そろそろ最奥に辿り着くと言う時。
先頭を歩くセネルは足を止め、くるりと向きを変えた。
「おかしいと思わないか?」
「何が?」と聞く者がいないと言う事は
皆が同じ事を思っていた、と言う事だろう。
「警戒がやけにゆるいのう」
「私達が来ることを考慮してなかったのでは…?」
「けどさ〜、あたしらがここにきた時点で普通は情報、伝わるっしょ?」
思い思いの疑問をぶつけ合った所で本当の答えは出てこない。
とりあえず慎重に進もうと言う結果で話し合いが終わった時
頷く事も首を振る事もしなかったのは、私とジェイだけだった。
「…な〜んか、まだ気まずいよ〜な…」
「何だか悲しくなってくるわねぇ」
二人の言葉を聞き、慌てて「何でもないよ」と今出来る精一杯の笑顔を見せる。
ジェイはずっと俯いたままだった。
「ジェイ、心配事があるなら俺達に話してくれ」
セネルの優しい言葉に、ピクリと動いた白い指先。
それがどんな意味を示しているのか、全てを知る私にも分からなかった。
「…何もありませんよ。皆して嫌ですね」
「…何じゃかジェー坊の近くにいると、ジメジメしてる沼地にいるみたいじゃ」
「おい、シャンドル…!」
「今のジェー坊は使えん。ワイが何とかしちゃる」
人が言いにくい事をズケズケと言ったモーゼスは
言葉の通り誰よりも先に奥へと向かう。
「おい、油断するなよ!」
「しとらんわ!」
「なめんな!」と付け加え、見てろと言わんばかりに笑うモーゼスも
この空気に耐えきれず確実にペースが乱れている。
ジェイは自分が隠し事をしていてもバレないと思っているし
誰も気にしないだろうと思っているだろうけど
皆はジェイが思っている以上に、もっともっとジェイを見ているんだ。
遺跡の最奥に辿り着く。
そこは昔、シャーリィが連れ去られた忌々しい場所だ。
赤い蔦に囲まれた容器の中にはもう水すら入っていない。
それでも、あの時の事を鮮明に思い出す事が出来た。
一つ、変わった所がある。
あの時見つけられなかった隠し部屋が姿を露にしていたのだ。
隠し部屋は私達を誘うように口を開き、仲間達は顔を見合わせ首を傾げた。
「前来た時こんなとこあったっけ?」
「あの時は必死だったし、良く見ていなかったからな…」
ノーマは「そっか…」と小さく頷く。
きっと自分が無意識の内に漏らした言葉が
シャーリィにとっては辛い過去を思い出すきっかけになると考えたのだろう。
ノーマは顔を上げ、辺りの空気を変えようと皆に笑顔を振り撒いた。
自分の行動を悔やみながらも前を向くその姿を、私は素直に羨ましいと感じる。
「って言うかな〜んもないじゃん」
「ホンマに忍者っちゅうんはいるんじゃろか…」
隠し部屋の中を見渡す仲間達は、揃いも揃って同じ事を口にした。
こじんまりとした部屋には人の気配がない。
隠れるスペースも、潜伏していた痕跡も、何一つだ。
「…シャーリィさん」
当てが外れた、と皆が諦めかけたその時
部屋の奥に立つジェイがシャーリィを呼ぶ。
シャーリィは声が聞こえた方へと振り返り、ジェイを見つめた。
「ここ、見てもらえます?古刻語で何か書かれています」
そう言って自らの前にある石版を指差すジェイを見て
シャーリィは迷う事なく「分かりました」と言い彼へと駆け寄る。
それがきっと、ジェイがソロンに下された命令なのだろうと察した。
私は一度、ゲームの中でもこの流れを見ているから。
そんな事を冷静に考える頭とは別、体は勢いよく駆け出していた。
「きゃっ…!?」
もうすぐジェイの元へ着く、と言うシャーリィの腕を強く掴む。
その時の私の力は、もう女とは思えない程の物だった。
痛みに悲鳴を上げたシャーリィの体を、私は迷いもなく仲間の方へ投げ付けた。
白い壁に反射して映る私は、まるで私じゃないみたい。
シャーリィの悲鳴を聞いて喜びを覚えているのだろうか。
口元を酷く歪ませて、見開いた瞳からは狂気を感じる。
だけどこの行動は、間違いなく私の意思によってのものだ。
「っ、一体何を…!!」
シャーリィを受け止めたセネルは
彼女の体をぎゅっと抱き寄せながら私を見る。
それとほぼ同時、私と仲間達を隔てるよう降りてきた鉄格子に
セネルは言葉を掻き消された。
鉄格子の先にいる仲間達は、呆然と立ち尽くしているだけ。
それは隣にいるジェイも同じだった。
「…な、に…」
ぺたり、と腰を抜かしたノーマの姿を見て、私は眉を顰め目を伏せる。
鉄格子を叩き私の名前を呼ぶモーゼスの声を聞きたくなくて耳を塞いだ。
「!どうなってんのこれ!?」
これ以上仲間の目を見る事が出来ず、唇を噛み締め背を向けた。
気まずい沈黙の中聞こえたのは、乾いた拍手の音。
小さな部屋の中その音は嫌な程良く響いた。
「いやあ、これは面白い…魅入ってしまい登場が遅れてしまいましたよ」
何処からともなく聞こえた声と同時、部屋の中には煙幕が広がる。
悲鳴を上げる仲間達の声が聞こえ、霧が晴れた時には
「ああ、やっぱり」と思わせる男の姿がそこにはあった。
「さすが親愛なる我が弟子。素晴らしい働きでしたよ」
「…僕は、何も…」
