モフモフ族の村に入るや否や、セネル達は互いの顔を見合わせた。
モフモフ族の姿が一匹も見えないのだ。
煙突から溢れる煙や色とりどりの新鮮な木の実。
生活臭は感じられるのだが、それが逆に異質であった。
「皆寝ちゃったのかな?」
「いや…いくらなんでも、静かすぎるだろ」
住民だけがごっそりと消えた村の中、セネル達は眉を顰め首を傾げる。
「お昼寝は良いわよねえ」と微笑むグリューネに対し乾いた笑みを零した後
皆は村の中の捜索を開始した。
「みんな〜!」
一頻り見て回り、さてこれからどうしようかと考え込むセネル達を呼んだのは
仲間の一人であるノーマだった。
「急いで来て!」
「どうしたんだ?」
「良いから早く!!」
ノーマは乱暴に言葉を投げ、再び村の奥へと姿を消す。
決して広くない村だ。
ノーマが向かった先は恐らくモフモフ族の三兄弟とジェイが住む家だろう。
目的地が分かればそれで良い、とセネル達は互いに顔を見合わせ頷くと
ノーマが辿った道をなぞるよう、歩を進めた。
村の最も奥にある家の中には、息を切らすノーマと神妙な面持ちのクロエがいた。
クロエは自らの手の中にある紙片から視線を上げると、セネル達にそれを渡す。
「読んでくれ」
紙片…と言うよりはそれはもう立派な手紙だろう。
一文字一文字丁寧に書かれた単語の羅列を、セネルはゆっくりと目で追った。
「お願いだから、ジェイがやった事を許してやって欲しいキュ」
「ジェイは脅されていただけなんだキュ」
「ソロンの仕事を手伝わないと、キュッポ達は皆殺しだったんだキュ」
「ジェイはポッポ達を守る為に、仕方なくやっただけなんだキュ」
「ソロンは刺し違えてでもキュッポ達が仕留めるキュ」
「だから、ジェイを許して欲しいキュ…ジェイには皆が必要なんだキュ」
「お願いだキュ…ジェイの事、よろしく頼むキュ」
手紙を読み終わったセネルの手は、微かに震えていた。
「キュッポ達…知ってたのか…」
「ジェイが話したとは思えない…恐らく自分達で調べたんだろう…」
ジェイの様子がおかしい、と分かっていたのに何も出来なかった自分達とは違う。
モフモフ族の皆は誰よりも先に気付き、調べ、そして助けに向かったのだ。
セネル達は自らの無力さに声を上げる事も出来ずに項垂れる。
分かっていたのに止められなかった不甲斐無さを今更憎んでも、もう遅いと言うのに。
「どいつもこいつも勝手な真似しおって…!
ワイ等は何なんじゃ!そがあに頼りにならんのか!?」
モーゼスはガン、と強く壁を蹴る。
それでも怒りが治まらず、声を荒げた。
仲間達はそんなモーゼスの姿を責めもせず、見つめていた。
「急いだ方が良い…俺は街に戻って情報を集める」
「…ワイも行く」
恐らくじっとしている事の方がモーゼスには辛いのだろう。
彼の気持ちを汲み取るとウィルは一つ頷き、モーゼスと共に家を後にした。
「頼りない、って思われても、仕方ないのかな…?」
取り残された仲間の中、先に声を漏らしたのはノーマだった。
「あたしがもっと早く気付いてれば…相談に乗ってあげてれば…」
「ノーマ…」
「だって、ジェージェーだってこんな事しなかったかもって…」
「今思えば、星祭からおかしかったなって分かるのに…!
