「ヴァレンス家の話、お聞きになりましたか?」
「あぁ、何でも当主、奥方とも賊に殺されたそうだな」
「生きていたのは、十二歳のひとり娘だけだったそうですよ。
ヴァレンス家はこれからどうなるのかしら?」
「ひとり娘が家を継ぐのではないか?
ヴァレンス家は名家だ。おいそれと、取り潰しにはならんだろう」
「あんな小さい子供に、家を守ることが出来るのかしら?」
「子供とは言え、ヴァレンス家の人間だ。手並みの程を拝見しようじゃないか」
「あら?手を差し伸べてはあげないのかしら?」
「はははっ、こんな面白い舞台を客席から観ずにどうするんだ?」
そうだ。
手など、差し伸べてもらわなくても良かった。
「っ…私が…私が、家を継ぎます!」
私は一人で家を継ぐと決めたのだ。
これからもずっと、一人で、騎士として生きていくと決めた。
「父様、母様の無念を晴らすためにも、ヴァレンス家を守ってみせます!」
一人で守ると決めたのだ。
そう想い続けて握った剣を、私は誰に向ければいいのだろう。
夜の街に響く自らの息に、頭がズキリと痛んだ。
「っ…!」
今更になって疲労が足に来る。
体がもう動きたくないと訴えているようだ。
だけど、どんなに足が震えようと息が苦しくなろうと、私は止まっちゃいけないんだ。
「クロエ!!」
墓地に入ると人影が見えた。
私はその人物を確認もせず声を上げる。
クロエからの返事はない、それ所か私の方を振り向きもしない。
だけど私が息を整え近寄れば、その白い手が自らの腰に下がる剣へと伸びた。
「何故、私を追ってきた」
声は低く、威圧感があり、そして殺気が篭っていた。
俯いた顔を上げ、私の方へと振り返ったクロエの瞳はまるで蛇のように鋭く光っている。
金色の瞳は、今夜の月の色に良く似ていた。
「来たかったから」
「…来たかったから、だと?」
「…そうだよ」
「貴様…私の話の何を聞いていた」
“貴様”。
クロエにそう呼ばれたのは、きっと初めてだ。
そんな風に私を呼ぶクロエを想像出来ず、体が大袈裟に跳ねる。
「私は貴様を殺すと言った。親の仇と共に、貴様もこの手で殺めると忠告したはずだ」
「私が殺すのは…殺したいのはアイツだけではない!」
「…ッお前もだ、!!」
同じ事を二度言われているのに、どうしてこうも違うんだろう。
隠し砦の時、苦しそうに吐き出した物とは違う。
もう覚悟を決め、私が後一歩でも寄れば斬りかかろうと言う気迫を感じる。
だけどもう、退かない。
「知ってたよ」
金色に光る瞳が驚きに見開かれる。
「私を殺せって…クロエが国から命令されてるの、知ってたよ」
更に見開かれた瞳は大きく揺れ、クロエは無意識の内に半歩下がる。
まるで異質な物を見るような瞳…もう慣れっこだ。
「知っていた、だと…?」
真実を飲み込むようじっくりと私の言葉を繰り返したクロエ。
その体はワナワナと震え、噛み締めた唇は白く変色していた。
「知っていたのなら何故今まで友を演じていたッ!!」
吐き捨てるように叫ぶクロエに対し、私は自分が思っていたよりも冷静だったと思う。
「何故私の手を取った!何故私に話しかけてきた!!」
「何故、私を拒絶しなかった!?」
「自分を殺すような相手の友を演じる必要が何処にあった!?」
剣の柄を握るクロエの手がギリギリと震える。
次の言葉次第で、クロエは私に剣を向けるだろう。
向ける所か、問答無用で斬りつけられるかもしれない。
それでも、私は怯えて自分の意思を隠すような事はしなかった。
「全部、私がしたかったからだよ」
素直な言葉を口にしてみせれば、クロエはピタリと固まる。
私はそんなクロエを真正面から見据え、ゆっくりと笑った。
「私がクロエの手を取りたかったから」
「私が、これからもずっとクロエと一緒にいたかったから」
