規則正しい呼吸を繰り返し、眠る少女。
服についた砂埃を掃い、彼女の掌を見る。

袖口はまるで糊がついているみたいに掌にへばり付いていて
これを取る為に彼女はまた痛い思いをするのか、と小さく息を吐いた。

治癒術を使えばその手が傷付く。
知っていたのに油断していた。





「…一度裏切られている相手に、何でこんな事が出来るんだ…」





最も、山賊達が何故さんを避けていたのか、僕達はその理由も知らない。

一体何があったのかと聞き入る隙もなかった。

気が付けば知らない所で揉めて、喧嘩して、仲直りをしている。
そんなモーゼスさんとさんに対し、嫉妬と怒りの念がジワリと生まれた。





「…」
「…あ…」





ふ、と影がかかる。
見上げると、そこにはモーゼスさんの姿があった。





「…すまんの」





モーゼスさんは体を屈め、さんの髪を撫でると
少し寂しそうな笑顔を浮かべて謝罪の言葉を口にする。

この人は、こんなに静かに笑う人だっただろうか。

不思議に思う僕を置いて、モーゼスさんは再び立ち上がり
皆さんの輪から距離のある場所でドカリと座った。





「…何なんだ…」





知らない事ばかりで、苛々は募るばかり。

だが僕が真相を問うても、モーゼスさんはきっと答えてくれないだろう。
モーゼスさんは、相手がさんだから心を許し全てを喋ったのだ。

…それは、到底僕には真似出来ない事だ。





「ん…」





腕の中にいるさんはもぞりと動いて、また気持ち良さそうに寝息を立てる。

こんな状態で爆睡出来るさんに溜め息を一つ零し
僕の腕の中よりはマシであろう荷台の上に乗せ、布団替わりに薄手の布を掛けた。





「…お疲れ様でした」





僕がそう言うと、さんはまるで返事をするよう寝返りをする。
ああ、何処までも呑気な人だと僕は無意識に笑っていた。

そんな僕の笑顔も、端で座るモーゼスさんの表情を見る事で崩れていく。

彼の、苦しそうな表情。
何かを捨て、何かを決意した瞳。
堅く握られた拳。

僕はそれ等の意味を、深く考えずとも理解出来た。















「ワイに歯向かうとは、ええ度胸じゃ!さっさとかかってこんかい!!」





そう言って喧嘩した、夏の暑い日。





「ギート、すまんのう…ワイが悪かった…」

「飯を横取りして、悪かった…明日はワイのわけちゃるけんのう…」





そう言って仲直りした、燃えるように赤い夕暮れ時。





「馬鹿なやつじゃのう…ずっと待っちょったんか?」





そう言って抱き締めた、自分が意識を取り戻したあの日。

包帯で巻かれた片目をじっと見つめ
ギートは慰めるかのように頬を舐めてくれた。

数々の想い出は決意を鈍らせる。

だけど、ワイにはギートの気持ちが分かるんじゃ。
今までずっと一緒にいたワイだからこそ、分かるんじゃ。

“早く、早く止めてくれ”

