小鳥の囀りが、いつもよりもハッキリと聞こえた。
目蓋を通して感じる日の光に、カーテンを閉め忘れたのかと目を開ける。





「……」





目の前に広がった光景は、空だった。
私が知っている家の天井ではなく、ただただ広がる、青い空。

これはまだ夢の続きなのだろうか、そう思いながら体を起こす。





「…ワルターだ」
「…」





ぼんやりとした視界の中にいる人物の名前を、無意識に呼んだ。

ワルターは返事をしない。
夢の中でも相変わらずだ、と溜め息を吐くと肌寒い風が頬を掠める。

肌寒い…やっぱりこれは、現実なのかな。





「…ここ、野営地…?」
「見れば分かるだろう」





ワルターは私の問いに対し、少々面倒臭そうに答える。
ああ、この無愛想な声…間違いなく現実だ。





「……」





そうだ。
これが現実。

辺りに散らばる折れた剣、変色した土。
荷台やテントの中で眠る人…傷付いた体。

昨夜見た悲惨な光景は、現実だ。





「…私、ここで寝ちゃってたんだ」
「…」
「とりあえず、戻ろっか」
「何処にだ?」
「何処にって…ウィルの家だよ」





ワルターもおかしな事を聞くなあ、と首を傾げる。
寝起きの私よりも頭の回転が遅いだなんて、本当珍しい。





「…」





言葉の意味が伝わっていないのだろうか
ワルターはその場から動こうとせず、じっと黙っているだけ。

妙な空気が私とワルターの間に流れる。

何だかおかしい。
ワルターが私の言った事を無視して黙っているなんて。
忠誠心の強いコイツらしくない。





「…奴等ならもういないぞ」





一体どうしたのだろう、と口を開いたと同時
ワルターはとんでもない事を言い放った。





「…は?」





無意識の内に声が漏れる。

初めは純粋に何故、どうしてと言う気持ちだった。
だけど自分なりの考えがまとまると、沸々と怒りが湧いてくる。

つまり私は、置いていかれたって事?





「…皆何処行ったの?」
「言うなと言われてる」
「…何それ…」





ああ、もうダメだ。
怒りは頂点に達し、私は目の前の男の胸倉を掴んだ。





「皆に言うなって言われたのと、私が言えって言ってるの…
 どっちを優先すべきか、分かってるよね?」





見開かれたワルターの目には怒気に溢れた私の顔が映っている。
しばらくの沈黙の後、ワルターは瞬きをすると嘲笑にも似た笑みを零した。





「…こんな時だけ主従関係か?お前らしいな」
「良いから、早く!」
「言ったって意味がない。お前は起きるのが遅すぎた」





“遅すぎた”
それは思っていた以上に、自分の胸に深く突き刺さる。

…また、私は間に合わなかったんだ。
胸倉を掴んでいた手が、ポトリと力無く落ちる。





「…アジト」
「…?」
「昔使っていたアジトへ行くと、アイツ等は言っていた」





「決戦の場に相応しいとも、あの野蛮な男は笑いながら言っていたな」





ワルター、私そこまで答えを求めてないよ。
そう言うにもまた遅すぎて、ハハ、と笑う。

力無い自分を嘲る、意味のない笑みだ。





「…約束、破る奴だとは思わなかった」
「…」
「二人と一匹…皆と一緒にって言ったのに」





震える私を見て眉を顰めると、ワルターは「すまない」と謝罪の言葉を口にした。

きっとそれは起こさなかった事への謝罪だろう。
ワルターは悪くないのに、結果的にあたってしまった事に首を振る。





「…アイツも、何度も謝罪の言葉を口にしていたぞ」
「…」
「お前が寝てる間、一睡もせずにお前も見ていた」





「何でワルターが知っているの?」と聞かずとも
その答えは彼の顔を見れば分かる。

私をずっと、守ってくれていたのだろう。
その目の下には隈があった。





「そっか…」





だけど、そんな事言われたって嬉しくない。
モーゼスが私に謝っていた事なんて、どうでも良い。
…何かもう、疲れた。





「結局私が何回止めたって、こんな結末ばっか…」
「…」
「何も変わらない…何も始まらない」





「もう、二人とも昔のアジトで―――…」





紡ごうとしていた言葉が止まる。
それはもう、オイルが切れたみたいにピタリと。





「結局私が何回止めたって、こんな結末ばっか…」





自分の発した言葉が、頭の中をぐるぐる回る。

こんな結末ばっか…こんな結末…ゲームのシナリオ…。
この後、ゲームの中では一体何が起きた?





「…いやいやいや」
「?」
「これはちょっと、キツくない…!?」
「何がだ」





急に焦り出す私を見てワルターは目を細める。

それとは反対に私は自分から流れる汗を止める事も出来ず
急激に冷えた手で彼の肩を思いっきり掴んだ。





「飛べ!!」
「何…?」
「良いから、今すぐ!山賊のアジトまで!!」





訳が分からない、と固まるワルターに対し
唾がかかる程の勢いで言葉を吐き出すと、ガクガクと体を揺さぶった。





「追いついてもらわなきゃ困る!私の命が危ないかもしれないんだよ…!」
「お前の命が…?」
「そう!モーゼス…いや違う…ウィル…あぁ、これも違う…!!」





何だコイツ、と多少引き気味のワルターの瞳には
涙目になった、何とも情けない私の顔が映っていた。





「ジェイに殺される…!!」





“実は、今まで全部忘れててさー!
 本当はギートの野生化、解決出来る案が初めからあったんだよね!”

