グランドガルフのくせに、甘えん坊で、弱虫で、その上臆病。
出会った頃なんて狩りの仕方も、喧嘩の仕方も、何にも知らなかった。

ガルフの王者、グランドガルフが聞いて呆れるような奴で
どうしようもない奴だと溜め息を吐いた時もある。

だけど意識が遠のく中、
たった一人の人間を守る為魔物に牙を剥いたガルフの姿を見た時、

“こいつ以上に、かっこええガルフはおらん”

そう思ったのだ。

だからあの日、自分の目覚めを待ってくれていたギートと
ずっと一緒に、共に生きると誓った。

それを思い出させてくれたのは、だ。















窓を通じ、部屋の中へ飛び込んできた遠吠え。
それを聞いたと同時、私とモーゼスからは笑顔が消えた。

沈黙の流れる部屋の扉が、ゆっくり、遠慮がちに開く。




「モーゼス、大丈夫か?」
「ん…オウ、この通りじゃ!」





パッと笑顔を浮かべ、モーゼスは心配する仲間達の前で屈伸をする。

そんなモーゼスを見て皆はホッと安堵の息を吐き、胸を撫で下ろした。
「やっぱり馬鹿だ」と肩を竦めるジェイを除いて、だけど。

普段と変わらないモーゼスの様子に仲間達のテンションも戻る。
だけど和やかな空気は長く続くものではない。

まだ安心するのは早い、と言わんばかりにまた一つ遠吠えが聞こえた。





「先程から、やけに外が騒がしいですね…」
「……」





窓の外を覗く皆から一歩離れ、モーゼスは静かに目を閉じる。
そして次に聞こえた獣の声を聞き、ハッと息を呑んだ。





「…間違いない、ギートじゃ!」





驚き目を見開く仲間達の頭の中では、様々な疑問が浮かんだだろう。

行方を晦ましたギートの遠吠えが何故こんな近くから聞こえるのか、とか
今この瞬間、ギートが鳴いているのはどうしてか、とか。

どうするかと顔を見合わせ悩む仲間達の中
一番先に行動を取ったのはモーゼスだった。





「ちょっと、モーすけ!?」





ノーマに声を掛けられた張本人は
人一人分の小さな窓に足を掛けて、飛び降りようとしている。





「その体で窓から飛び降りようなど…!」
「野営地…!」
「え…?」
「野営地の方からじゃ!!チャバ達に何か起きちょるかもしれん!!」





焦るモーゼスの言葉は早い。
だが聞き間違える事等ない程簡潔だ。





「なら、早く行かないと…!」
「分かっちょる!」





!!」





一刻を争う中、モーゼスは私の名前を呼ぶと
私の返事も聞かずに、グイッと強く腕を引っ張る。





「わっ…!」





抵抗する術も見つからず為すがまま。

痛いのは嫌だとギュッと目を瞑れば、フワリと体が宙へ浮く。

次にはダン!と痛いくらいの音が耳に届き
恐る恐る目を開けると、気が付けば部屋の中ではなく外にいた。





「う、うそ…!」
「何じゃ!?」
「わ、私持って窓から飛び降りたの…!?」





「怪我してるのに!」と喚く私を見て
モーゼスはウザったそうに目を細める。





「じゃかましいわ!キャンキャン喚くな!」
「なっ…!アンタこそ声でかいよ!」
「これが普通じゃ…ってんな事どうでもええ!」





「ワレが一緒に走る言ったんじゃろ!!」





耳がキィンとなるくらいの大声でそう言うと
モーゼスは私を抱えたまま野営地へと走り出した。

開いた口が塞がらないまま、モーゼスの横顔をジッと見る。





「覚えてて、くれてる」
「あ!?」
「…ううん、何でもない!」





「でも私、自分で走れるよ!」と言い体を押すと
モーゼスは「ほおか!」と適当な返事をし私を下ろす。

走るモーゼスに習うよう、私も自らの足を動かした。
背中を追うのではなくて、その隣に並んで。















野営地に着き、足を止めた。
全速力で走った私達の後ろには、後を追いかけてきた仲間達の姿もある。

静かすぎる野営地。
暗闇に慣れた瞳が見た光景は信じ難いものだった。

地面に転がる人。
虫よりも弱々しい呻き声。
獣の匂いと、鉄の匂い。

何かが飛び散ったのだろうか、辺りの草が赤い。
それが何かを考えると、突然息苦しくなり吐き気に襲われる。





「これは…」
「酷い状況ですね…」





冷静に状況を見極めたジェイは、指示を出しながら走り出す。





