薄暗い部屋の中、どれ程の時間をこうしていただろう。

私を抱き締めるモーゼスの腕が遠慮がちに離れる。
突き放すとかそんなんじゃなくて、優しく、頼りなく。





「…すまん」





鼻を啜るモーゼスの目は真っ赤だった。





「アンタ、何回謝る気?」





何度も何度も同じ事を言うもんだから
ついおかしくなって笑ってしまった。

思いもよらない私の言葉にモーゼスは目を丸くしている。





「申し訳ないって思ってるなら、早く“ありがとう”って言ってよ」





「じゃなきゃ私がここまでしてる意味ないじゃん」、とその目を見て言葉を紡げば
モーゼスは呆けた顔をしたまま固まってしまう。

本当なら笑い飛ばして「じゃかましい!」と言うとこなのに、と
モーゼスの本調子を期待していた分何だかとても残念な気持ちになる。

…まあ、今すぐ元の調子に戻れって言う方が無理あるんだろうけど。





「…のう、





小首を傾げ言葉の続きを待つ私に、モーゼスはゆっくりと口を動かす。





「ワイがワレを突き放した理由…なんじゃと思う?」
「…ギートと私を一緒にさせたくなかったから?」
「……そうじゃな」





「ワレが破壊の少女なら、そうするのが正解じゃったな」





そうするのがって…、アンタそうしてたじゃん。

そう言葉にしようと口を開いた時
モーゼスは「でもな」と私よりも先に言葉を紡ぐ。

私に答えを問うといて、それを聞きたくないと言わんばかりだ。





「本当は違うんじゃ」
「…?」
「一番失いたくなかったのは、なんじゃ」





「だから先に、突き放したんじゃ」

を失えば、何を失っても怖くないと思ったんじゃ」





そんな難しい事、考えてたの?
いつもお気楽で、馬鹿ばっかしてるのに。





「…殺せなかったんじゃ」
「…」
「ワレが破壊の少女だって知っちょっても、殺せなかったんじゃ!」
「モーゼス…」
「ッでも、ギートも殺せない…!殺したくないんじゃ…!」





「こんな優柔不断なワイを見限って、皆離れれば良かったんじゃ…!!」

「そうすれば、こがあに苦しむ事もッ…なかったんじゃ…!」





何でもっと早く本音を話してくれなかったの?
なんて、モーゼスにとっては酷な事聞けなかった。

言いたくても言えなかったんだ。

モーゼスは皆を束ねる立場で、いつも笑顔をあげる側。
…甘える事が出来ないんじゃないんで、甘えるとは何かを知らないんだ。





「…もっと、我儘言って良いんだよ」
「…ッ…」
「私、アンタに何回我儘言った?」





潤むモーゼスの瞳に、自分が映る。





「言って良いよ…私が言った分、モーゼスも我儘言って良いんだよ」
「…」
「遠慮なんてしなくて良いよ?今更遠慮されても困るよ…」





白いシーツを握り締めるモーゼスの拳に、
ソッと自分の手を重ねた。





「嫌いになんか、ならないよ」
「…」
「頼まれたって、離れたりしないよ」
「……」
「だから、モーゼスのしたい事言ってよ」





子供をあやすよう言葉を紡げば
モーゼスはゆっくりと口を開き、そして閉じる。

自分の言いたい事が喉に突っかかり声に出ないようだ。
「あ…」と声なのか息なのかも分からない物を零し、そしてまた沈黙が部屋を包む。





「…じゃあ、私が代わりに言ってあげる!」





静かな部屋に、私の明るい声が反響した。
驚き目を見開くモーゼスの瞳には、ニッと意地悪く笑う私が映っている。





「“本当は皆と、ずっとずっと一緒にいたいんじゃ”」
「…」
「“ギートとずっと一緒にいたいんじゃ”」
「……」
「“だから、ギートの野生化を止める!絶対に!”」
「…」
「…これで、合ってるよね?」





