「ギート、お別れじゃ」
風に乗り届くモーゼスの声は、皆から笑顔を奪う。
ううん、正確には奪ったんじゃなくて、本来ある空気に戻っただけ。
磯の香りを纏う風が、鮮やかな赤い髪を揺らした。
それがきっと、彼等の別れの合図だったのだろう。
「ギート、強う生きるんじゃ!誰よりも強うなれ!!」
波の音よりも大きいモーゼスの声にギートは負けじと吠える。
「野生の血が騒いだら、ワイの事を思い出せ!」
震えるモーゼスの拳を、声を聞いて
自らの視界が滲んでいる事に気付いた。
絶対に泣いてはいけない別れなのに。
悲しくても、笑顔でいなくちゃいけない別れなのに。
それでも、一度溢れ出した感情を制御するのは難しく、喉の奥が震えた。
モーゼスは私よりもずっと、ずっと苦しいはずなのに
ここで私が泣いたらいけないのに。
「ワイとの出会いを思い出せ!」
「ワイを守った事を思い出せ!」
「ワイを待ってた事を思い出せ!」
「ワイと遊んだ事を思い出せ!」
「ワイとメシ食った事を思い出せ!」
「ワイと風呂入った事を思い出せ!」
「ワイと喧嘩した事を思い出せ!」
「ワイと仲直りした事を思い出せ!」
私が知らない二人だけの想い出。
それをモーゼスが言葉にすれば、ギートは応える。
だけど二人の距離がこれ以上縮まる事はなく
堪え切れず溢れた涙が地面を染めた。
「ワイの声を思い出せ!ワイの言葉を思い出せ!ワイの顔を思い出せ!!」
「それでも…それでもダメじゃったら!今から言う事を思い出すんじゃ!!」
モーゼスはハア、と荒い息を吐き出し、深く息を吸った。
「ワイはこの旅立ちに誓う!必ずまたギートに会いに来る!」
「じゃから、ワイの事を忘れたら絶対に許さんぞ!!」
「ワイ等は共に生きるんじゃ!例え離れとっても、ワイはギートを想う!」
今までのどれよりも大きい遠吠え。
強く、優しく、悲しく響く。
「ギート、忘れるな!何があってもこれだけは忘れるな!!」
「ギートはワイの家族じゃ!」
「この命ある限り、ギートはワイの家族なんじゃ!!」
「ワイだけじゃない!ここにいる皆、ギートの家族じゃ!
誰一人顔を忘れる事なんぞ許されん!!忘れたら、絶対許さんぞ!!」
苦しそうに息を吐くモーゼスを前に
ギートは戸惑う事もなく、また大きな遠吠えを上げた。
そうだ。
私もこの旅立ちに誓おう。
次にギートと会う時まで、ギートと過ごした日々は忘れない。
そして、その時にはこんなぐしゃぐしゃな顔じゃなくて、
ちゃんと笑顔で会えるよう強くなるって。
そう、私達から離れていくギートの後ろ姿に、大きく大きく手を振り、誓ったんだ。
灯台を出ると、夜の冷たい空気が私達を包む。
目の下が腫れている、私が泣いていた事は誰が見ても分かるだろう。
だけど恥じる事はせず、前を向き胸を張った。
ギートがそうしろと言っている気がしたから。
「アニキ!!」
前方から私達に駆け寄って来たのはチャバだった。
まだ完治していない体を動かす彼を、私達は静かに迎える。
「チャバ、傷はもうええんか?」
「うん…それより、ギートは?」
「大丈夫じゃ、ワイと一緒におる」
「え…?」
モーゼスの言葉を素直に受け取り、辺りをキョロキョロと見渡すチャバは
純粋無垢な少年そのものだった。
「体の奥んところで、胸の奥んところで、ワイとギートは繋がっちょる」
そう言って歯を見せ笑ったモーゼスに
チャバは震えた声で「ギートは生きてるの?」と問うた。
ニカリと太陽のように眩しく笑うモーゼスそのものが答えだ。
「そっか…ギートは生きてるんだ…!」
「当たり前じゃ!ワイがギートを手にかける訳がないじゃろ!!」
「どこの誰だったかな〜?ギーとんを殺すって、ぴーぴー騒いでたの」
「僕の記憶が正しければ、モーゼスさんですね」
「クカカ!そんな昔の事、忘れたわ!」
ノーマやジェイのからかいにも動じないモーゼスは
本当にいつもの“らしい”モーゼスの姿だった。
皆を笑顔一つで安心させ、元気にしてくれる。
