「待たせたのう!」
街の入口に姿を現したモーゼスは
元気ではあったけど、何処か空回りしている気がした。
「遅いぞ」と言われ、モーゼスは笑う。
ジェイはいつものように溜め息を吐いた。
いつも通りの光景を見て安心したからだろうか。
私は自分の中にある不安を敢えて口に出そうとはしなかった。
そしていざ門をくぐろうとしたその時、道の奥から向かってくるガルフの存在に気付く。
「ギート!」
モーゼスが名を呼ぶとギートはピクリと耳を動かして
「アウ!」と元気良く鳴きこっちへと走って来る。
その愛らしい姿にクスリと笑うシャーリィの横
クロエは目を見開き、驚愕に震えていた。
「…牙と爪に、何かついてる」
チャバの一言で辺りの空気が変わる。
顔を上げるギートの牙には赤い斑点が染み込んでいた。
顎の下の白い毛にも、爪にも、良く見ればありとあらゆる場所に血らしき物が付いている。
「…まさか、血ってことはないよね?」
「魔物退治でもしてきたんじゃろ」
背中を見せるモーゼスの表情は見えなかったけど
きっと無理な笑顔を浮かべているに違いない。
流れる沈黙に疑問を感じたのか、モーゼスは鋭い瞳を私達へと向けた。
「何じゃその反応は…ギートを信じちょると違うんか」
余りにも鋭いその瞳に、皆は視線を逸らす。
それが答えか、とモーゼスは眉を顰めた。
「勿論信じてはいる。ただ…」
「冷静な目で判断をしたいだけだ。こんな時だからこそ、状況は正確に把握しないとな」
ウィルの言葉に言い返す事も出来ず、モーゼスは一つ舌打ちを零した。
「僕、思うんですけど…」
「何じゃい、改まって」
「やっぱりギートは、ガルフなんですよね」
毛繕いをするギートを見ながらジェイはポツリと声を漏らす。
モーゼスはジェイの言葉を聞き、その赤い瞳が零れ落ちそうな程目を見開いた。
「どれだけ信頼で結ばれていても、心を通い合わせているとしても、この前提は絶対に消えません」
「ガルフが人と共存してるなんて、そもそも不自然なんですよ」
さすがの私でもこの空気には耐え切れず
喋るジェイの腕を引っ張り、無理に言葉を遮った。
「ちょっと!言いすぎ!」
「真実を言ったまでですよ」
「…いつもの事じゃが、ジェー坊の話はおもろないのう」
私の制止も虚しく、モーゼスは怒りに震える。
「今まで何を見てきたんじゃ?ワイとギートの何を見てきたんじゃ!?」
どうしよう。
仲間に対して怒っているモーゼスを見た事がないせいか
対処の方法が、全然分からない。
「つまらん理屈の通用する世界と違う!
ワイとギートは、永遠の友の絆で結ばれちょる!!
そげを今更否定するっちゅうんか!?」
自分の無力が重い錘になって、押し潰されるかと思うぐらい心が痛かった。
「ま、ま〜ま〜!とにかく調べてみればいいじゃん!」
脈略はなかったけど、ノーマが必死にその場を取り繕い
嫌な空気が少しだけ薄くなる。
「…ワイとギートがきっちりと、犯人の魔物を退治しちゃる」
「…」
「絶対にじゃ…そうすりゃ誰も文句なかろう!」
気合を入れ直したモーゼスに何か言おうと開いた口は
ジャリ、と砂を擦る音に何も発する事が出来なくなった。
ふと目線を下げれば、ジャリ、ジャリ、と音を立て私へと近付くギートが目に入る。
「え、あ…?」
突然の事に戸惑い、情けない声を出し一歩退く。
それでもギートは止まらず、私の元へ来ると頭をスリ、と擦り付けた。
ぐるぐると喉を鳴らしているのは、怒っているからだろうか。
だけどその瞳はまるで愛する者を見るかのように穏やかだ。
って、今懐かれても反応に困るよ…!
