「始めてくれたまえ、イザベラ君!」
「はい」
ハキハキとしたカーチスの声も、穏やかなイザベラさんの声も、今は酷く耳障りだ。
「さる暗殺者集団が、遺跡船に進入したようなのです」
「…暗殺者集団?」
「ここ数日の間に、複数件の情報が入ってきています」
困ったように眉を下げ、目を伏せるミュゼットさんの横
カーチスは何度も何度も強く頷いた。
話を聞いたモーゼスはガタリと音を立て立ち上がる。
そして見えない相手に威嚇をするよう歯を剥き出した。
「気に喰わんのう、そがあな連中。さっさと追い返しちゃれ」
「…それが、そう簡単にもいかないのよ」
無礼にあたるモーゼスの行動にもミュゼットさんは動じず
小さく溜め息を吐き頬に手を当てる。
「遺跡船に現れたのは、暗殺者の中でも最悪な部類の者達です」
「ヴァーツラフ軍にいた、特務兵みたいな奴等か?」
「…それ以上に最悪な存在…」
「…忍者、です」
もう、目を開け続けている事すら辛かった。
これ以上話を進めないでと思う裏腹、
頭の中の少女は嬉しそうに笑っている。
久しぶりだ。
この子を、こんなに怖いと感じているのは。
いつかまた体を乗っ取られてしまうのではないか。
仲間を傷付けてしまうのではないか。
嫌な事ばかりが頭に浮かぶ。
「忍者…」
「忍者、か…」
「忍者ってなんじゃ?」
ズルリ、と窓のない部屋から抜け出そうと伸びる手。
その感覚は、昔破壊の少女が水の民を殺そうとしていた時のものに良く似ていた。
「ちょっとモーすけ、何よそのオヤジギャグ。ふざけてるわけ?」
「こがあな喋り方なんじゃ!仕方ないじゃろ!!」
ドカリ、と私の隣に座り直すモーゼスの体が当たる。
そんな些細な衝撃にさえ、私の体は酷くビクついた。
震える私の体に気付いたのだろう。
モーゼスは「んお?」と声を漏らす。
「何じゃ。震える程おもろかったんか?」
「っ…」
「…?」
私をからかう笑いはすぐに止まった。
いつもより低いモーゼスの声に、心の中で「ばれた」と思う。
何とか誤魔化さなきゃ、と顔を上げれば
私を覗き込むモーゼスの瞳に、私の“黒”が映った。
「どがあしたんじゃ…!顔色が悪いぞ!?腹でも痛いんか!?」
「ちがっ…そんなんじゃないよ…!」
肩を強く掴まれ、その場から立ち去る事も出来ず
拒絶をすればする程相手は詰め寄ってくる。
「ッほんとに大丈夫だから!」
「…気分が悪いならはよ言え!膝ぐらいなら貸しちゃる」
「……あ、ごめん…無理…」
「無理って何じゃ!!」
普段通りの会話だ。
おかしい所なんて一つもない。
これで本題へと戻ってくれるだろうと踏んでいた私に
次に声を掛けたのはノーマだった。
「…なんか、らしくない」
「っ…へ…?」
「あたし、モーすけが気付く前から見てたよ」
「…」
「いつ『大丈夫?』って声掛けようか迷ったけど…」
「なんか、しょ〜じき話しかけたくなかった…。
さっきまでの、じゃないみたいだったよ…」
ショックなんじゃなくて、ただただ目を見開いて驚く事しか出来なかった。
“私じゃない”なんて、一体どんな顔をしていたんだろう、と。
…もう、無意識の内に始まっているのかもしれない。
大沈下を止める為に戦っていたあの日のように。
破壊の少女と私が互いを邪魔だと言い合う、あの日の関係に戻ってしまう。
…―――あの人を愛せないお前はいらない。
…―――まだ、元の世界には戻らせてあげない…。
…―――わたしの願いが叶うまで、絶対に―――…。
恋は盲目、良く言う言葉。
互いを理解し、私と約束を交えたあの子は何処?
こんなにもこの子の恋が膨れ上がったのはいつから?
