地下道の中からはいくつもの魔物の気配を感じた。
体を刺すような冷気に体が震える。
…ううん、もしかしたら寒いからじゃなくて怖いからなのかも。
そんな事を考える私の横、底抜けに明るいノーマの声が聞こえた。
「ね〜ね〜、オヤジ〜。オヤジってば、オヤジ〜!」
オヤジオヤジと連呼するノーマの声に反応し、皆の足はピタリと止まる。
中でもウィルの背中は怒りから震えているように見えた。
「…まさかとは思うが、俺を呼んでいるのか?」
「オヤジ以外に、オヤジいないじゃん!」
「…オヤジ、か…」
ショックを隠しきれないウィルは薄笑いをし、ガクリと肩を落とす。
「あ、は外にいたから知らないか!」
「な…何が?」
「あたしら、オヤジと九人の子供って事になったんだよ!」
いつの間に?と思うと同時、
ああ、そう言えばそんな話もあったかも、なんて他人事のように思い出す。
「そうなんだ」
「ちっが〜う!!違う違う!」
「な…何?」
「そこは『あ、そっかー!じゃあオヤジ!』とかウィルっちに向かって言うとこでしょ!」
「…なるほど…」
「ほう…そこで納得するとは良い度胸じゃないか」
前方から聞こえた低い男性の声に、体が大袈裟な程跳ねた。
まさかと首を動かす私達の前には、怒りで顔をヒクつかせているウィルがいる。
「な、何で…!私がオヤジって言った訳じゃないから良いじゃん…!」
「そういう問題ではない。どう思っているかが問題だ」
「素敵なお父さんだなーって思ってるよ!?」
「明らかに嘘なのがバレバレだぞ」
握る拳を解かぬまま、ウィルは盛大に溜め息を吐く。
まるで拳を暖めるようなその仕草に、私は恐怖を覚え後退した。
ドン、と何かが背中にぶつかる。
咄嗟に振り返る私の視界に映ったのは、むすっとしたジェイの姿だった。
「あ、ごめ…」
「少しは緊張感を持って下さいよ…忍者の危険性は伝えたでしょう?」
「う、うん…」
「ウィルさんも、さんのペースに巻き込まれると酷い目に遭いますよ」
「そうだな…すまなかった」
ウィルは私に失礼とも思わずジェイに同意する。
正直、私がウィルをオヤジだと思っている事よりも失礼だ。
「いや〜末っ子がしっかりしてるとあたし等楽できて良いね〜」
「末っ子は僕じゃなくて、シャーリィさんでしょう?」
「あり?そうだっけ…?」
「じゃけど、背なんぞ全然変わらんぞ…?」
「僕の方が高いに決まってるじゃないですか。目が腐ってるんじゃないんですか?」
自分が末っ子だと言う認識が許せないのだろう。
いつもより数倍棘のある言葉でモーゼスを罵倒すると
ふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。
「そうねぇ、ジェイちゃんの方がちょ〜っぴり大きいものねぇ」
「ほら、分かる人にはちゃんと分かるんですよ」
「…クロエくらいの身長があったらなあ…」
えっへんと威張るジェイの横、シャーリィはしゅんとしながら言葉を漏らす。
突然自分の名が出て来た事に驚いたのだろう。
クロエは「え?」と目を丸くし困ったように笑った。
「私はもう少し小さくても良かったけど」
「あ!なら、あたしがちょ〜どいいってとこだね!」
「…うーん」
「うーん…」
「二人一緒に考え込むなあ!!」
ノーマの盛大な突っ込みに、シャーリィとクロエはクスクス笑う。
地下道には似合わない、穏やかな空気だ。
「は背高くなりたいとか思わないの?」
「え…私?」
「うん、リッちゃんみたいに身長高くなりたいーっ!とかないの?」
「…あー…」
身長かあ…。
最近、そんな事考える余裕もなかった。
と言っても、今の今まで身長で困った事はないし
コンプレックスに思っている訳でもない。
「別にないよ!私はこのまんまでも充分ナイスバディだし!」
「…、最近そのネタ多いよ…?」
「…ごめん、ネタ切れ…」
つい最近、星祭でノーマの願い事に便乗し同じ事を言った。
それすら忘れて貪欲に笑いを取ろうとする自分に呆れる。
…何とか、この場を明るくしたかったのだ。
いや…正確にはこの場で一人だけ明るくない私を、だろう。
「…それでノーマ、一体何のようだ?」
「ん?何の話だっけ?」
「俺を呼んだだろう、オヤジ、オヤジ、連呼して」
