矛先が定まらぬ内に槍がその手を離れれば、
確実に間違えた獲物を貫くだろう。










「オイ!」
「…」
「オイ!しっかりしろ!!」





頭上から降り注ぐ聞き覚えのある声に、私はうっすらと目を開けた。

目蓋の裏がチカチカする。
いつの間にか夜は明けていた。

どうやら私の体を揺らし声を上げていたのはワルターのようだ。
仏頂面の彼にふにゃりと笑い、ダラリと手を上げる。





「おは―――…」
「ッ貴様、何処で何をしていた!?」





挨拶を遮り、ワルターは街の外れまで届きそうな程の大声を上げる。
さすがの私でもその声には目が覚めた。

何事かと彼を見れば、私を睨むその目の下にうっすらと隈が出来ている。





「ワルター寝てないの?隈出来てるよ?」
「なっ…!」
「いつものカッコ良さが半減だぞー?」





冗談を言い茶化してみせれば彼は体をプルプルと震わせた。

「照れてるのかな?」とニヤつく私。
だけど次に飛んできた言葉は予想外のものだった。





「貴様の帰りを待っていたからに決まっているだろ!!」





私の耳元でハッキリとそう言ったワルターは、正に我を忘れてと言う感じだった。

「へ?」と間抜けな声を出す私を目の前にし
ワルターはしまったと言わんばかりに口を塞ぐ。

その動作が「今の言葉は本当です」と言っているようなものなのに。





「…過保護」
「何だと?」
「こ、怖いって!だって、チャバがいるから大丈夫って言ったじゃん!」
「…なら、何故こんな所で寝ていた」





その言葉を聞いて、私は初めて自分のいる場所に気が付いた。

そこはふかふかのベッドの上でも、ソファの上でもない。
舗装はされているが小石も多い、街の道の上だった。

何で、こんな所に…。

その答えとなる夜の出来事を、私はすぐに思い出した。





「そうだ…私、あの後どうなって…」
「こっちが聞きたい」
「こっちも聞きたい!」
「ふざけるな」





昨夜、私はシュヴァルツとここで話をしていた。
チャバから聞いた物語の真実を問うて、そしてそれを理解して。

その後確か、急に頭がいたくなって
それで、破壊の少女とシュヴァルツが…。





「いい加減にしてくれ!!」





自分でもない、ワルターでもない声が耳を劈く。
私達はパッと顔を上げ、同じ方向に目をやった。





「何?何か事件…?」
「知らん、放っておいても構わんだろう」
「うん…って良い訳ないじゃん!行くよ!」





勢い良く立ち上がりその手を引くと
ワルターは「結局何も言わないのか…」と独り言のように呟いた。

何が起きているか分からないけど、酷い胸騒ぎがする。

とにかく急がなきゃいけない気がして
今の私にはワルターの小さな声を聞き取る余裕なんてなかったんだ。















「言いたい事は分かったから、まずは落ち着いてくれ!」





声を頼りに騒ぎの場所へ向かうと、そこにはウィルがいた。
人だかりの隙間、背伸びして奥を覗けばウィルの横にはモーゼスがいる。





「頼む、皆!ここは俺に任せてくれないか?」
「良いから、その男と一緒にいたあの大きなガルフを見せろ!!」
「街の皆が、一緒にいるのを見てるのよ!言い逃れは出来ないんだからね!!」





指差す男を叫ぶ女。
住民の苦情はウィルではなく、その隣にいるモーゼスへ飛んでいる。





「何があったんだ?」





背後から聞こえた声にビクリと体が跳ね、振り返る。
そこには私達同様騒ぎに駆け付けたセネルの姿があった。





「私も、分かんないんだけど…」
「えっと…街の人が魔物の集団に襲われたって…」
「…」
「襲われた人の話だと、ギートとよく似たガルフが集団を率いていたらしくて…」