笑う私とは反対に、モーゼスは唇を噛み締めまた泣きそうな顔をする。

今まで堪えてきた物を全て出しきれていないのだろう。
私はもう一度、震える拳を包み込む。





「何で分かると思う?」
「…」
「私も同じ事、考えてるんだよ」





「馬鹿同士、考えてる事は一緒じゃん?」





結局難しく考えても、やりたい事は変わらない。

私だってそうだった。

誰かを犠牲にすれば、自分を犠牲にすれば変えられる未来が目の前にあっても
皆と離れたくないって理由で、我儘を通してきた。

それを笑って許してくれたのは、モーゼスだ。





「また二人と一匹で騒ごうよ!」
「……」
「難しく考えるのやめよ?私はモーゼスが何言ったって、ギートと一緒にいたいんだから!」





強めの口調で、文句を言わせまいと言葉を紡ぐ私に
モーゼスは戸惑いの色を見せる。

それは再び霧となり、私の体へと伝わった。





「…言い訳なんかしなくて良いよ」
「っ…」
「モーゼスの本当の気持ち、今の私なら分かるよ」





「叩いてごめん」





目の前の男の頬を擦る。
あの時…家族じゃないと言われた時、咄嗟に取った自分の行動を悔いながら。





「嫌いって言ってごめん」





頭を下げる。
“嫌い”と言う言葉が、人の心傷付ける刃物になると分かっていたのに、口にしたから。





「もう、モーゼスの気持ち見失ったりしない」





「何も言わなくても、私だけは分かってるから」、と言葉を続け
彼の頬を擦る手で左目の傷跡を撫でた。





「…それじゃ、モーゼス!」





ギシリと音を立てベッドから離れた私は
くるりと回って、モーゼスの目の前で両手を広げた。





「改めて、言ってみな!」

「モーゼスは今、何したい?」





黒い髪が靡く。
窓の隙間から吹く風が止まった時、モーゼスの表情がハッキリと見えた。

モーゼスは驚き目を見開いた後、「ック」と小さく笑いながら目を反らす。
だけどすぐにその顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめた。

私が大好きな、あの笑顔を浮かべながら。





「んなもん、聞かなくても分かるんじゃろ?」





キラキラ光る瞳は、涙で輝いているんじゃない。
一筋の希望を見つけた事に喜んでいるんだ。





「家族を守る為に投げる槍じゃ!矛先なんぞ間違えるもんか!!」





そう、それでこそ。
馬鹿で、どうしようもなくお人好しで、私の大好きなモーゼスだ。





「じゃあ、早速ギートと仲直りだね!!」
「オウ!そうじゃの!!」





気合を入れ直した事で傷の痛みすら忘れてしまったのか
モーゼスは包帯の巻かれた腕を動かしガッツポーズを作る。

まるで鏡みたいにお互いがガッツポーズをしたものだから
何だかおかしくてお腹を抱えて笑ってしまった。





!」





近距離で聞こえた声に「ん?」と首を傾げたと同時
伸びてきた手に掴まれ、勢い良く体が前へ出る。





「ぶっ!!」





硬い胸板に鼻が当たり、痛みに悶絶しながらも相手を睨む。
さっきまで笑っていたのが嘘かのような形相で、だ。

だけどモーゼスは睨む私に怯みもせず
顔をくしゃくしゃにさせて、満面の笑みを浮かべた。





「ありがとうな!」

「やっぱは嫁候補ナンバーワンじゃ!!」





不意打ちに、頬に落とされた唇。

思考が追い付かずぼうっとしていれば
今度はモーゼスがお腹を抱えて笑い出した。





「…今日は許す」
「オウ!」





ああ、やっといつもの日常に戻れる。
きっともう、苦しむ事はないんだ。

そう思ったと同時、忘れかけた記憶の欠片がチクリと心を刺した。

もやもやしたまま、違和感だけが胸に残る。
一体、何を忘れてるんだろう。

思い出そうとすると、頭がズキンと痛くなり
薄暗く汚い部屋の端で、鼻歌を歌う少女が邪魔をする。

それでも必死に思い出そうとする私の耳に届いたのは
何かを知らせる鐘の音のような、大きな大きな遠吠えだった。










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修正:14/01/10