霧と融合し、狂暴化した魔物と戦って何分経っただろうか。

二人の戦力…中でも今まで頼りきっていたジェイがいなくなったのは
俺達にとって大きなハンデとなった。

もう身も心も疲れ果て、立っているだけでも精一杯だ。





「…ッ畜生…!」





何に対しての怒りかは分からない。
だけど体の奥底から沸々と、やり場のない感情が込み上げてくる。

悪の根源であるソロンに対してか、俯き何も言わなかったジェイに対してか、
俺達の元を離れたくせに、笑顔を見せたに対してか。

誰でも良かった。
誰かにあたれれば、それだけで。





「……」





ダン、と勢いよく床に叩き付けた拳が、ジィン、と痺れた。
痛みは怒りを和らげ、現実がよりハッキリと見えた気がする。

…俺は、こんな事をしてて良いのか…?





「 ジ ェ イ は 悪 く な い … 」





消える前、は口だけを動かしてそう言った。

泣きそうなくらい潤んだ瞳。
儚げな笑顔。

あの時のの言葉が嘘でない事くらい、良く分かる。
なら、それを信じなきゃいけないのは、一体誰なんだ。





「ジェイちゃん、どうしちゃったのかしらねぇ…?」
「ど〜もこ〜もないでしょ!あの裏切り者〜!」





尻もちをついたままノーマは手を振り回し、ここにいないジェイを罵倒する。

何も言わなかったジェイやに対して、
皆は言いようのない感情を抑えきれずにいた。
怒り、悲しみ…それこそ人それぞれだろう。

そんな空気の中、俺はと別れたあの一瞬を思い出す。





「…ジェイは悪くない」





少女が最後に言ったあの言葉。
それはとても穏やかな音色だった。

…そうだ、信じよう。
今まで共にいた仲間を、の想いを、あの言葉を。





「何か理由があるんだ…絶対に…」





まるで自分自身に言い聞かせるよう何度も呟く。





「何か理由がある…あの二人が裏切るはずなんてない」
「…」
「…お前達だって、そう思ってるんだろ?」





誰よりも先に反応を見せたのは、先程ジェイを罵倒したノーマだった。

しゅんとしながらも遠慮がちに小さく頷く。
「思ってるよ…」と目に溜まった涙を拭うと、弾けたように声を上げた。





「分かってる…ジェージェーはあんなに馬鹿じゃない…」
「…」
「もしあたし達の事裏切るつもりなら、あんなやり方しないよ…!」





「だって、ジェージェーももロンロンの味方についたのに
 まるでバラバラに動いているみたいだった…」

「あたしには、がリッちゃんを庇ったようにしか見えなかった!」





まるで自分を奮い立たせるよう、息つく暇もなくノーマは言葉を続ける。





にもジェージェーにも、きっと事情があるはずだよ!」
「…ならば、私達の手で助け出さなければいけないな」
「だったら決まりだ」





「何としても、とジェイを助けるぞ!」





裏切られたと悲観するよりも、前を向く。
それが何とも俺達らしく、高々と拳を天井へと突き上げた。





「…んで、これからどうしたらええんじゃ?」
「潜状先を割り出すには情報が必要だな」
「ホタテ等に手伝わせようよ!情報収集ならお手のもんだし!」





湿っぽい空気がカラッと乾く。

こんな時、良くも悪くも皆を巻き込むのはノーマだ。

でも、こっちの方がノーマらしい。
居ても立ってもいられずウズウズと体を揺らすノーマに、俺は小さく笑みを零した。





「なら決まりだ。モフモフ族の村へ行くぞ!」
「おぉーっ!」
「オウ!」





ついさっきまで怒りを露にしていたモーゼスも、今じゃ前を向いている。
立ち直りの良さも、コイツの長所だ。

そんな事を思いながらいざ、と足を動かそうとした時
誰よりも先に部屋の出口へと向かう者の姿に目を丸くする。





「…シャーリィ…」





呆気に取られる俺達へ振り返ったシャーリィは、笑っていた。
長い間共にいた俺ですら見た事のない、強気な笑みだ。





「早く行きましょう!二人が待っています」





