィルの横で私は笑顔を見せた。
「私は…一体…」
「お父さん!良かった…っ!」
瞳を潤ませオルコットさんに駆け寄ったエルザは何度も「良かった」と言った。
オルコットさんはエルザの髪を撫で、彼女の手を強く握る。
幸い、オルコットさんは足に怪我をしていない。
帰りは二人並んで街へ戻る事も出来るだろう。
後は傷が開かないよう包帯を巻けば大丈夫、そう思い再び彼の腕に視線を落とす。
そして視界に入ったものは
完全に元通りになっている皮膚と、肉と―――…。
…―――蛇の刺青。
「っ…!」
無意識に息が漏れ、肩が跳ねた。
吐き気と共に蘇るのは幼き日のあの事件。
震える手は無意識に鞘へと伸び
私は何の躊躇もせずに剣を抜いた。
「クッちゃん、剣なんぞ抜いてどうしたんじゃ?」
気の抜けたシャンドルの声は確かに聞こえていた。
なのに返事をする余裕はなかった。
聞こえたのはやけに荒い自分の息。
そして剣先を男に向けたと同時、けたたましい魔物の声。
不可解な行動を取った私を見る仲間達の視線は魔物へと注がれた。
そして私と同じように武器を手に取り構えをとる。
「どうやら、オルコットさんの怪我はコイツの仕業のようですね」
「そうみたいだな…エルザとオルコットさんは安全な場所へ!」
「クー、良く気が付いたね〜!さすがじゃん!」
気が付いた?…違う。
私は、魔物に気付いたのではない。
私は、自分が倒すべき相手に気付いただけだ―――…。
戦いは苦戦した。
無事に終わったものの、私は皆に迷惑を掛けただろう。
ただ我武者羅に何も考えずに剣を振るっていた。
初心者でも出来る基礎すら忘れ、ただ前だけを見て。
「クー、動きがいつもよりぎこちなかったけど…」
「何処か怪我でもしてるんですか?」
駆け寄り声を掛けてくるシャーリィとノーマに
私は二、三度首を振る。
「魔物の気迫に押されて…大丈夫、何処も怪我はしていない」
そう言ってみせれば、二人はホッと息を吐いて笑う。
私の頭はやけに冷静で、二人の瞳に映る自分の笑顔を見
「ああ、私はまだ笑えているのか」と他人事のように考えていた。
「今のもヴァーツラフ軍の置き土産なんでしょうか?」
「グランゲートまで軍用に、か…」
ジェイとレイナードの話に、大して聞こえてもいないのに頷く。
視線は倒れたグランゲートではなく、その奥にいる男に向けながら。
「クロエさん、怪我はありませんか?」
そう言ってぱたぱたと近寄る少女に、私はまた笑顔を見せた。
私の安否に一喜一憂し、良かったと瞳を潤ませる少女を見て温かい気持ちになる反面。
…私はこの少女の父親を殺す事になるのか、と思う冷めた自分。
「エルザ!危ない!」
聞き覚えがあるような、ないような、曖昧な声。
ああ、もしかしたら同じ刺青をしているだけで
私の父親を殺した人物とオルコット殿は別の人間なのかもしれない。
まだ、そうやって考える事も出来た。
大剣を巧みに操り剣技を出す男の姿を見るまでは。
「……」
男の剣技にグランゲートは一際大きな雄叫びを上げ、再びその場へと崩れ落ちる。
魔物の血が自分の服に飛び散る事も気にせず
「とても鮮やかだ」と心の中で声を漏らした。
「っく…!」
「お父さん!」
「大丈夫だ、心配いらない」
重い剣を振るった事により再び腕の傷が開いてしまったのか
オルコット殿はその場に蹲り、荒い息を零しながら自らの額に浮かぶ汗を拭いた。
「とうさま!とうさまっ!!」
「っおいおい…怪我人に抱きつくのは止めてくれ」
「とうさまが無事に戦いからご帰還した事、クロエは本当に嬉しいです!」
「当たり前だろう?父さんは強いからな」
「はい、わたしのとうさまは世界で一番強いです!!」
「とうさまっ!うそ…とうさまっ…とうさま…!」
「こんなの、うそ…ですよね…」
「わたしの…クロエのとうさまは…世界で一番…」
「クロエ…?」
「っ…!」
鮮明に蘇る過去の記憶。
そこから再び現実に連れ戻してくれたのは、黒い髪の少女。
余程私の顔色が悪かったのか、はその眉をハの字に下げ
私をただじっと見つめていた。
「…」
「大丈夫?ぼーっとしてるよ?」
「ああ、問題ない」
「オルコットさん、薬見つかったって!早く帰ろう?」
ああ、そう言えばオルコット殿にはそう言った目的があったのだったな。
私はその事をすっかり忘れていた。
そして、自分自身がここに来た意味も。
「…なぁ」
「ん?」
再び私の方へと振り返るは笑っていた。
「…何処に、薬があったんだ…?」
人は怒りに我を忘れる…だが時に、思った以上に冷静になる事も出来る。
今の私は後者だ。
もし、オルコット殿が一般人だとしたら
何故こんな所に薬があると知っている?
