「恋…?」
「…う、ん…」
ああ…また、夢だ…。
「でも、わたしは…人じゃ、ない…」
「…」
「…どうすれば、いい?」
無機質な瞳が潤んでいるように見えるのは
夢の中の映像だからだろうか。
「…簡単な事だ、破壊の少女よ…」
「…」
「霧を集めるのだ…人の負の感情を」
夢にしてはハッキリ聞こえるその声を聞き
私はすぐに誰と誰が会話しているのかを理解した。
「さすらば子の願い、我が叶えてやろう」
「…やくそく」
そう言って小指を差し出した少女の腕は、凄く綺麗だった。
私の記憶の中にある、コードに繋がれた継ぎ接ぎだらけの腕じゃない。
良く良く見てみれば、無機質な瞳も色濃く見えた。
唇はピンク色に艶々としていて(そもそも口がある事に違和感を覚えるけど)、
水色の髪がふんわりと靡いている。
本当にあの子なの…?
そう思ったと同時、景色はぐるりと反転した。
「…アハ、ハ…アハッ…!」
綺麗な水色の髪が、一瞬にして深い赤へと染まる。
「アハハ…!ハハ!」
まるで嘘が剥がれ落ちるように、皮膚とは呼べない腕が見え隠れする。
水色の髪も赤から黒へ、黒から白へと変わり
ボロボロと体中の皮膚が粒子となり飛んでいくと、彼女の現実が現れた。
鉄で出来た、改造された体が。
「そうだ…よ、わたしは…霧を集めるために、殺さ、なきゃ…!
あな、あなただけ、は…殺したくッ…!!」
見開かれた目から、大きな涙が血と混ざり落ちていく。
彼女の足元に転がる、一人の男性の体の上へと。
「ッ…お前、騙したな…!!」
鋭く光る少女の瞳に、自分の体がビクンと跳ねた。
ドクドクと痛いぐらいに鳴る心臓の音。
意識が夢と現実を行き来する。
「血を求める娘に、恋等意味はない」
女は消え入りそうな声でそう言った。
「人に近付けば血を求め、恋の感情は殺意に押し潰される…現に今のお前はそうだった」
やっぱり、何かが変だ。
もし今夢の中で語る女が私の予想しているヤツだとしたら
余りにも人間味がありあすぎる。
徐々に、徐々に、アイツの中で何かが崩れている…そんな気がした。
「恋等狂気に変わるだけだ…人を好きになると言う感情に意味はない…」
「だから、我と共にいつまでも…破壊の少女よ…」
「ッ!?」
目が覚めた。
正確に言えば、やっと覚める事が出来た、だ。
ああ、どうしてもっと早く目を覚ます事が出来なかったんだろう。
せめて水色の髪の少女が恋を語り、柔らかく微笑む所で目覚めていれば
こんなにも嫌な気分にはならなかっただろうに。
「…っ…」
汗でビショビショになった服に、少し湿った黒い髪。
ドクドク鳴る心臓の音を聞いていると、吐き気すら催す。
…―――今すぐあなたの元に行きたい。
どうしてあの子がアイツに執着するのか、
それは過去にも一度結論へ辿り着いた事がある。
それは更なる確信へと繋がった。
相手なんて、本当に誰でも良かったんだ。
心に火がつけば、求められれば、本当に誰でも。
ただ恋をしたいと言う、純粋な気持ち。
誰がもっていてもおかしくない感情だ。
「、起きて!」
「…ハリエット…」
「なーに寝ぼけた声出してんのよ!今日は皆で泉まで行くんでしょ?」
汗で濡れた髪をかき上げ、壁に掛かる時計に目をやれば午前十時。
確か私は昨日、「八時に起きて手伝うよ!」とか強気発言をしてたような…。
「もうお弁当も全部作り終わってるんだから!パパも下で待ってるわよ!」
「ご、ごめん…」
「全くもう…ワルター君も呆れちゃって喋らなくなっちゃったじゃない!」
ぷうっと頬を膨らますハリエットの言葉を聞き
私は初めてワルターがいる事に気付いた。
「ワルター、いたんだ…」
