顔色の悪いジェイを放って置く訳にもいかず
皆はまずモフモフ族の村へと向かう事にした。
「…」
「…」
沈黙が流れる。
その原因が私とジェイにあると言う事は分かっていた。
「あたし等がいない間に何があったの…?」
「ワイに聞かれてものう…」
沈黙に耐えきれず言葉を漏らしたノーマに曖昧な返事をするモーゼス。
そんな二人に対し、私は「気にしないで」と優しく笑う事も
「放って置いてよ」と突き放す事も出来ず、ただ唇を噛み締めた。
モフモフ族の村へ着いた途端、
ジェイは安息を求めるように足早に自らの家へと向かう。
まるで私達がいる事すら忘れているみたいに
あっと言う間にその姿を消してしまった。
「ジェージェー、どうしちゃったんだろ…」
「俺達のいない間に、あの男と何かあったんだろうな…」
「とにかく、家に様子を見に行こう」
モフモフ族の村が安全であると分かっていながらも
今のジェイを放って置く事等出来ない。
皆は互いに顔を見合わせ頷き、ジェイが辿った軌跡をなぞるよう村の奥へと進んだ。
家の扉を開けると、いつものようにモフモフ族の三兄弟が迎えてくれる。
その表情は歓迎している、と言うには程遠い。
「ジェイ、どうしちゃったキュ?」
「戻るなり、部屋に閉じこもったキュ…」
「話しかけても反応がないキュ…」
潤んだ瞳で私達を見る三兄弟に、皆は事の経緯を説明した。
…そんな中、私は。
「…」
その純粋無垢な瞳に耐えきれず、ただただ俯き黙る事しか出来なかった。
皆の説明は短いものではあったが、要領を得ていてとても分かりやすかった。
遺跡船に忍び込んだ忍者の技が、ジェイの使う技にそっくりな事。
その忍者を引き連れている頭と思われる奴が、おかしな嗜好をもっている事。
ジェイがその男と話している最中、自分達はその場にいなかったが
その後の様子が明らかに変わっている事。
簡潔な説明を聞いたキュッポ達は互いに顔を見合わせた後、
ゆっくりと小さな口を動かした。
「その男は、間違いなくソロンだキュ」
「ジェイの、知り合いか?」
「…」
キュッポ達は何かを確かめ合うよう再び顔を見合わせる。
そして一つ頷くと、答えを待つ仲間達に真実を奏で始めた。
「ソロンは、ジェイの育ての親なんだキュ」
驚き目を見開く仲間達の中、私だけは別の表情を浮かべていただろう。
それがどんな物かは、本人である私にも良く分からなかった。
感情と言う部分が、どうも上手く機能しない。
「ジェイは実の親に捨てられたんだキュ」
「ソロンが赤ん坊のジェイを拾い、暗殺者として育て上げたんだキュ」
「ジェイが遺跡船に来たのは、暗殺の仕事をする為だったキュ」
「…けど、その仕事は失敗に終わったキュ」
ジェイが自分の過去を頑なに隠す理由はこれだったのか。
仲間達は察し、一斉に顔を歪める。
「ソロンは何人もの部下を引き連れて、遺跡船に乗り込んできたんだキュ」
「けど、大掛かりな鎮圧部隊が編成されて、ソロン達は大敗したんだキュ」
「…ソロンはジェイを囮に使い、逃げ切ったんだキュ」
思えばモフモフ族の村と言う地に少年が一人住んでいる事自体が不思議だった。
それでも、それを不思議だと思わせないのがジェイと言う人間だったのだろう。
「一人残されたジェイは傷付き力尽きて、モフモフ族の村の傍で倒れてたキュ」
ジェイの知らない部分が明るみになっていく度、皆は更に更にと目を見開く。
「そんで、あんた等が助けて一緒に暮らすようになったわけ…?」
「…初めの頃、ジェイは全然喋らなかったキュ」
「表情の起伏も乏しくて、表情だって少しも変えなかったキュ」
「笑顔を見せる事なんて、なかったんだキュ」
しゅんとする三匹の中、ピッポは何かを思い出したかのようにふと笑顔を零した。
きっと、三匹と一人にしかない思い出に胸を温かくしたのだろう。
「時間が経つにつれて、徐々に明るくなったんだキュ」
「最近のジェイは本当に良い顔をするキュ」
「特に皆さんと一緒にいると、ジェイは楽しそうに笑うキュ」
大人びた笑顔を零した後、キュッポ達は何時にない真剣な表情を見せた。
「だから、出会った頃のジェイには戻って欲しくないキュ…」
「ジェイには、いっぱいいっぱい、笑っていて欲しいんだキュ…」
「ジェイはずっと怯えていたんだキュ」
「ソロンが再び目の前に現れる事を、ずっと恐れていたんだキュ」
「ポッポ達はジェイを守るキュ、ソロンから守るキュ!!」
「それがキュッポ達がジェイに出来る、唯一の事だキュ!」
真っ直ぐな気持ちにつられてか、皆も一緒になって拳を握った。
真実を知ってもジェイに軽蔑の眼差しを向ける事はない。
誰もジェイの事を責めたり、悪く言ったりはしなかった。
「俺達も協力する」
「ジェイをソロンの呪縛から、解き放ってやろう」
真っ直ぐな気持ちを口にしたセネルに対し、皆は強く強く頷いた。
「とにかくあのソロン言うんを早いとこ探しださんとのう」
「俺の方でも情報を集めてみよう」
「キュッポ達も色々探ってみるキュ!!」
皆未来を見て、前に向かっている。
あんな恐ろしく、得体の知れない人間を目の前にしたのに
誰一人、逃げ出そうなんて考えていない。
「…」
…じゃあ、私は?