風の噂で知ったとして、本当に薬があったとして
この小さな空間の何処にそんな物があった?
本棚の隙間?そこら辺の床?私は、何処にも見ていない。
「…落ちてたよ」
そう言って目の前の少女は笑った。
は、何を言っているんだろう。
それは今私が、有り得ないと思っていた物と同じじゃないか。
「…何故嘘を吐く?」
私の言葉に驚き、目を見開くは「え?」と小さく声を漏らした。
「本当の事なら、何故そんなに動揺しているんだ?」
そして私が追い打ちをかければ、更にその瞳は大きくなる。
「も傷を癒す時に見たんだろう?…あの蛇の刺青を」
驚き見開かれた漆黒の瞳に、笑顔の私が映っている。
自分でも驚いた。
私が、こんな人を馬鹿にするような笑顔を浮かべるなんて。
「は優しい…」
「私の気を少しでも紛らわし、私を呪縛から解放しようとしてくれている…」
綺麗な嘘。
だが私は、そんな彼女の気遣いに「大丈夫」と言える程強くはないのだ。
「でも、見てしまった…」
「見てしまったんだ…」
「…仇である事を証明する、スティングルである事を証明する、
あの汚らしい、蛇の刺青を…」
また、嘘を吐いた。
ノーマの時も、エバーライトの事を隠して彼女を傷付けた。
なのにまた同じ事をして、今度はクロエを傷付けようとしている。
「…クロエ」
壊れた瞳が私を捉える。
だらりと垂れたその手を握り、私は言葉を紡いだ。
「嘘吐いてごめん…でも、言いたくなかったの」
壊れた瞳に惑わされないよう、私は一つ一つの言葉に想いを込めた。
言葉足らずでも、自分の気持ちがクロエに伝わればと。
「私、未来で自分が皆を殺すって知って、何も楽しくなくなった」
「だけど皆がいてくれたから、またいつも通り楽しい日々が過ごせてるの」
「だから、クロエにも色んな未来を見て欲しいんだ」
「復讐だけが、クロエの未来じゃない。
私に未来をくれたのは皆だよ…だから、私も同じものをあげたいんだ」
返事はない、クロエの瞳は変わらない。
私は、間違った事をしているのだろうか。
それすら分からなくするクロエの無言と言う訴えに
私は為す術もなくただ返事を待った。
突然、自らの手が何者かに強く握られる。
その圧力に体が跳ね、そして目の前に広がる異質な物に私は目を見開き驚いた。
クロエの体から溢れる黒い霧。
それは部屋一面を染める程の、色濃い物。
気付いた時には遅く、私の手は捻られ、体は地面に叩きつけられていた。
「ッ痛…!?」
背中の激痛に耐え体を捩ると、ひんやりとした感触が頬を掠める。
それがクロエの剣だと言う事を理解するのに、それ程の時間は要さなかった。
「止めてくれッ!!」
私に覆い被さり、震えた声を漏らすクロエは
今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「もう、そんな事言わないでくれ…!」
「私の為を考えるなら、もう何も言わず私から離れてくれ…っ!!」
床に刺さる剣を握る手が小刻みに震えている。
額に落ちたいくつかの水滴は、恐らく涙だろう。
「っ私の為を想うなら、この剣に血が付く前に、私の前から消えてくれ!!」
溢れる霧は涙と一緒に私へと落ちる。
それはいくら吸い取っても、消える事はなかった。
「私が殺すのは…殺したいのはアイツだけではない!」
「…ッお前もだ、!!」
吐き出しされた言葉と同時、再び溢れた霧を見て、悟った。
クロエがこんなに辛い想いをしているのも。
クロエからこんなに黒い霧が溢れているのも。
クロエが今、私を見て涙を流しているのも。
オルコットさんのせいなんかじゃない。
復讐と言う鎖に囚われているからではない。
…全部が全部、私のせいなんだ。
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修正:14/01/08