「いつもいるだろう」
「…起こしてくれても良かったのに」
「起こして文句を言われるのは懲り懲りだ」
「何それ…」
「…途中、起こさなくてはとも思ったが…」
遠慮がちに言葉を紡いだワルターは
チラリとハリエットを盗み見口を閉じる。
起こさなくてはいけないと思ったのは、きっと私がうなされていたからだろう。
記憶はなくとも、あんな夢を見ていたのだ。きっと酷い寝言を発していたに違いない。
「…ま、準備さぼれたから良いや!」
「ふ〜ん…今のがの本心ね?」
「またまたー!言わなくても分かってるくせに!」
「…もう良いわ。早く準備してちゃっちゃと行きましょ!」
九歳の子供に呆れられる十六歳。
これ程滑稽な状況も中々ないな、と我ながらに思う。
「泉に着いたら手伝いなさいよね!!」
「もちろん!」
ピッと敬礼する私を見て、ハリエットは「よし」と頷き家を出る。
…やっぱり、私は弱い。
今は一人になる事がとても怖く感じる。
ハリエットがいなかったら、ワルターがいなかったら
私が今一人だったら、そう考えると体が勝手に震えた。
ギートとの旅立ちの時、あれ程強く生きようと誓ったはずなのに
上手くいかない現実を目の前に、ただただ溜め息しか出てこなかった。
「おっはよ〜!」
「おはよ、ノーマ!」
ノーマと挨拶を交わし、軽く抱き合う。
既に到着している仲間達にも手を振り、声を掛けた。
視界の端、キラキラと光る泉がとても気持ち良さそうで
足を入れるぐらいなら良いかな、とブーツを脱ぎ始めれば
私をジトリと見つめるハリエットの視線を感じる。
きっと私の顔には
「残念」、「ついてない」、
そんな幸薄い単語が書かれていただろう。
昼食の準備が出来ると、各自のんびりしていた皆が一点へと集まる。
とにかく疲れたと言わんばかりに肩を落とす私に対し
珍しく灯台の近くまで来ていたモフモフ族の三兄弟は
「大丈夫キュ?」と優しく問いかけてくれた。
ああ、なんて優しい子達なんだろう。
「…ね〜ちょっと」
「何さ…人が癒されてる時に」
「そんなん良いから!あの二人ってば、どうしちゃった訳?」
意味が分からず首を傾げる。
理解の遅い私に対し「だから、あれ」とノーマが指差した方向には
談笑するシャーリィとクロエの姿があった。
「…女子は女子同士って訳?」
「そうなんじゃないかなー」
考察するノーマに対し、お茶を啜りながら適当に返事をする。
そんな私と話す事にもう飽きたのか
ノーマは一度舌で唇を濡らすと、ぴょんぴょんと跳ねるように二人の輪に近付いた。
「何の話?あたしも混ぜて〜!」
「二人だけの秘密なんです。ね、クロエ?」
「うん、そうだな」
早速フラれてる、と密かに笑う。
フラれた本人はピシリと硬直した後、フルフルと震えた。
「…リッちゃん、『クロエ』って言ったね?言ったよね?絶対に言ってたよね?」
ノーマの問いかけに顔を見合わせ笑う二人の間には
入り込めない空気が流れていた。
ノーマにとっては相当ショックな事なのだろう。
語らなくとも、彼女らしくない引き攣った顔が教えてくれる。
「何でよ何でよ!分かるように説明してよ〜!」
「秘密です」
「秘密だ」
「うわっ、感じ悪っ!」
落ち着き笑う二人とは逆にギャーギャー騒ぐノーマを見て
すぐ近くにいたセネルがクスリと笑った。
「微笑ましかった?」
「…何だ、聞いてたのかよ」
「聞こえるように笑ったのかと思った!」
「いや、ただ…あの二人が仲良くなって良かったなって…」
「自分のせいで二人の間に溝があるって思ってたの?セネル自意識過剰ー!」
「うるさいな…それがお前なりのフォローって分かってるぞ」
「…ばれた?」