「急いで負傷者を手当てしましょう!」





そんな事、言われなくても分かってる。
頷き散らばる仲間達に混ざり、私はその足を動かした。

悔しそうに拳を握り、歯を食い縛るモーゼスの事を横目に見ながらも
今はモーゼスの家族を助ける事が最優先だと判断したから。





「…ニ、キ…」





か細い声に足を止める。

声が聞こえた方へと視線を動かせば、そこには私が良く知っている人物が
地面に伏し体を小刻みに震わせていた。





「アニキ…」





チャバは硬直しかけている口を必死に動かし、モーゼスを呼ぶ。





「チャバ!!」





その声に応えるよう、モーゼスは伏せる者の名前を呼び手を伸ばした。





「チャバ!何があったんじゃ!?」
「ア、ニキ…それが、それが…」





荒い息を上げるチャバを見ていると居ても立ってもいられなくなり
二人の間に割り込むよう体を滑り込ませ、ブレスを唱えた。





「…ギートに、やられたんか?」
「…うん、ごめ…アニキ…オイラ達…」





焦点の合っていない虚ろな瞳が宙を見る。

「ごめん」と謝罪の言葉を繰り返し、懺悔をするチャバの手を
モーゼスはきついくらいに握り締め歯を喰い縛った。





「っ…!」





ブチ、と皮膚が切れる。
それでもチャバの血は止まらない。





…ちゃん…」





掌からボタボタと溢れ出す血が、彼の衣服を染めた。

虚ろな瞳は私の安否を窺っている。
自分の方が大変な状況なのに、そう言う所が本当にチャバらしい。

これ以上チャバを不安にさせてはいけないと
私は笑みを浮かべ、傷だらけの手を袖口で覆い隠した。

この血は私の血じゃないと、自分自身を誤魔化して。





「っ…オイラ達、役に立てなくて…」





責任を感じるチャバに対し、モーゼスは「喋らんでええ」と言葉を落とす。
それでもチャバはただただ首を振り続けた。





「アニキが悲しまなくて良いよう…頑張ったんだ…」

「オイラ達だけで、頑張ったけど…」

「オイラ達、ダメだった…」





チャバの頬に、涙が伝う。





「相手がギートだと思うと、戦う事が出来なかったんだよ…」





喋る余裕が出てきた彼を見て、傷口が塞がり始めた事を理解する。
だけどまだ安心出来る状態ではない…ブレスを止める事は出来なかった。

心に負った深い傷も一緒に治す事が出来れば良いのに、と
私はより一層神経を集中させる。





「ギートを疑ってた兄弟達も、皆…戦う事が出来なかった…」
「…」
「皆、ギートが好きなんだよ…アニキと一緒にいて欲しいんだ…」





ソッと、私の手の上にチャバの手が乗る。
ビクリと大袈裟な程跳ねた私を、チャバは目を細め見つめていた。





「…ちゃんも、だからね…」
「…え…?」





言葉の意味が分からず聞き返す。
ブレスが途切れ、暖かい光が消えた。





「アニキの…一番好きな、人が…こんな事する訳ないって…」

「そう言ったら皆…笑いながら頷いてくれたんだよ…」

「“姐さん”がギートを野生化させる訳ないよ、って…」





驚き震える私を見て、チャバは柔らかく笑った。
体のあちこちが痛いはずなのに、とっても穏やかな表情をしている。





「な、んで…」





言葉の意味も笑顔の意味も分からない私は、無意識の内に声を漏らしていた。





「だって…約束守れてなかったのに…!」

「まだ、何も出来てない…!チャバが私を庇う必要なんて、何処にもなかったのに…!」

「私はまだ、何もしてない…!」





ジワリ、と視界が滲む。
掌の痛みのせいか、チャバの言葉のせいか分からない。





「…そうだけどね…」





きゅっと、私の手を握るその手に力が入る。





「オイラが、間違ってたんだ…」
「ッ…」
ちゃんは、優しくて強い子だって、知ってたのにあんな事して…」





違う、私は強くない。
今だって涙が止まらない。





「オイラが間違ってたんだ…会った時から、分かってたのに」

ちゃんは、か弱い女の子だけど
 オイラ達の事、絶対に裏切ったりする子じゃないって…」





声が出せなくて、私はただ首を横に振る。





「ごめんね…酷い事言って、ごめん…」
「ッチャバ…!」
ちゃんは悪い事、何一つしてないよ」