見違える程強くなった少女は、いつの間にか俺が守る存在ではなくなっていた。





「私、また守られちゃったから…だから今度こそ、私が助けに行く」





そう言って先頭に立つシャーリィの姿はとても凛々しく
以前好いていた女性と重なった。

はきっと、こんなに想われている事を知らないんだろうな。
ならそれを分からせるのは、俺達の仕事だ。





「ああ、絶対助けるぞ!」





もう、俺達に迷いはない。















心も体もボロボロになった僕達を置いて、お師匠様は何処かへ消えた。
これから先の作戦やら何やら、複雑な話を余所でしているのだろう。

見張りとして置いた部下は二人。
まるで僕達が逃げ出す事が出来ないと分かっている程、手薄だった。


…実際、その通りだ。


僕達が逃げ出せたところで、その情報はすぐにあの人へ伝わる。

あの手から逃げる事は出来ない…それを心の隅で分かっていながらも、
僕は必死に彼女の名前を呼んだ。





さん!」
「…」
さん!さん…!」





いつから気を失っているのかは分からない。

手荒な真似をされた訳ではないらしいが
僕が何度名前を呼んでもピクリとも反応しないのだ。

…だから不安なんだ。

次に目を覚ます時は、もしかしたらさんはさんじゃないかもしれない…と。















「今日もとても可愛らしい」
「…―――が全部、くれたお陰」
「…取引だ、気にする事はない」
「…今日は、何人?」


「三百五十」


「否など無い…子は人を脅かしている姿が一番美しい」
「アハ、まるで…―――、男の人みたい」





…知っている、声。
前も聞いた事のある…二人の、女の声。





「二百…五十…」





それ以上はダメだと叫ぶ私を無視し
ボタボタと流れ、溢れ、飛び散る血は止まらない。





「三百…」





幼い少女の姿に油断していた住民達は
武器を取るまでもなく肉片へと変化する。

どんな強者であろうと少女が鉄の手で心臓を貫けば
帰らぬ人へと朽ち果て、ピクリとも動かなくなった。





「三百…四十…」





ダメ、それ以上はダメ。





「四十五…四十六、七、八……」





止まらぬ悲鳴、赤いレンガ、霧に覆われた黒の空。

どんどん溢れる黒い霧を吸い込みながら少女は笑い
ユラユラと体を揺らし、街の中を徘徊した。

まだ生存者はいないか、とぎらつく瞳を動かしながら。





「三百四十九…」





さあ、あと一人。
あと一人は誰だろう。

蠅が飛ぶ音よりも小さな呼吸を聞き取り、少女はその手を伸ばした。

その手は隠れきれていない男性の後頭部へと突き刺さる。
いや…刺さる、と言う表現は語弊がある。
正確には弾け飛んだ、が正しかっただろう。





「…三百、五十…」





今宵最後の数字を刻むと共に、少女は笑う。

そして、最後に殺した男の体を引き摺り出すと
零れそうな瞳を更に大きく見開いた。

愛しい者とも気付かず、男をぐちゃぐちゃにした自らの手と
ただその情景を黙って見つめる水色の髪の女を見て、涙を零し、笑った。





「殺すつもりなんてなかったのに…!!大好き、だったのに…!」

「嘘つき…!」

「嘘つき、嘘つき、ウソツキウソツキウソツキ…!」





「騙したな、シュヴァルツ…ッ!!」





泣き、声にならない声で女を呪い
屍が積み上げられた丘で叫び続ける。

ただただ、世界が闇に呑まれた後も…ひたすらに。















「…き、に……」





いくら呼びかけても反応を見せなかったさんが
ポツリ、ポツリと雨音にも似た声を漏らした。





「…大好き、…なのに…」





彼女の頬を濡らす涙は、何を意味しているのだろう。
悲しいのだろうか、寂しいのだろうか…それとも嬉しいのだろうか。

いくら考えても分からず、ただ一つ、何となく思った事は
“この涙は彼女のものなのだろうか”と言う疑問だった。