騒ぎを抜け、首を傾げる私達に事の説明をしてくれたのはシャーリィだった。

シャーリィの言葉にセネルは驚き目を見開いて
私は「やっぱり」と思いながら目を伏せる。





「後ろめたい事がないなら、ガルフを見せるぐらい簡単だろ!?」
「そうよ!そうよ!」





抗議の声は止む事はない。
その勢いは、輪の中で発言をしていない私達の方が異質に見える程だった。





「ギートは今、何処にいるんだ?」
「それが…昨日の夜から行方が分からないんだって…」





シャーリィは声を小さくして答える。

疑われている犯人を連れて来る事も出来ず
モーゼスがただ呆然と立ち尽しているのも理解出来た。

反論したいけど、出来ないんだ…。





「この件は俺が責任を持って調査する。今はそれで納得してくれ」
「だけど、こっちは…!」
「俺の事が信用出来ないか?」
「そ、そう言うつもりじゃ…」





ウィルの言葉は熱くなる住民達を落ち着かせる。
…いや、無理に治めようとしていると言った方が正解だろう。





「分かったら今日は解散してくれ…必ず解決してみせる」





ウィルの気迫は否定を許さない。
住民達は沈黙を流し、しばらくすると互いに目を合わせ散り散りになった。

擦れ違い様、ウィルとモーゼスに向かい叫んでいた二人の男女と目が合った。

もう睨まれる事には慣れたけど、
ただ黙って受け入れるのも癪であり、私も負けじと二人を睨む。





「…全く、ウィルさんも良く付き合ってられるよな…」
「本当、破壊の少女の周りは殺人鬼ばかりね…」





…コイツ等、何言って…。

“殺人鬼”。
その言葉が私と、そしてモーゼスを指している事はすぐに分かった。

近くにいるセネル達には聞こえていたかもしれないが
距離のあるウィルとモーゼスにその言葉は届いていなかっただろう。

これは抗議じゃない。
ただ単に、モーゼスに対する悪口だ。





「ッふざけんな…!!」





毒を吐いて満足したのだろうか、帰路に着こうとする女の胸倉を掴んだ。





さん!?」
「おい、落ち着けよ!」





私を引き剥がそうとするセネルの手を払い
驚く女の瞳を強く強く睨んでやった。

恐怖に怯えるその顔を、今すぐ殴りたいとも思った。





「モーゼスに謝れ!!」





突然騒ぎ出した私にウィルとモーゼスは驚き目を見開いている。

「止めろ」と言う仲間の声は聞こえているし、分かってる。
だけど熱くなった体は思うように冷えてくれない。





「ッ家族の事を悪く言うな!!」
「こっちは仲間が襲われてるのよ!?抗議して何が悪いの!?」
「じゃあ、モーゼスが犯人だって証拠があんのかよ!!」





吠える私を見て、相手はすっかり怯えている。
そっちから仕掛けて来たのに、今じゃすっかり被害者面。





「っ謝る気もない訳!?」

「人を傷付けといて黙るなんて、大人のやる事じゃないだろ!?」





もう抑えがきかなくて、私は右手を大きく振り上げる。
相手の頬目掛けて振り下ろされる寸前、強く腕を掴まれた。

予想外の出来事に力が緩む。
解放された女は咳込みながら逃げ出した。

「待て」、と叫び走り出そうとする私の体を誰かがぎゅっと強く抱く。
視界の端に見えた赤色の髪を見て、すっと力が抜けた。





「ええから」





そう言って、モーゼスは私をぎゅっと包む。

良いって、何が?何が良いんだよ。
言いたい事はたくさんあるのに、モーゼスは私に喋る隙を与えてくれない。





「もうワレが何かする必要はないんじゃ」





何、それ。





「だって、アイツ等モーゼスに酷い事…!!」
「…何でそれをが庇うんじゃ?」
「何で、って…!」





「だって、家族じゃん!!」





抱き締めるその手を振り払い、私はモーゼスを真正面から見据えた。
彼の目を見て言葉を紡げば、私の気持ちも伝わるだろうと。

でも、こんなの初めてだ。
目を合わせているのに、心が通っていないと思ったのは。





