膝を着き前のめりに倒れた忍者は
ドサリと音を立てた後に呼吸を止めた。
たった一人であったにも関わらず苦戦を強いられた。
忍者がどれだけ恐ろしい存在か、仲間の消耗しきった体力を見れば良く理解出来る。
「なんとか終わったね〜」
「手強いやつじゃったのう…」
ダラリと腕を下げ、項垂れるノーマとモーゼス。
ここが地下道だと言う事を忘れているのかと疑う程の気の緩みっぷりだ。
「…」
私の視線はジェイへと移る。
彼は腕を組み、倒れた忍者をじっと見つめていた。
「…今の忍の技は…」
いつもなら聞き取れない小さな声も
ジェイの物であればハッキリ聞こえた。
そしてそれは、私を想像以上に焦らせる。
もう、駄目だ。
私はジェイを傷付けた。
これからもっと傷付ける。
私の中にいる、もう一人の少女のせいで。
悲しくて、苦しくて、何も出来ない自分が憎くて、悔しい。
気が抜いたらこのままボロボロと壊れてしまいそう。
「いや、けど…そんなはずは…」
「ジェイ、どうかしたのか?」
「あ…いえ…何でも―――…」
「忍者っちゅうんが自分と似たような技使うんで、気になったんじゃろ?」
我ながら鋭い、そう言わんばかりにニヤリと笑うモーゼスに
ジェイは驚き目を見開いた。
「ッ…気にしてなんていませんよ!!」
モーゼスへと襲いかかりそうな程殺気を立て
ジェイはらしくもなく声を荒げる。
らしからぬその言動に誰もが言葉を失った。
「こんな連中の技と僕の技を一緒にしないで下さい!」
「んならどがあしてそげに否定するんじゃ」
「っ…!」
悪気のないモーゼスの声、仕草にジェイは言葉を詰まらせた。
いつもなら反論するのに、今のジェイは何もかもがおかしい。
…最も、おかしくしている原因は私にもあるんだろうけど。
「ジェイ、どうかしたか…?」
「いえ…さっさと調べて帰りますよ。こんな場所にいたくない…」
言葉を吐き捨てると皆に背を向け
ジェイは私に謝る隙も与えず奥へと進んで行く。
普段はスッと伸びている背中も、今は何処か丸くなっているような気がした。
「…ジェー坊のやつ、どがあしたんじゃ?」
「焦らすような事を言うからいけないのだろう?」
「ジェイにも色々あるんだろ。いつか話してくれるさ」
セネルの言葉に皆は一つ頷き、ジェイの背中を追った。
…私は?
私は強く頷く事も、首を振って否定する事も出来なかった。
未だにジェイの首を絞めた感触の残る自らの手を
ガタガタと震わせる事しか出来ないんだ。
地下道を抜け、私達は拓けた場所へと出た。
陽の光が眩しく、一歩二歩後退する私をセネルは笑ってる。
「目が慣れるまでの我慢だな」と言ったセネルに対し、私もぎこちなく笑った。
「だ〜れもいないじゃないのさ。もしかして逃げちゃった?」
辺りを見渡し不満気な声を漏らすノーマの横
ジェイだけはとある一点を見つめ動かない。
「いえ、いますよ」
驚く程冷たい声を出し、ジェイは苦無を構える。
それとほぼ同時、この場にいないはずの誰かの笑い声が聞こえた。
煙幕が広がり、独特な香りが漂う中、微かに甘い匂いが鼻を掠める。
「ほほう、私の気配を感じ取るか」
聞き慣れない声に仲間達は武器を構える。
煙幕が薄れ、辺りの景色が見える程度になった頃
私達の前にはフードを深く被り笑う一人の男の姿があった。
「姿を見せるとは愚かですね」
「愚か?この私が愚かですか?」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
私はこの声を何度も聞いた。
忘れる事はない…忘れたくても忘れられなかった、あの声だ。
「どう言う意味だ?」
「あなた方がここに来る事は、私にとっては予定通りの事なんですよ」
「何…?」
男の一音一音に、こんなにも敏感に反応してしまうのは
間違いなく私の中にいるあの子のせいだ。
“ドクドク心臓が五月蠅いのは、男に会えて嬉しいからじゃない”
そう思っていないと、倒れてしまう。
「この言葉の意味が分かりませんか?揃いも揃って、おバカなようですね」
「灯台の街に情報を流せば、自然と行き着く所は決まっている。
あなた方に私の情報が届けば、必ず調査に来るはず」
「わざと情報を流さねば、あなた方は私の足跡を見つける事すら出来ないのですから」
「何もかも計算通りだ」、そう付け加え男は笑った。
癪に障る笑い声にモーゼスはギリ、と唇を噛む。
相手の態度が気に食わないのはノーマも同じようだ。
「何でよ?そんなの分からないじゃん!」
「分かりますよ」
「はあ!?」
「無能な人間がただ我武者羅に探したって、何も見つかるはずがないでしょう?」
「むき〜!誰が無能だ〜!!」
バタバタと手足を振るノーマを見て、男は愉快だと笑う。
「…口の軽い忍者もいたもんですね」
「良いんですよ、いくら軽くたって…聞いたあなた達は直ぐに死ぬんですから」
「ッさっきから黙って聞いちょれば偉そうに…!上等じゃ!かかってこんかい!!」
「…そうですか」
「それならば遠慮なく、煌髪人のお嬢さんを頂きますよ!」
深く被ったフードの下、琥珀色に光る瞳が見えた。
ゾクリと体が震えたのは、きっと恐怖と喜びから。
「何…!?」
「おや?知らないとでも思いましたか?