あたし、頼りないよ…駄目だよ、こんな親友ッ…!!」
抑えていた感情が溢れ出て、一度流れた涙はもう止まらない。
子供のように泣くノーマに対し、クロエとシャーリィは
「駄目じゃない」、「大丈夫だよ」とその背中を擦る。
彼女達の温かなぬくもりにノーマの涙は止まる所か、余計加速していた。
「…それに、気付かなきゃいけないのはお前達の方だろう」
「は…?」
「ずーっと見てるくせに、肝心な時だけ役に立たないんだもん」
「ちょっと待て、俺達は―――…」
「しっかりしてよね、お兄ちゃん、ワルターさん!」
女性二人から責め立てられた男性陣はグ、と言葉を詰まらせる。
二人の反応が面白かったのだろう、
ノーマは泣きながらも「ブッ」と息を漏らし肩を揺らした。
「俺、結構話しかけてたんだけど…」
「…俺もだ」
「言い訳なんてしないで」
止めの一言に耐えきれず、ノーマは本格的に笑い出す。
先程まで泣いていたのが嘘のように
涙で頬が濡れている事以外は普段と何ら変わらない。
「本当、何であたしが泣かなきゃいけない訳?」と男性陣を挑発する余裕も見えて来た時
完全にいつもの調子を取り戻していた。
「…よっしゃ!早くとジェージェー見つけなきゃね!」
「もう大丈夫なのか?」
「バッチシ!」
「あたしよりの方が泣き虫だから、早く迎えに行ってあげなきゃ!」
「今頃ぴーぴー泣いてるよ」、との泣き真似をするノーマに対し
決して馬鹿にしている訳でもなく仲間達は笑う。
そして先を行った二人の背中を追うよう、モフモフ族の村を後にした。
その歩幅は仲間を助けたいと言う焦りからいつもよりも大きい。
だが、決して足並みが乱れる事はなかった。
「ジェイ…!ジェイ!!」
一瞬で、何があったのかも分からなかった。
リン、と鈴の音が鳴ったと同時、ジェイが男へと飛び掛かったのだ。
だけど男がフッと笑みを浮かべ、腕をほんの少し動かしたと共に
ジェイの体はピタリと止まり、くの字に曲がった。
腹部にめり込む男の拳はジェイを突き飛ばし
ジェイは口内から血を流し痛みに数度咳を漏らす。
「ふざけるなッ…ふざけるなよ…!!」
駆け寄り肩を揺する私の姿が見えないのか、
ジェイは自らを攻撃した男をただただ強く睨み付ける。
「ジェイ…!」
早く、回復しなきゃ。
そう思い手を翳したと同時、強力な力にグイッと引っ張られる。
驚き目を見開いている間にもジェイと私の間には距離が出来、
逆に私と男の距離がグッと縮まった。
またこうやって、私を盾に使おうとする。
…本当に、最低な奴。
「話が違うじゃないか!ちゃんと仕事はした…!モフモフ族には手を出すな…!」
「いいえ、私がジェイに頼んだのは“煌髪人の娘の確保”です」
「ッ…何!?」
「ここにいますか?金色の髪を持った女性が何処にいると言う!?」
そう言って肩を揺らし笑う男の言葉に、ハッと息を呑む。
「いるのはこの女だけだ!お前は何もしていない!何の仕事も出来ていない!!」
まさか、と思う気持ちは強くなる。
ザワリ、と虫が這うような悪寒に体が震えた。
「いいえ、私がジェイに頼んだのは“煌髪人の娘の確保”です」
「ここにいますか?金色の髪を持った女性が何処にいると言う!?」
私があの時、シャーリィを突き飛ばしていなかったら。
私があの時、この男の元へ行く事に一瞬でも戸惑っていたら。
そうすれば、ジェイを助ける事が出来た。
…私は、仲間を助けると言いながら―――…
「クソッ…!!」
…―――目の前の少年の幸せを、奪ったんだ。
結局、この男に約束なんて通じない。
どんな道を通っても、誰かが必ず不幸になる。
…冷静に考えればそんな事、すぐに理解出来たはずなのに。
「っ貴方は最低だ…屑が…!!」
地を這う体が憎しみに震える声を絞り出す。
