「…うーん」





威勢良く飛び出したもののどうしよう。

帰らずの森に一人で来るのは初めてだ。
それに気付いたのは既に森の中に入って数十分歩いた時だった。

来た事はあるものの、道なんて覚えている訳がない。
木、草、花、木、と続く景色の中、私はただ我武者羅に歩くしか出来なかった。





「…困ったなあ…」





既に日は昇り始めていると言うのに、森の中は真っ暗。
まるで早く帰れと私に訴えるよう。





「…」





早く帰れ?冗談じゃない。





「走ればすぐ着く!」





暗闇を恐れず、前へと突き進み、私は一人の男を必死に探した。

頭も使わずただ走る。
単純すぎてどうしようもないけど、これが私のやり方だ。





「邪魔邪魔!殺されたくないなら早くどき…な、よ…?」





森に棲息する魔物達に向け短剣をちらつかせる。

襲いかかるものならば直ぐに投げつけやると意気込んだものの
私の思いとは別に魔物は全く動かない。

それどころか、まるで私の為に道を開けているようにすら見えた。





「…何?」





気が付けばあれ程いた魔物が私の前から姿を消している。
安心しきった野鳥が木の枝で歌を歌う程、穏やかな時が流れていた。

黒い霧を纏った魔物ですら私に襲いかかろうとしない。

明け方だからお腹が減っていないのだろうか?
…いや、何にしても都合が良い。





「…分かんないけど、有難く進ませてもらうよ!」





返事はない。
それでも私はただ走る。

たった一人で、たった一人の少女の為に。















「ハァッ…ハァ…!」





強い雨と、目の前に立ち塞がる魔物が、走る私の邪魔をする。





「魔人剣ッ!!」





長々と構っている暇はない。

技を使い、魔物が怯んだ隙に逃げるよう奥へ進んだ。

こんなに大勢の魔物を相手にするのはいくら私でも時間が掛かる。
ならば戦略的撤退が何よりも有効だ。

早く、早くに追いつかなければ。





「何をそんなに急いでるの?」





何故って、私はに…。





「何で貴女は走ってるの?」





に会って、何をする…?





「今なら二人同時に殺せるから?」





クスクスと甘ったるい笑い声。
ドクンと高鳴った心臓。

気が付けば駆ける足が止まり、走る道を見失う。

それでもとにかく走っていなければおかしくなりそうだと顔を上げれば
目の前には綺麗なドレスを纏った少女の姿。

また、過去の私が私を見て微笑んでいる。





「そうだよね…殺すんだったら二人一緒の方が、時間掛からないもんね」





違う、私はそんなつもりは…。





「ねぇ」





無機質な声。
甘ったるいあの声が、殺気を帯びて聞こえる。





「そんなになるまで走るのは、父様と母様の仇と、破壊の少女を殺す為…だよね?」





裂けそうなぐらいに口を吊り上げ笑う少女を見て、私は恐怖を覚えた。
こんな風に笑う少女の正体が私自身だと言う事に。





「…私、は…」





分からない。
私はさっきまで、何を思って走っていたんだろう。
私は一体、何の為にここへ来たのだろう。





「もう答えは出たじゃない…手紙一つで、貴女の意思は変わらないよね?」

「もう悩む必要はないんだよ。出た答えを信じて進めば良いだけ」





そう、私は一度答えを出した。

オルコット…スティングルを殺し、
大人達を見返すためにも殺す。

そうすれば父様と母様の無念を晴らす事が出来、
ヴァレンス家の名誉も取り戻せるのだ。

それを私は、分かっているのに。





「…分から、ない…」





この心が、何を求め、何を追って
何を愛しいと感じているのか分からないのだ。





「分からない…分からない、分からない…!」





頭の何処を探しても正解がない。
心の何処を探しても私の気持ちが見つからない。





「ッ何も、分からないんだ…!!」





それでも、何も分かっていない体が、頭が、心が、私にこう命じるんだ。





「今私は、走るしかないんだ!!」





お願いだから、待ってて。

それは私がを殺すまで?
それは私がを止めるまで?