もう、何も分からない。
「…?ごめん、あたしなんか変なこと…」
「…」
何にも、誰にも分からない。
私自身の事なのに、私自身も分からない。
もしかしたら私は私が知らない内に
もうとんでもない事をしているのかもしれない。
そう思うと震えが止まらず、冷や汗が頬を伝った。
「…一度、話を止めた方が良いかしら?」
「…いえ、さんには後で僕から説明しますので」
鈍痛がする頭を上げれば、私を真っ直ぐ見るジェイと目が合った。
紫色の瞳に映る自分の顔。
「ああ、私こんな顔してたんだ…」と他人事のように思う。
「気分が悪いなら外の空気でも吸ってて下さい」
「…」
「話を中断するような人がいると、迷惑なんですよ」
キツイ言葉に私は小さく頷いた。
それがジェイの優しさと気付いているからだ。
それなのに、私はジェイを裏切っている気がして
ズキンと針で刺されたような痛みに顔が歪む。
「ちょっと!そんな言い方ないじゃん!」
「い、良いよ!ジェイの言う通りだよ!」
「っだけど…!」
「真面目な話、私には合わないし…後で説明して!」
「…」
笑顔を振り撒きながら、私は慌ただしく扉を開け外へ飛び出す。
まるでジェイから逃げるように。
逃げるように…じゃない。
実際、私は現実から逃げているんだ。
「……」
気分が悪い。
ふらつく体を必死に動かし、
私はミュゼットさんの家のすぐ横にある白いベンチへと向かう。
気持ちの良い風に背中を押されながらフラフラと辿り着いたベンチに腰掛け
項垂れるよう頭を下げた。
「…イ…」
「…」
「…イ、オイッ!」
「っ…?」
閉じていた目をゆっくりと開け、声が聞こえた方へと視線を移す。
そこには足を投げ出し木の根に座るワルターの姿があった。
…ああ、私が座ったここは、ワルターの目の前だったんだ。
「ワルター…」
「…勝手に何処か行った挙句無視とは良い度胸だな」
「本気で気付かなかった…」
「…」
はあ、とわざとらしい大きな溜め息を零し
疲れたと言わんばかりに顔を手で覆うワルターの姿を見て今朝の事を謝ろうと口を開く。
だけど、唇はとても固く動きそうにない。
たった三文字「ごめん」と言えば良いだけなのに、別の言葉が出てきそうになる。
「こわい」とか「いやだ」とか、言いたくもない言葉ばかりが。
「…どうした」
「ん…?」
「お前らしくない…腹でも痛むのか?」
「…何で私が暗い顔してると、皆お腹が痛いと思うんだろ」
「いつも自分の限界を考えずに食べまくり、腹が痛いと喚くからだろう」
いつもの文句。
だけどそれがワルターの優しさと知っている。
ジェイもワルターも、文句を言いながらいつも優しくしてくれる。
小姑みたい、って思う時もあるけど
きっとそうさせているのは私の日頃の行いのせいなんだろう。
「…お腹、痛い…」
「…?」
「お腹痛い…うーん、お腹痛い…?」
「どうかしたか…?」
ワルターは同じ質問を私へと投げる。
それに返事もせず、しばらく黙り込む事一分弱。
「お腹痛いんじゃなくて、お腹減ったのかも…?」
「…は?」
そう言えば、と思った。
私、朝から何も食べてなかったって。
自覚すると本格的にお腹が空き始める。
きっとワルターには聞こえていないだろうけど、くう、と小さくお腹が鳴った。
アハハと笑う私に対し、相手は再び大きな溜め息を吐く。
今のは馬鹿にしている溜め息だ、長く一緒にいるんだからそれくらい私にでも分かる。
「…ワルター」
「…何だ」
「何か作って」
「…俺がか…?」
意外、と言わんばかりの声と思いっきり嫌だと書かれた歪んだ顔。
「おにぎりとかで良いよ?」
「…米がない」
「ミュゼットさんの家の炊飯器からちょっと盗んじゃえ!」
「…」
非常識な事を言ってのけた私を見つめるワルターは
しばらく黙り込んだ後「任せろ」と言いその場を後にする。
「…優しいなあ」
一人残された私はそう言いながら目を閉じた。
数分経ち、私のお腹が盛大に鳴り始めた頃
ワルターはおぼんを持ってミュゼットさんの家から出て来た。
それとほぼ同時、モーゼスとノーマの大きな笑い声が窓を通して聞こえる。
