「二人共、何してるんだ…?」
私とクロエが来ない事を心配してか、一度帰ろうと歩を進めた皆が戻ってくる。
為すがままに倒されている私と
床に刺した剣をギリギリと握るクロエ。
何処からどうみても、“何でもない”で済まされるような状況ではない。
「何かあったのか?と言うか、何かあったよな…?」
眉を顰めそう問うたセネルの声色に、クロエはピクリと肩を跳ねらせた。
私だけに見えたクロエの顔は、とても言葉では言い表せない程複雑だ。
「…大した事じゃ、ない」
グ、と喉を締めたような声に、私は何て答えて良いか分からなかった。
最も、クロエの発した言葉は私への返事ではない。
「私が、よろけて…に迷惑を掛けただけだ」
「でも、その剣…」
「鞘に入れもせず杖代わりにしてしまって」
そう言うとクロエは剣を抜く。
私はそれを目で追った。
「危険な目に合わせてしまい、すまなかった…私は、先に行く」
クロエは私から敢えて視線を逸らし、マントを翻して足早に消えていく。
クロエが言った事は嘘だ。
そんなの、ここにいる全員が気付いていただろう。
ゆっくりと立ち上がる私を見つめる皆の視線は答えを求める。
私はそれを見て見ぬふりをし、服の埃を掃った。
「…本当に、クロエが転んだだけなのか…?」
この空気に耐えきれず、セネルは私に答えを急く。
だけど私は元々答える気等ない。
「…内緒」
「は…?」
「今苦しいのは私じゃなくて、クロエだよ」
きょとんとしたこの鈍感男に、いつもより強い口調で言葉を投げた。
それでもセネルは何にも分かってないのか小首を傾げて私を見ている。
「私じゃなくて、クロエから聞いて」
意味が分からない、と言うようにむすっとする彼に
私は念を押すようその碧色の瞳を見つめた。
見つめた、と言うよりは睨むに近かったかもしれない。
「…分かったよ」
「うん」
「行こう、皆が待ってる」
「うん!」
納得いかない、と顔に書いてあるけどセネルはそれ以上の深追いはしなかった。
遅れている私の手を取ると、先を行ったクロエの後を追うよう砦を後にする。
…違う。
この手は私に伸ばされるものじゃない。
クロエがどれだけこの手を望んでいるか。
クロエがどれだけセネルに助けを求めているか。
この大きな手は、私を助ける為のものじゃない。
クロエを助けてあげてよ。
…セネルだって、刺青、見たんでしょう?
隠し砦を後にした私達が街に着いた時、既に空は暗く闇に覆われていた。
「今日は本当にありがとう」
「良いって良いって!これで解毒薬の恩返しが出来たんならね!」
深々と頭を下げたオルコットさんにノーマは全力で手を横に振る。
「良かった…」と言って頭を上げたオルコットさんは優しく微笑んでいた。
安堵した彼の表情は、見ているこっちもホッとしそうなくらい穏やかだ。
「…オルコット殿…貴方に聞きたい事が…」
途切れ途切れの言葉を聞き、オルコットさんはクロエを見る。
クロエは一度その穏やかな表情に目を見開いたが、
次には地面を見つめながらポツポツと声を零した。
「その…貴方は…」
「はぁ…っはぁ…!」
「エルザ?大丈夫か?」
その唇から全てのものが零れる前に、突如荒い息が彼女の言葉を遮った。
荒い息を零すのはオルコットさんの隣にいたエルザだ。
苦痛に顔を歪ませ体を傾けるエルザに
オルコットさんは落ち着くよう言うと背中を摩る。
二人を見たクロエは「あ…」と声を漏らすと半歩後退した。
「すまないが、今は…」
「いや…いいです…」
歩くことも儘ならないエルザを支え、オルコットさんは病院へ戻っていく。
途中振り返りクロエを見つめ、小さく頭を下げた。
それは何に対する謝罪なのだろう。
現実から逃げている事への謝罪?
それともただ単に、今話を聞けない事への謝罪?