ジェイの悲痛な表情を見ると、男は愉快だと笑う。
「しかし我が弟子を上回る働きぶりを見せてくれたのは彼女だ。
実に鮮やか、実に愉快…さすがですねえ、破壊の少女」
クスクスと笑う男の声が酷く耳障りだ。
スルリと絡みつくよう肩を触るその手も。
睨む私に怖がってもいないくせに「恐ろしい」と呟いて
私はそんな男の態度が気に入らず顔を歪めた。
「……私が狙われてた事、知ってたの…?」
鉄格子の中震える声でシャーリィは私に問う。
私はそんなシャーリィを見て、小さく笑った。
「…違うよ」
「私、望んで戦争の道具になるんだよ」
…―――わたしは、ソロン様のお役に立ちたいの。
「話聞いたら…楽しそうだなって思ったんだ」
…―――わたしを、求めてくれたのはソロン様だけだから。
「だから、もう皆とはいられない」
…―――これからもずっと、ソロン様と一緒…。
「ッ…ねえ、ソロンサマ」
ああ、もう。
こんな事言いたくない。
自分の声から聞きたくない。
逃げたいと思っているのに
口の端が持ち上がり、笑顔が消えない。
あの子が、あの子が出てくる。
もうこんなに辛い想い、したくない。
「…何で、何でだよ…」
ポツポツと、雨音のように落ちる声に導かれ顔を上げた。
そこには私の嘘を唯一嘘だと見抜ける少年がいて
私から本当の気持ちを求めるよう言葉の続きを紡ぐんだ。
「どうして…言う事を聞いたんだ…」
自分の作戦を邪魔した事への怒りではない。
ただ、今にも倒れそうな私への素朴な疑問だった。
高笑いをする男の声よりも、喚く仲間達の声よりも
少年の…ジェイの声は私の耳にすうっと入ってくる。
「…一緒だって、言ったじゃん」
そう言って、私は自分の覚悟を見せつけた。
ジェイは大きな目を更に見開いて
くしゃりと顔を歪め、唇を強く噛み締める。
「守りたいものがあったから、裏切った」
「…ただ、それだけ」
私は、本当に馬鹿だ。
「人は、人のぬくもりを求めるんだキュ」
「困った時は同じ気持ちの人と一緒にいるのが一番なんだキュ」
何であの時、ピッポの言葉を素直に受け入れる事が出来なかったんだろう。
泣き叫んでも、どんなに醜い姿を晒しても、答えが出なくても、
ジェイに打ち明けられる事が出来れば。
「…っ馬鹿…!」
ジェイはきっと、いつものように
こうして私を優しく叱ってくれたのに。
「良い…実に素晴らしいですよ!あなた方の信じられないと言う表情!」
「全くもって傑作ですよ、最高ですよ…たまりませんよ!!」
面白おかしく笑い続ける男の声も
私達に向かい何かを叫ぶ仲間の声も、もう何も聞こえない。
頭が、痛い。
嬉しそうに笑うあの子の声が、私の五感全ての邪魔をする。
「戦争が楽しそうだなんて…そんな事信じるかよ!!」
「お前程、戦争を嫌がっていた奴はいないだろ!?」
「ジェイ、!お前等の言葉で理由を言ってみろ!!」
鉄格子の間から手を伸ばすセネルに対し、ジェイはただ俯き無言を流す。
私は濁りに濁った瞳でセネルを見つめ、笑っていた。
「ぴーちくぱーちくするのは、その辺で終わりにしていただきましょう」
「…」
「青臭い叫び声を聞くと、気分が悪くなる…」
スッと男が手を上げれば、それを合図に鉄格子の中に煙幕が広がる。
咽るノーマとシャーリィの間を裂くように現れた魔物は
人と言う血に飢えユラユラと揺れていた。
驚き目を見開く間にも仲間達は剣を構え、狭い檻の中で素早く陣形を組む。
「あなた方の顔もそろそろ見飽きました。今後はこいつの胃袋の中で仲良くやって下さい」
ダラダラと唾液を垂らす飢えた魔物にシャーリィは顔を蒼くする。
…いや、そうなってしまったのは魔物だけのせいじゃない。
裏切りに加え檻の中、この状況で戦えと言う方に無理がある。
それも、ドロリと濃厚な霧を垂れ流す魔物相手に。
「こいつ、黒い霧の!」
「くそ、こんな時に…!!」
慌てふためく仲間達の声を聞いていればスッと横から手が伸びてくる。
抵抗もせずその手を受け入れれば、私の体は花の香りを纏う服に埋もれた。
ああ、もういっそこのまま意識を手放してしまおうか。
「では、失礼!」
私は、このままでも良い。
男の胸の中にいる事に対し自分自身が気持ち悪いと思っていても
この選択が皆を生かすのなら、それで良かった。
「ッ待て!!!」
声が聞こえた方へ振り返る。
優しい彼の視線に気付くと、自分が裏切り者だと言う事が良く分かった。
セネルが私の事をまだ信じていると言う事も。
それでも、もう反れた道を正す事は無理だと分かっている。
私はこのまま、破壊の少女に意識を乗っ取られながらも
男の道具として世界中に戦禍を巻き起こし、全人類の脅威となるのだろう。
だけど、たった一つの真実だけは皆に分かってもらいたかった。
「 」
驚き見開かれた碧の瞳に、私は一つ笑顔を零す。
ああ、きっとその顔は分かってくれたんだな。
後は事の流れに身を任せようと、私はゆっくり目を閉じた。
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修正:14/01/14