恐らく、笑われている対象はワルターだろう。
そんなに面白い物が見れたなら私も一緒に入れば良かったと少し後悔する。
「ほら」
「ありがとー!」
大きな握り飯を目の前に大きな声を出す私に対し
ワルターはまた溜め息を吐いた。
暖かいおにぎりを目の前に、私のお腹はもう大合唱だ。
バンバンと激しくベンチの空いているスペースを叩けば
ワルターは私の横に音も立てず座る。
「いただきまーす!」
「…」
元の世界で作っていたおにぎりよりも一回りも大きいそれを見て
ワルターは細いくせにこんな大きなものを作るんだ、等と下らない事を考えながら
はむっと三角型の頂点からおにぎりを頬張った。
「…」
「……」
「………」
「…どうだ?」
夫の為に初めて腕をふるった妻のように
ワルターは期待と不安に満ちた瞳で私を見つめる。
感想を求められれば、頭の中に浮かんだ言葉は一つだけ。
「…しょっぱい」
「何…?」
「塩味…塩だけ…お米の粒が全部塩みたい…」
もぐ、と控えめにお米を噛めば、ジャリ、と砂音が聞こえる。
こんな音がするまで塩を振るえば、誰だってしょっぱいと言うはずだ。
「ワルター料理作るの下手…?」
「塩は海の恵みだ。粗末にすれば滄我が荒れる」
「あーその設定は初めて聞いた。凄くビックリ」
棒読みで返事をしながら、再びおにぎりを頬張った。
しょっぱいけど、お腹を落ち着かせる為ならこの際何でも良い。
「海の恵みを大切にするなら、海苔も巻いてくれれば良いのに」
「良いから黙って食え」
もぐもぐ、じゃりじゃりと音を立てる中
私達の間には妙な沈黙が生まれた。
「…全部食べるよ」
「?」
「しょっぱいけど全部食べるから、心配かけちゃった事チャラにしてね」
作れと言った私がこんな偉そうな事を言うのもおかしい話だ。
ワルターもそう思っているからこそ、こんなに目を丸くしているんだろう。
だけどワルターはすぐに真顔へと戻り
お弁当を付ける私を見て「汚い」と一言言った。
「…別に昨夜の事は気にしていない」
「あ、そうなの?」
「あぁ…昨夜よりも、今のお前の方が心配だ」
「…」
…やっぱり、ワルターには何でも分かっちゃうんだ。
私が悩んでる事、全部言う前に分かってる。
だから私の無理難題な命令にも黙って従ったのだろう。
「…でも、ワルターのおにぎりで元気出たよ!」
「無理はしなくても良い」
「本当の事!」
「…そうか」
フッと綺麗な笑みを見せるワルターに、私も笑った。
「なら遠慮なく、悩み事があれば俺に言え」
「?」
「お前が元気になるなら、握り飯の一つや二つ作ってやる」
「米は高いけどな」、そう言いながらワルターはベンチから離れ
再び正面の大樹に体を預けて目を伏せた。
その行動が照れ隠しだと言う事はすぐに分かった。
そして、照れ隠しをすると言う事は言った事に嘘がないと言う事も。
「…ありがと」
「礼はいらん」
「じゃ、今度は十個ぐらい作ってもらおうかな!」
「…おい、そんなに俺の前で落ち込む気か?」
「…え…」
彼なりの冗談、と言うヤツだったのかもしれない。
だけど私は、どう返事をして良いのか分からなかった。
言葉が詰まり、喉が苦しくなると
つい先ほど胃に入ったおにぎりがズシンと重くなる。
「…いかも」
「?」
「十個じゃ、足りないかも」
私、何言ってるんだろう。
頭の中ぐちゃぐちゃで、自分の事が分からない。
驚き目を見開く相手と目を合わせずに、流し込むよう残りのおにぎりを胃に詰める。
「ご馳走様」と言う言葉にも似たもごもごした言葉を紡ぐと共に
私はまた逃げるようにミュゼットさんの家へと入った。
“誰にも迷惑を掛けないで、元の世界に帰りたい”
ああ、もう。
星祭が願いを叶えてくれると言うのなら、今すぐ現実になってよ。
これ以上私と、私の中に住むこの子がいたら、迷惑になる。
分かっているのに、神様は私の葉を無視し、願い事を聞いてくれなかった。
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修正:14/01/13