私は、今目の前にいる皆の手を取って「協力する」と口にし笑う事が出来るのだろうか。
それとも、今胸に秘めている物を全て曝け出して
「助けて」と懇願するのが正解なのだろうか。
…分からない。
分からないけど、何かを考える度酷く胸が痛む。
「状況は分かった。一度灯台の街に戻ろう」
「ジェー坊のこと、頼んだぞ」
「分かったキュ!」
胸が、苦しい。
あの子が、私の心臓をぎゅうぎゅう潰しているみたいに。
「っ…」
皆と一緒にいれるだけで良いのに、彼女はそれだけじゃ嫌だと泣き叫ぶ。
もっともっとアイツの役に立ちたいと。
もっともっとアイツの傍にいたいと。
私が皆といる事さえ、許さないと言わんばかりに体を圧する。
…私、狂ってる。
モウココニイタクナイ、なんて思うなんて。
「さん、さん」
「…ん…?」
柔らかい肉球が指先に触れる。
虚ろな瞳をしたまま小首を傾げると、ピッポは私に言葉を投げかけた。
「今日はさんも、ここに泊まって欲しいキュ」
ピッポの言葉は、私にとって予想外のものだった。
「さん、他の皆さんよりも何倍も疲れているように見えるキュ」
「これ以上動くと、さん倒れちゃいそうだキュ」
「だから今日は、ここに泊まっていって欲しいキュ」
私を囲む三匹の空気に耐えきれず、一瞬だけ仮面が剥がれる。
泣いちゃダメ、と唇を噛み締めると震えていた足がガクンと折れた。
「…じゃあ、そうする…ごめんなさい…」
「気にしないで欲しいキュ!ピッポ達もさんと一緒にいれて嬉しいキュ!」
「…ありがと…」
「って事ですウィルさん…」と同じトーンで付け加えれば
「あ、あぁ…」と戸惑いを隠せない返事が背中に投げられる。
仲間達は私を置いて、ジェイの家を後にした。
元気良く手を振るノーマに、私も小さく振り返す。
パタンと扉が閉まり、空気が変わる。
その音が、気持ちを塞き止めていたダムの壊れる合図だったのかもしれない。
「っ…どうしよう…!」
「さん…?」
「あ…わ、たし…!」
突然頭を抱え叫びだす私を見て
キュッポ達は小首を傾げその小さな手で私の体に触れた。
彼等のぬくもりが余計私を息苦しくし、堪え切れない嗚咽が唇から漏れる。
どうしよう、なんて言っても何も変わらないのは分かっている。
過去へ遡り、何に後悔しているのかと問われれば
きっとこの世界に来てしまった事、だろう。
「さん、二階に行くと良いキュ」
様子のおかしい私を見て、ピッポはハープを奏でながらそう言った。
「人は、人のぬくもりを求めるんだキュ」
「…」
「困った時は同じ気持ちの人と一緒にいるのが一番なんだキュ」
ピッポの手が奏でるハープの音色は、心のざわめきをすうっと鎮めた。
だけど私は首を振る。
とてもじゃないが、今はジェイに会う気にはなれない。
私が近寄れば、私が本当の事を言えば、私がジェイを求めれば
ジェイはきっと、私を拒絶するだろうから。
「ジェイはさんを拒んだりはしないキュ」
「二人で一緒に悩むんだキュ。そうすれば、答えはすぐに見つかるキュ」
「ポッポ達も待ってるキュ。ポッポ達、二人が元気になるの待ってるキュ」
さあ、だから。
そう言って私の背中を柔らかく押すキュッポ達を見て
私は退くに退けない状況だと言う事に気が付いた。
つい話に流されてしまった、と言うのが本音だ。
それでも気が付けば、震える足は自らの意思で階段を登っていた。
ギシ、と軋む階段の音に紛れ聞こえたのは。
「、さん…」
奥の部屋から聞こえた、消え入りそうな声だった。
部屋に籠った所で不安が取れるはずもなかった。
「ああ…」と無意識に漏れた声は虚しく響き
声を吐き出したと共に僕を襲うのは本格的な孤独だった。
「何度言えば分かるんだ!この無能が!!」
あの頃の罵声が、耳にこびり付いて離れない。
「ご、ごめんなさい」
「謝って許される程、この世の中甘くは出来ていないぞ!!」
絞められた首、食い込む爪の感触が忘れられない。
「醜い姿を見せるな!!」
あの時、ポケットから落ちた鈴の音が、今もまだ頭の中で響いている。
「おや…まだこんな鈴を持ってましたか…捨てるようにと言っておいたはずでしたよね?」
「だ、だけど…これは、僕の家族を探す手掛かりだから…」
「こんなものに縋っているから、強くなれないんですよ」
「か…返して下さい…それだけは…」
