「お願いがあるんだ」





突拍子のない私の言葉にシャーリィは首を傾げた。
大きな蒼い瞳が可愛くて、ついつい笑みが零れる。





「…なんちゅーか、感動の再会もすぐに終わってしまったのう」
「気にしない気にしない!」





切り替えの早い私に対しモーゼスは呆れているみたいだった。
ううん、モーゼスだけじゃない。この場にいる私以外の全員が、だろう。





「で、何なんだ一体?」
「お腹減った〜とかそんなの?」
「ううん、そうじゃなくて」





「今からアイツのとこに行くまで、あの子になりたいんだ」





何となく直接は言い辛いから、言葉を選んで遠回しに今の気持ちを伝える。
最も、私がどんな言い方をしても仲間達を驚かせる事に変わりはない。

ガラリと空気が変わり、モフモフ族の村が静寂に包まれる。

…それもそうだ。
私が自ら破壊の少女になりたいと言ったのは、今回が初めてなんだから。





「…は?」





沈黙を破ったのはセネルだった。

何とか絞り出したと言わんばかりの小さな声ではあったが
この状態で放置されるよりはマシだ。





「いや、だからあの子に代わってあげたいなって」
「あの子って…破壊の少女、だよな?」
「そうそう!セネル分かってるー!」





「さっすが!」と言いながら行った拍手は洞窟内に反響する。
ああ、何だかまるで私の案に大賛成と言わんばかりの喝采のようだ。

…なんて、思っているのは私だけであって。





「それ本気で言ってるのかよ!?」
「ダメに決まってるじゃん!そんなの危険すぎるって!!」





セネルとノーマの口から出て来た否定の言葉に、今度は私が黙る番。

予想外にも反対したのはノーマだ。

ノーマだったら何となく面白そうって言ってOKしてくれると思っていたのに
その顔は無茶を言う私に怒りすら覚えているように見える。





「別に存在を否定する訳じゃないけど、今まで大変な思いしてきたじゃん!」
「そ、そうだけど…」
「リッちゃん助ける時だって、腕折ったの忘れたの!?」
「う…」





やっぱり皆覚えているんだ、と心の中で舌打ちをしながらも
まあまあと今にも暴れ回りそうなノーマを落ち着かせる。





「あれは状況が状況だったから、仕方がなく…!」
「そんなの理由になるか〜!!」
「でも、すぐに治ったのはこの子が一緒にいてくれたからだよ!」





私が余りにも破壊の少女を庇うからだろうか。
ノーマは振り回していた手をピタリと止めると眉を下げこちらを見つめる。

「でも…」と小さく声を漏らすノーマ。
そんな顔をされるとこっちが苛めている気分になる。





「…あの時は私が弱かったからいけないんだ」
「…」
「今は、何だか上手く出来る気がする…ううん、気がするんじゃなくて絶対上手くやる!」
「……」
「自分じゃ上手く止められなくても、皆がいてくれるし!」





