シャーリィさんに名前を呼ばれる度、さんは
「大好き」とか「嬉しい」とか、とにかく喜びを表現する言葉を乱雑に述べた。

飛び跳ね、抱きつき、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい浮かれている。

何がそんなに嬉しいのかは分からなかったけど
彼女のそんな笑顔を見て、まあ悪くはない、そう思った。





「はいパパ、今度はこれ食べてね!」
「…」





キラキラと瞳を輝かせるハリエットさんの手にはサンドイッチ。
ウィルさんはただ黙って受け取り、自らの口へと運ぶ。

その姿は普段魔物と戦うウィルさんよりも勇敢に見えた。





「良く食べれますね…魔物より恐ろしいのに」
「ジェイくん、何か言った?」
「じ、冗談ですよ…」





年下の女の子に怯えるなんて情けない。

だけどここで折れなければ何をされるか分からない。
咄嗟にそう判断した僕は、プライドよりもこの危機を回避する事に必死だった。





「どう?おいしい?」
「…昨日の晩飯に比べれば、確実に美味いな…」
「ほう、嬢ちゃん腕が上がったんか。どれどれ…」





ああ、本当にモーゼスさんは馬鹿だ。

「確実に美味い」、と言うウィルさんの言葉の中に
元々酷い、と言う意味が隠されているとも知らずに
この世の物とは思えない食物を口へ運ぶ。

案の定、モーゼスさんはサアッと顔色を悪くした後
冷や汗をダラダラと垂れ流し、毒にも似た症状を訴えた。





「ぐっ…ワイ…何だか気分が…」
「黙って食え…お前も男だろ」





モーゼスさんの隣で同じものを食べるセネルさんも顔色が悪い。
まずい物を作れると言うのもここまで来るとある意味才能だ。





「はい、次は自信作のこれね。あーん!」





そう言ってハリエットさんは笑う。
ウィルさんも、ハリエットさんの笑顔を見て微笑む。

目の前で行われる、父と娘…家族の触れ合い。
そこには何一つおかしな点等ないのに、僕は目を反らしてしまった。


“家族”


その言葉を聞き思い浮かぶのは、温かな感情じゃない。
恐ろしく、忌々しい過去だけだ。





「…」
「ジェー坊、食わんとなくなるぞ。この喜びを分かち合わんでどうする?」





思い出したくもないのに、記憶は雨のように降り注ぐ。
目を閉じてもその音は消えない…匂いも、風景も。

赤に染まった血の世界を、僕は絶対に忘れない。





「ジェー坊、あーん」
「っ!?」
「ジェイあーん!」
「な、なに、馬鹿やってるんですか!モーゼスさんもさんも!」





記憶に気を取られ、馬鹿二人組が近くにいる事すら気付けなかった。
後退りする僕を見てさんは「大丈夫!」と根拠もなく胸を張る。





「じゃーん!」
「…何ですか、それ」
「砂糖です!」
の便利道具のうちの一つだね〜」
「うん!今日寝坊して何も作れなかったから持ってきたの!」





いや、だから?
そう問わずとも、大体の答えは分かっていた。





「…僕にどうしろと?」
「砂糖はね、とにかく便利なの!」
「…で?」
「これがあればハリエットのご飯も美味しく食べれるよ!」
「……で?」
「で、ジェイあーん!」





僕に向けられたサンドイッチの間には、得体の知れない何かが見え隠れしている。
パンの上に降りかかる白い粉は、恐らく彼女が持ってきた砂糖だろう。





「…さんは、砂糖をかけた事でコレを食べれたんですか…?」
「いや、私食べる気ないから」
「…」





突然真顔になり目を反らした彼女を見て、プツンと何かが切れる音がした。
恐らくそれは、我慢と言う糸だろう。





「ではお先にどうぞ?さん」
「う、お…!お、おお押し返さないでよ…!!」
「その口が二度と馬鹿げた事を言わないよう詰め込んで差し上げますよ…!」





全身の体重をかけ彼女にサンドイッチを押し返すと
普段の力からは想像出来ないくらいに抵抗してくる。

何故もっとこの力を有意義な事に利用しないのかと思うと同時
ガタガタ怯えるさんを見て、自然と口角が上がった。





「ジェイ、イキイキしてるキュ!」
「っえ…?」
さんや皆さんと一緒にいるのは楽しいキュ!」
「ジェイがどんどん明るくなって、ポッポ達も嬉しいキュ!」





突然、キュッポ達を何を言い出すのだろう。

三人の言葉に気を取られた僕の真横から「隙あり!」と声が上がる。
何をされるか咄嗟に判断した僕は、スッと体を動かした。

僕目掛けて飛んできた食物はシートの上にペチャ、と落ちる。

「人が作った物で遊ばないでちょうだい!!」と怒鳴るハリエットさんに
「すみません」と平謝りし、事の原因であるさんをきつく睨めば
乾いた笑みを零しながら頬を掻き、彼女も「ごめん」とつられるよう謝る。





