揺れる、黒い髪。
驚き見開かれた瞳は、どす黒い。
「ど…し、て…」
その赤い唇から漏れる声に耳を塞ぎたくなった。
だけど、もう目を反らさない。
逃げない。
私はこの胸に突き刺した剣を、絶対に抜かない。
「貴女が、私を否定するの…?私は、貴女、なのに…」
こんなもの、私が作った幻想だ。
弱い自分が作った、マヤカシだ。
「っ私の為に言葉をくれる友を、裏切る訳にはいかないからだ…!」
やっと、分かった。
「私の心を、人の命より大切だと!」
この剣の意味も。
「私の気持ちを受け止め、私の代わりに罪を犯そうと!」
お前の優しさも。
「そう思ってくれた友を、私は裏切る訳にはいかない!裏切りたくない!!」
刺した剣を抜き、再び相手に構える。
黒の体からは血の代わりに霧が溢れる。
ヨロヨロと後退する幼い私は、ギョロっと瞳を動かした。
「そんな…一時の感情で、自分自身を否定するなんて…!」
「一時の感情などではない!!」
分からなかった答えが、今ならハッキリ分かるから。
「私は過去の自分よりも、親の敵討ちよりも
今ここにいる友との絆が、何よりも大切なんだ!!」
やっと言えた。
やっと自分の気持ちが分かった。
それを教えてくれたのは、だ。
「許さない…」
見開かれた目に、自らの姿が映る。
「許さないわ!!」
ブワリと広がり、私へと襲いかかる霧。
私自身の殺気に、剣を握る手に力が入る。
「裏切り者…あなたは裏切り者よ…!!」
霧はグ、と凝縮したと思えば弾け、幼い少女の姿を消す。
代わりに目の前にいたのは、今の私。
「消えてしまえば良い…!私を否定する貴女なんか、消えてしまえば良い!!」
姿形は十六の私だと言うのに、幼く甘い声は変わらない。
「父様…母様…心の闇を祓う力を、私に貸して下さい…!」
目の前で剣を構える私を真っ直ぐ見据える。
もう、目を反らさないと決めたのだ。
「前に進む勇気を、少しだけ私に下さい!!」
私の決意に仲間達は「それでこそ」と笑っていた。
「やっと、元に戻ったな」
強く強く剣を握り締める私の肩を優しく叩くと
クーリッジは誰よりも先に目の前の敵へと走り出す。
耳元で囁かれたその言葉は胸の中にじんわりと広がり、私の体を熱くした。
「…お前とのお陰だ」
不意に零れそうになった涙をグッと堪え
狂気に満ちる私に剣へと振るった。
「今の私には過去の憎しみや哀しみより強い絆があると言う事、
その身をもって思い知れ!!」
剣は空を斬り、衝撃は閃光へと変化し相手の闇を切り裂く。
割れた体からは霧が溢れ、闇に塗れた私の顔は酷く歪んだ。
「ッ小賢しい!!」
怒りに我を忘れた私がこちらに向かってくるのを見て、何とも滑稽だと感じた。
これが先程までの自分の姿と言う事か。
我武者羅で、軸もぶれ、狙いも定まっていない。
ただ怒りに我を忘れ剣を振るう、愚かな私。
「終わりだ…私と剣を交えた事を後悔するが良い」
狙いの定まらない相手の剣を弾き、怯んだ隙にその体へ刃を滑り込ませる。
相手の剣は砕け、霧は散り、更には光に包まれた。
拡散した霧の中には、体を震わせるドレスを纏った幼い少女。
私に剣を向けていた、十七歳の分身は何処にもいない。
勝った。
そう思い、剣を下げたのも束の間。
「私は、絶対に死なないわ…」
震える唇から零れ落ちる、怒りに満ちた声。
「私はクロエの心の闇…憎しみの芽が消えない限り、何度でも蘇るんだから!」
少女は動く事も儘ならず、殺気を放ちながら
「許さない」「絶対に許さない」と魘されるように呟き続けていた。
…ああ、なんて可哀想なんだろう。
「貴女は長い間…ひとりぼっちだったのね…」
自然と笑顔が零れる。
こんなに優しく笑える自分がいる事に、自分自身が驚いた。
「何よその顔は!可哀想って顔で見ないでよッ…!!」
少女はボロボロの体を引きずり、私から離れていく。
まるで恐ろしい物を見るかのように、その瞳は大きく揺れていた。
「寂しさを紛らわす為に、憎しみに逃げ込んだ私…」
「こ、来ないで…!」
「私を縛る物はもう何もないよ…?」
「来ないで!こっちに来ないでッ!!」
叫びにも似た声、少女はその場に蹲り泣き始める。
幼い頃の私。
誰一人、大人から手を差し伸べられなかった私。
だから私が、私自身に手を差し出すのだ。
「私が今…貴女を解放してあげる…」
小さな体をぎゅうっと包むと、自らの爪が光り出す。
強い光は彼女の体の霧を払い、闇を消していった。
何が起きたのかと怯える少女も、その光に包まれると
「あったかい」と一言言い私に体を委ねる。
少女は眠るように目を閉じ、
消える瞬間「ありがとう」と、その白い肌に一粒の涙を零した。
私の腕から少女が消え、辺りの霧も徐々に晴れていく。
森の緑を目視出来るようになった時、やっと終わったのだと感じた。
振り返れば、仲間がいる。
クーリッジとシャーリィは私を見て強く頷き
レイナードとジェイは呆れたように溜め息を吐く。
