ふう、と息を吐く彼女を見る。
「ああ、やっと終わった」と言うのが正直な感想だった。





より」





ペンを握り締めていた手が痺れている。
知らない内に、こんなに力を入れていたのか。

今すぐ破り捨てたくなる手紙を彼女はスッと横から取った。
文字も読めないくせに出来上がった文面を確認し、再び僕の前に差し出す。





「セネルに渡して」
「…」
「セネルはきっとクロエを追う。だからセネルが病院を出る前にこの手紙を渡して」





いつもより落ち着いたさんの声が、酷く耳触りだ。
決意の笑顔がとても醜く歪んでみえる。





「あ、勿論セネルに中見せないでよ!後クロエは墓地にいるって伝えて」





いつまで経っても手紙を受け取らない僕に向けて
さんは更にズイ、と紙を近付ける。

ああ、何て酷な人なんだろう。

人の気持ちも知らず、こんな事をさせるなんて
伝承の中で生きる破壊の少女よりも酷い。





「…分かりました」





さんを止めるはずだった手は行き場を失くし、その手紙を渋々受け取る。





「じゃ、行って来る!」





僕が手紙を受け取った事に満足したのか、さんは元気良く声を上げて笑う。

そしてベッドに放り投げていた武器を持ち、
椅子から立ち上がる事の出来ない僕に小さく手を振った。

まるで鼻歌でも歌いだしそうなくらいご機嫌だ。





さん」





知らず知らず零れた彼女の名前。
靴音が途絶え、「ん?」と言った純粋過ぎる返事に僕は戸惑う。

何故、彼女は仲間の為にここまで出来るのだろうと。





「…無理はしないで下さい。必ず、助けに行きますから…。
 だからそれまで、何もせずに待っていて下さい…」





紡いだ言葉は断片的であったけど、しっかり伝わっただろうか。
さんは返事をせず、ただ笑っていた。





「ジェイが心配してくれるなんて珍しいな」





何だよそれ。
目を見開き、拳を強く握る。

何か怒りの言葉を投げようとしても、
唇を噛み締めてなければ別の言葉が出てきそうで、何も言えない。





「でも私が待つような奴じゃないって、知ってるじゃん」





正論過ぎて何も言えない僕を置いて
彼女はもう一度「行ってきます」と笑い扉を閉めた。

渡された手紙を握り潰す事も出来ず立ち尽くす僕は弱く
「行かないで」の一言もまだ素直に言えない。

それなら彼女の望みを叶えてあげよう。
セネルさんやモーゼスさん、皆には出来ない事を僕がしよう。

貴女が望んでいる事を受け止め従う事が出来るのは
一度心が死んだ、僕だけだ。

そう思えば僕の足は必然的に動き始め、
皆が集まるエルザさんの部屋へと向かっていた。










部屋の中は暖かいブレスの光で包まれていた。
ベッドの上にはシーツを握り締め息を荒く吐く少女の姿がある。

光は彼女へと集まり、消え、再び集まり、ただひたすらに繰り返される。

どのくらい繰り返された頃だろう、
部屋の中にいる人物がポツポツと声を漏らし始めた。





「この程度では、気休めにもならんのか…」
「明日の朝まで待ってオルコットさんが戻らなかったら、俺達も帰らずの森へ行こう」
「うん、そうだね…」





不穏な空気に包まれた部屋の扉がゆっくりと開く。

そこに立っていたのはジェイ。
そしてその横をすり抜け部屋の外へと出ようとしたのはクロエだった。





「クロエ…?」





同時に二人の人物が行動を見せ、
戸惑いながらもセネルはまず少女の名前を口にする。

セネルに名前を呼ばれたクロエは返事もせず姿を消し、階段を下りていった。





「あいつ、一体何処へ…」
「あの時エルザを止めなかった事に、責任を感じているんだろう」





深追いをしようとするセネルを止めたのはウィルだ。
セネルはウィルの言葉を聞き、「あ」と声を漏らし目を伏せる。





「セネルさん」





悔しそうに拳を握るセネルにジェイはカツカツと靴音を鳴らし近付く。
セネルは顔を上げ、ゆっくりと近付くジェイの姿を見て目を細めた。

その瞳の意味は言葉にせずともジェイに伝わっていただろう。
「一緒にいたはどうした」、それが八割だ。





さんからの依頼です」





そう言って一枚の手紙を差し出す。
セネルは驚き目を見開いて、ジェイと手紙を交互に見た。





から…?」
「これをクロエさんに届けて欲しい、と」





早く取れ、と威圧するジェイの鋭い瞳に
セネルはゆっくりと手紙を受け取る。





「中身は見るなと言ってました。どうやらクロエさんだけに伝えたい事らしいので」





何も知らない素振りで淡々と言葉を吐くジェイは自らに嫌悪感を覚えていた。
嘘を吐く事に慣れてしまった自分等、誇りにすらならないと。





「…分かった」





セネルはジェイの言う通り中身を見ずに手紙をしまう。
ジェイはその行動をジッと見た後ゆっくり頷き、再び口を開いた。





「クロエさんは墓地に向かったらしいですよ。
 さんが言っていた事なので確かではありませんが」

「いや、充分だ…ありがとう、ジェイ」





すれ違いざま聞こえた感謝の言葉に、ジェイは鼻で笑う。
それはセネルに対してではなく、自分に対してのものだった。

感謝される事をいつしたのか、考えた所で何も浮かばない。
それでも僕に感謝するのだ。セネルさんも、さんも。