「…なら、もう庇う必要もないわ」





「何言って」、と口を開こうとした私をモーゼスは力強く後ろへと押す。

体は重力に逆らう事なく地面へと落ち
背中に伝わる強い衝撃に私は声を漏らした。





「もう、家族なんぞ止めじゃ」
「…」
とワイは赤の他人じゃ」
「…それ、どう言う事?」
「…分かるじゃろ?」





「もう、家族なんぞいらん」





そう言って、モーゼスは背中から一本の槍を出す。
街中でモーゼスが武器を取り出す事なんて、今まで一度もなかったのに。





「ッもう、いらん…!」

「こげな苦しい想いするなら、家族なんぞいらんッ…!!」





ああ、きっとこれは嘘だろう。
もし本当ならば、言った張本人が言われている私よりも辛い顔をするはずがない。

私、モーゼスを助けるつもりでいたのに
何でこんな顔をさせているんだろう。





「…それ、本心じゃない」





ゆっくり立ち上がる私を見て、モーゼスはピクリと指先を動かした。





「だって、モーゼスは仲間にそんな事言う人じゃない」
「…」
「…本当は、皆手放したくないんでしょ?」





大きな体から溢れる霧に触れる。

そっと握り、受け止め、自らの体に押し付けて
モーゼスが少しでも楽になればと霧を吸い続けた。





「良いんだよ、モーゼスが我慢する必要なんてない」
「…」
「私が何とかするよ!ギートの事もモーゼスの事も助ける!」
「……」
「アイツ等に言われた事なんて気にしないで―――…」





「良いんだよ」、そう言い掛けた私の口は自然と止まった。

モーゼスは笑っていた。
私が必死に話しかけている最中、口を歪めて笑っていた。





「頭の悪いやっちゃのう…」





その笑顔は、私の好きなくしゃくしゃの笑顔じゃない。
仮面みたいに張り付いて、気味の悪い笑顔だった。





「ワイの中に迷いがあるから、こげな事言っちょると思っとるんか?」
「…だって、今のモーゼス…」
「変、って言いたいんか?」





怖い。
モーゼスの事がこんな風に見えるのは、初めてかもしれない。

いつも笑顔で傍にいてくれた彼は、今私を突き放そうとしている。
それは言葉を聞かなくても分かった。





「さっきから言っちょるじゃろ…それとも、もっとハッキリ言わんと分からんのかい」





聞きたくなんて、なかった。





「ワイは“がいらん”言うちょるんじゃ」





まるで自分は正気だ、と言わんばかりにモーゼスは笑っていた。
そして私が異常だと、そんな瞳でこちらを見ていた。





「大昔にご先祖を殺して、大陸を壊して、
 犠牲をぎょうさん出した女に、ワイを説教する権利なんぞない」





胸が、痛い。





「ワレなんぞ、昔から家族じゃなかった」

「人殺しなんぞ、家族に出来るわけないじゃろ?」





何だか目の前が真っ暗になってしまったようだった。

私、一体何をするつもりだったんだろう?
私は一体、誰を救うつもりだったんだろう?

…ああ、救う事なんてなかったんだ。
もう、モーゼスは自分の中で答えを出してるんだから。





「っへえ…」
「…」
「それがアンタの出した答え?」





口角がヒクついて、何だか上手く笑えない。





「別に良いよ…普通の人が考えたってそうなるし、私がいなくなればギートも救えるし」
「…」
「それがきっと、正解だよ」





「でも、一個言わせてよ」





勝手に言葉が溢れて、気が付けば私は笑顔を忘れた。
そして軽蔑の目で私を見る男の顔目掛けて、掌を飛ばす。

パァン、と乾いた音が辺りに響いた。

ジィン、と痺れた手の痛みのせいか、それとも治まらない怒りのせいか
気が付けば視界が滲み、目には涙が溜まっていた。





「アンタが私を家族だって言ったんだ!!」
「…」
「昨日言ったよね!?アンタ、私に家族だって言ったよね!?」
「……」
「家族はずっと一緒にいるもんだって、そうやってずっと一緒に走ってきた!」