私は一体、何に答えを求めているのだろう。





「そう…でも、もう迷う必要はないんだよ」

「幻想なんかに惑わされないで…その剣を誰に向けるか、答えはもう出てるんだから」





あぁ、一体。
ドッチガ幻想ナンダ。















「ショートカットー!!」





魔物が襲ってこないなら好都合と、私は好き勝手に草むらを突き進む。

そうするとあら不思議、道と言う道を全て無視した私は
あっという間に目的地に着いていた。





「ゴール!」





ガサ、とより一層大きな音を立て飛び出す私の目の前には一人の男。
小さくガッツポーズをし跳ねる私を見て、男は大きく目を見開いていた。





、君…?」





驚きを隠せないオルコットさんの声は何だか少年みたいだ。
私はそんな彼に満面の笑みを向けてくるりと回る。





「当たり!」





これから命を賭けた戦いが始まると言うのに
私もオルコットさんも全く持って緊張感と言うものがなかった。

私は未だ武器を構えていないし、
オルコットさんはその剣を地面に向けたまま動かない。





「クロエの代理で来ました!」





だけども私がクロエの名前を出した途端、場の空気は変化する。





「代理、だと…?」
「あ、でも別に頼まれて来た訳じゃないよ」





そう言いながら数本の短剣を取り出し、杖を構え相手に向ける。





「クロエの為だから、本気でいくよ!」





攻撃態勢に入った私を見ても、オルコットさんはただ突っ立っているだけ。

オルコットさんからは殺気を感じない。
まるでままごとに付き合う大人のようだ。





「…私は、クロエ君を呼んだ」
「…?」
「代理だからと言って、君を傷付ける事は出来ない…」





そう言うとオルコットさんは手に持った剣をカラン、と落とす。

戦いを放棄し、「早く帰りなさい」と諭すオルコットさんを見て
私は大人だなあ、と思う事も出来ずただ腹を立てた。





「じゃあ大人しくやられてくれるんだ」





棘のある言葉を相手に投げると、オルコットさんの表情は少し変わる。





「アンタ、お互いに戦意がなければ戦いにならないとでも思ってる?」
「…」
「正面から堂々と対決した事なんて、ほとんどないくせに」





オルコットさんがほじくられたくない過去を私は敢えて口にした。
作戦とか、そんな頭を使ったものじゃない。ただ単に苛ついただけだ。

手に持つ杖にぐっと力を入れれば、私の周りに風が生まれる。





「私、本気だから」





いつでもブレスを撃てる態勢になる私を見て気が変わったのか。
オルコットさんは自らの足元に落ちている剣を拾い、私へと向けた。





「…その覚悟は、本物か?」





相手の剣を握る手に、力が入ったのが分かった。





「死を覚悟していないのであれば、退いた方が良いぞ?」





オルコットさんが私にくれた最後の逃げ道。
だけど元々逃げる気なんてない。





「命なんて、クロエの気持ちに比べれば軽すぎる!!」





地面を蹴り上げ、風を切り、相手の胸に向かって短剣を投げつける。

オルコットさんは短剣を弾くと共に飛び込む私さえもかわし
大剣を避雷針代わりにして追い討ちのブレスを無効化した。

地面が焦げた匂いに、お互い顔を歪める。

オルコットさんはゆっくりと自らの剣を地面から引き抜く。
剣は折れもせず、ブレスを受け止める前と同じ形状のままだった。





「その覚悟、本物ならば…」





静かな声だった。
何かが始まる前の、嫌な風。





「こちらも本気でいかせてもらうぞ!!」





目の前の男は、私を強く睨み殺気を放った。
さあ、ゲームスタートだ。















「ねぇ、見える?」





クスクスと。
耳元で誰かが私に囁いた気がして、ゾクリと寒気が走った。

気味が悪く、動かし続けていた足が止まってしまう。
…いや、足が止まったのは聞こえた声のせいではない。

私の瞳に映るその光景に、自然と足が止まったんだ。





「凄く滑稽な姿が見えるよ?ねぇ…」





私の肩に手を掛け、再びクスクスと笑う少女に何も言い返す事が出来ない。
ただただ、開けた口を閉じるのも忘れ、目の前の光景に首を振った。





「もう、貴女が何かする必要もなくなったね」





金属の擦れ合う音。
轟き、耳を裂く雷鳴の音。
振るう剣が大地を切り裂く音。





「あの二人が勝手に殺し合ってくれる…貴女は残った一人を殺せば良いだけ」





震える私の手をそっと包む少女の手。
暖かいけど、何かが違う。

私が求めていたぬくもりは、こんなにも薄気味悪いものだっただろうか。





「あれじゃ生き残った一人もクタクタだよ。貴女が苦労する事もない」

「動けなくなった人間に、剣を落とすだけで良いの」





空を斬る大剣を避けきれず、白い頬に流れる赤い血。
炎や雷のブレスで焦げる肌の匂い。





「じっくり見てれば良い…ねぇ、楽しいでしょう?」

「殺そうとしてた二人が、殺し合う姿は」





楽しい?
このような感情が、楽しいだと?

