「そんじゃ、張り切っていきましょか〜!」
「ノーマちゃん元気ねぇ」
「あたし盛り上げ役だから!ほら、もいつも通り盛り上げ…て、よ…?」





ノーマは振り返ったとほぼ同時、言葉を紡ぐのを止めた。
ううん、止めたと言うよりは自然に消えたと言った方が正しいだろう。





「ちょっとちょっと、何コレ…?」
「いや、とモーゼスが少し喧嘩を…」





セネルの“少し”と言う言葉が癪に障りギロリと睨む。
怒気溢れる私の目を見てセネルは愛想笑いをした後、「怖…」と小さく呟いた。





「喧嘩?あの二人が?」
「珍しいな…とシャンドルは仲が良いのに」





クロエの意外だと言わんばかりの声に苛々している自分が嫌になる。
他の誰かにあたるのはお門違いだと分かっているのだ。





「馬鹿同士でも波長が合わない時ってあるんですね」
「うるさいなあッ!!」





分かっていたのに、ジェイの煽るような言葉にプツンと糸が切れてしまった。

声を荒げる私を見て目を丸くする皆を見れば
何故か余計に体の熱が上がってしまう。





「ッギートがそんなに大切なら、一人で来れば良いんだ…!」
「そう言うわけにもいかない。街の住民にまで被害は出てるんだ」
「あんな奴等、いなくなったって良い…!」
、暴言は控えろ」
「暴言じゃない!」





私を必死に宥めようとする仲間の態度も
こんなに叫んでも反論一つ返してこないモーゼスも
全部が全部癪に触って、そんな私自身も嫌になる。





「ワレ等、さっさと行くぞ」





息を荒くする私の横を、モーゼスは何事もなかったかのように通り過ぎる。
するとあんなに熱かった体がすうっと冷えていくのを感じた。

ああ、もう腹が立ちすぎて頭がごちゃごちゃしてるんだ。





「モーすけ、顔怖…」
「随分追い詰められてるな…」
「誰かさんと喧嘩したのも理由なんじゃ〜?」
「っ…!」





ノーマの言っている事は八割正解だろう。

認めたくないけど、モーゼスをあんな風にしてしまったのは私だ。
私と言う、破壊の少女の存在だ。

でも、でも。





「先に喧嘩売ってきたのは、モーゼスだよ…!」





私にはどうしても自分の中にいる少女を否定する事は出来なくて
泥沼の中で手足をばたつかせる事しか出来ないんだ。










そんな状況が続けば、仲間達の口数も徐々にと減っていく。

誰もが私とモーゼスの機嫌を窺うよう、探り探りで会話を進めた。

「気遣わないで良いよ」と言いたいけど
「気を遣わせているのは誰だ」と言われたら反論も出来ない。

だから私は、沈黙を貫き通す事で身を守っていた。





「魔物だ!!」





突然聞こえたセネルの声に思考がプツリと途切れる。
ギートだろうかと慌てて顔を上げたが、そこにいたのは雑魚一匹。

雑魚、と言っても少なからず霧の影響を受けている。
油断は出来ないと皆はいつもの陣形を組み戦いに挑んだ。

いざ私も、と武器を構えた途端、自分でも驚くくらい臆病になる。

陣形を組む、戦闘になると言う事は
私とモーゼスの距離がほとんどなくなると言う事。

槍を構えているコイツと横並びになる。

気まずいとか、嫌とか、絶対に上手くいかないとか
そんな想いばかりが頭の中を駆け巡った。





「…」
「っ…!」





目が合うだけで体が跳ねた。

でも私は、悪い事なんて一つもしてない。

そうやって自分に言い聞かせ、相手を威嚇するかのようにキッと睨む。
返事はない…代わりにモーゼスはハッと笑った。





「んなに怯えんでも、取って食ったりせんわ」





何も出来ない私を馬鹿にするその声を聞き
「ああ、本当にモーゼスは私を突き放したんだ」と改めて思い知らされる。

じゃあ、何でそんな泣きそうな顔してるの。
聞いても相手は答えてくれないだろう。

誰に怒りを向けて良いかも分からず、拳を強く握り締める。





「っ何で、何も言ってくれなかったの…?」





拳をぶつける代わりに、私はモーゼスへ言葉を投げた。

自分から聞いたのに、答えが怖くて下を向く。
偉そうにベラベラ喋ってる癖に、私は酷く臆病だ。





「一緒に走ろうって言ったじゃん…!疲れたら休むって私言った…!」
「…」
「それって、悩んだら相談してって事だよ…!!」





私の言った事、何一つ伝わってなかった?
結局、必死になってたのは私だけ?