「人を殺せば…たくさん殺せば、願いを叶えてくれるって言ったのに…」

「みんな、嘘つきだ…ウソツキだ……」





疑問に対しての答えは、思ったよりも早く出た。





「どうして、皆邪魔するの…」

「わたしがあの人の元にいっちゃ、ダメなの…?」





まず、声色が違う。

声は確かにさんのものなのだが、何処か舌足らずで幼いのだ。
猫を被る、と言う行為が苦手なさんがこんな声を出せる訳がない。





「…あ…」





今程自分の冷静さと頭の回転の良さを呪った事はないだろう。





「…同じ」





寝言とは違う、本格的に愚図愚図と泣きだした少女に向かい、自然と唇が動いていた。






「何も出来ずに縛られて、言われた事だけをやって、何かを望んで…」

「それは僕と、同じだ…」





さんはずっと、こんな感情を持った破壊の少女と共に過ごしていたのだろうか。
そう思うと、ゾッと背筋が凍った。

僕は、きっと真似出来ない。

こんな、昔の僕を生き写したかのような少女と共にいれば
今頃、音も立てずに壊れているだろう。





「……」





そっと、涙で濡れる頬に触れれば、さんの体はピクリと動いた。





「貴女は、お師匠様が好きなんですか…?」





彼女が目を覚まさないのを良い事に
僕は自らの知らない情報に手を伸ばす。

彼女は「うん」と、微かに首を縦に振った。

ああ、とても正直だ。
彼女への好意を否定し続けている僕とは全然違う。


だけど僕は、彼女の願いを叶える事が出来ない。


その熱い眼差しの先にいるのがお師匠様だからじゃない。

僕は、破壊の少女とこうして会話をしている中でも
ただ彼女が…さんが目を覚ますのを待っているのだ。

想うのならば、貫いて見せろと人は言うだろう。
責任を持って、彼女だけは守り抜いて見せろと。

だけど結局僕はどっちつかずで、自分の気持ちすら素直に口に出す事が出来ない。
拒絶される事を恐れ、怯え、ただ受動的に事の流れが進むのを待つばかり。


…それでも。





「…ジェイ…?」
、さん…」
「私、いつから寝て…って、うわ…!何で私泣いてるの…!?」





意識を取り戻し、僕の名前を呼んだ少女を見て
この人とならば…この人の為なら動く事が出来ると思ったんだ。

出口のない迷路の中でも光を見つける事が出来るはずだ、と。

だけどいざ行動に移そうとすれば、それは簡単に崩れてしまう。





「さて…目標の物も手に入り、時間が空いてしまいましたねえ…」

「暇潰しに、動物虐待と行きましょうか…ねえ、ジェイ」





解けかけているパズルがバラバラに散り
迷路を走る僕の目の前に高い壁が立ち塞がる。

絶望に堕ちる感覚には、もう慣れていたと思っていた。





「…なんだ、って…」
「何って、動物ですよ…いるじゃないですか、愛らしくて苛々してしまう動物が」
「何言って…」
「…はあ」





「モフモフ族と言う変な生き物といい、この人形といい、随分おかしなモノを大事にする…。
 愛しい弟子の面影がなくなっていて、私は非常に残念ですよ」





わざとらしい溜め息の後、男は僕を挑発するような言葉を続けた。
そして僕は、それが挑発だと分かっているのに感情を抑える事が出来なかった。





「話が、違うじゃないか…」





いや、ただの挑発ならまだ良い。
この人は一度口にしたら本当に為す…そんな人間だ。





「彼等は何色の血を流すんですかね?どんな声で鳴いてくれるんですかね?」

「いやあ…今から楽しみだなぁ…」





僕が目を見開いて驚き、拳を震わせ怒る姿を見て楽しむようにニヤリと笑う。
怒りの沸点が最大にまで達した時、男への恐怖はなくなった。





「ふざけるなよ…!」





怒りに我を忘れ、熱くなった体は
僕達二人を見る悪の根源へと飛び掛かる。










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修正:14/01/14