ギートの目は、ワイにそう訴えちょるように見えるんじゃ。





「それがギートの望みなら…ワイが叶えてやらんといかんなあ…」





あんなに小さかった足跡が、今はこんなに大きくなっている。
ギートも自分も、成長している。

なら、もうそろそろ大人にならんといかんのう。





「…ギートも、の事が大好きじゃろ…?」

「じゃから、ワイにこんな事頼むんじゃろ…?」

「…、ギート…」





すまんのう……。
やっぱワイは、自分の宿命から逃げるわけにはいかないみたいじゃ。















僕が見ている事に気付いたのか、
モーゼスさんはその場からゆっくりと立ち上がり前を向いた。

たったそれだけの行動、普段なら特別視しないのだが
現状が現状なだけに、僕だけでなく皆さんもモーゼスさんへと注目する。





「モーゼス、どうした?」





立ち上がったものの、モーゼスさんは何かをしようとも、言おうともしない。

不安になったセネルさんがモーゼスさんを案ずるよう言葉を発すると
モーゼスさんはすう、と息を吸い真っ直ぐに僕達を見据えた。





「ギートを殺す」





そして彼は、僕達が想像もしていなかった言葉を吐き出した。





「ちょ、ちょっとマジ…?」
「…本当に、やれるのか?」
「やれる、やれんの話はしちゃおらん…やるんじゃ」





彼の真剣な眼差しを見て
もう決意は揺るがない、と誰よりも先に理解する。

何を言ってもダメだと分かれば、口を挟む事にも意味がない。
僕はすぐ近くの幹に体を預け、事の成り行きを見守った。





「シャンドルは、それで良いのか…?」
「誰かの手にかかるくらいじゃったら、ワイが引導を渡しちゃる」
「…お前は、本当にそんな結末で良いのかよ?」
「セの字がワイの心配とはのう…きっと明日は雪じゃのう」





いつものようにクカカ、と特徴的な笑い声を上げる彼を見て
セネルさんの目付きが変わった。





「いい加減にしろ!!」





セネルさんは吠えるように声を上げる。
モーゼスさんは依然落ち着いたままだった。

何だかいつもの二人の立場が逆転してしまったようだ。





「冗談で誤魔化すなよ!問題はお前がどうしたいかだろ!?」
「…」
「殺したくないくせに、殺す殺す言うな!!」





ハァ、と荒く息を零すセネルさんを見て
モーゼスさんはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。





「ワイがどうしたいか、か…」





沈黙が広がる野営地に、ポツリと響いた雨粒程度の音。





「今なら…いや、今でもハッキリ言える」

「セの字に怪我をさせ、チャバ達にこの仕打ち…もはや言い訳は出来ん」





モーゼスさんの低い声は、夜の野営地に良く響いた。
聞きたくないと耳を塞いでも、聞こえてしまう程、良く。





「ワイが…ワイの手でギートを殺すんじゃ…それが今、ワイのする事じゃ」





ああ、やっぱり彼の意志はそう簡単に揺らぐものじゃない。

…それもそのはずだ。
だって彼女が絡んでいるのだから。





「だからって、ギートは昔からの家族だろ?ずっと一緒にいたんだろ…!?」
「…なら、今ギートを放って置いたらどうなる」
「、それは…」
「今ギートを放って置いたら、今度はワイ等が殺される」