「…ワイがしとうないなら、せんでええじゃろ」





ああ、正論だ。

私だって言いたくない事の一つや二つ、ううん、もっとある。
言いたくないって意地張って、皆に迷惑を掛けた事もあった。





「…いつから?」





微かに、相手の指先が揺れた。
私はそれを、ただジッと見つめた。





「いつから、私に相談したくなかった?」
「…」
「私、いつからアンタの家族じゃなかったの?」





何だか面白くもないのに笑えてきた。

こんな風に聞く自分が惨めで
結局否定されても、まだモーゼスとの絆があると信じていたいんだ。





「…初めから、んなもんはない」

「ワレ等は、一度も家族じゃなかった」





いつもならきっと、冗談だって笑い飛ばせていたはずなのに。
モーゼスが笑顔じゃないだけで、こんなに言葉の意味が違うんだ。





「ッじゃあ、何で好きだなんて言ったんだよ…」





何だかモーゼスの言葉を聞いていると、今までの出来事全てを否定されている気分になる。

すぐ近くに本物のモーゼスがいると言うのに
過去、モーゼスと笑い合った記憶が走馬灯のように駆け巡った。





「何で、あんなに優しくしてくれたんだよ…!」
「…」
「初めから、破壊の少女って知ってすぐ、嫌いって言ってくれれば良かった…!」
「……」
「ッ無理だよ…!」





嫌でも、分かるんだ。





「今更嫌いだって言われても、家族じゃないって言われても…!」

「私はアンタの事、嫌いになんかなれないよ…!!」





たった数時間、アンタと喧嘩してただけでも
こんなに心臓が痛くなるくらい、苦しいのに。





「ッ嫌いに、なっちょくれ…!」





私が見た事もない顔で、モーゼスは絞り出すようにそう言った。
苦しそうな声と共に溢れた霧は、私の方に流れてくる。

もう、霧を吸って苦しくなる事はない。
なのに何で、こんなに痛いの。





「そんなにワイの為に何かしたいんなら、させちゃる!」
「モーゼス…」
「一言でええ!ワイの事を嫌いだって言え!!」
「っ…」
「それが今、ワレがワイに出来る唯一の事じゃ!」





それが、モーゼスの望んでる事?





「いやだ…」
「言え」
「っだって、私は…!」
「ええから、早う!!」





そう言って私の肩を掴んだモーゼスの瞳は、とても冗談には見えなくて、言葉が詰まる。
不意に頭を過ったのは、昨夜チャバと交わした約束だった。





「だから絶対に、アニキを助けて」





私がそれを言えば、





「モーゼスの事、絶対助けるから」





モーゼスの事、救えるの?





「私は…」
「…」
「…モーゼスの事…」





「…き……ら、い…」





乾いた喉から溢れた言葉に、涙が出そうになった。
耳に届いた自分の声を聞いて、すぐに首を横に振りたくなった。

モーゼスは私の言葉を聞くと驚き目を見開いて
酷く顔を歪ませた後「それでええ」と震えた声で笑った。

…本当に?
本当にこれでモーゼスを救えた?