「拒絶されるはずだった破壊の少女に、手を差し伸べてくれたのはクロエだから」
「だから私は、それと同じ事をしてるだけだよ」
殺気の中見え隠れしていた動揺が色濃く出る。
その瞳に映る私の姿は、クロエにどう見えていたんだろう。
「友達を演じていたんじゃない、今でも友達だと思ってる」
「私が嘘を吐いたり、何かを演じたりするのが苦手だって、クロエ知ってるじゃん」
「私は自分がしたかったから、クロエの傍に来たんだよ」
夜の冷たい風が頬を掠め、髪が靡く。
私はただ笑顔でクロエの言葉を待った。
「…そう、か」
クロエは怒りもせず、喜びもせず、ただ一つ言葉を返す。
俯いた瞳は光をなくし、私に合わさる事もない。
「知っていながらも私に近寄ると言う事は、潔く逝く覚悟があると言う事か…」
柄を持つ手が、ゆっくりと動く。
金属の擦れる音を立てながら姿を現した刃は、月の光に反射し妖しく光った。
剣の矛先は間違いなく私に向いている。
それでも、クロエは私にその剣を振り下ろそうとはしなかった。
「知っていたのなら、逃げれば良かった…」
雨音よりも小さな声は、泣いているように聞こえた。
「私なんかに構わず、消えれば良かった…」
「何も言わず、私に殺されない道を選んでくれれば良かったんだ…」
「走り、遠くへ行って…私の剣が届かない所まで、逃げてくれれば良かったのに…」
そうしてクロエは剣を下ろす。
「…クロエ…?」
ズル…と音を立て土を擦った剣はゆっくりと鞘へと納まる。
そしてクロエは虚ろな瞳で、微笑みながら言葉を繋げた。
「大人達が私を見て、可哀想だと笑っていた時
“もしかしたら、私が破壊の少女なのかもしれない”と思った…」
聞いた事もないクロエの本心に私は目を見開く。
「誰も助けてくれない…誰も手を差し伸べてくれない…。
だけど私の行動一つ一つは常に監視され、話のネタにされる」
「辛くて辛くて、仕方がなかった…もう、いっそ消えてくれと願った…」
霧のせいなのだろうか、クロエは私に見せた事のない弱音を雨のように降らす。
普段私を守ってくれるその姿がこんなにも弱々しく見えた事はない。
…ううん、クロエは初めから強くない。
必死に戦って、前を向いて、弱さを隠す程の強さを手に入れたんだ。
「真実ではない破壊の少女の話…は覚えているか?」
「自分の体をめちゃくちゃにした者達へ復讐をする為
大陸の半分を消した…と言う、今では嘘塗れの作り話だ」
「だけど私はその話を聞いて恐ろしく思ったと同時、これまでの糧にしてきたんだ…」
「…“復讐をする事”は自己を守る為の、正当な手段だと」
予想外の事が起きると、人は本当に声が出なくなるのだと思った。
驚き目を見開く私を見て、クロエは笑っている。
驚く私を見て滑稽だと、想像通りだと思っているのだろうか。
「…エルザだけじゃないんだ。以前の破壊の少女の伝説を信じていたのは」
「だから、体が丈夫だった破壊の少女さんが羨ましくて」
一瞬、クロエとエルザの姿が重なる。
「復讐を成し遂げる事が出来た彼女を、私は尊敬していたんだ」
「おかしいだろう」と付け加え、クロエは再び笑う。
いっそ、自分の過去も作り話であれば良かったのに、と言うように。
「これが私の本心だ」
「…何で、急にそんな事」
「後二日」
そう言ってクロエは一歩前へ出る。
未だに状況を飲み込めない私を置いて、墓地の出口を目指して。
「焦って殺す必要もなければ、真実を知られた所で誰にもばれる事はない」
「…」
「後二日で、ともお別れだ」
真横を通り過ぎる彼女から溢れる黒い霧は
憎しみとは別の悲しい感情に塗れていた。
「っ…二日あるなら一緒に考えようよ!」
すれ違いざま、咄嗟に出てきた言葉はクロエを苛つかせるだけだろうか。
それでも私は、言わないままにしておきたくなかった。
「二日あればやれる事だってたくさんあるよ!