「…大好きだよ、ちゃん」





「私の事、好きでいてくれる?」、いつか私は彼にそんな事を言った。
こんな形で聞きたかった訳じゃないのに、と胸が痛くなり顔を歪める。

そんな私を見てチャバはクスリと笑い、血塗れの手で私の頭をゆっくりと撫でた。





「姐さん…!」





何処からともなく聞こえた声に、パッと顔を上げる。

声が聞こえた方には、とても顔馴染みとは言えない
何度か挨拶をした事があるだけの男性がいた。

彼は傷口を押さえ、痛みに耐えながらも笑っている。





「アニキと一緒に騒いでる姐さんの姿は、見てるだけで楽しかった!
 何だか俺等まで幸せな気持ちになれてたんだ…!」





声を張り上げる男性の横では、ノーマが必死にブレスを唱えている。
まだ血が出ていて痛いはずなのに、そんなのお構いなしに笑っていた。





「俺等、馬鹿だったよな…姐さんの事疑ってさ!」

「姐さんを疑うってのは、アニキを疑う事と一緒だって言うのに!」





気が付けば野営地一帯に声が飛び交っていた。

話した事もないような人、顔も合わせた事もないような人。

山賊の人達全員の顔を覚えていない私は戸惑うばかりだったけど
彼等は皆、深い傷を負っているのに笑っている。





「今は、アニキと姐さんを信じてる!」

「だからさっさと野生化も止めてくれよ!」

「期待してるぜ、姐さん!」





痛みを堪え、皆は私を優しく包み込むように歓声を上げた。

何もしてないのに、と首を振る私を見ると
「謙遜すんなよ!」なんて冗談交じりの声も飛ぶ。

何で、こんなに泣いているのが私だけなんだろう。
そう思うと涙を流している事自体馬鹿馬鹿しく思えてきた。





「ッ馬鹿だな、もう…!」





この幸せは、どんな言葉でも表せそうにない。
だから私は、流れる涙をそのままにただただ笑い。





「リザレクション!!」





皆の気持ちに応えたくて、精一杯ブレスを唱えた。





「任せてよ!」

「私とモーゼスが、絶対にギートを元に戻してみせるから!」





そう言って満面の笑みを見せると、皆はわあっと声を上げる。

暖かな光が野営地全体に広がり、
皆の傷は少しずつ、本当に少しずつだけど確実に治っていった。

歓声は徐々に治まり、傷を負った人達は穏やかな呼吸を繰り返し眠りにつく。





さん!!」





グイッと、腕を引かれる。
体は引力に逆らう事なく傾いた。





「詠唱を止めて下さい!今すぐに!!」





彼の言葉に、私は首を横へと振った。





「皆さんだっているのに、貴女一人が全員の傷を癒す必要なんてない!」
「あはは…頑張っちゃった」
「何でそんな無茶をするんですか…!」
「…やりたかったから、やっただけ」





でも、ジェイの言う通りだ。
本当に、自分でも無茶苦茶な事してると思う。

…手を見るのが怖くて、袖口が触れない。

感覚が麻痺する程ブレスを使ったのはいつ振りだろう。
…ううん、もしかしたら初めてかもしれない。





「…でも私、後悔してないよ」





アハハ、と軽く笑ったら緊張の糸がプツンと切れて、視界がグラリと傾いた。





「手痛いし、頭もガンガン鳴ってるけど全然平気!
 ただ、久しぶりにブレス使った…から、ちょっとつか…れ…て」





あれ、上手く声が出ない。
おかしいな、と笑いながらも重力に引っ張られ落ちて行く。

ドサリと倒れた衝撃で、また掌から血が滲んだ。
だけどもう痛くない。

視界の端に映る皆の安らかな寝顔を見ていたら
痛みなんか吹っ飛んでった。

少しだけ休もう。

この手の痛みが治まるまで。
夜が明けるまで。

本当に、本当に少しだけ、皆が見る夢の世界に私も一緒に行こう。

そうしたら私、皆の期待通り
モーゼスと一緒にギートを救ってみせるよ。





「足跡っちゅうんは、嘘を吐かんのじゃ…」

「ワイがギートの足跡を、見間違えるはずがないじゃろ…!?」





幸せな夢の中にいる私には、苦痛に塗れる声は届かない。

きっとモーゼスも私と同じように、幸せな未来を描いていると
この時は思っていたんだ。










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修正:14/01/11