「ハッ…」





部屋に来たがは良いがどうして良いか分からず、ぎこちなく体を揺らす私を見て
ジェイは馬鹿にするかのように笑った。





「…なに?」





嘲笑が癪に障った訳じゃない。
ただ単に、その笑みの意味が分からず真意が聞きたかったのだ。

だけどジェイは私を見てクスクスと笑うだけ。

どうして笑うの?、ともう一度問いかけようと口を開くと
私が声を発するよりも先に、ジェイがその唇を動かした。





「どうして距離を取るんです?」
「は…?」
「怖い…?苛付く…?もうここにはいたくない…?」





ジェイはゆっくりと足を伸ばし、月明かりを背負い私を見つめた。

その言動一つ一つがジェイじゃないみたいで、体が震える。
そんな私を見て、ジェイはまたニヤリと意地悪く笑った。





「ねぇ、さん…」
「っ…?」





「…さっきの続き、やりません?」





ジェイは伸ばした足でスッと立ち上がり、立ち竦む私へと距離を縮める。

意味が分からず首を傾げる事も出来ない私を真っ直ぐに目指し
気が付いた時には額と額がくっつきそうな距離まで来ていた。

フワリと鼻を掠めた甘い香りに頭から爪先まで熱くなる。

今はダメ、と出てきそうになる少女を力で捩じ伏せる。
自分の腕を抓り、歯を噛み締めながらその衝動に耐えた。





「…続きって、なんの…?」





やっとの事発した返事を聞き、ジェイは一度目を伏せる。

乱れた前髪に隠れた表情を窺うのは難しく
ただブツブツと呟く整った唇をじっと見た。





「…き」
「…?」
「…続き…」





ポツポツと、雨音のように零れるジェイの声は次第に大きくなっていく。

そして、その時初めて気が付いた。
ジェイの手の中に、妖しく光る苦無が一つ握られていると言う事に。





「秘密の地下道での、続き」





ニィ、と口の端を吊り上げ笑うジェイは
一言で言えば“おかしい”だった。

私は返事をする事も出来ず、ただただジェイの言葉の意味を考える。

秘密の、地下道での…。





「名前…なんて、言うの…?」

「……じゃない…」

じゃない…なんかじゃないっ…!」

「お前は、わたしが求める人じゃない…!!」





言葉の真意が分かった時、ゾクリと体が震えた。

まさか、そんな訳がない…あの続きは、あっちゃいけない。
でも他に思い当たる節はない。

信じたくないと自らの記憶を疑えば、
手に当たる冷たい感触に現実世界へ引き戻される。

ギュッと、いつの間にか握らされた苦無に私は小さく悲鳴を漏らした。





「っ…!!」





考えるよりも先に苦無を投げ捨てていた。

壁にあたった苦無は音も立てず部屋の床に落ちて
カーペットの上で今も尚月明かりに照らされ光っている。

静寂の中、私の荒い息を聞きジェイは笑っていた。





「何してっ…!」





意味が分からない、と声を荒げる私の手の甲をなぞる細い指。
冷たいジェイの指先は先程の感触をリアルに思い出させた。

私の手を包み、クスクスと笑うジェイの体からは黒い霧が溢れている。
夜の闇よりも深く濃く、いくら吸っても吸いきれないくらいの。





「何で今更拒むんです?あの時僕の首を絞めたくせに…」
「ッ違う!あれは、私じゃない…!!」
「二人で一つの体なのにそんな言い方したら、彼女が可哀想ですよ?」
「っ…!」





まるで破壊の少女の味方、と言わんばかりのジェイの言葉に
混乱した頭が正常に動かない。

今目の前にいるのは、本当にジェイ…?