「気になる事があるので、話に付き合ってもらえますか?」
オルコットさんとエルザが去った後、沈黙を破ったのはジェイだった。
「僕だけが疑問を感じたわけでもないと思いますし、なるべく早めに話しておきたい事なので」
「…そうだな。俺の家に行こう」
いつもならここで解散となるが、ジェイとウィルの神妙な面持ちに皆は一つ頷いた。
ウィルの家へと向かう中、私はクロエから目を離す事が出来なかった。
こんな、クロエが傷付くだけの話し合いなくなれば良いのに。
私がその手を取って、何処か遠くへ、オルコットさんがいない地まで行ければ良いのに。
…だけど私は臆病だ。
「っ私の為を想うなら、この剣に血が付く前に、私の前から消えてくれ!!」
その手を引っ張る者が、本当に私で良いのか…それすらも分からないのだから。
「話と言うのは、オルコットさんの事についてです」
席に着く暇もなく、ジェイは早速と言葉を発した。
「どうしてオルコットさんは隠し砦に行ったのか…
それは薬の材料があるから、と言う事でした」
「すなわち、あそこに薬の材料があると初めから知っていた事になります。
そして砦の存在だけでなく、ロッカーの中身まで把握していた」
ジェイは私達に反論の隙も与えず、スラスラと自らが持つ疑問を口にした。
まるで教科書を読むよう、引っ掛かりもなく滑らかに、だ。
「それがどうかしたんか?」
「おかしいと思いませんか?」
ジェイの言っている事の真意が見えないのか、モーゼスは眉を顰め疑問を零す。
いつものジェイならモーゼスを馬鹿にしてもおかしくないが、この時は別だった。
「薬品が置いてあったのは鍵がかかっているロッカーの中でした」
「何も知らない人がもし、“隠し砦の中に薬品がある”と噂で聞いたとしても
ロックの解除の仕方までは知らないはずでしょう?」
「なのにオルコットさんはロッカーの鍵の解除方法を知っていた」
ジェイの言葉は私へ届く前に空気に紛れてふわりと消えた。
議題の内容より、目の前で俯くクロエの事が心配で仕方なかった。
震える拳を自らの腿に押し付け、唇を強く噛み締めるその姿。
見てる私まで苦しくなる。
「理由は分かりませんが、オルコットさんは隠し砦の事を
以前から知っていたと考えるべきですね」
クロエに声を掛け、気を紛らわす事が出来ればと開いた口も
ジェイの言葉に遮られ音が出てこない。
そして一度タイミングを逃すと、もう私が口を挟む余地がない所まで話は進んでいった。
「…俺が気になったのは、オルコットさんの剣技だ」
「おう、あれは中々のもんじゃったの」
「あの技、前に見た事ある。あれは…」
考える振りをしながらセネルはクロエをチラリと見る。
盗み見られた事に気付いていないのはクロエだけ。
皆の視線はセネルを辿り、一点に集中していた。
「…クロエはどう思う?」
妙な沈黙が数秒続いた後、セネルは俯く彼女の名前を呼ぶ。
だけども返事はなく、沈黙に沈黙が重なった。
「…クロエ?」
「ん…あ、あぁ…」
二度呼ばれた後、クロエはパッと顔を上げ言葉を紡いだ。
だけどもその言葉は返事と言うにはとても曖昧でぎこちない。
「話、聞いてたか…?」
「あぁ…勿論だ…あ、いや…すまない、少し考え事を…」
クロエは「はは…」とらしくない乾いた笑いを零すと溜め息を吐く。
そして数秒後には再び自らの世界へ閉じこもるよう、口を閉ざし目を伏せた。
「…クロエも疲れてるし、今日はお開きで良いんじゃないかな…」
居ても立ってもいられず発した言葉に、ジェイは見るからに嫌そうな顔をした。
それもそのはずだ。
私はまだ解決していない話し合いを保留し、皆を解散させようとしているのだから。
「…では、最後に一つだけ」
「オルコットさんはヴァーツラフと何か繋がりがあったのかもしれない。
それを忘れず、頭の中に入れておいて下さい」
「注意だけはしておくべきだと思います。誤解であれば、それで良いんですし」
「特に人を信用しすぎるさんは」と嫌味たっぷりの言葉を吐くジェイに
私は笑って曖昧な言葉を返した。
「ほんじゃま、今日は解散だね〜」
「そうだな」
「本当はあの宿屋に帰りたくないんだけどな〜。ジジイの分まで宿代かかるし」
だるそうに立ち上がったノーマは背中を丸め、とぼとぼと扉へと向かって行く。
それにつられて皆は次々と立ち上がり、自らの寝床へと戻る列を作っていた。
「?クー?」
「……」
「どったの?早く帰ろうよ〜!」
「あ、うん…そうだな…」
唯一動いていなかったクロエもノーマの呼びかけに腰を上げる。
一歩歩けば背筋は伸び、いつものスラッとした立ち姿へと変わるクロエ。
だけどもその背中から溢れるものは別だった。
誇りとか、意志とか、そう言うのじゃない。
弱く、脆く、まるで泣いているようにすら見えた。
「んじゃ、おやすみ〜!」
「おやすみー」