オルコットさんに罪を認めてもらう事も、ガドリアの人に納得してもらう事も!」
「二日って意外と長いよ!ずっと一人で考えるのは、苦痛だよ!」
「私、クロエとずっと一緒にいるから!寂しい時も辛い時も、ずっと一緒にいるから!」
沈黙が流れる。
言葉はなくともクロエの感情は伝わった。
…これはきっと、拒絶を意味しているものだ。
「…ッ今更手を差し伸べられても、迷惑だ…!」
握り締められた拳は何を我慢して震えているのだろう。
今まで、どれだけの物を我慢してきたのだろう。
「もう、私に希望を与えるな…!破壊の少女…!」
私には考えられない程、クロエはたくさんの苦痛に耐えてきた。
ザッと砂を蹴り前へ進むその背中が、そんな甘い私を否定している。
なのにどうして、そんなに苦しい声を出すの。
まるで救ってと、私に助けを求めるように。
「…クロエが、考え直してくれないならそれで良い」
ピタリと止まった足音。
「私一人で暴れるから」
場にそぐわない私の言葉にクロエも驚いたのか、
再び振り向いたその表情は何とも言えない複雑なものだった。
私はそんな彼女にニヤリと意地悪い笑みを見せ、靡く髪を耳へと掛ける。
「もう、迷わないから」
これが私の意思だ。
「…勝手にしてくれ…もうこれ以上私を巻き込むな…私とお前は、もはや他人だッ…」
そう吐き捨てたクロエは、今度こそ振り向かずに私の前から姿を消した。
「…後悔しても知らないんだから」
いや、後悔なんてさせない。
クロエには“ああ、が暴走してくれて助かった”って思ってもらわなきゃ困る。
…絶対、そう思わせてやる。
「」
「あ」
不敵な笑みを浮かべる私に声を掛けたのは、ここを去ったクロエではない。
先程ウィルの家で別れの挨拶を交えた二人、セネルとシャーリィだった。
この様子だとクロエとは会っていないのだろう。
会っていれば私のとこに来る前にクロエに話を聞いているだろうし。
「こんな所で何してるんだ?」
「二人こそ何してるの?」
「私達は、クロエさんが病院に戻ってないと聞いて…」
「あーそれなら大丈夫!」
「?」
「私、さっきまで一緒にいたから」
「ここで話してたの」、と言うとシャーリィは「そうなんですか」と言い胸を撫で下ろす。
シャーリィはクロエの安否を心配していたのだろう。
街中にいたと分かっただけで安堵の息を漏らしていた。
…最も、もう一人の男はそれだけではないみたいだけど。
「…二人で何話してたんだ?」
セネルは最近こう言った質問ばかりする。
その質問に対しての答えはもう決まっているのに。
「好き勝手やって良いよって言われただけ」
眉を顰めるセネルに近寄り、胸にドン、と手を置く。
「後、そう言うのは私に聞くんじゃなくてクロエに聞いて」
「…何でだよ」
「何でも!」
本当鈍感、と心の内で漏らした言葉がセネルにも聞こえてしまったのか
まるで拗ねた犬のような顔をし、むすっとした声を出す。
「…また無茶するつもりか?」
それでも私を心配してくれているのは変わりない。
「どうして全部一人でやろうとするんだよ…も、クロエも」
押し付けた手を離し、悲しそうな顔をするセネルの髪をソッと撫でる。
「やりたくない事をやってるんじゃない…私がやりたくてやってるの」
「やりたい事を目の前にして形振り構うのって、おかしくない?」
笑顔を浮かべる私に二人は驚き目を見開く。
最後、クロエが私に見せた表情と同じだ。
「久しぶりに私が暴れる姿、その目で見れるの嬉しく思わなくちゃ!」
ぽん、と二人の肩を叩き間をすり抜け
私は「おやすみ!」と手を振った。
今日はもう寝てしまおう。
明日からまた忙しくなるのだから。
「……」
「…お兄ちゃん……?」
隣にいるシャーリィの声は聞こえていた。
なのにその呼びかけに応える事が出来ず、ただ拳を握り目を伏せる。
怒りなのか悲しみなのか、自分の持つ感情が分からない。
だがその感情もしばらく経てばすうっと消える。
深呼吸をし空を見上げれば、思った以上に心が落ち着いた。
「今日は、早く寝るか…」
「え…?」
クロエを探している間に日付は変わっていた。
早く、と言える程の時間ではなかったけど
このままどうにもならない事を悩み考えるよりも、布団に体を沈めた方が有意義だ。
「明日から、忙しくなりそうだからな…」
そう言って、アイツ等が見ていそうな夜空に
困った笑みを一つ零した。
結局、俺にはを止める術がない。
だけど、守るくらいなら出来るだろう?
もう、無茶でも何でもしてくれ。
必ず、俺達が守ってみせるから。
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修正:14/01/08