「んお?」
「?」





いざ出発、と街の入口まで来た時
気の抜けた声を上げたのは一番気合の入っていたモーゼスだった。





「なに?」





両の手を動かし、体のあちこちを触っている。
しばらくするとクカカとぎこちなく笑い頬を掻いた。





「…槍、忘れてたわ」





沈黙の中、モーゼスの乾いた笑いだけが響く。
皆呆れてものも言えないのか、沈黙は長いこと続いた。





「何やってるんですか…」
「エルザの嬢ちゃんの見舞いの後じゃからのう」
「自らの武器を肌身から離すなんて、常識外れもいいとこだ」





「武器は自らの分身だぞ」と腰に携えた剣を触る。
モーゼスは拗ねたような表情を見せるとくるりと向きを変え、街の奥へと足を運んだ。





「すまん、ちぃとばかし待っちょってくれ!」
「早く戻って来て下さいよ」
「オウ!行くぞ!」
「へ!?」





乱暴に腕を掴まれて、体がふわりと宙へ浮く。

私を小脇に抱え軽快に走るモーゼス。
突拍子のない相手の行動に驚きながら、必死に両手をばたつかせた。





「な、何で私も道連れ!?」
「クカカ!どうせ暇なんじゃろ?」





そう言って笑うモーゼスの表情は
話し合いの後とは思えない程無邪気だった。

コロコロ表情を変えて、マイペースで、ちっとも緊張なんかしていない。

そんなんで良いのかな、と心の中で呆れながらも
何故だか私も一緒になって笑っていた。















ここ最近立ち寄る事のなかった野営地は、ちっとも変わっていなかった。

モーゼスに下ろしてもらい、彼の隣を歩き敷地内へと足を踏み込む。

頭である男の存在に気付いた山賊達は「おかえりなさい」とモーゼスへ言葉を掛けた。
そして次には私を見て、ザワザワと騒ぎ出す。





「…?」





何だか、無数の視線を感じる。
聞こえない会話の内容も、恐らく私に関しての事なんだろう。

前来た時は、皆温かく迎えてくれたはずなのに。





「ここで待っちょれ、すぐ戻るわ」
「あ、うん」





小走りでテントへ向かうモーゼスに手を振り、私は近くの花壇に腰掛ける。

ちょっと休憩、なんて思い息を吐くものの
周りの視線がチクチク体に刺さって、休んでいる気にはなれなかった。

ぎこちない空気が漂う中、十分、二十分、刻々と時は過ぎていく。





「…」





遅い、遅すぎる。
槍数本探すのにアイツは何分かけるんだ。





「…遅い、遅い遅い…」





チラリと広場の時計を見れば、来た時から既に三十分は経っている。

一体何をすればここまで時間を掛けられるのだろうか。
いっその事もう置いて帰ろうかと考えていたその時だ。





「あ、チャバ」
「あ…」





道の向こうに見えた姿に私は声を上げる。
するとチャバも私の存在に気付き声を上げた。

きっと遅すぎる私達を迎えに来たのだろう。
その瞳が心配の色に染まっている。





「…アニキは?」
「知らない。野営地入ってから三十分、ずーっと槍探してる」





拗ねた態度の私にチャバはぎこちなく笑う。
…チャバって、こんな風に笑う人だったっけ。





「それはちょっとかかりすぎだね…」
「だよね!私間違ってないよね!?」
「う、うん」
「大体、普段からちゃんと手入れしてればこんな事には―――…」





立ち上がろうとすると、グラリと体が傾いた。

水も摂らず直射日光を浴び続けて数十分、
眩暈がした原因は恐らく立ちくらみだろう。





「うわっ…!」





体は地面へ倒れる事を拒み、近くにいたチャバの腕を強く掴む。
ドン、と体がぶつかり、グラグラ揺れる視界いっぱいにチャバの胸が映った。





「っ…!」





ビクリと、チャバの体が跳ねる。
チカチカする視界をゆっくりと上げ、彼の表情を窺った。





「ごめん、何か足が動かなくて…」





「立ちくらみだ」と笑って話す私とは逆に、
チャバは酷く顔を歪ませ震えている。





「…さ…な…っ」
「へ?」
「触るなッ…!」





思考が停止すると共に、強い力で押し出される。

世界が百八十度回ったのは、私の頭がおかしい訳じゃない。
ぐらりと傾く世界の中に立っているチャバは、私に殺気を向けていた。





「っ…!」





倒れる…!

