泣き腫らした私は、皆と別々の部屋で一夜を過ごした。

私が家に泊まると行った時、「さんはここで寝ると良いキュ」と
ピッポが用意してくれた部屋だ。

少し狭いこの環境が妙に居心地良く、体を丸めて布団に潜る。
寝る、と言うよりは疲れて意識を失う、と言った方が正しかっただろう。

それから数時間、太陽が昇り、眩しさにもぞりと身を捩らせたその時
バン、と音を立て勢いよく扉が開いた。





「起きて下さい」





いつもより低い少年の声を聞き
まだ夢の中にいるんじゃないか、と言う気持ちになった。





「いっ…!?」





そんな事を考えたのもほんの一瞬。

ガン、と力強く背中を蹴られたと同時、悲鳴が上がり目が覚めた。
痛みに悶える私の腕を引っ張ると、有無も言う暇も与えず体を引き摺る。

寝起きの頭では何がどうしてこうなった、と考える事も出来ず
バランスを取り足を動かす事で精一杯だった。


ジェイは私が何を言っても、振り向いてくれさえしない。


キュッポ達に「行ってきます」の言葉も掛けず、私が遅い事に文句も言わず、
ただただ家の扉を開け、外へと向かった。





「ジェイ、待ってよ…!」
「…」





朝の爽やかな風とは似つかない私達の間を取り巻く空気。
先に耐えきれなくなったのは私だった。





「ジェイ!」
「…」
「ッ…ジェイってば!!」





掴まれた手を振り払う。
同時、ジェイはその足を止めた。

沈黙の中、ポツリポツリと落ちる悲しい音色に私は耳を傾ける。





「…邪魔だけはしないで下さい」
「え…」
「邪魔だけは、絶対にしないで下さいっ…」





今日初めて見たジェイの顔は酷く歪んでいた。
それは昨夜私に見せた嫌らしい笑顔が夢だと思わせる程に。





「貴女の行動一つで、モフモフ族の生死が決まるんだ…!」

「勝手な行動だけは、絶対にしないで下さい…!!」





震える肩を見て、私はどうすれば良いかも分からず目を伏せた。

「分かった」、と安易に頷く事も出来ないし
「無理だ」、と断言する事も出来ない。





「邪魔だけは、絶対にしないで下さいっ…」





いつもいつも、中途半端。















街の住民は互いに笑顔を浮かべ爽やかな挨拶を交える。
私達の気等知らず、ただただ流れる空気に唇を噛み締めた。





「お邪魔します」





思いがけない来訪者に朝のコーヒーを飲んでいたウィルは驚き目を見開いた。





「ジェイと…それにか…今朝は随分早いな…」
「僕はいつも通りですけどね」
「おはよ…」





ウィルは目を丸くしたまま私とジェイを交互に見つめる。
ジェイはいつも通り淡々と喋り、私はガラガラの声で挨拶をした。

気まずい空気が辺りに広がるのがすぐに分かる。





「話したい事があります。皆さんは?」
「あぁ、もうすぐ来ると思うが…」
「では待たせてもらいますね」





そう言うとジェイはソファに座ろうともせず
部屋の一角に寄りかかり目を伏せた。

普段と変わらない彼の行動に数度瞬きすると
ウィルはちょいちょいと私を手招きする。

私は手招かれたままゆっくりと歩き、柔らかいソファに体を沈めた。





「あの後何かあったのか?」
「え、いや…な、何も…!」





耳元で囁かれた言葉に過度な反応を見せれば
ウィルはコホンと一つ咳払いした。

「声がでかい」とコソッと言ったウィルに私は「あ」と口を塞ぎ
ジェイの方をチラリと見ながら頭を下げる。





「…」
「…?」
「……」
「な、なに…?」





改めて、と思いながらウィルの言葉を待つ私。
だけどウィルはただ私をじっと見るだけで声を発する事はない。





「…何かあったんだな」
「い、いや…なんもっ…!」
「そんなに慌てるな…俺は別に深く追求するつもりはない」
「あ…」
「お前が気にしている事も、ジェイの事もな」





「子供のあいつ等とは違う」と、深く溜め息を零したウィルの脳裏には
きっとセネルとモーゼス、ワルターの姿が映っているのだろう。





「…の異変は、地下道に入る前からか…」
「…」
「今更気にする事でもないのか、それとも気にしなければいけない事なのか」





独り言のようなウィルの言葉。
私はヒクリと口角を持ち上げる事しか出来なくて。

喉の奥から絞り出し、たった一言。





「気にしなくても、良い事だと思う」





そう言って笑った私に対し、ウィルは困ったように眉を下げ「そうか」と笑った。















「おっはよー!ウィルっち!」
「朝から声がでかいぞノーマ」
とジェイも来てたのか」
「おはようございます、クロエさん」





それから数分、ウィルの家にはいつもの光景が広がる。
皆がいて、ジェイがいて、そして私がいる。