ジェイはそんな純粋すぎる二人を目の前にし、ただ自らを蔑むしか出来なかった。





「ウィル、悪いが…」
「ああ、お前はクロエを追ってやれ」
「お兄ちゃん、待ってるから…クロエさんを助けてあげてね」





セネルは一言「ありがとう」と言うと
消えたクロエの後を追い、病院から外へと駆け出した。















気が付いたら足が勝手に墓地へと進んでいた。

ここは酷く落ち着く。

風に吹かれ、葉の擦れる音が心地良く響く。
だけど目を閉じた途端、私を襲うのはただただ孤独だけだった。

一人ぼっちの自分。
親の仇。
そして一人の少女の笑顔。





「この呪縛を断ち切らなければ、私は前に進むことが出来ない…」





そう、貴方を殺さなければ私は昔の私のままなのだ。





「だが…何故、貴方なんだ…」





何故、貴方と出会ってしまったのだろう。
何故、自らの娘に向ける貴方の優しい笑顔を見てしまったのだろう。

もし私の復讐相手が人を襲う魔物であれば
何も戸惑う事はなかったはずなのに。





「私は…どうすれば良い…どうすれば…良い…」





辛い、苦しい、哀しい、気持ち悪い。
全て吐き出したら、楽になれるのだろうか。

そう思った途端、自分の体から溢れだしたのは黒い霧だ。

手から、足元から、体中から溢れる霧は私の意思では止まらない。
それどころか嫌だと思えば思う程量を増す。

霧は私の目の前に集まり、黒い塊と化していく。
そしてその姿は見覚えのある形へと変化していった。





「お前は…私?」





信じ難いと一歩後退する私へ微笑むそれは
間違いようのない、過去の髪の長い自分だった。





「悩む必要なんてないじゃない。思い出してごらん…?」
「思い…出す…?」





ゆっくりと口を開き、目の前の少女は言葉を奏でる。
その声も正真正銘、昔の私。





「私から全てを奪ったのは誰?父様と母様を殺したのは誰?」
「…オルコット、どのだ」


「私が剣を握ったのはどうして?手がぼろぼろになるまで、剣を振るったのはどうして?」
「…父と母の無念を晴らすためだ」


「寂しかった日々を思い出して。広い部屋に一人でいたのを、良く思い出して」
「…」





未だ鮮明に覚えている。

汚い大人達は誰も手を差し伸べてくれなかった。
髪を切り、復讐を決意した時、世話係は影で笑っていた。





「ヴァレンスの家を守ろうと努力しても、誰も私を助けてくれなかったよね?」

「辛いのを我慢、寂しいのを我慢して、泣く事も許されなかったよね?」





あぁ、そうだ。
その通りだ。

泣いたら弱いと馬鹿にされ。
泣かなくても、頑張っても、滑稽だと笑われる。

辛くて、寂しくて、本当は誰かの胸に飛び込みたくて。





「ねぇ…そうなったのは誰のせいなの?」
「…オルコット殿だ」





そんな私を支えてくれていたのが
広い家の中で見つけた古書の、破壊の少女の伝承だったのだ。





「そうだよね…全部アイツのせいだよね。だからあの時私は、復讐を誓ったんだよね」

「でも、私が寂しい想いをしたのはアイツだけのせいじゃない」

「あの汚い大人達は、誰も手を差し伸べてくれなかった。
 じゃあ、汚い大人達を見返すにはどうしたら良い?」





見返す…?
私はそんな事、考えた事もなかった。

だけどそう言う気持ちが心の奥底にあったのかもしれない。
だって、目の前の私がそう言っているのだから。





「“ヴァレンス家はこんなにも立派になった。汚い大人達に惑わされる事もなく…”
 それを伝えるには、どうしたら良いと思う?」





復讐すれば全てが元に戻ると思っていた。
私を馬鹿にしていた大人達も、またヴァレンス家を称賛してくれると思っていた。

だけどオルコット殿を始末するのは、結局私の中の願望だ。
名の知れぬ男一人殺したところで大人達の態度は変わらない。

たった一人の敵を討つだけではダメなのだ。
それでこそ、破壊の少女のような力を見せなければ。

…破壊の少女のような、力を…。





「…破壊の少女を殺せば良い」

「手柄を手にすれば、ヴァレンス家は英雄になれる…」





私がそう口にした時、目の前にいる幼い自分は嬉しそうに笑った。
その笑顔がとても愛おしく感じたのだ。

ああ、過去の自分の笑顔等、いつ頃から見ていなかっただろう。
父様と母様が死んでから、私は笑顔を忘れていた。


そんな少女が、今私の目の前で笑っている。


あの辛い日々を耐えてきた幼い自分が笑顔をくれるなら―――…

…―――何人でも、殺せる気がした。




「ほら、もう答えは出てるよ。何も迷う必要はないんだよ」

「…どっちも一緒に、殺しちゃえ」





純粋無垢な声は甘ったるいお菓子のようだった。
幼い自分が、寂しさに耐え続けた自分が喜んでくれるなら、私は、私は…。





「…あぁ、そうだな」





例えそれが罪だと分かっていても、この手を血で塗らしてみせよう。
私が私自身を救ってあげるんだ。

だけど、いつもそんな私を止めるのは―――…





「クロエ!」





…―――お前なんだ、クーリッジ。










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修正:14/01/08