…どうして、私はモーゼスを助けられたのに
モーゼスはいつものように笑ってくれないんだろう。





「…お前達、どうかしたのか?」





背後から掛かる声に反応し、体が異常な程跳ねた。

ゆっくりと振り返るとそこには皆がいて
各々が不安そうな瞳で私とモーゼスを見つめている。





「…何でもないわ」





そう言って、モーゼスは私の横を通り過ぎる。
風に吹かれた黒い霧は、私に吸われる事を拒むよう、空に溶けて消えて行った。





「おい、モーゼス…一体何をした」
「何もしとらんわ」
「何もしてない奴がそんな顔をするものか」





クロエはモーゼスをジッと見、そして私の肩を支えながら言葉を口にする。

きっと私達がまた喧嘩をしたと勘違いをしているんだろう。
…あれは、喧嘩だったのかな…それすらも曖昧だ。





「クロエ、大丈夫だよ」





穏やかな声が出た事に、内心驚く。





「本当に、何もないから」
「っだが…!」
「本当に」





「初めから、何もなかった」





そう言って静かに笑ってみせた時
モーゼスの拳が痛い程握られていた事を、私は知らない。















「で、目的地に着いた訳だけど…な〜んもいないじゃん」





奥深く、もう道がないと言う場所に来てノーマは口を尖らせる。
私はと言うと「ああ、もうこんな所」と、まるで他人事のように思っていた。

正直、ギートを探しに来たと言う事すら忘れていた。





「場所は間違いないんだろうな?」
「情報に間違いはありません…間違いがあるとすれば、僕達の方かもしれませんね」
「…ジェー坊の言う通りじゃ」





意味深な言葉の数々を私は理解出来ずに首を傾げる。

何の事?、と誰かが聞く前に
その答えは別の形となり返ってきた。





「今、何か聞こえませんでしたか?まるで唸り声のような…」
「…空耳ではないようだな」





グルグルと、獣が喉を鳴らす音に体が強張る。

初めは遠くから、そして徐々に近付くその音は
私達が追い詰められている事を嫌でも教えてくれた。





「ちょ、ちょっとちょっと!一体何処にいるのよ!?」
「向こうじゃ!来るぞ!!」





モーゼスの言葉を合図に、仲間達は一斉に武器を構えた。
習い、私も腰にぶら下げた筒から数本の短剣を取り出す。

同時に、体が固まった。

ジャリ、と小石を踏む音。
ポタポタ、と牙の間から溢れ落ちる唾液。

岩を削る波の音に紛れ、荒い息遣いが聞こえる。
目の前には狂った瞳で私達を睨む一匹のガルフがいた。





「ギーとん!?…じゃない?」
「こんな奴がギートのわけないじゃろ!」





確かに、ギートとは毛色も瞳の色も牙の大きさも違う。
それでも私達に殺気を放っているのは確かだ。

それにこの殺気、異常。
油断したら殺される。





「と〜っても機嫌が悪いみたいねぇ。お姉さん、どきどきしちゃうわ」
「気を付けろ…!来る!」





魔物は雄叫びを上げ、助走もつけずに飛び込んでくる。

後衛はすかさず後ろへ下がり、詠唱を始めた。
前衛は相手の攻撃に翻弄されながらも、確実にダメージを与える。

私とモーゼスは、いつも通り相手の弱点目掛けて武器を放つ。

先程まで無機質だったモーゼスの瞳が少しだけ生気を取り戻したかのように見えた。
その目が見据える先目掛けて、槍は真っ直ぐに飛んでいく。





「虎砲!!」





空へ投げた槍は雨のように相手の体へ降り注ぎ
ガルフは痛々しい声を上げながらその場でバランスを崩した。

背中に刺さる槍を振り落とそうと必死になる相手に追い討ちをかけたのはジェイだ。

モーゼスの刺した槍を更に深く刺し、相手が痛みにもがくと苦無で喉を切る。

それは一見残酷ではあるが、深手を負った魔物を少しでも楽に逝かせようとした
ジェイの優しさの表れだろう。





「やったか…!?」





私達は荒い息を整えながら、血塗れの獣を見つめた。

息をしない相手を見て私達がホッと安堵の息を漏らす中
モーゼスだけはそのガルフから目を離そうとはしなかった。





「どうやら倒せたようだな…」
「今戦ったのがきっと騒ぎの真犯人だね!良かったじゃんモーすけ!!」