アハハと笑う私に対し、セネルも笑う。
「セネルが不安になる程、女の子って弱くないよ?」
「責任転換はしたくなかったんだ。まあ、黙って見守る事で取る責任もあるからな」
「んー良いね!私そう言う悟ってるセネルも好き!」
「悟ってるって…俺は年寄りか…」
溜め息を零すセネルの頬が朱に染まる。
嬉しいくせに意地張って、そう言う所は年相応だ。
「ねね、あたしも!あたしも『ノーマ』って呼んで!」
「え、えっと…ノーマさん」
「ちっが〜う!呼び捨てでいいの!!」
「…ノーマ」
シャーリィが敬称を付けず人を呼ぶ事自体が珍しく
蚊帳の外である私も「おお」と声を上げてしまった。
それを見てセネルに笑われたのは言うまでもない。
「ノーマがいると楽しいね」
「やった〜!これであたしも仲間だね!」
笑い合う三人を見ていると、自分の事みたいに嬉しくなった。
今まで仲が悪かった訳じゃない。
むしろ傍から見れば充分仲が良かった方だろう。
それでも更に更にと距離が縮まるこの温かな空気が好きだった。
それはモーゼスが良く言う“家族”にとても近いものだ。
「は行かんのか?」
「ん?」
「娘っ子ん中で取り残されちょるぞ?」
「む、なめんなよー?私が取り残されるわけないじゃ―――…」
「そうですよ」
思いもしない声がすぐ近くから聞こえ、体は大袈裟に跳ねた。
さっきまで遠くにいたシャーリィが、私の横でニッコリ笑っている。
日の光を背負う彼女の笑顔の真意は良く分からなかったけど
その声は穏やかで、だけど何か含みがある…そんな感じだった。
「シ、シャーリィ…ビックリした…」
「えへへ」
可愛らしく笑う女の子に、「驚かすなよ!」といつものように怒鳴る事も出来ず
私は釣られるように口の端を持ち上げた。
「そんなんじゃいつか本当についてけなくなっちゃいますよ?」
「えー…シャーリィ本格的に私を取り残すつもり…?」
「そうかもしれません。だから、一緒に話そうよ?」
「ね、」
そう言って地面にお尻を付ける私の腕をくいっと引っ張るシャーリィ。
突然の事に頭が回らず、体は引っ張られた方向へ抵抗もなく動いた。
「、何ボーっとしてんの?」
「体調でも悪いのか?」
「いつも元気なに限ってそんな事有り得ないよ」
小悪魔みたいにクスクス笑うシャーリィに私は驚かされっぱなしだ。
「シャーリィ、私の事、呼び捨てで…」
「嫌?」
「嫌?」って聞きつつ笑うのは、きっと答えが分かっているからだろう。
勿論、私の中でも答えは一つしかない。
「い、嫌じゃない!大歓迎!!」
小さな彼女の手をぎゅっと握り、ブンブンと振ってみせると
シャーリィはぱあっと顔を明るくし、幸せそうに笑った。
「本当ですか…!?勇気出した良かった!」
「あ、敬語も良いよ!そっちの方が嬉しいよ!」
「…っうん!」
私達、もっと早くにこうなっていても良かったはずだ。
似たような立場の私達が、他人行儀になる必要なんて何処にもなかったのに。
私の事をさん付けで呼んでいたシャーリィに
どうしてもっと早く疑問を抱く事が出来なかったんだろう。
本当は、こうなる事をもっと前から望んでいたはずなのに。
「」
「ん?」
「…何でもない!」
嬉しそうに何度も私の名前を呼び続けるシャーリィに悪い気はしなかった。
むしろこうして名前を呼んでくれる事が、私にとっては嬉しいのだだ。
ここにいて、と求められている気がして一人じゃないと実感出来る。
皆といれば、大丈夫。
そう、信じられる気がした。
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修正:14/01/12