「言われて見れば、昔より愛想もようなったかの」
「きっとセネルちゃん達のお陰ねぇ」





ああ、その話はまだ続くのか。
溜め息を吐いたと同時、再び忌々しい過去が蘇る。





「……昔、か…」





昔。
皆とは違いすぎる、僕の過去。





「いつまで寝てるんだ!!」
「う、うう…」





思い出すのは優しい父の声でも、暖かな母のぬくもりでもない。
恐怖でしかなかった、男の罵声。





「私は誰の為に、こんな事をしているんですか?」
「ぼ、ぼくのためです…」
「そうですよ。ジェイの為です」





「捨てられた貴方を拾い、仕事が出来るように訓練までしてあげているのですからね」

「だったら、死ぬ気で努力をしろ!私の期待に背くような奴はいらん!!」





「…っ…」





込み上げる恐怖。
口内が裂けた時の鉄の味が、今でも消えない。

変わったと笑う皆を見ても、僕にはそれが分からなかった。
過去がある限り、現在も、未来も、何一つ変わる事はない。

時間が経って解決する事等、この世の中には多くないんだ。
僕はずっと、僕のままなのだから。





「そう?」





不満だらけの声は、僕を現実へと連れ戻す。
無意識に上げた瞳が捉えたのは、笑うさんの姿だった。





「私はそんな事ないと思うけど」





さんはそう言うと、まるで歌うように言葉を繋げた。
驚き目を見開く僕や呆ける仲間達を置いて、コロコロ表情を変えながら。





「ジェイは昔っからジェイじゃん」
「…」
「前から冷たくて、口うるさくて、すぐ怒るし呆れるし…」
「…」
「でも、あったかい」





普段僕が文句を言うと愚痴愚痴言うくせに、裏ではそんな事を思っていたのか。





「私、ジェイが好きって事は変わらないよ」





そう言って笑った彼女の顔は、いつもと違う気がした。
遠慮がちで、何かを隠している…まるで仮面みたいな笑顔。

この笑顔は嫌いだ。
さんには似合わない、温かくない笑顔。





「同情してるような言い方ですね」
「…は…?」
「何も知らないくせに、そう言う事言わないで下さい」





「迷惑です」と言い放ち、僕は彼女から距離を取った。

気分が悪い。

さっきまであんなに楽しそうに笑っていたのに
僕と話す時だけそんな顔になるのが気に食わない。

違うなら否定してみれば良い、「同情なんかじゃない」って。
なのに貴女は馬鹿正直だから、僕から目を反らす事しか出来ないんだ。















ジェイにそんな事言われるなんて、思ってなかった。

同情なんかじゃない、全部本音。
だけど否定出来なかったのは、ジェイの過去を知っていたからだ。

私はジェイの過去を知らなくても、すぐさま同じ事を言えたのかな。
問いに対する答えはすぐに出て来なくて、小さく拳を握った。





「はいは〜い!暗い話はそこでやめ!ちゃっちゃと空気切り替えて〜!」





ああもう、本当情けないと思うと同時
この嫌な空気を切り替えてくれたのはノーマだ。





「これを見よ!」





何処からか取り出した一枚の葉を空へと掲げるノーマ。
一体何の葉だろう、と首を傾げる私達を見てふふんと鼻を鳴らした。





「…そうか、今日は星祭か」
「星祭?」
「ウィルっち先生、説明よろしく!」





テンションの高いノーマに溜め息を吐きつつも
ウィルはコホンと咳払いし、疑問符を浮かべる私達に説明を開始した。





「葉に願いを書いて川や泉に流すんだ」
「葉を?」
「ああ。そうすると書いた願いが叶うと古くから信じられている…それが星祭だ」





簡潔な説明に対し、皆は小さく頷く。
だがウィルの言葉と言えど、半信半疑のようだ。





「それ、本当に当たるのか…?」

「祭りの始まった当初は固く信じられていたのだがな…
 今はやる者も少ない。現に俺も今日が星祭と言う事を忘れていた」





信じ切っていたモーゼスの表情がガラガラと音を立て崩れる。
今時、モーゼスのような純粋無垢な青年はいないだろう。





「…ま、何じゃ?要するに葉っぱにお願い書いて流せばええんじゃろ?」
「そそ、折角だからさ!皆でやろ〜よ!」





ピョンピョンと跳ね回りながら葉を配るノーマ。
ちゃっかり人数分用意しているのが彼女らしい。

いざ自分の分を受け渡ろうとしたその時、すぐ近くから溜め息が聞こえた。





「僕には願い事なんてありませんから、遠慮させてもらいます」





たった一言、ジェイはそう言うと私達から背を向け遠くの方へと歩き出す。





「ジェイ、待つキュ!」





呆然とする事しか出来なかった私の横をすり抜け
キュッポ達は泉の反対側で膝を抱く少年の横へとすり寄った。





「何じゃ、ジェー坊のやつ。ノリが悪いのう」
「やりたい人だけでやればい〜じゃん!無理にやらせても、盛り上がらないし!」
「そうじゃがのう…」
「一応ジェージェーにも葉っぱ渡したし、後でやりたかったら自分でやるって!」