結局、何の根拠もありはしない。
私が言っている事は全て「多分」や「かも」が付くようなものばかりだ。

それでも絶対に譲れない、そんな気持ちで皆を見つめていれば
誰かの溜め息が聞こえる。

それは誰のものかも分からない小さな音にも聞こえたし
はたまたそこにいる全員のものだったのかもしれない。





「そげに信頼されちょると、やらんといけない気になるっちゅうに…」
「相変わらずズルイ女だね〜」
「全くだ」





先程の沈黙は何処へやら。
仲間達は私を褒めているのか貶しているのか分からない言葉を呟き始める。





「そんな無茶な事を頼むんでしたら、それなりの覚悟もあるんでしょう?」
「は?」
「腕のニ、三本折られる覚悟がですよ」
「…い、良いよ」





と言いながらも、私の体はあの時の痛みを鮮明に思い出す。

本当は嫌だけど、と思いながらも同意すれば
ジェイは「顔に書いてありますよ」とクスクス笑った。





「…好きで折りたくないんですよ、こっちだって」





風に吹き消されてしまうぐらいの小さな声。
繋がる手から伝わる体温。

その言葉が嘘じゃないって、考えなくてもすぐに分かった。





「…分かった!」
「本当に分かってるんですか?」
「大丈夫!ある程度は抵抗出来るだろうから!」





アハハと能天気に笑う私に対し「全く…」と言って溜め息を吐いたジェイは
心なしか何処か嬉しそうに見える。

どうして嬉しいか、と言うのは分からないけど
私の気持ちが伝わっているならそれで良い、と笑った。





「…で、どうやって破壊の少女と意識を交換するんだ?」
「このまま眠れば大丈夫!」
「…眠る…?」
「今凄く眠いんだ!睡眠時間足りなくて!」





「それって、自分が楽したいだけじゃ?」と頬をヒクつかせながら言ったセネルに対し
何かを言い返す事も出来ず目を細めた。

…いや、目を細めたんじゃない。
目蓋がぐっと重くなったんだ。





「…それに、もうダメ…」





今こうしている間にも、あの子が私の胸を引っ掻いている。

「出して」「お願い」って、その声はどんどん大きくなって
皆の声を聞き取るのもしんどいくらいの頭痛に体がグラリと傾いた。

未だ満たされない気持ちを持つ少女に、私が勝てるはずがない。





「、もう…勝てない」





ジェイの手を強く握る事で保っていた自分の意識も
深い闇へと堕ちる一歩手前だった。





「…戻って、くるんだよね?」
「当たり前だよ!誰の体だと思ってんのー?」





不安そうな瞳を向けるシャーリィに私は気力を振り絞り元気いっぱいの返事をした。

シャーリィは微笑み「うん」と言う。
その笑顔を見て、もう大丈夫だと私は静かに目を閉じた。





「また『おかえり』って言ってね…」





その言葉を最後に、私は深い眠りへと堕ちていく。

ほんの少し…五分だけ眠ろう。

皆ばっかりに無理させないように。
あの子を一人にして寂しい想いをさせないように。

目が覚めたら、私も皆と一緒に戦おう。















ゆっくりと倒れたさんを支え、目が開くのを待った。

それが数秒だったのか、数分だったのかは分からない。
ただ時の流れがとても遅く、長い間この時間が続いたような気がした。

彼女の目が開いた時、突然襲いかかってくるかもしれない。
最悪の事態に備え、僕は少女の関節に手を添える。

襲われるのが怖い訳じゃない。
もし僕達が怪我でもすれば、きっとさんが悲しむから。

折る、とまではいかなくても関節を外せばしばらくは大丈夫。
頭の中で何度もそう言い聞かせ、汗も拭かずただその時を待った。





「…」





ゆっくりと開いた目。
当たり前ではあったけど、いつもと同じ漆黒の色。





「…どっちですか?」
「…!」






さんは瞳を見開くと何も言わずに僕の手を弾き、体を離す。

感情が入り混じる濁った瞳を見れば
今体を動かしているのがどちらであるかぐらい、すぐに分かった。





「ッ…!」





彼女を見つめる僕達を余所に
さん…の形をした別人は何も言わずに立ち上がる。

そして、僕達に手を伸ばす隙も与えずモフモフ族の村の外へと走り出した。





「ソロン様…!」





たった一言、理解し難い言葉を残して。





「…ソロン、様じゃと…?」
「ど、どゆこと…?破壊の少女とロンロンって知り合い…?」





突然の事に動揺するセネルさん達は互いに目を合わせ首を傾げる。

僕は破壊の少女があの男を求める理由を知っていた。
単純だけど複雑で、どうしようもない衝動。それは僕自身も良く知っている。





「目的地は同じなんです!急いで後を追いましょう!」





混乱しているセネルさん達に声を掛け
既に遠くにいる破壊の少女を追いかけ走り出す。

…こんな状況なのに、何だかおかしい。
不謹慎だと分かっていても、何故か口元の緩みが治まらない。





「じゃあどっちがセネルの家に早く着くか競争!」
「何モーゼスさんみたいな事言ってるんですか」
「良いから!よーいドン!」





「中身が違っても、やってる事は同じじゃないか…」





見飽きたはずの背中を追いかけ、密やかに笑う。

例え今は別人であっても、あの体の中でさんがぐーすか寝ているのであれば
こうして追うのも悪くはない…そう思えた。

小さな体の、もっと奥。
そこに辿り着いたら何て言おう。

「何寝てるんですか」、と小突くのも悪くない。
「おはようございます」、と言って嬉しそうな彼女の笑顔を見るのもたまには良い。

そんな事を考えながら軽快に足を動かせば
ほら、その背中はもうすぐそこに。










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修正:14/01/15