そこにいる金髪のお嬢さんが煌髪人だと言う事は既に調べてありますよ?」
男は素直な反応を見せる仲間達を笑い、シャーリィは一歩二歩後退する。
カタカタと震えるシャーリィの細い肩に「大丈夫だ」とセネルは優しく手を乗せた。
「殺さない程度にいたぶってあげなさい!!」
男が手を上げたのを合図に、再び煙幕が広がる。
霧が晴れたと同時、男がいたその場には爬虫類に似た気味の悪い魔物がいた。
ポタポタと唾液を零す魔物は本能のまま声を上げ、私達に牙を剥ける。
突然男がいなくなった事、魔物が現れた事に驚きながらも
皆は今一度武器を握り締め走り出した。
「シャーリィは下がってろ!」
「うん…!」
岩陰に潜んだシャーリィの姿を確認した後、私も魔物目掛けて走り出す。
遠くから攻撃出来るにも関わらず、何故走り出したのかは分からない。
ただ焦る心とリンクし、足までもが動いてしまったのだろう。
前衛と後衛の中間にいれば良いものの
相手の隙を突こうと回り込み、背後を狙う。
…自らの背後が狙われている事にも気付かないで。
「言ったでしょう…?全てはこちらの計算通りだと…」
耳元で響いた低い声に、体がビクリと跳ね上がる。
片足を軸にし振り返ろうとした瞬間、首筋を襲う激しい痛み。
悲鳴なんか上げる暇もなく、私は意識を失った。
ドサリ、と崩れた体にクスクスと嫌らしい笑い声が降り注ぐ。
フワリと体が浮いた時、あの甘ったるい香りが鼻を掠めた。
注意を反らし、皆の意識をシャーリィと魔物に集める。
その隙を突き、私を背後から襲いその場から音も立てずに去る。
こんな事、誰が考えるって言うんだ。
誰が予想するって言うんだ。
結局何も出来ず、ただ玩具のように振り回される自分に
悔しさを覚えながらも舌打ちの一つも零せない。
ただ闇の中へと沈む意識、感覚に、身を任せる事しか出来なかった。
耳から離れない笑い声。
闇の中で意識を彷徨わせている時でさえ不愉快に感じる。
やっぱり私、コイツが大嫌いなんだ。
分かっているのに体は言う事を聞いてくれない。
必死にもがいても光は見えず、ただただ闇に染まっていく自分に怯えていた。
固い皮膚を破り、肉を裂いたクロエさんの剣は
魔物の血と言う紫色の華を散らした。
崩れゆく体からは止めどなく血が流れる。
先程まで僕達を喰おうと鋭く光っていた黄金の瞳も、今は生気を失っていた。
「…?」
戦いから解放された僕の脳裏に疑問が浮かぶ。
いつも人の体擦れ擦れを飛んでくる短剣、
しつこいくらいの治癒術、
上級爪術を唱える底抜けに明るい声。
今日に限って何もかもがない。
それが余りにも不可解で、ゆっくりと辺りを見渡した。
魔物を囲む仲間達と、岩場の影から顔を出すシャーリィさん。
わざわざ人数を数えなくても分かった。
たった一人、存在感のある彼女がいない。
「あれ?アイツいないじゃん!」
「逃げられたか…!?」
さんが消え、忍者の親玉である男が消えた。
これが意味する事と言えば、もう一つしかない。
シャーリィさんを守る事に必死だった僕達は
彼等が遺跡船に忍び込んできたもう一つの可能性を忘れていたのだ。
破壊の少女の殺害、拉致、監禁。
彼女が狙われる事は予測出来ていたはずなのに
僕達の心理を見破った男の言葉にすっかり惑わされていたんだ。
「ッやられた…!」
「ジェイ?」
「先に行かせてもらいますよ!!」
「え?ってちょっと!ジェージェー!?」
出し抜かれたと言う事実が気に食わず
ふざけた男に嵌められた事が悔しかった。
誰よりも注意して見ていたはずの彼女をアッサリ奪われた事に腹が立ち、
我を忘れ闇の中へと足を動かす。
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修正:14/01/13