終始笑みを浮かべていた男は、フッと表情を変えた。
ジェイを見るヒヤリとした瞳は、まるで人の物とは思えなかった。
「誰が屑だって?」
男は冷たい声で言葉を紡ぐと、迷いもなくジェイの背中を潰した。
ミシ、と骨が軋む音がリアルに聞こえ、私は小さく息を漏らす。
激痛から顔を歪め悲鳴を上げるジェイの姿から目を反らし、耳を塞ぎたくなった。
血が、滲み出ている。
腹部や背中、口からも…真っ赤なジェイの、血が。
狂気に満ちた笑み、赤いレンガ、燃える街。
心臓を貫く鉄の手、頭を潰した時の、あの感触。
「ッう…!!」
過去の映像と今現在の光景がごちゃごちゃに混ざり合い頭がパンクしそうだった。
喉のすぐそこまで嫌な感覚が込み上げて来ていて、
咄嗟に口を手で押さえる。
「ほらほらァッ!!醜い貴方の姿を見てお仲間が気分を悪くしているじゃありませんか!!」
そう言って足を上げ、振り下ろし、
髪を引っ張って頬を殴り、鮮血を飛ばす。
声を出す事も出来ず蹲るジェイの姿を見て、目の前の男に怒りが湧いた。
「ん…?何だ、葉っぱか?」
「止めろ」と私が口にする前に男は止まる。
ジェイの服から飛び出したそれを、男はゆっくりと拾い上げた。
ジェイの表情は暴行を受けていた時よりも酷く歪む。
白い顔を更に蒼白くし、カタカタと震える手を精一杯伸ばしていた。
「あ〜これはあれか…星祭とはな。殺しの道具が随分と人間らしいことをする」
葉を掲げ鼻歌を歌うソロンの足に、ジェイは最後の抵抗としがみ付く。
男が面倒そうに足を動かせば、ジェイの体は呆気なく遠くへと飛んだ。
「…」
さて何が書いてあるのだろうと目を細めた男は
数秒も経たぬ内にその目を大きく見開く。
「…クククッ、ハハハッ…!」
初めは堪えていたものの、男は我慢が出来なくなったのか
次第に声を大きくし、肩を揺らし豪快に笑った。
その手中に、ジェイの願い事が書かれた葉を握り締めたまま。
「…に、笑ってるんだよ…」
男の笑い声は、私の体の熱を上げる。
それは恋しいだとか怖いだとか、そんなんじゃない。
ただ、コイツが許せない…それだけだった。
「良い、実に良い!こいつは傑作だよ!アハハハハハハハハッ!!」
男の声が大きくなるにつれ、私の中の感情も膨張する。
気が付けば「出して、出して」と言う破壊の少女の気持ちを知らぬ内に踏みにじり
怒りに震える手を爪が食い込む程握り締めていた。
「破壊の少女よ!何が書いてあったと思う!?」
「特別に教えてやろう!笑う準備は良いか!?」
歯を食い縛る私を見て、男はただただ笑った。
「“家族が欲しい”だとよ!!誰が?お前が!?」
「アハハハハハハハハハハッ!!」
私が怒るにつれ、破壊の少女の気持ちも大きくなる。
体が軋む程、互いが乗っ取ろう乗っ取られまいと反発した時
私は自らの腕に爪を喰い込ませ、プツリと血の玉を浮かべた。
「何が…ッ、何がおかしいんだよ…!?」
「おかしいだろ?おかしすぎるだろ!?これを笑わずにして、何に笑えばいいんだ!?」
ああ、私は。
この卑劣な行為を見て、何故黙っていたのだろう。
「お前なんぞに家族が出来るものか!!この人殺しが!!」
「っ…貴方だけは、許さない…!!」
「悔しかったら取り返してみろ?やってみせろよ!!」
「“家族が欲しい”だと?“家族が欲しい”だとよ?“家族が欲しい”だってよ?」
「アハハハハハハハハッ!!」
もう、何でも良い。
男への恐怖も、少女の想いも、何も関係ない。
悔しそうに顔を歪めたジェイを見て
男が更にと声量を上げ笑おうとした瞬間に響いたのは―――…
…―――私の怒りに任せた、一つの乾いた音だった。
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修正:14/01/04