「ッたった一日で、意見変えんな!!」





ここに私がいれるのは、破壊の少女を受け入れてくれたアンタがいたからだ。

モーゼスが家族の絆を教えてくれなければ
私はきっと、もっと早く壊れていただろう。





「ッ望み通り消えてやる…!」

「アンタがそれを望むなら、喜んでいなくなるよ!!」





本当はこんな事言いたくないのに
気持ちとは裏腹に、口からぼろぼろ言葉が溢れて止まらない。

例え他の誰かに疎まれても、絶対にアンタから否定される事はないと
その絆を信じて、一人勝手に想っていた私にとって
モーゼスの言葉は刃物のように深く胸に突き刺さった。

だからだ。

予想もしない出来事に、予想もしない自分の言葉が止まらないのは。





!?」





もう、全てが嫌になる。

何で、どうして。
走り去る私を呼び止めるその声が、アンタじゃなくてセネルなんだよ。





「はいはい、止まって下さいねー」
「ッ!?」





くん、と首元の布が何かに引っかかり、体が止まった。





「朝早くから元気ですね、お二人とも」
「ジェー坊…」





「何すんだよ」と文句を言う事も出来ず咳込む私を見て
ジェイは小さな溜め息を吐いていた、気がする。

…で、結局アンタはジェイの名前しか呼ばない。
ああ、私の事は本格的に嫌いですか、そうですか。





「何いじけてるんですか、貴女」
「っ別に…」
ちゃん…」





ジェイの隣には昨夜行動を共にしたチャバの姿がある。
ギートについて調べていたんだ。二人が一緒にいる事になんの不思議もない。

チャバの顔を正面から見れない。
昨日の約束が、胸を締め付ける。





「ギートの居場所が分かりました」
「本当か!?」
「ええ、チャバさんとの情報も一致していましたし」





場の空気に勘付きながらもチャバは遠慮がちに一つ頷く。
仲間達は目を見合わせ答えを催促するかのように沈黙を続けた。





「猛りの内海の対岸、列岩地帯です。そこに魔物の集団が隠れています」
「…」
「住民が襲われたのなら早く向かった方がいいでしょう…被害が増える前に」
「そうだな…セネル、皆に声を掛けるのを手伝ってくれ」
「ん…ああ…」





どっちつかずの返答をし、セネルはウィルについて行く。
残された私達はその場の雰囲気に呑まれ、我先にと喋る者はいなかった。

未だ喉が苦しいのは、私の引っ張るジェイのせいだろうか。
何だか鎖に繋がれた犬のようで、自分が無力に感じ嫌だった。

無言のままその手を振り払い、私は一歩、二歩と歩き出す。
無意識の内に溢れてしまった雫を地に残しながら、街の入口へと。





ちゃん!」





だから、違うんだよ。
何でさっきから私の名前を呼ぶのが、モーゼスじゃないんだ。





「っ…先行ってる!!」





もう誰と何を話しても上手くいく気がしなくて
私は強く目を擦り、その場から姿を消した。















「モーゼスさん…」




シャーリィさんが、モーゼスさんの名前を呼んだ。
モーゼスさんは呆けた顔をして、ただ地面の一点を見つめている。





「まあ、最初から聞いていなかった僕が言うのもなんですが」
「…」
さんを泣かせるなんて、相当酷い事言ったんでしょうね」





「何を言ったんですか?」と言う僕の問いに
モーゼスさんは答えようとはしなかった。





「…ええんじゃ」

「これでええ…」





代わりにポロポロと溢れ出した言葉は
まるで自分に言い聞かせているようだった。





を失ったんじゃ…!」

「もう、何を失うても怖くなんぞない…!」





そう言って拳を震える程握るモーゼスさんの顔は
とても見られるものではなかった。

僕はその時初めて見た気がする。





「これでええんじゃ…!!」

「これを、後何回か繰り返せばええだけじゃ…!」

「もう、苦しくなんぞない…!」





モーゼスさんが自我と言うものを我慢して
何かを捨てようとしているのを。










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修正:14/01/10