分からない。
私はどうすれば良いか、分からない。





「そう言えば、私とオルコットさんが戦うのって初めてだよね!」





私がこんなにも悩んでいるのに、目の前にいる少女は楽しそうに笑っている。
底抜けに明るい声の主が何を考えているのかも分からず、余計混乱するんだ。





「ああ、そうだったな…!」
「艦橋の時は見逃してもらったしね!」
「あの時、君が一人で来た事には驚いたよ!」
「緑の奴が運んでくれたから!」
「緑の奴…?ああ、幽玄か!」





まるで世間話をするかのように二人とも笑っている。
だけどキィン、と鳴る金属の音、火花は本物だ。

そして、信じられないものを見た。

あの男の剣を、は弾いたのだ。
横転しそうな男にブレスを放ち、追い詰めている。

座り込む男にはグッと杖を近付け、ニヤリと笑った。





「あの時は弱かったけど、今の私は結構強いよ?」
「…ハッ」





追い詰めた男の嘲笑には一瞬気を抜いた。
その瞬間、男の握っていた大剣がを襲う。





「っ…!」
「まだ、貴女が出る幕じゃないよ?」





走り出そうと無意識に動いた足には、黒い霧の足枷。
蛇のように絡みついたそれを見て私はただ震えるしか出来ない。

尻もちを着き、杖を遠くへ飛ばされ
男の攻撃を避けきれず腕から血を流す





「君が強くなっても、まだ私の方が強いみたいだな!!」





立場はあっという間に逆転した。
だけどは笑顔のままだった。





「まだまだッ!!」





そしてまた、相手へと立ち向かう。
血の軌跡を地面に残しながら。





「クロエ、さん…?」





背後から聞こえた女性の声に、ビクリと体が跳ねた。

の声でも幼い私の声でもない。
恐る恐る振り返れば、私に声を掛けたのはシャーリィだと言う事がすぐに分かった。

シャーリィだけじゃない。
皆…皆いる。

やっと来てくれた。
いや、来てしまった。

ああ、私は仲間達が来てくれた事を
嬉しいと思っているのか、煩わしいと感じているのか。

頭の中が、ごちゃごちゃだ。





「…分からないんだ…」





一体、何をして良いか。





「分からない、分からないんだ…クーリッジッ…!」





意識せずとも出た男の名。
クーリッジは私の腕を引っ張ると、泣く寸前の私を隠すよう抱き締める。





「分からないなら、分からなくて良いんだ」





体を包む優しいぬくもりに、私の体は固まった。
何か言わなければ、と思っている唇も全く動く気配がない。





「分からないなら、それで良い…しばらくあの二人を見ていれば良いんだ」





クーリッジは私の背中を叩き、笑顔を浮かべる。

ああ、この男まで気が狂ってしまったのだろうか。

今目の前で死にそうな仲間を、今目の前で繰り広げられている殺し合いを
黙って見ていろだなんて。





「セネルさん、何を言ってるんですか!」
「ジェイ、良いんだ」
「っだから、何が…!」





私から離れ、ジェイを見つめるクーリッジの瞳はとても大人びていた。
初めて出会った時の我武者羅な男の姿は何処にもない。





「クロエに答えをやれるのは俺達じゃない、なんだ」





戸惑いながらも悟った。

ああ、この男が私にここまでするのは
全てのお陰であり、のせいなのだと。





「クロエ」

「良く見て、良く聞いて、の気持ちをしっかり受け止めてやれ」

「そうすればお前がどうすれば良いか、自ずと答えは出てくるはずだ」





そう言ってクーリッジは笑う。
全てを私に決めろと、優しく突き放す。

分からない。
私は、もう分からない。

だけど、それでもお前の言葉ならば信じても良いと思えるんだ。





「……」





目の前の舞台で踊る少女を、私は瞳で追いかける。










Next→

...
修正:14/01/08