それでも私だけはいつも通りでいるんだ、と
ノーマに手を振り別れの挨拶をする。
扉が閉まったと同時、静けさが生まれた。
「…クロエさん、どうしたのかな…」
沈黙を破ったのは、独り言にも似たシャーリィの声だった。
ウィルとセネルは無言で顔を見合わせると一つ頷き口を開く。
ああ、やっぱりセネルだけじゃなくてウィルも気付いてたんだ。
「オルコットさんの腕に合った刺青が原因かもしれない」
「刺青…?」
「両親の仇がしていた物と、同じだとするなら…」
何も知らないシャーリィは首を傾げ言葉の続きを待った。
この重苦しい空気、余り喜ばしい事ではないのをシャーリィも悟ったのだろう。
「オルコットさんと、トリプルカイツのスティングルは同一人物だ…」
それでも、まさかここまで酷い真実であるとは思ってもいなかっただろうけど。
「もしそうだとしたら、クロエが悩むのも無理はないな…」
「…」
そうだ。
クロエは今、悩んでいる。
クロエは今まで私にあんな顔を見せた事なかった。
苦しい時も悲しい時も一緒にいたのに、私はあんなクロエを初めて見たんだ。
私がクロエにそんな想いをさせているんだ。
だから、だからこそ私は。
今行動しなきゃ、きっと後悔する。
「…墓地…」
私の記憶が正しければ、クロエはこの後墓地に行く。
今…今追いかけなきゃ。
「どうしたんだ?急に…」
「…ううん、何でもない」
そう言いつつ、私はゆっくりと席から立ち上がる。
沈黙の広がる部屋にスプリングの軋む音だけが響いた。
「…ちょっと、出かけてくる」
そうして走り出そうとした時、
私を止めたのは制止の言葉ではなく、腕を掴む男の手だった。
いつもなら振り解く事が出来る彼の力も、何故か今回に限り凄まじい。
痛い、と訴えれば少しは状況が変わったのかもしれないが、私も意地になり口を開く。
「離して欲しいんだけど」
「…」
腕を掴むワルターの瞳には怒りに満ちた私の姿が映っていた。
それでも彼は私の願いを聞かず、その薄い唇を動かす。
「止めておけ」
「…」
「あの女の所へ行く気だろう?」
驚き目を見開いた私を見てワルターは「やはりか」と言わんばかりに溜め息を吐いた。
「お前の行動は分かりやすい…だからこそ、余計心配だ」
“心配”と言う言葉がワルターの口から出てくるとは思わなかった。
そんな私の気持ちを見破ってか、ワルターは次々に言葉を発する。
「お前は相手の気持ちを考え過ぎだ。
考え過ぎて、全く考えてない者と同じような行動をとる」
…それ、どう言う事?
私の、クロエの傍に行きたいと言う気持ちが迷惑だって?
「…そう言うのを、お節介と言うんだ」
「お前があいつに近寄れば近寄る程、相手は傷付く…悩み、苦しみ、壊れていく」
「放って置けば良いと言う事が分からないのか?」
説得力のある言葉と声に、一般人であれば納得し諦めていただろう。
でも、私は違う。
「分かんないよ」
見開かれた蒼い瞳に私の顔が映る。
今度は怒りに満ちた私ではなく、この状況で満面の笑みを浮かべている私だ。
「そんなの、分かりたくもない」
「私はクロエを助けたい、クロエとこれからもずっと、笑顔で一緒にいたい」
「ただそれだけだ」
再び掴まれていた腕を払えば、ワルターはあっさりと私の手を離した。
「しまった」と言わんばかりの彼の顔を見る限り、本当は離す気なんてなかったのだろう。
それでも一度離れさえすれば私の勝ちだ。
「お節介でも何でもない」
「私は相手の為にやってるんじゃない。私がやりたいからやるんだ」
「…ねぇ、ワルター」
「こう言うのはお節介じゃなくて、自己中って言うんだよ?」
「知ってた?」と笑う私を見てワルターは指先をピクリと動かす。
それ以降ワルターの手が私に伸びる事はなかった。
許してもらえたと言うより、ワルターが諦めたと言う方が正しいだろう。
ワルターの背後で今までのやり取りを見ていた仲間達も同じだった。
ぽかんと口を開け立ち尽くし、唖然とした表情で私を見ていて
私はそんな仲間達に笑顔で「行ってきます」と言い扉の外へと出る。
勿論「行ってらっしゃい」の言葉はなかったけど
今の私を後押しするものは仲間達の言葉でなく、自らの気持ちだった。
胸騒ぎがする。
誰かに呼ばれている気がして、速度が上がる。
私を呼んでいる何かが、クロエの叫び声だと言うなら。
私はそれがなくなるまで、隣にいるんだ。
「憎しみ等、もう忘れたと思っていた…」
「敵討ち等、もう忘れたと思っていた」
「だけど、この体は何も忘れていない…」
「あの日の記憶も、今日までの苦悩も…何一つっ…」
「この身に刻まれた記憶は、消す事など出来ないのかっ…!」
一日目の夜、私は苦悩に埋まる。
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修正:14/01/08