話を戻すウィルはシャーリィとクロエが作った穏やかな空気をぶち壊す。
しばらく唸ったノーマは思い出した、と言わんばかりに手を叩いた。
ピッと人差し指を立て、これでもかと言う満面の笑みを浮かべる。
「あ〜!それなら、ただ呼んでみただけ!」
ゲラゲラと一人爆笑するノーマを見て、誰もがその結末を予想出来ただろう。
容赦ないウィルの制裁。
ノーマはその場に蹲りながら「身長が縮んだ〜…」と涙声で呟いた。
「さて…ジェイも言っていたが、相手が忍者だとしたら厄介だ。全員気を引き締めて行け」
ウィルの拳は未だ握られたまま。
誰であっても反論を許さぬその空気に、皆は何度も頷いた。
奥へ進む皆の背中を追うよう足を動かしたその時
ウィルがジッと…私だけを見ている事に気付く。
「…」
「なにー?」
「…そう言えば、お前にも制裁を加えるべきだったな」
灯りのない地下道でキラリ、と眼鏡が光る。
レンズの奥に見える瞳には「本気」と書かれていた。
「わ、私オヤジなんて言ってない…!」
「だがノーマの言葉に納得していたな?俺をオヤジと呼ぶ事に深く深く納得していたな?」
「だってウィルがお兄さんって呼ばれるの想像出来ないよ…!!」
「オヤジが一番似合ってるよ!?」と自分なりの褒め言葉を口にした瞬間
ピクリと動いたウィルの眉。
あ、これはもう駄目だと覚悟を決めて目を瞑った。
予想に反し、痛みはない。
恐る恐る目を開けると、目を細め私の髪を撫でるウィルの姿があった。
「…さっき、誰にもバレていないと思ってたな?」
「へ…?」
「少なくとも俺とジェイは気付いていた」
「何も考えずに思った事を口にするお前が、言葉を選んで皆に接している事を」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
見透かされていた事に焦りを感じ
今から何を言われるか分からない恐怖に息が荒くなる。
「…オヤジと呼ぶなら、少しは頼れ」
「っ…」
「娘の為に何も出来ない父親など、役を演じる価値もない」
呆れた溜め息と、少しきつめの言葉。
なのに私の頭を撫でる手はとても温かく、優しい。
「…ウィルに頭撫でてもらえるだけで、幸せになれるよ?」
「ワルターにも同じような事を言っただろう?」
「…何で知ってんの…」
「いつもお前の横にいるワルターが今ここにいない時点で何となく予想は出来る」
ウィルの言う通り、ワルターは私から離れた場所を歩いている。
いつもいてくれる事が当たり前になっていたけど
今はいなくて良かったと安心している自分もいた。
「“は仲間なんだ、だから何でも話してくれ”
…そう言った俺達の言葉を忘れたか?」
責められている訳じゃないのに、涙が零れ落ちそうになる。
目頭がジワリと熱くなり「ヤバい」と思った時、私はウィルの手を払った。
ウィルは驚き目を見開く。
私は顔を合わす事もなく、俯き声を絞り出した。
「いつか話す、で良いでしょ?」
「…」
「私、いつか話すって言った時、後からちゃんと話してるよ?」
「…そうだな…お前のお得意の『いつか』だな」
困ったように笑うウィルに、私も今出来る精一杯の笑顔を返す。
そして「早く行こう!」と、彼の返事も待たず勢いよく走り出した。
暗闇の中一人で走るのはとても怖かったけど
ウィルと二人でいるよりはマシだ。
きっと、あのまま二人でいたら私はウィルに甘えてしまう。
それだけは決して許されてはいけない事だ。
私だけは、誰かに甘えてはいけないんだ。
「…いつか、か…」
「その時に手遅れでない事を祈るしか、俺には出来ないのか…」
無力な父親、無力な夫。
何も守れなかった昔の自分が蘇る。
だけどあの時。
ハリエットの言葉に押し潰されそうになった自分を、
黒い霧に呑み込まれかけた自分を、救ってくれたのは彼女だった。
だったら、次は俺が救わなければいけない。
そう思うのは当たり前の事だ。
ハリエットの花言葉を思い出すと同時、
その気持ちがいつの間にか膨れ上がっている事を思い知らされる。
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修正:14/01/13