楽観的に話すノーマの横、適当に笑った。
心の底から笑う事は、しばらくの間出来なさそうだ。

それはきっと、ジェイと未だ忘れる事の出来ない今朝の夢が原因だろう。

ジェイを見ると、アイツを思い出す。
アイツを思い出すと、あの子が笑う。

そうすると、上手く笑う事が出来なくなる。










「世界が平和でありますように」

スケールの大きいグリューネさんの願い事に、皆は笑った。





「食卓に平和が訪れますように」
「パパに美味いと言わせる!」

違う言葉で同じ願いの書かれた親子の葉に癒されて。





「エルザに幸多き人生を」

「優等生め〜!」とからかうノーマに
クロエは頬を赤くしながら「良いだろう」と言う。





「ギートが元気でやれるように!」

仲間を想うモーゼスの言葉に、私は笑った。
面白おかしいからとかじゃなくて、モーゼスらしいなって思って。





「スタイルが良くなりますように!!」

モーゼスにまでしょうもないと言われたノーマの願い事。
胸に関し熱く語るノーマに対して、クロエは再び頬を赤く染めた。





「海が未来永劫、静かであるように」

ワルターらしい願いに、皆は強く頷いた。
彼にはこれしかないだろう、と納得するように。





シャーリィの願い事は残念ながら聞けなかった。

どんな願い事をしたのかと問うたセネルが
ドが付く程睨まれていたのには笑ったけど。















「セネルちゃんは何を書いたのかしらぁ?」
「俺はこれだ」





「『仲間といつまでも共に』」





騒ぎの中、一人になった自分は皆の願い事に耳を傾ける。

セネルさんの言う仲間の中に、僕は入っているのだろうか。

…いや、きっと入っているはずがない。
僕があの輪の中に、入れる訳がないんだ。





「うわっ、ここにもいたよ優等生!つまらん男がここにいる〜!」
「でも凄く良い願い事だよ、お兄ちゃん!」
「だろ?」





照れるセネルさんの声は本当に嬉しそうだった。
それは人に褒められたからと言うよりは、同意された事を喜んでいるように聞こえる。





「…願い事、か…」





ノーマさんから受け取った葉をじっと見つめ、ポツリと呟く。
だけど文字を書く気にはなれなかった。





「んで、はなんて書いたわけ〜?」
「え、あ…私…!?」
「え〜なによ〜!親友のあたしにも教えてくれないの〜!?」





さんの声を聞き、意識は再び皆の輪へと戻る。

余り聞き慣れない声だ。
さんがノーマさんの問いかけに焦るなんて。





「…ノーマと同じ願いだよ!」
「マジ!?やっぱナイスバディになりたいよね〜!」
「うん!元々ナイスバディだけど?やっぱもう少しあっても良いかなーって?」
「またまた〜!見栄張らなくても、が小っちゃいって皆知ってるぞ!」
「うるさいな!分かってても言うなよ!」





ノーマさんを捲し立てるさんは、何かを隠すみたいに必死だった。
体格の事とかじゃなくて、もっともっと別の事。

何かは分からない。
聞いても彼女が教えてくれる事はないだろう。





「ジェイ、皆と一緒にいた方が楽しいキュ…」
「…キュッポ…」
「良い人ばかりだキュ!」
「…良い人、か…」





分かってる、そんなの。
痛くなるくらい、分かってる。





「だから、一緒にいると嫌になるんだ…」

「僕だけが違うから…僕だけが…」





この違いは絶対に埋められないものだ。
認めてもらえる等、そんな幻想は抱いただけ無駄。





「よし、んじゃ流そうか〜!」





ノーマさんの掛け声に「おー!」と元気良く返事をしたのはさんだ。
また、さっきと声色が違う。

葉は、流れに逆らう事なくユラユラと揺れる。

葉を流した事に満足したのか、皆はまたバラバラと散った。
行き先を見つめるのは、僕だけだった。

ユラリユラリ、と。
一つだけ、行き先を間違えた葉が僕の方へと流れてくる。


一つだけ、ポツンと。
ユラユラと、彷徨うように。


目の前に来た葉は泉に映る自分の顔と重なった。
木の枝に引っ掛かったそれはまるで僕に拾って欲しいと言うように留まっている。

無意識だったのか、何かに導かれたのか。
分からないけど、僕の手は真っ直ぐにその葉へと伸びていた。





「…ノーマと同じ願いだよ!」





戸惑いを隠していた彼女の声が、葉に触れた瞬間蘇る。





「…なんだ、これ…」





誰の願いかなんて、考えるまでもなかった。

この世界の文字で書かれていない願い事。
それは遠回しに“さんが書いたもの”と言うのを僕に知らせる。





「…なんで、こんな事…」





読めないはずの文字だった。
それでも分かってしまった。

葉を手に取った瞬間、脳に直接言葉が流れ込んでくる。

こんな事を彼女が願うのも、僕が彼女を求めただからなのだろうか。





“誰にも迷惑を掛けないで、元の世界に帰りたい”





ああ、きっとこれが全ての答えだ。

人ではない僕が人を好きになるのは
いけない事だったと言うだけ。

罪を犯したら、罰が下る…きっとこれがそうなんだ。










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修正:14/01/13