「オウ!二人ともおはよーさん!」
「あらあら、ちゃん髪がぼさぼさよぉ。でもと〜っても可愛いわぁ」
「あ…ありがと…」





シャーリィが来て、ワルターが二階から下りてきて
相変わらず朝の弱いセネルを迎えにクロエが外に出たりして。

何も変わらないのに、私だけが違う。

ぼう、と皆を見つめる私の横にドカリと座ったワルターと朝の挨拶を交える事も出来ない。
それでもワルターは、世界から切り離された私の傍にずっといてくれた。

言いようもない気持ちになった私はワルターのマントの端をきゅっと掴んで
ワルターはそれに応えるよう、私の髪を優しく撫でる。

たったそれだけ。
ワルターもウィルと同じで、「何があってどうしたんだ」とは聞かない。

彼は私が望めば自らを空気にする事さえ簡単にやってのける。
私はそんな彼をもいつかは裏切ると分かっていたのに、最後まで突き放す事が出来なかった。

遅れてきたセネルを迎え入れ、いつものメンバーが揃った。





「ジェイ、もう大丈夫なのか?」
「何です?改まって」





壁に預けていた体を離し、ジェイは目を開ける。

ジェイはセネルの問いかけにいつも通りの対応をした。
冷静で、驚きもしないし泣き崩れたりもしない。

それに安心する一方、ああ、やっぱりジェイは一人で全部背負うつもりなのだと悲しくなった。





「悪いがソロンの話、聞かせてもろうたわ」
「ホタテ三兄弟が教えてくれたからね」





ジェイはモーゼスとノーマの話を聞くと、瞬間目を丸くしたが
すぐに元の表情へと戻り、溜め息を吐きながら「全く、お喋りなんだから…」と零す。





「心配いりませんよ」

「モーゼスさんじゃないんですから、自分を見失ったりはしません」





時折皆を見つめるその視線が、私だけに送られる事がある。

きっとそれは念押し、と言うやつなんだろう。
余計な事は言うな、と彼の目線は私に訴えている。





「部屋に引きこもって、びびっとったもんがよう言うわ」
「びびってた訳じゃありません。少し、驚いただけです」
「そうじゃとええがの」





能天気に笑うモーゼスにジェイは溜め息を吐いて
「これだから馬鹿山賊は」と不満を垂らした。





「うるさいモーゼスさんは放置して、話を始めさせてもらいますよ」





いつもの流れを微笑ましく見ていた仲間達も
ジェイの言葉を聞き真剣な表情を見せた。





「ソロンの討伐に行きましょう」





凛と澄みきった声が、静かな部屋の中に良く響いた。





「忍者を相手にするなら、先手必勝ですよ。
 準備をさせる時間を与えれば、それだけ僕達が不利になります」





淡々と述べるジェイの姿に、皆も少なからず違和感を覚えただろう。

それでも、昨日とは違う彼の好戦的な態度に突っ込む事を許さない空気が
今この場には漂っているように思えた。





「でも、どこに行けば良いのかしらねぇ?」
「ご心配なく、居場所なら既に掴んでいます」





グリューネさんの素朴な疑問に、ジェイはニヤリと笑い得意気に鼻を鳴らした。

良い情報を掴んだ時にする彼の癖だ。
全てを知っている私ですら、裏があるとは思えないくらいの名演技。





「随分と用意がええのう!びびって引きこもっとったくせに、ちゃんと働いちょったんか」
「だから、びびってなんかいませんって」





クカカと笑うモーゼスを手で払うジェイ。
全部、全部がいつも通りで。





はどうする?」





…私は、そんなに上手く出来ない…。





「あ、そっか。狙われてるのだもんね」
「…」
「…?」





「おーい」と視界の中で揺れる手にハッと我に返る。

「どったの?」と言いたげなノーマの眼差しに乾いた笑いを零しながら
私はなるべく、いつも通りの声色で返事をした。





「一緒に行く!家でぼーっと待ってるのも落ち着かないし!」





とにかく元気な事を伝えなきゃ、と声を張り上げると
ノーマはその声量に眉を顰める。





「…ま、その方がらしいか!」
「皆と一緒の方が、安心できるものねぇ」
「僕もそれが良いと思います。近くにいた方が、状況も掴みやすいですから」





何事もないよう口を挟むジェイに、頬の筋肉がヒクリと動いた。
そして無意識に、本当に無意識に思った事がポロリと口から漏れてしまう。





「…何かしでかさないように監視したいだけじゃん…」
「何か言いましたか?」
「…何も…」





こんな事、本当は言っちゃいけないって分かっているんだけど
いつも通りに皆と接する事の出来るジェイの気持ちが分からなくて。

その本心を見る為に、つい彼の壁を崩したくなってしまう。





「シャーリィはどうする?まだ狙われている可能性は高いぞ?」
が駄目ならリッちゃんに〜とか、有り得そうだもんね〜」