軽快な足取りでモーゼスに近付き肩を叩くノーマ。

喜びを体全体で表現するノーマとは逆に
モーゼスは未だ武器を下ろそうとはしない。





「まだ、終わりと違う」





冷たいモーゼスの声。
崩れるノーマの表情。





「どういう意味だ…?」
「そのまんまじゃ、今のはほんのお遊びに過ぎん」





とても冗談を言っているとは思えないモーゼスの態度に
気を緩めていた仲間達も辺りを見渡す。

一歩二歩とモーゼスは前へ出て、すう、と息を吸った。





「かくれんぼなんぞ、ガキん頃に卒業したろうが!」

「出て来いや、ギート!!」





モーゼスはそう、岩と岩の隙間に向かって叫ぶ。

セネル達はその言葉に動揺を隠しきれず、ただモーゼスの背中を見守った。

皆がモーゼスを見る瞳は半信半疑だった。
モーゼスを信じるべきか、ギートを信じるべきか
どちらも選べず、ただ困惑する事しか出来ず沈黙が流れる。


そんな沈黙を破ったのは小さな足音。


岩陰から出てきたのは、オレンジ色の毛並みを持つ一匹のガルフだった。
一部毛色が変色し、更には牙の色さえも血が染みついたように濁っている。

それでも見間違えるはずがない。

紛れもなく、私達の目の前にいるのは
今まで行動を共にした、ギートだった。





「ちょ、ちょっと…!これってばどういうこと!?」
「目の前の現実が、真実と言う事らしいな…」
「だってさ!あれってば、あれってば…!」
「間違いなくギートですね」





焦るノーマを余所にウィルとジェイは武器を構える。
冷静な判断をする二人とは別に、私は言葉も出せずに震えていた。

ギートの事をこんなに怖いと思った事はない。
未だ現実を受け入れられず、武器を取り出す事も忘れ固まったまま。

手も足も出せない私達を追い込むよう
次から次へと、岩の影からガルフが現れる。





「なんか他にも出てきたし…!どうすんのよこれ!!」





慌てふためくノーマの声を聞いても、私は何も言う事は出来なかった。

追い詰められた私達とガルフの間にそれ程の距離はない。
指先をピクリと動かせば、その指目掛けて噛みついてくるだろう。

そんな中、どうする事も出来ない私達を守るように手を広げ
ギートの前に立ったのはモーゼスだった。





「ギート、いたずらにしては、ちいとばかしやりすぎたの」





モーゼスはいつも通りギートに語りかける。
だけどその体は微かに震えていた。





「モーゼス、危険だ!下がれ!!」
「危険なことなんぞ、今までもクサる程あったわ!!」





「少しばかりお仕置きが必要とちゃうか!?のう、ギート!!」





モーゼスを止めなきゃ、と脳が必死に体を動かそうとする。

だけど私の足は地面にくっついたまま離れず
大事な時に何も出来ない無力な自分に腹が立った。





「ワレのせいで、家族の一人がなくなったんじゃ…!」





モーゼスの言葉を聞き、私はハッと息を呑む。
脳裏に過ったのは、昨夜霧の山脈で見たあの十字架。

モーゼスも、知っていたんだ。
…知っていたに、決まっている。

…知っていたのに、私は…。





「冗談でしたで済まされる問題と違う!!しっかりとその体で落とし前つけろや!!」





吠えるモーゼスへの返事は変わらない。
ギートはただただ、ずっとモーゼスに向かって唸り続けている。

…モーゼスを殺したくて唸っているんじゃない。
自分の中にある野生化の血と闘っているんだ。

私が、私がいるからモーゼスとギートが苦しんでいる。





「アニキ!危ない!!」





お互い、殺し合いだなんて望んでいないのに。





「ぐあッ…!?」





最初に自らを抑えられなくなったのはギートだった。
飛ぶように走るギートは、驚き目を見開くモーゼスの顔を爪で裂く。

痛々しいモーゼスの声が私の耳に届き、見開かれた目には悲惨な光景が映った。

赤い髪に混ざり、地面に散る血の色は
薄気味悪いくらい鮮やかだった。










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修正:14/01/10