ノーマとシャンドルはオドオドとしていたが
ワルターとグリューネさんは相変わらず…それがまた彼等らしいのだが。
最後に見た少女は、ボロボロな体を必死に支えながら笑っていた。
「、ありがとう…」
そう言って笑顔を向ける。
きっと、彼女が求めていたであろう笑顔だ。
するとは唇をゆっくりと動かした。
もうクタクタで、喋る事も辛いはずなのに。
「クロエが笑顔なら、お礼はいらないよ」
何で、そんな風に言えるのだろう。
の笑顔を見て、今まで我慢してきた物が一気に流れ出る。
ポツポツと降り出す雨は、私の心そのものだった。
我慢出来ずに崩れ落ち、彼女の笑顔を見ていられず目を閉じ嗚咽を漏らす。
「っごめん…!」
の血が雨で流れる。
その赤い雨を見て私は罪悪感に体が潰されそうだった。
「私は、皆に…に迷惑を掛けて…!」
この三日間、私はどれだけ酷い言葉を吐いただろう。
「本当は、敵討ちなんてしたくなかった!もう、殺意を持ちたくないんだ…!!」
この三日間、私はどれだけ我武者羅に走っただろう。
「私は…私は…!」
「これからもずっと、皆を守る為にこの剣を振るいたいんだ!!」
「ッ…お願いだ、一緒にいさせてくれ…!」
こんなにも誰かと共にいたいと思ったのは生まれて初めてだ。
幼き頃、私を馬鹿にしていた大人達と違う…本当の私を見てくれる仲間達。
私はまだ、ここにいたい。
「何でクロエが頼むの?」
雨に紛れ聞こえた声に、心臓が大きく脈打った。
「私が頼んだんだよ?」
「頑張るから、クロエはそれに応えてって私が頼んだんだよ」
アハハと笑うの瞳は、本当に不思議だと思っているようだった。
純粋で、嘘偽りのないその瞳に頬を濡らす私が映る。
「大丈夫だよ、クロエを責める人は誰もいない」
「あぁ、そうだ。クロエを責める奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる」
そう言っては再び笑い、クーリッジは拳を握った。
「クロエさんの居場所はここなんです…だから、いて下さい…」
「そうよぉ。クロエちゃんがいないと、お姉さん寂しいわぁ」
眉を下げるシャーリィとグリューネさんの言葉も本物だ。
「罪の意識があるなら、僕達の傍にいれば良い。
ここに残るのも、責任の取り方の一つなんですから」
「そうじゃそうじゃ!クッちゃんがいなくなったら、誰が上手い飯を作るんじゃ?」
「そ〜そ!クーがいなくなったら前衛だって頼りない男ば〜っかになっちゃうしさ〜!」
呆れるジェイ、笑うシャンドル、茶化すノーマ。
皆が皆いつも通りで、私を温かく迎えてくれる。
「お前が好きなようにすれば良い。俺等はそれを見守るだけだ」
「…貴様が無茶をすると、も無茶をする。身勝手な行動は慎め」
ああ、お前達はどうしてそんなに私を想ってくれるんだ。
「私はっ…皆と、一緒に…!」
嗚咽の混ざる言葉は酷く震えている。
それでも、この人達なら…そう思っている自分がいる。
私が泣いても、皆は受け入れてくれる。
弱いと罵る事も、可哀想と笑う事もない。
ただ受け入れ、私の雨が止むのを待ってくれる。
「クロエ、帰ろ!」
はよろめきながらも立ち上がり、また笑う。
私へ手を差し伸べる少女の姿がとても大きく見えた。
「…うんっ…うん…!」
そして私は、その暖かい手をとる。
こうしてと手を繋いでいれば、私ものように強くなれる気がするから。
私ものように、生きられる気がするから。
「クロエ!」
少女はスリ、と私の肩に頬を擦る。
雨に濡れた髪の束がスルリと落ちた。
「何だか今、嫌な事とか辛い事とか、全部吹き飛んだ気がしない?」
「…?」
「雨がね、洗い流してくれてるんだよ」
根拠がないのが彼女らしくて、私はクスリと笑みを零した。
「ね、クロエは雨好き?」
嫌な事を忘れさせてくれるのは、の笑顔のお陰だと
直接伝えればどんな反応が返ってきただろう。
それでも私は、彼女が待っているだろう答えを口にした。
「たった今、好きになった」
「…が好きなら、私も好きになれそうだ」
雨の降る橋の上で両親が殺された。
もう、こんな苦しい過去が蘇る事はない。
雨、そう言われ私が思い出すのは、仲間達の優しい笑顔だから。
「今なら笑顔で答えられそうだ…私は幸せです、と…」
…―――でも、本当はまだ幸せの一歩手前…。
なぁ、。
今日が三日目の朝だって、お前は気付いているだろうか?
大丈夫。
私はお前を殺したりはしない。
お前の居場所を奪ったりはしない。
私の居場所を、奪われたりはしない。
…だけど、すまない。
が私の手を汚さぬようにと命を張ってくれたのに
私は全て無駄にしてしまう…。
皆といたい、この場所を奪われたくない、笑顔でいたい。
そんな夢を壊すのは、やはり私自身なんだな。
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修正:14/01/09