…なんて言った日には、ジェイはニッコリと笑って私の腹を刺すに違いない。
そうなる前に、早く行かないと。


ワルターが行かないのなら一人で行くと、私はフラフラと足を動かす。

ああ、経った数分で貧血になってしまったのだろうか。
何だか視界がグラグラする。

それでも行かなきゃと、よたよた赤ん坊のように歩いていれば
フワリと体が宙に浮き、目の前には揺れるワルターの髪があった。




「山賊のアジトだな」
「っ…よろしく!!」
「もう慣れた」





黒いテルクェスが勢い良く広がり、ワルターは私を抱え空へと飛び立つ。

いつもは綺麗だと思える空も、今は見ている余裕はない。
私の頭の中はもうぐちゃぐちゃで、意味もなく息が荒くなった。

ああ、そうだ。
まずアジトに着いたら、モーゼスに「ごめん」と言おう。

今まで散々悩ませてしまった、謝罪の言葉を精一杯紡ごう。
喉が枯れるまで、相手が許してくれるまで。















「…モーゼスさん」





アジトの中を歩く八人分の足音がほぼ同時に止まった。

名前を呼ばれたモーゼスはゆっくりと振り返り首を傾げる。
それにつられるよう、他の者もジェイへと視線を動かした。





「一つ、聞いておきたい事があります」
「…何じゃ?」
さんを置いてきた理由なんですが」
「…」





ジェイの言葉を聞いた瞬間、モーゼスの顔が小さく歪む。
ピクリと動いた指先を見て、ジェイもゆっくり目を細めた。





「本当は、約束してたんじゃないんですか?」
「…」
「ギートを助けるって、約束したんでしょう?」





「…さんを連れて来なかったのは
 毛頭それを守る気がないから…そうなんじゃないですか?」





ジェイの言葉に驚いたのは、モーゼスではない他の仲間達だった。
図星を突かれた張本人は「案外バレるのが早かった」と言わんばかりに溜め息を吐く。





「…そうじゃ」
「モーゼス…お前まだそんな…!」
「そんぐらいの気持ちでいかんと、ギートは止められん!!」





セネルの言葉を遮り、モーゼスは声を荒げた。
聞きたくない、と耳を塞ぐ子のようではあるが、言っている事は正論だ。





「ギートの野生化を止められんようなら、ワイは容赦なくギートを殺す!」
「…」
「それが、ワレ等を付き合わせた、ワイの弱さへのけじめじゃ!」





溜め込んだ気持ちを吐き出し、モーゼスは肩を上下させ呼吸する。

仲間達の間に広がる妙な沈黙。
それを破ったのもまた、セネルだった。





「…それでも、見たくない」





セネルはただただ穏やかな笑みを見せた。





「ギートとお前が争う所を、見たくない」
「セの字…」
「だから皆、ここにいるんだ」





ドン、とモーゼスの胸に拳を突きつけたセネルは
良い未来を確信しているかのようだった。





「忘れるな」

「ギートの家族はお前だけじゃないし、お前の家族はギートだけじゃない」

「俺等がいるのを忘れるな」





グッと歯を食い縛るモーゼスは小さく嗚咽を漏らすと下を向く。
溢れそうな涙を堪えているのか、その肩は小刻みに震えていた。





「もう殺し合いなんて考えるな…必ず、皆でギートを救うぞ」
「…」
「それがお前が大好きな、の願いでもあるんだろ?」





うんうん、と何度も首を縦に動かすモーゼスを見て
「ブッ!」と噴き出したのはノーマだった。

赤べこのような動きが彼女には相当ツボだったのだろう、
しんみりとした空気は一気に明るい物へと変化する。





「ま、今頃さんは相当怒っているかと思いますけどね」
「ウッ…」
「本当だよね〜。モーすけの事、嫌いになっちゃったんじゃない?」
「あんなに気に掛けていたモーゼスさんが、まさか自分を置いていくなんて…ねえ」
「グ、ググ…!!」





モーゼスの顔はどんどんと青ざめていく。
血の気が引いていく彼の顔を見て、ノーマはお腹を抱えて笑った。





「それもこれも、ギートを元に戻して連れ帰れば問題ないだろ」
「セ、セの字…」
「お前がに罵倒される姿は見てみたいけどな」





そう言って面白そうに笑うセネルの言葉を最後に
モーゼスはヒクリと口角を動かし固まった。

そして、心の中で再び誓い直すのだ。

ギートを救い、彼女の元へ戻った時には
この頭をめいっぱい下げて、謝罪の言葉を口にしようと。















虚ろな瞳のガルフは、宙を見る。





「馬鹿な奴じゃのう…ずっと待っちょったんか?」

「こがあに冷とうなるまで、ワイを待っちょったんか」

「よっしゃ、腹減ったじゃろ?一緒にメシでも食おうか?いや、その前に風呂じゃのう!」

「何じゃ、くすぐったいわ…!やめろ、やめろって…クカカ!」

「ほうじゃ!名前がないと不便じゃのう」

「…よっしゃ、決めた!」





「今日からワレは、ギートじゃ!」





目を閉じればあの笑顔が蘇り、耳を澄ませば底抜けに明るい声が聞こえる。

それが今、ガルフが感じられる唯一の幸せであった。
だけどそれすらも邪魔するように、真っ黒な霧が辺りを包む。

そしてガルフの目の前には、一人の女が悠然と立っていた。





「その身を奮い立たせる、大切な思い出か…」





ガルフは一歩二歩、女から逃げるように後退する。





「これから望む世界には不要なものだ」





女の一言を合図に、霧が広がりガルフの体を包む。

ポツポツと、霧が染み入るように体へ入り込めば
そのオレンジ色の毛並みは黒く染まっていった。

夜の闇よりも、深く、濃く。





「無への帰還に、記憶等意味を持たない…」





そして、最後に響いたのは
止む事のない霧に包まれたガルフを見つめる
女の酷く悲しい音色だった。










Next→

...
修正:14/01/12