グイグイと体を押され、白い服に乾きかけた血がこびり付く。
何だか異様な光景だった。
「、ギーとんに好かれてるね〜!」
「お姉さん羨ましいわぁ」
「モーゼスさんと同じで、馬鹿だからじゃないですか?」
「……」
「?モーゼスさん?」
ジェイの皮肉にいつもなら何かしらの反応を見せるのに
モーゼスはただ私を見て呆然と立ち尽くすだけ。
隣にいるチャバもまるでこの世のものでない者を見るように
目を見開き拳を震わせていた。
「モーゼス?」
何事かと彼の名前を呼べば、モーゼスはハッと我に返り肩を跳ねらせる。
「ギート!」
絞り出すよう放たれたモーゼスの声。
ギートは微かに耳を動かし、私から離れモーゼスの元へと戻っていった。
「…すまんのう、!服、汚してしもうた」
「あ…ううん、大丈夫」
気にしないで、と笑顔を見せればモーゼスはフイッと顔を反らし
自らの隣にいるギートの頭を優しく撫でる。
「…ギートは、が大好きじゃからのう!大目に見ちょってくれや!」
「うん、分かってるよ!」
服を汚したくらいで気にするなんて、モーゼスらしくない。
そう思いながらも肩を上下させ笑う彼を見て
「良い意味でいい加減なんだから」、と私も笑っていた。
「…ほんじゃ行くぞ!ギート!」
『アウッ!』
くるりと向きを変え、門をくぐり霧の山脈を目指す一人と一匹を見て
仲間達は小さな溜め息を吐いたり、笑ったり。
「俺達も行くぞ」
「うん!」
普段と違う点を上げろと言われれば、いくらでも上げる事が出来た。
野兎が草むらを掻き分ける音にすら反応し、チッと舌打ちをする。
頻りにギートを盗み見て、道中魔物もいないのに爪を白くする程槍を握って。
それでも私達が見ていると知ると歯を見せて笑うんだ。
私はその笑顔を信じて良いのか分からず、有耶無耶なまま笑顔を返した。
それでも、何処までもついてくよ。
私が突っ走った時、一緒に笑ってついて来てくれたのは、アンタだから。
走るなら、私も一緒に走るよ。
「…気付いてるくせに」
「どうしてギートがちゃんに懐いてるのか…」
チャバの低く篭った声にも気付かず
私はただただ前で揺れる赤い髪を追いかけた。
霧の山脈。
その名の通り年中霧に覆われている山脈は
以前来た時よりも視界が悪く感じた。
迷う、迷う…絶対迷う。
前科のある私にはそれが嫌って程分かった。
こんな事言い張るのもおかしいけど、自信はある。
とにかく仲間の声を頼りに、しっかりと進もう。
そう、恐る恐る一歩前へ踏み出した時だった。
「っ!?」
足を地面に着いた瞬間、突然前から腕を掴まれる。
何事かと体が強張り、小さな悲鳴が口から漏れた。
ビックリした…。
魔物に喰いつかれたのかと思った。
だけど痛みはなく、ただ誰かの手が私の腕を掴むだけ。
それ以上の行為もなく、またその行為が終わる事もない。
「ギート、どうじゃ?」
前方から聞こえる声と、霧の隙間から見える赤い髪。
クゥン、と悲しげに鳴くギートの姿もしっかり見えた。
「もっと奥に行かんと、何も分からんのう…」
「ッアニキ、前!」
チャバの声は後ろから聞こえる。
何となく、声の大きさから皆との距離が分かった。
だけど前で私の腕を掴んでいる誰かさんは一言も声を発さない。
「あら?ガルフちゃんが出てきたわよぉ」
「コイツがギートのニセモンか!?」
そう言うと同時にモーゼスは槍を構え、荒々しく自分の横にいるガルフの名前を呼んだ。
「ギート!」
ギートは足をバネにし魔物へと襲いかかる。
更に追い討ちをかける一本の槍。
白い霧の中で紫の血が舞った。
悲痛な雄叫びと共に魔物はあっさりと地へ倒れ塵となり消えて行く。
「どうじゃ!ワイとギートにかかればちょろいもんじゃ!」
「さすがー!」
得意気な彼の声に明るく返事をするものの、仲間達は沈黙を流すだけ。
「貧弱なガルフでしたね…今のが襲撃の犯人とは思えません」
あ、今凄い近い場所から声が聞こえた。
“そのパターン”を予想していなかった私は、腕を掴む手を見つめる。
「オイラ達もあの程度の雑魚には遅れを取ったりはしないよ」
「…他にもいるかもしれない。調査を続けよう」
「山脈全域を、一通り周った方がいいかもしれませんね」
「げっ…マジでそんなに歩くの?」
もう疲れたと言わんばかりの声を上げるノーマ。
霧の中に見える彼女のシルエットは腕をダラリと下げカクンを頭を揺らした。
「嫌なら無理に来なくて良いぞ。ここで一人、待っているか?」
ウィルの言葉にノーマは「う」と声を漏らす。
「きっと色々なものが出てくるわねぇ。お姉さん、ウキウキしちゃうわぁ」
「ひ、一人で色々なものに出会いたくないので、お供させて頂きます」
彼女らしくない敬語に「あはは」と笑うと
クスクスと、私の腕を掴んでいる者も笑った。
「…ジェーイー?」
「あ…」
名前を呼べば、ジェイはしまったと言わんばかりに空いている手で自らの口を塞ぐ。
きっと私なんかにばれる訳ないって油断していたのだろう。
わざわざ隠す必要ないのに。
「…足手まといにはなって欲しくないので。どうせ貴女、迷子になるだろうし」
「私まだ何も言ってないよ?」
「なっ…」
「墓穴掘りまくりー!」
「うるさいですよ!」
大きな怒鳴り声。
顔は見えないけど、きっと白い肌を真っ赤にさせているんだろうな。
「別に大丈夫だよ!ワルターが近くにいるし!」
「…」
「ねぇ、ワル…タ…?」
ワルターの肩を叩こうとした手がスカ、と空ぶる。
いつも彼がいるはずのポジションに目をやれば
蒼いマントも金色の髪も、揺れるオレンジ色のピアスもない。
「ワルターさんなら先に行きましたよ」
「…嘘」
「これだから…僕がいなかったらもう迷子じゃないですか」
まさに正論…返す言葉もない私の前でジェイは溜め息を吐く。
迷う自信はあったけど、ものの数分でそうなりかけるなんて。
本当、ジェイがいなかったと思うと体が震える。
「…ありがと」
「戦闘後も僕が戻るまで、絶対に動かないで下さいよ」
「…うーん」
「それは出来るかなあ」と曖昧な返事をすれば何だか睨まれている気がして
「気を付けます」と言えば「よろしい」とだけ返ってきた。
敬語を使う私にジェイはクスリと笑い
ゆっくりと、見えない道の中手を引いて歩き出す。
前を歩くモーゼスが心配で、本当ならば今すぐに駆け出したいけど
今この手を振り払えばそれは叶わぬ夢となるだろう。
だったら、今だけはこのぬくもりに行くべき道を任せるべきだ。
そんな事を思いながら、私は白い霧に包まれた世界へと潜り込んだ。
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修正:14/01/09