ガタガタと慌しい音を立て戻って来たさんは
外へ出て行った時と比べ、更に顔色が悪くなっていた。
ハア、と零れる荒い息。
ダラダラと流れた汗に乱れる髪。
庭からここまで駆けて戻って来たとしても、そんなに疲れる事はないはずなのに。
「どうかしたか?」
「えっ、何が!?」
セネルさんの言葉に対し、さんは白々しい笑顔と過度な反応を見せる。
声を上げた張本人が自分自身の声量にビックリし、
固まる僕達を見て乾いた笑みを浮かべながら頬にへばりつく髪を摘まんだ。
「あ、いや…!その、ワルターのおにぎりがしょっぱくて…」
「あ〜見てた見てた!あれは入れすぎだと思ったよ!」
「悪かったな」
彼女の後ろからヌッと現れたワルターさんは大層不機嫌な声を出す。
いつの間にと驚き目を見開くさんは
ワルターさんが入ってきたと同時に更に顔色を悪くした。
ワルターさんはさんが自分を避けていると分かっていながら
手に持っているコップを彼女の頬に付ける。
「喉が渇いているだろう」と言い水を差し出すワルターさんを見て
さんは遠慮がちに小さく頷いた。
「…何も…言わないんだ…」
「…何か言って欲しいのか?」
「いや…ありがと…」
気まずそうに髪を耳に掛ける動作を繰り返した後、
さんは差し出された水をグッと飲む。
何を隠しているのかは分からなかったが
何かを隠している事は直ぐに分かった。
彼女は口が裂けても僕達にその内容を話す事はないだろう。
ならば追求するだけ時間の無駄だ。
「ミュゼットさんからの話は終わりました。
さんには移動しながら説明をしますので、早く出発しましょう」
少しだけ顔色の良くなった彼女の横を通り過ぎ、僕は一人街の外へと向かう。
「ちょっとぐらい待ってあげたっていいのにね〜」
「気遣いの言葉も掛けれんとは、おつむの弱い奴じゃのう」
わざと聞こえるように言ったのか、本当に馬鹿二人組は腹立たしい。
舌打ちを零し、僕は歩む速度を更にと上げた。
ジェイは街の門の前、柱に体を預け私達を待っていた。
「待たせてごめん」と言い駆け寄ろうとすれば
ジェイは私に背中を向けて行ってしまう。
素っ気ないジェイの態度を見て、私の足は竦んで動かなくなった。
いつもなら、こんなに怖いと思う事はないのに。
「…何してるんですか」
「、え…?」
「説明するって言ったでしょう?そんなに離れてて聞こえるんですか?」
鋭い瞳を向け、淡々と述べるジェイに
私はぽかんと口を開け、数秒の沈黙を流す。
「…ごめん」
ジェイは「別に良いです」と言い、駆け寄るとすぐに歩き始める。
冷徹に見えるけど、歩くスピードだけはちゃんと私に合わせてくれる。
それがジェイの優しさだ。
「根本的な所から伺いますけど、忍者って知ってますか?」
「忍者…」
知らない訳じゃない。
だけど上手く説明する事は出来なかった。
黙り込む私を見て何かを察したのだろう。
ジェイは溜め息を吐きゆっくりとその唇を動かし始める。
「忍者とは常に影に潜み、任務遂行の為だけに行動する者達。
私的感情を捨て、与えられた任務をただひたすらにこなしていきます」
「忍者の恐ろしい所は、自らの命を惜しまない所。
必要と判断すれば、命と引き換えにしてでも任務を優先する」
「そんな彼等の別称は『忍』…すでに『者』ですらないんですよ」
いつもと変わりない表情で話すジェイに
私は頷く事しか出来なかった。
「者ですらない…それがどれだけ皆に恐怖を与えているか
破壊の少女である貴女なら良く分かるでしょう?」
予想外の言葉に戸惑いを隠せず、息にも似た声を漏らした。
「者」ですらない恐怖。
破壊の少女も同じ、「者」として扱われなかった女の子。
ただ成すがままに体を改造された少女は
自分の感情を捨て人を殺す忍と同じ。
ジェイはそう私に言いたいのだろう。
「忍者が誰に頼まれ、どんな理由で何をするのかは、僕にも全く分かりません」
「…」
「それを探りに、不審な連中が出入りしているとミュゼットさんが言っていた、
秘密の地下道へ向かっています」
「……」
「…ここまでは大丈夫ですか?」
返事をしない私をチラリと盗み見るジェイに、首を動かす事で返事をした。
「そしてもう一つ、これは推測でしかありませんが…」
「…?」
「何処の国に雇われたかは知りませんが、
忍者に狙われているのは貴女かシャーリィさん、どちらかだと僕は思います」
驚き目を見開く私は、ジェイの瞳にどう映っただろう。
「ヴァーツラフがやった事…忘れてはいませんよね?
あの時、ヴァーツラフは遺跡船の脅威を、各国にまざまざと見せ付けました」
「遺跡船が強力な兵器になると分かれば、どこの国だって手に入れようとします。
あるいは他国に渡るのを阻止しようとするか…」
「もしそうならばメルネスであるシャーリィさんが狙われると言う事ですよ」
シャーリィが、また狙われる。
折角距離を縮められたのに、また離れ離れなんて、そんなの。
「…嫌だ」
「…人の心配をするのも良いですけど、貴女自身にも関係してるんです」
「子供みたいに駄々捏ねないでください」と言いながら
ジェイは私の返事も聞かずに続きを語った。
「もう一つの考えは、陸の民の驚異的存在となっている
破壊の少女…つまりさんの殺害」
分かっている。
私を殺そうとしている人間が、この世界には山程いる事。
私が破壊の少女でいる危険性について、ジェイはずっと前から教えてくれていた。
だから今朝も道端にいる私を放っておけなかったのだろう。
あのまま寝ていたら、無残に殺されていたに違いないのだから。
「貴女には危険がつきものです。絶対に油断はしないで下さい」
「…うん」
「と言いつつ、ふらふらと何処かへ行ってしまうのがさんなんですけどね…」
ハァ、と重たい溜め息を零すジェイに対し
「そんな事言うな!」と怒鳴る事も、「大丈夫!」と笑い飛ばす事も出来なかった。
ただただ下を向いて、嫌な汗を流して。
それでも逃げる訳にはいかないと、強く目を見開いて。
目を反らしちゃ駄目なんだ。
現実に背を向けても、何も変わりはしないんだから。
「…少し構えすぎですよ」
「っ…」
「油断するなとは言いましたけど、そんなに固くならなくても良いんじゃないですか?」
「貴女を守ってくれる王子様なら、たくさんいるんですから」
吐き捨てるように言ったジェイは、私と目も合わせずに先へと進んで行く。
瞬間、風に乗って届いたジェイの香りに、一瞬だけ肩の力が抜けた。
…何処かで嗅いだ事のある…知っている香り…。
「!やっと追いついた〜!」
「ノーマ…」
「ジェージェーももスタスタ行っちゃうんだもん!あたし等追いつけないって!」
息を切らすノーマに「ごめん」と笑った。
笑顔の裏で考えていたのは、ジェイの香水の事だった。
何処かで嗅いだ事のある、甘い香り。
花の香りなのか、それとも別の物なのか
香水と言う物に詳しくない私にはサッパリだった。
あの匂いを嗅ぐと自然と笑える程安心し
またそれとは裏腹に吐き気を催す程気分が悪い。
私は先を行く少年の背中を追うように
または彼の香りにつられるように
ただただ足を動かした。
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...
修正:14/01/13