必死に抵抗する自分の惨めな姿に腹が立ち、胸が熱くなる。
「誰が意見を言う許可を出した!!」
「っ…ごめんなさい、許して下さい…!」
「…鈴は私が預かります。あなたが一人前になるまではね」
切り傷に吹き付ける冷たい風、沁みる痛み。
「お前は私に従っていれば良い…首を横に振る必要はないんです」
「何故なら、私はいつだって正しい事しか言わないんですからね!」
自分の嗚咽、男の笑い声。
全て、今でも鮮明に思い出せる。
「野垂れ死に確定のあなたを、わざわざ拾って育てたのは誰ですか?」
「…お師匠様です」
「だったら死ぬ気で強くなれ!私の役に立ってみせろ!!」
「どうせお前が死んでも、誰も悲しまないんだからな!!」
その日僕は、修行の辛さからではなく、ポケットにあった唯一の希望がなくなった事に涙した。
「アハハハハハハハハハハハハッ!!」
人ではない、と僕を笑ったお師匠様の声は何も変わっていなかった。
あれから何年経っても、あの人は何も変わっていない。
…そして、僕も。
「…僕が死んで…誰も悲しまない…僕は道具なのか…」
月明かりに照らされた自らの手は、とても人の者とは思えない程白かった。
血が通っていないただの道具…そう思う程に。
「皆も、僕が死んでも…悲しまないのかな…」
胸を締め付ける苦しさに顔を歪めると辺り一面が濃い霧に包まれる。
「死んでも誰も悲しまない…人ではなく道具なのだ」
何処からともなく聞こえた声は、僕の問いかけに答えをくれる。
ふと視線を上げれば、霧の中佇む一人の女性の姿が見えた。
何故ここに、いつの間に、と言う疑問が浮かぶ事もなく
僕はその女性がここにいて当たり前だと錯覚している。
名も知らない、初めて出会った者なのに。
「だけど、あの人達なら…キュッポ達なら僕を…」
「必要ない、誰も必要としていない」
「やめろ…聞きたくない!」
「誰も人だと思っていない…子は道具なのだ」
叫んでも、耳を塞いでも、女性の声はハッキリと僕の耳に届いた。
まるで脳に直接語りかけられているような感覚に体が震える。
「子の命が尽きようと誰も悲しまない」
「在って無きに等しき者よ…価値無き者よ」
霧の尾を引きながら女性は僕へと近付く。
自らの体を抱く僕に目線を合わせると、強く腕を掴まれた。
抵抗しなくちゃ、と頭の中では分かっているのに
何故か僕はその冷たい手に希望を見つける。
「苦しいか…嫌か…全てを忘れたいか…人の子よ…」
無機質な声がとても優しく聞こえた。
そして彼女は僕の手に、一つの苦無を握らせた。
「全てを捨てたいのであれば、無に還れば良い」
月の光に照らされた苦無が妖しく光る。
僕はそれに、恐怖にも興奮にも似た言い表せない感情を覚えた。
「忘れたい…嫌だ、こんな想い…したくない…」
「ならば無に還るのだ…我はそれを見届ける…」
「……たい」
「…逃げたい…死にたい…」
こんな風に苦しむなら、いっそ。
ああ、いつからだろう。
いや…そんな事考えるまでもない。
こんなにも過去の自分を気にするようになったのも。
道具と呼ばれる事に吐き気を覚えるようになったのも。
こんなに、こんなに苦しむようになったのも。
「、さん…」
全て、彼女のせいだ。
「そう、全てを失くせば良い…」
「無の存在となれば、そのような想いをせずに済む」
「ただただ、無の世界を漂えば良い…」
女性は僕にそう言い残し、視界から消えた。
残されたのは手に握られた苦無と、少量の霧。
「…死ねば…あいつから、逃げられる…」
この呪縛から、解放される。
この苦無を、心臓に一刺しすれば、僕は笑える。
ああそうだ、死んでしまえば良い。
あいつをこの世から消すよりも簡単だ。
僕が消えれば、こんな嫌な想いをせずに済む。
「…ジェイ…?」
ギシリ、と階段の軋む音。
僕はゆっくり振り返る。
「…、ジェイ」
そこには、僕の名前を呼ぶさんの姿があった。
暗闇の中浮かべるその表情にどんな意味があるかは分からない。
だけどその声は震えていて、何だか僕に怯えているようだった。
…怯えている?
ああ、それなら丁度良い。
頭の中に浮かんだ名案に、僕は自らを嘲るようクスリと笑った。
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修正:14/01/14