そう、咄嗟に目を瞑った私を包んだのは
雨で固まった土ではなく、力強いぬくもりだった。





「…チャバ」
「あ…アニキ…」





頭上から聞こえる低い声。
それがモーゼスの声だって分からなかったのは、混乱している頭のせいなのか。

…ううん、きっと違う。
きっと正常な思考であっても、私は自分の耳を疑っていただろう。

こんなモーゼスの声、聞いた事がない。





「ッどいつもこいつも…!」





ギリ、と強く唇を噛む音が聞こえた。
私はただ心配になり顔を上げる。





「どんだけ言えば分かるんじゃ!そげな目でを見んな!!」





野営地にいた山賊達の体が、ほぼ同時に跳ねる。
そして沈黙の後、何事もなかったかのように自分達のテントへ戻っていった。

モーゼスが無視されるなんて珍しい。

…いや、もしかしたら私が悪いのかもしれない。
原因は分からないけど、異様な空気がそう教えてくれた。





「…ごめん」
「なっ…!」





私の言葉にモーゼスは驚き声を上げる。





が悪いわけと違う!」
「でも、私が原因じゃ…」
「…気にすんな。ワレはそげな顔せんでええんじゃ!」





頭を撫でてくれるその掌、その笑顔を信じて私は一つ頷いた。





「何も気にせんでええ!ワイ等は家族じゃからのう!」





モーゼスは私を無理に納得させようと必死に見えた。

きっと私、知らない内に山賊の皆に酷い事したんだ。

モーゼスが何をそんなに必死になって私を庇っているかは知らないけど
とにかく皆に謝らなきゃ。





、ウィの字のとこに戻るんじゃ」
「え…?だって、槍は…」
「ええから」





ぽん、と軽く背中を押され、仕舞いには手を振られてしまう。

立ち去らなければいけない雰囲気に負け
私はまだぐらつく視界で皆が待つ街の入口を目指す。

もやもやした気持ちを引き摺りながら。















「…チャバ」
「…」
「自分のやった事が分からんとは言わせんぞ」





鋭い瞳、冷たい表情。
嫌な沈黙に、チャバの額には汗が浮かぶ。





「…次やったら、只じゃおかん」





酷く冷え切った声色に、チャバは身震いをした。
横を通り過ぎるモーゼスの目を見る事も出来ず、俯いたまま。





「アニキは、おかしいよ…!」





それでも恐怖を抑え、必死に絞り出した声は、モーゼスの足を止める。





「破壊の少女がちゃんだって、皆が知ってる!
 アニキは分かってない!それがどれだけ大事な事か!!」





きつく噛まれた唇から、血が溢れた。
口の中に広がる鉄の味にモーゼスは目を細める。





「大昔からオイラ達の集落で言われてきた事じゃないか!
 何でそれを今更信じないって言うんだよ!!」





強く握られた拳は変色し、行き場をなくし震えていた。





「アニキだって、信じてたじゃな―――…」
「黙っちょれ!!」





モーゼスが自らの仲間に対し、ここまで声を荒げた事が今まであったのだろうか。

その声は野営地全体、更に先まで届く程の大きな声で
今は荒い息遣いと共に重たい沈黙が広がるだけ。





「…あんなん、作り話じゃ」





自分がそう思いたいだけだろ?
家族だから違うって、思いたいだけだろ?

チャバの脳裏にはそんな言葉が幾つも浮かんだ。
モーゼスの長所を分かっていながらも、止まらない感情を吐き出しながら。





「…殺せば、野生化は止まるのかもしれないのに」
「…」
「アニキはギートより、ちゃんを取るの…?」
「っ…くどいわ!!」





何も言うな、と言わんばかり睨むモーゼスに対し
チャバはゆっくりと目を伏せ唇を閉めた。





「…皆が待っちょる。ワレも早く来んかい」





乱暴に砂を蹴る音。
普段仲の良い二人は、目的地が同じだと言うのに肩を並べず歩き出す。

そこに隠された真実に苦しみながら。














大沈下を起こしたと言われる少女。
架空の物語は、人間の想像で膨れ上がりまた別の物語を生む。

人間離れした少女は、人肉を好み食していた。
人を殺し、血を飲み干し、笑い、一人の宴を楽しむ。

賊と言われた野蛮な人種が生み出した、自分達より野蛮な存在。
それが“彼等の”破壊の少女だった。

もっと飲みたい、食べたい、殺したい。
そう思った少女はこう言った。





「お前、人を殺してここまで連れて来い」





命令を受けたのは獣使いをパートナーに持つ、一匹のガルフであった。





「殺せない?主人が大事?ふざけた事を言う」

「ならば主人を殺し、契約の鎖を外してしまえ」





クスクス笑う少女は、ガルフの眼にとても恐ろしく映った。

怯えたガルフは主人を殺した。
そして集落を何個も潰し、仲間に協力を呼びかけた。

何人ものガルフが人を襲う。
数年連れ添ってきた主人までも。

そして少女に人肉を与え続けたのだ。





「偉い偉い。だが全然足りないぞ」

「もっと多くの肉を持って来い。さもないとお前等を食っちまうぞ」





少女はそう言って愉快に笑った。

破壊の少女が与えた恐怖は、何代も何代も受け継がれた。
どの時代にいるどの獣でも、その血に埋め込まれた恐怖は抜けない。

必ずパートナーを殺し、その肉を森の奥深くへ持って行くのだ。

いるはずもない破壊の少女へと、ひたすら貢ぐ。
遠吠えを上げ、ひたすら媚びる。





架空の物語、受け継がれた物語。
野蛮な山賊達は、その物語に『野生化』と言うタイトルをつけた―――…。










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修正:14/01/09