「お父さん…さん…」
クーリッジの背後には、瞳を潤ませ私と同じように状況を見つめるエルザがいた。
私はエルザの為に、早くこの場から飛び出し二人を止めるべきなのだろう。
なのに、体が動かない。
「大丈夫だから」
そう言ってクーリッジは笑う。
何が大丈夫?
お前はいつだって、根拠のない事を信じて物を言う。
そして、私はその優しさにいつも甘えるのだ。
「ッ痛…!」
目の前で傷付く少女を見ても、私は動く事が出来ないでいた。
まだ心の何処かで彼女を疎ましいと思っているのかもしれない。
いや、そう思っていると信じたいだけだろう。
「代理にしては弱いぞ!ヴァレンス家の娘はもっと強い!!」
両親を殺した男の声に、は嘲笑を零す。
「確かに私は弱いよ!アンタに勝つのだって奇跡が起きなきゃ有り得ない!」
「だけど粘り強さと仲間を想う気持ちなら、誰にも負けないんだから!!」
仲間を想う気持ち。
ドクン、ドクンと頭に響く心臓の音。
耳障りな音を抑え、私はの声を聞き取ろうと必死に耳を傾けた。
「例え骨が折れても、手がちぎれても、足がなくなっても!
絶対に諦めたりなんかしない!」
「一人だった私を救ってくれたクロエを、今度は私は救うんだ!!」
分からない。
「覚悟があるかは初めに聞いた!もう情けはかけんぞ!」
「当たり前!手加減なしの本気勝負だろ!?」
分からない。
分からないんだ。
「ッは、あ…!!」
がそうまでする価値が、私にあるのか?
自分の命を賭けて、私に何故そこまで尽くす?
「まだ動くか!破壊の少女よ!」
「っ…もちろん…!」
分からない…けど、凄く、心が痛むんだ。
「もう止めてくれえェッ!!」
森の中に響く私の声は最後の一振りを下ろそうとしていた男に
その攻撃を受け止めようと杖を突き出していた少女に
その場にいる全員の耳に届く。
「何故だ…何故私の為にそこまでする!!」
居ても立ってもいられず吐き出した声が震えている。
それが酷く、情けないと感じた。
あんなに堂々と胸を張り戦う二人の姿を見て
裏でそれを見続ける事しか出来なかった自分が騎士だなんて、滑稽だ。
「人を殺すのが怖いと!仲間を殺したくないと!
自分は誰も殺したくないと、あれ程言ってたじゃないか!!」
静の大地で、は確かにそう言ったのだ。
泣きながら、別の未来にしたいと、私達と一緒にいたいと。
「クロエ…?」
それならば、にとって幸せな未来を皆で作っていこうと話したのだ。
その時のの綺麗な涙も、笑顔も、私は全部覚えている。
「ッどうしてお前は人を殺そうとする!?」
何故、自ら血で汚れようとする。
「何故がそこまでする必要がある!?私一人で良いはずだ!」
元々は私が蒔いた種だと言うのに
何故がこんなに傷付かなければいけない。
「私が…私自身がこの因縁を断ち切らなければいけないのに…!」
「誰かにやってもらっても、代行してもらっても
この気持ちがスッキリするわけないだろう!?」
「仲間を守る為に握った剣でも何でもない!私は復讐の為に剣を握ったんだ!!」
「私は剣を握ったその瞬間から、お前に守られるような人間ではなくなった!
ッ殺意を持ち続けた子供なんだぞ!?」
一生、一人で生きなければいけないのだ。
それ程、私の心は汚れている。
屑だと言われてもおかしくない。
何故かって、私は一人の男を殺す為に生き続けたのだ。
ああそうだ。誰かを幸せにしたくて騎士になった訳ではない。
きっかけは目の前の男である事を、今更誤魔化す事等出来ない。
「きっかけはそうでも、今のクロエは違うよ!」
もう喋るのも辛いはずなのに、は唇を噛み締め言葉を放つ。
「クロエは強くて、可愛くて、優しくて、
人を、仲間を助けてくれる凄い騎士じゃん!」
「ただ我武者羅で人を殺すような人じゃない!!」
声が、震えているぞ。
もう、血がないんじゃないか…?
喋ったらいけないんじゃないか…?
「一人で抱え込まなくたっていいんだよ!クロエには仲間もいる!