「私も一緒に行きます」





ソファに沈めていた腰を持ち上げ立ち上がると
シャーリィは真っ直ぐに皆を見て口を開いた。





「皆がジェイさんの事でこんなに一生懸命になってるんですから、私も協力したいです」





その真っ直ぐな気持ちが、今のジェイをどれだけ揺らしたか私には分かった。
…それに。





「ジェイさんだけじゃない、狙われてるのはなんだもん」

「放っとけないよ…今度は私が守らなきゃ」





ジェイだけじゃない。
私も、シャーリィの真っ直ぐな気持ちを受け取る事が出来ずぐらぐらと揺れているんだ。





「それじゃ、全員が行くと言う事でいいですね」
「ああ」
「忍者の潜状場所は雪花の遺跡です。何か策を打たれない内に出発しましょう」





そう言って誰よりも早く部屋を後にしたジェイ。
「待て」と声を掛ける前に姿を消した少年を見て、皆は頬を掻き互いの顔を見合わせた。





「…一日で復活しちゃうなんてさすがジェージェー」
「だのう…逆にワイがびびらされたわ…」





…一日で、復活?
あんな事があったのに、ジェイが平気なはずない。

そう考えたら、いても立ってもいられなくなり
気が付けば呆ける仲間達の間を縫って、私はジェイの背中を追っていた。















「ジェイ!」





いざ歩こうとする彼の腕を掴めば、体は思ったよりもアッサリ止まった。

ジェイは私を引き摺り歩こうともせず、振り払おうともしない。
ただ、その背中は私に「名前を呼んだ理由」を求めていた。

まだ、死にたいって思ってる…?

そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
だけど、それをいざ口に出そうとすれば喉がつっかえ音にならない。

何も喋る事の出来ない私はただ目を伏せる。
そんな感情が伝わったのか、ジェイは戸惑う私の手を払った。





「…触らないで下さい」





きっかけは分からない。
もし理由があるとすれば、恐らく軽率な私の態度が原因だろう。

ジェイは我慢の糸が切れたように
呆然とする私に向かって声を荒げ本心を口にした。





「一緒だって…?ふざけるのも良い加減にしろ…!」





怒るジェイを目の前に声も出せず立ち竦む私を見て
ジェイは抑えていた感情を爆発させる。

私はそんなジェイを見て“怖い”と思うよりも
“何を言っているんだろう”と疑問を感じていた。





「何をしようとしてるのか、何を考えているか、何も言わないお前と
 一緒になんかされてたまるかよッ…!!」





そう言って殺意の篭った瞳で私を睨むジェイに気が付けば体が勝手に動いていた。

風を切り、その白い頬に飛んだ自分の手は
乾いた音を上げたと同時に熱を持つ。





「っ…」
「…」





唇を噛み締める私に為すがままにされたジェイは
赤くなった片頬を押さえながら、見開いた目で私を見ていた。





「アンタだって、自分の事皆に何も言わないくせに…!」





一度吐き出したら、止まらなかった。





「何が違うんだよ…!私とアンタの何が違うんだよ!!」





ただ目の前の少年に向かって、吠えるよう叫び続ける。





「何でアンタに責められなきゃいけないんだよ…!」

「アンタにだけは言われたくない…!ッ一緒じゃないなんて、言わせない…!!」

「っ…いよ…!」





「私だって、死にたいよ…!!」





涙を堪え発した声は、震えて裏返って、とてもじゃないが聞き取れた物ではなかっただろう。

だけど、私が言葉が吐き出し終わったと同時に鳴り響いたのは
泣くなと慰めるものでも、何と言ったか聞き返すものでもない。


街中に響き渡る程大きい、乾いた派手な音だった。


自分の左頬がジワリと熱を持ったと同時、目の中に溜まった涙が零れる。

目の前にいる少年は、呆ける私を見てゆっくりと手を下ろすと
小さく息を吐いて街の外へと向かう。





「…仕返しです」





たった一言、そう言い残して。

事の一部始終を見ていた仲間の内の女子は私に近寄り
男達は先を行くジェイの後を追い走り出す。

こうやって糸が解けていく事を、私は港で初めてあの男と会った時から知っていたのに。
こうやって関係が崩れていく事を、もう一人の私が恋をした瞬間から分かっていたのに。

それでもジェイと一緒にいたいと思ったのは、間違いじゃなかった。
だけど今では、そう思えないくらいボロボロで。

ただ「死にたいよ」、と。
ただ「殺して」、と。

そう口にするだけでも罪になるなんて、思ってもいなかった。










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修正:14/01/14