「セの字も、ここにいるワイの家族も……もじゃ」

「…そげな事が起きたら、一番苦しむのはギートじゃ」





震える拳が、とても印象的だった。





「…ギートが、望んどるんじゃ」

「これ以上生きるのは、しんどい言うちょるんじゃ」





もう覚悟した、とばかりの清々しい笑顔も
脳裏にこびり付いてしばらくの間離れそうにない。

モーゼスさんは馬鹿だから気付いていないのかもしれない。
又は、気付いていてわざとやっているのかもしれない。

そんな笑顔を見せられたら、僕達が反論出来ないと言う事を。





「頼みがある」





ゆっくりと頭を下げるモーゼスさんに、僕達は言葉を失った。
突然の事に、どう反応して良いか分からなくなる。





「情けない話じゃが、ワイ一人じゃ返り討ちじゃ」

「ギートを倒すんを、手伝ってくれ」





言葉を返す事なんて出来なかった。





「恥を忍んで頼むッ…ワイに力を貸してくれ!」

「頼めるもんが、他にゃあおらんのじゃ!!」





モーゼスさんはそう言うと、更に深く頭を下げた。

彼の赤い髪が僕の視線よりも下にある。
それが何だかとても新鮮で、気味が悪かった。





「…モーゼス、顔を上げろ」
「頼む…!」
「良いから」





酷な選択を迫られ、セネルさんは「はい」でも「いいえ」でもない答えを返した。

呆れて溜め息を吐くセネルさんはモーゼスさんが顔を上げたのを確認すると
肩を竦めた後、面倒臭そうに言葉を紡ぐ。





「お前の言う家族ってのは、そんなに他人行儀なのか?」





零れ落ちそうな程見開かれた赤い瞳。
そこに映る皆さんは、笑顔を浮かべていた。





「手伝いはする…だが、俺が手伝うのはギートを救う為だけだ」
「…」
「皆だって、そうだろ?」





呆然とするモーゼスさんを置いて、皆さんは大きく頷いた。
僕もつられるよう頭を動かしたけど、ギートを救いたいと言う気持ちは本心だ。





「…礼を言う。今はそれだけでも充分じゃ…」





そう言ってまた頭を下げようとするモーゼスさんをウィルさんが制止する。
同じ事をしようとするなんて、やっぱりこの人は馬鹿だったのか。





「…結論も出たようなので、僕はギートの所在を調べに行きます」
「ってちょ〜っと待ってよ!!」





もう話す事もないし、明日の行動が決まったなら長居は無用。

モーゼスさんの気が変わらぬ内に情報だけでも集めておこうと思い背を向けた僕を
声と力で引き止めたのはノーマさんだった。





は?」
「…はい?」
「だって今の話、は聞いてないよ!」
「はあ…」
「ちゃんとにも話さないと、あの子絶対怒るよ!!」





それと僕を止めるのに何の関係性が、と思いながらも
熱くなったノーマさんを相手にする労力を考え、黙って頷いた。

そう言えばと思い出したかのようにセネルさんは手を叩くと
荷台ですうすうと寝ているさんの肩に手を伸ばす。





「おい、―――…」
「止めえ!」





その手が肩に触れる直前、制止の声が辺りに響く。

妙な沈黙を作り出した本人は
ハッとした後、何かを誤魔化すよう笑った。





「あ…まぁ、なんじゃ…には、ついて来て欲しくないんじゃ」
「え…?」
「仲間同士の殺し合いなんぞ、見たら泣いてしまうかもしれんしのう」





クカカと笑うモーゼスさんに集まる視線はそれこそ人それぞれだったけど
見られている本人は神経図太すぎて何も感じていないようだった。





「本当、何処までもって…」
「シャンドルらしいな」
「でも、絶対、ぜ〜ったい怒ると思う…」
「大丈夫じゃ!なら夕方頃までぐっすり寝ちょるじゃろ!」





さんが寝ている内に全てを終わらせようと言う
至極単純な計画に皆さんは納得し頷いた。

ノーマさんだけは最後まで納得出来ていないようだったが
「分かった」と口を尖らせ渋々了承する。





「…それなら、尚更急がないといけませんね」
「ああ、そうだな」
「調べがついたら声をかけます。皆さんはそれまで休んでいて下さい」





改めて野営地を後にしようと足を動かす。
背中にかかる「ありがとう」の言葉はくすぐったくて、とても温かかった。

頼られるのも悪い気はしない、そう思いながらも夜の街を走り抜ける。

…だけど。





「止めえ!」





…あの遮り方、少しおかしい気がする。

殺し合いを見せたくない、と言うのであれば
ついて来るか来ないかをさんに選択させれば良いだけだ。

彼女は自分が行きたくない場所に無理して行くような人じゃない。
行きたければ行きたいと言うし、行きたくなければ行きたくないとハッキリ言う。
仲間に対しては献身的であっても、それ以上に自我と言うものが強いのだ。

…この違和感、頭の片隅で覚えていた方が良いかもしれない。

そう思いながら、僕は街の外へと飛び出した。















別れを告げる仲間達に手を振り返し
野営地にポツンと取り残された自分。





「無暗に動かすと起きるかもしれないから、ここで預かってくれ」





そう言ったウィの字の言葉を思い出し、
荷台の上で穏やかに眠る少女の顔を覗く。

…思えば、野営地で起きているのは自分一人。
何ともおかしな状況じゃ。





「…約束、したんじゃけどな…」





雨音程度の声では、少女の目が開く事はない。





「すまんのう…もう二人と一匹で遊ぶ事も、出来そうにないわ…」

「もう、とギートが走れる事もないんじゃ…」





ワイがギートを殺したら、はワイを軽蔑するじゃろうか。
ワイがギートに殺されたら、は涙を流してくれるじゃろうか。






「嘘吐きな男で、すまんのう…」

「だけどワイには、これ以外の道が思いつかんのじゃ」

「…これが、に勇気をもらって、ワイが考えた答えじゃ」





だから、この空に浮かぶ満月に誓おう。
必ずギートの野生化を止め、殺し、救ってみせると。










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修正:14/01/11