「ワイとギートは、ずっと一緒なんじゃ!勿論、家族であるチャバや、ワレ等ともな!!」
突拍子もない、或いはいつも通りのモーゼスの言葉に
ジェイは照れてそっぽを向いて、ワルターはあからさまに顔を歪めた。
そんな二人の反応に大笑いするノーマは「うるさい」とウィルにゲンコツを喰らう。
本当にいつも通りの皆の姿だ。
私も、薬指についたこの絆の輪を見ていると
もっともっと強くなろうって思える。
たくさん笑って、ギートを安心させなきゃって。
「ちゃん」
「ん?」
包帯で巻かれた腕が私に伸びてくると共に
ぐっと引き寄せられた体は大きな胸へと納まった。
「お疲れ様」
「チャバ…」
「オイラの約束のせいで、苦しませちゃってごめんね…」
ぎゅっと腕の力が強くなるのは、私への謝罪の表れだろうか。
「ううん」と首を横に振り、私は申し訳なさそうなチャバの瞳に笑顔を映した。
「チャバが約束してくれたから、私頑張れたんだよ」
「ちゃん…」
「私、ご褒美があると何でも頑張れちゃう奴なんだ!」
ニッと笑う私に対して、チャバはちょっと困った笑顔を零していた。
「私、きっとチャバと約束してなかったら頑張れてなかったよ」
「…そっか」
「うん!」
「良かった…やっぱ元気なちゃんは大好―――…」
「チャバ、何やっとんじゃ」
柔らかく笑ったチャバの顔は、氷のようにピシリと音を立て固まった。
私を抱き締める腕の体温も、一気にサアッと下がった気がする。
「ア、アアアニキ…!」
「ワイのに手出したらただじゃおかんぞ!」
「ワイのじゃないよワイのじゃ」
「オ、オイラはそんなつもりじゃないってば!」
バッと勢いよく離れたぬくもりに「ああ、残念」と思いながらも
いつも通りの二人のやり取りについ噴き出してしまう。
「良かった!ギートがいなくてもモーゼスがいつも通りのままで!」
「当たり前じゃ!」
大きな体をめいっぱい使って胸を張るモーゼスを見てると笑いが止まらない。
滑稽だとかじゃなくて、ただ単に嬉しいんだ。
「…たくさん迷惑掛けて、すまんかったのう」
「何を今更!」
「今更ってのう…!まあ、そこはええわ」
「もうあげな情けない姿、にゃ見せんようにするからの」
頬を掻いて笑うモーゼスの姿を見て、何を言っているんだろうと小首を傾げる。
そんな私を見てモーゼスも同じ角度、同じ向きに首を傾げた。
「…私、そんな事お願いしてないけど」
「ンオ?」
「だから、情けない姿見せる見せないの話じゃないんだって」
本当に頭悪いんだから、と言わんばかりの溜め息を吐いても
モーゼスは首を傾げたまま止まっている。
「私、モーゼスには頑張って欲しくないんだよ」
「…」
「慣れてないと思うけど、もっと頼って欲しいし、別に情けない姿晒しても良い」
「……」
「家族の前でぐらい、素になってよ」
「これって、そう言う意味の絆なんだよね?」
そう言って自らの指に付いている二人と一匹の絆を見せれば
モーゼスは大きく目を見開いた。
「大体、情けない姿って…いつもそんなもんじゃん!」
「何じゃと!?」
「もう見慣れちゃったよ!」
「だから、幻滅しないよ」
「それが、本当のモーゼスなんだから」
そう言って笑ったを見て、堪えていたものがどっと溢れそうになる。
悲しくないはずなのに、涙が流れそうになる。
心の奥底に隠した気持ちを引き摺り出された気分だ。
「…オウ」
「そげな時が来たら、遠慮なく胸貸してもらうわ!!」
そう言って、今出来る最上級の笑顔を見せれば
も負けじと、とても愛らしい笑顔を見せてくれる。
この指輪に、絆に誓おう。
今まで築いてきた絆を、もう決して、自分から壊さない事を。
そして。
「これからもよろしくね、モーゼス!」
目の前にいる少女を、何が何でも守ろうと。
そこに自分と…ギートが望んだ未来があるのだから。
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修正:14/01/12