いなくなったお父さん達も見守ってくれてる!!」
辛いだろう。辛いはずなのに。
分からない。分からないはずなのに。
「クロエは一人じゃないんだよ!
クロエは全部抱え込まなくたって良いんだよ!!」
金属と金属が弾け合う。
舞台の上では、ピンチだったはずの主人公が悪役の剣を弾き飛ばしていた。
相手がそれを拾う間に、大きな岩に寄りかかりながらゆっくりと立ち上がり
滴る血を服の袖で拭い、私を見て嬉しそうに笑った。
「私が、クロエの代わりに全部やるから!!」
本当は、あの舞台に立つのは私じゃなきゃいけないはずなのに。
「全部やる!全部やってちゃんと罪も償う!
だから、これが終わったら元のクロエに戻ってよ!!」
そんなの、無理だ…。
「そう、無理なの」
耳元で囁く少女の声が、の声を掻き消した。
「例えあの子が貴女の代わりにあの男を殺しても
貴女はあの子を殺さなきゃいけないんだから」
「貴女はもう昔の貴女には戻れない。
仲間達と楽しかった日々は、もう過ごせない…」
「でも、寂しかった思い出を全部変える事が出来るんだよ?」
の笑顔も、もう黒い霧で見えない。
クロエ、クロエと私の名を呼ぶこの音も、もしかしたら幻聴なのかと錯覚する。
「止めてくれっ…もう、止めてくれっ…!」
襲いくる霧に、私は頭を抱え蹲る。
頭上から降り注ぐのは粘りのある甘ったるい声。
私はそれに怯え震える事しか出来なかった。
「お父さん…!」
私と違い、エルザは臆する事もなく
目の前にいる父に自らの姿を晒した。
「エルザ…何故ここにいる…!」
相手が怯んだ隙には短剣を投げ付ける。
もう肩の限界がきているのか、短剣は相手に届く前に地面へ落ちた。
「お父さんもさんも、もう止めて!」
自分が姿を現しても尚続く戦いを目の前に、少女は頬を濡らし叫んだ。
「すまない、エルザ…でも、止めるわけにはいかないんだ!」
「お父さんっ…!」
「私は罪を犯しすぎた…それは許される事ではない…!
私はこの娘の気持ちに、応える必要があるんだ!!」
止めろ。
エルザが悲しむ。
が死ぬ。
オルコット殿に罪がかかる。
私が、壊れる。
「何で止めて欲しいだなんて思うの?」
「これが終われば、もう苦しい想いをしなくて良いんだよ?」
「ほら、ねぇ…よく見て」
まるで操られるよう、前を向いた瞳に映ったのは―――…
「もうすぐ、貴女の出番だよ」
…―――傷だらけになり、地面に膝を着く少女の姿だった。
「貴女が刺すのは男の方…破壊の少女は、もうすぐ死んじゃう」
…もうすぐ…死ぬ…?
「いやだ…!」
過去、自分に襲いかかる男を拒んだ時のように
私は震える唇を動かし、必死の想いで否定の言葉を吐き出した。
「止めろ、止めてくれっ…!」
「どうして…何でそんなに拒むの?」
「止める、もんか…!!」
二重に重なる声。
と、幼い私の声。
「私は…こんなに頑張ったのに…」
「頑張ったんだから、ックロエは私に応えてよ!」
その声は、今の私の頭に痛い程響く。
「迷わないで!あの苦しかった日々を思い出して!!」
「楽しかった、皆で笑ってた日のクロエに戻ってよ!」
目の前に立つのは漆黒の髪を持つ血だらけの少女、と
孤独しか知らない、腹立たしい程純粋な…昔の私。
「今まで、どれだけ苦しい想いをしたか、誰のせいでそうなったか!」
「私がたくさん楽しい思い出を作れたのは、私が笑ってられたのは!」
喋る度に揺れる二人の黒い髪が私を混乱させる。
まるで、自分が二人いるよう。
どちらも私に、救いの手を差し伸べてくれている。
どっちがどっちか、分からなくなりそうだ。
「全部あの男のせいじゃない!!」
「全部クロエのお陰なんだよ!!」
鎖が、千切れる。
錆びる事のなかった、今までずっと心を縛っていた忌々しい鎖が。
「っああああ!!」
ただ、行き場のなくなった感情を言葉にならぬ声で吐き出した。
そして、目の前にいる漆黒の髪の少女に
新しい意味を見い出した剣を振り下ろす。
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修正:14/01/09