そんな疑問がぐるぐると回る中、グッと引っ張られた腕に体が大きく傾いた。





「わ…!」





ドサリ、と前へ倒れ込み声が漏れる。
だけど「痛い」と言う感覚はなかった。

恐る恐る目を開ける。
気が付けば私は、ジェイの体の上に乗っていた。

馬乗りになる私の下、少年の乱れた髪が目に入る。

次には宝石のように輝く瞳。
三日月のように弧を描く整った唇。

そして、白い首に絡められた、自分の手。





「本当は殺したくて堪らないんじゃないんですか?」
「そんな訳ないッ!!」
「僕が貴女達を裏切るとしても?」





驚き目を見開く私にジェイは「やっぱりその反応」と言わんばかりにまた笑う。
まるで、私の驚く表情を見たかったとでも言うように。





「馬鹿みたいに熱いモーゼスさんや騎士であるクロエさんと同じ」

「貴女は間違った事をする人間を許せない」

「“裏切り者”は、今排除しなくちゃ…」





クツクツと人を小馬鹿にするジェイの声に私の体は動かなくなった。
ただただ自分の下にいる彼を見つめ、何も紡げない唇を意味もなく震わせる。

綺麗すぎる月の光のせいか、震える手が包む嫌な感触のせいか、少年の言葉のせいか。
自分でも気付かない内に、一粒の涙が月の光に反射しながら少年の服へと落ちていた。





「……さん…?」





そんな私を見て、ジェイは笑う事を止めた。
先程までのジェイが幻だと思える程の優しい音色で私の名前を呼ぶ。





「……違う…」





溢れる涙と同様、感情が言葉となりポロポロと落ちて行く。





「私は…そんなヤツじゃない…」





ジェイの首に絡みつく手を離し、体をどかす。
私の行動一つ一つを、ジェイは呆然としながら見つめていた。





「貴女は間違った事をする人間を許せない」





そんな事、私は思える立場じゃない。
堂々と胸を張り正義を振り翳す事も出来ない。





「ジェイの事、殺せないよ…」





「間違ってたとしても」と付け加えた私に対し、返事はなかった。





「…違う、よ」

「私は、正義の味方じゃない」

「ジェイを励ます権利も、ジェイを責める権利も、私にはない…」





もう、ジェイなら分かるでしょう?
頭が良くて、誰よりも人を見極める事が出来て―――…





…―――私と同じ立場にいる、ジェイなら。





「…一緒だよ」
「え…」
「っ…いっしょ、だよ…」





もう嫌だ。
こんな所、いたくない。

私は震える唇を噛み締め、逃げるように立ち上がる。

もうジェイといたくない。
これ以上いたら、苦しくて死んでしまう。





「ッ…おやすみ」





そう言って無理に零した笑顔は、相手にどう映っただろう。
月明かりの影響でいつもよりはマシに見えていれば良いなと思った。

そして、ジェイもいつもみたいに笑えば良い。
ああ、なんて馬鹿な人なんだろうと。





さんッ!?」





階段を駆け下りる私の背中にジェイの声が届く。
私はそれを振り払うようただ我武者羅に走った。

村の外れに出て、誰にもばれないよう声を押し殺し泣いた。
私を励ますもう一人の女の子に、何度も「止めて」と繰り返した。

どうせ、何も変わらない。
何を言われても、されても、私が“裏切り者”だと言う事実は、変わらない。















「私は、正義の味方じゃない」

「ジェイを励ます権利も、ジェイを責める権利も、私にはない…」

「…一緒だよ」





彼女の言葉を思い返し、言葉の裏の本音を探る。





「…嘘、だろ…」





僕が彼女に酷い事をさせたせいで狂ってしまったのだろうか。
あの場から逃げ出したい口実として嘘を吐いたのだろうか。

だけど、彼女の涙だけは本当だった。

理由や訳等意味を成さず、僕が彼女を泣かせたと言う事だけは変わらない。










あれから何時間が経っただろう。
月は消え、眩しい太陽が朝を知らせる。

ああ、今日と言う日が来てしまった。
今日で最後、何もかも終わり。

終わりの日だと言うのに、頭上に昇った太陽と青い空はいつもと何も変わらない。

きっと皆は僕を責め、聞くに堪えない罵声を浴びせるんだろう。

そう思うと同時、彼女はまた泣いてくれるだろうか。
そんな不謹慎な事が脳裏を過ぎった。









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修正:14/01/14