「…すご〜…」
間抜けな声で呟かれたノーマさんの言葉に、認めたくはないが同意する。
その原因は、目の前にいる少女の力だ。
「…」
僕達を襲おうと飛び出してくる魔物は、さんの姿をした少女に睨まれる度
ぐるぐると喉を鳴らして道を作る。
懐いている、とは違う。
恐らく怯えているのだろう。
狂暴な魔物が怯える程、今のさんは恐ろしい表情を作っているのだろうか。
背中を見つめるだけの僕達がそれを知る事はなかった。
なんて考えていれば、前方からドテッと言う何とも鈍い音が聞こえる。
何事かと音がした方へ視線を向ければ、地面に伏せる少女の姿があった。
「あ、こけた」
「意外とドジなんだな」
「いや、何かに躓いたのでは…」
能天気な事を言うノーマさんとセネルさんを置いて
僕は伏せたまま動かない少女に近付いた。
霧のせいで状況を良く理解出来ていなかった僕でも
これだけ至近距離で見れば彼女が何に躓いたのかは分かる。
そこにいるのは、傷だらけで倒れているモフモフ族の姿だった。
「ッ大怪我してるじゃないか…!」
いつも柔らかい毛並みも血でバリバリに固まっている。
恐らく、出血してから相当の時間が経っているのだろう。
シャーリィさんはモフモフ族を抱き締める僕の横に屈み、小さな体へ手を翳す。
淡い光が徐々に傷口を癒していった。
「キュー…」
小さな口から漏れる微かな寝息。
これならきっと大丈夫、と安堵の息を吐き、再びその体を地面へ下ろした。
それと共に、こんな事をした敵への憎悪が全身に駆け巡る。
「楽しい夢でも見ていそうだな」
「緊張感のない寝顔だね〜…」
モフモフ族の安心しきった寝顔に微笑むクロエさんと、乾いた笑みを零すノーマさん。
二人の声を聞き、今にも走り出しそうとしていた衝動がゆっくりと治まっていく。
仲間がいるだけでこんなにも気持ちが違うのか、と改めて実感した。
「…」
モフモフ族の安否を確認し終えると、視線は彼女の方へと動いていた。
転んだ時に足を擦ったのだろうか、
皮が剥け、うっすら血が滲み出る膝をじっと見つめている。
「ッ…」
彼女が今この瞬間、何を想ったのかは分からない。
ただ悔しそうに歯を食い縛り、目にうっすら涙を止めて
一瞬、過去を懐かしむような哀愁漂う表情を浮かべた。
体をふらつかせながら立ち上がった少女は
足を引き摺りながら再び前だけを見て進む。
僕達の手を借りようとしないその姿が
いつも無茶をするさんの姿と重なった。
「おぉ…」
ついさっき、ドテッと言う衝撃が自分の体を襲った。
瞬間、深い眠りについていたはずの私は目を覚ました。
外の世界を見ると、視界の端にジェイが映っている。
他の皆が話している声もハッキリと聞こえた。
乗っ取られるってこんな感覚だっけ?と思いながらも
私は今の状況を把握しようと必死に思考を巡らせる。
体が痛いのは、悪さをした少女を仲間達が止めたからだろうか。
だがそれも、今問題なく進めているのであれば大した事ではなかったのだろう。
「キュッポ…!」
なら気にしなくて良いか、と言う結論に至った時、焦るジェイの声が聞こえた。
少女の視線越しに外の世界を覗いてみれば、傷だらけで横たわるキュッポの姿が映っている。
早く治してあげなきゃ、と自分では走り出したつもりでも
私の体はピクリとも動かない。
…それが破壊の少女の望んでいる事じゃないからだ。
「おかしいキュ…ジェイの声が聞こえるキュ…ホタテ界からお迎えが来たキュ…?」
「違うよキュッポ、皆を助けに来たんだ」
シャーリィの手から溢れる暖かい光がキュッポの深い傷を癒していく。
遅れて駆け寄るノーマもシャーリィの横でブレスを唱え、その光は輝きを増した。
眩しいくらいの光に破壊の少女は目を細める。
そして、その輪の中に入ろうともせずただ奥を目指し再び足を動かした。
ちょっと!まだ皆が動いてないのに…!
「…」
意思の強さが違いすぎるのだろうか。
私が止まれ、と命じても少女は聞く耳を持たない。
私が破壊の少女に乗っ取られそうになった時はあんなに体が震えたのに
少女は震える所か眉一つ動かさなかった。
このままじゃ離れちゃうよ…!
「モーゼスさん、彼女縛っといて下さい」
「し、しば…?」
「羽交い締めでも馬乗りでも何でも良いですよ。とにかく動きを止めて下さい」
キュッポの容態を気にしながらも破壊の少女の行動を把握していたジェイに
つい「おお」と声が漏れる。勿論それが外に反映される事はないけど。
ジェイに言われた通り私の体を羽交い絞めにするモーゼスを
本当は「良くやった!」と賞賛したいのに、今の私はそれを絶対に許さない。
「ッ離せ…!」
「くぉら、暴れんな…!…じゃないんか」
じたばたと暴れる少女を制止しながらも
モーゼスは突然ううん、と唸った。
「ワレ、名前なんちゅうんじゃ?」
「、え…」
「破壊の少女なんて、呼びづらいじゃろ」
「…」
「おぉ、後でシャボン娘に決めてもらうんもアリじゃな」
一人で喋り、一人で完結している男に引いたのか
自分の体はピタリと、石のように固まった。
ソロンを想う気持ちの中に、別の感情が流れ込んでくる。
…名前、と聞かれ嫌な事を思い出したのだろうか。
酷く冷たい、寂しい感情だ。
私が声を掛けて良いのだろうか、そんな事を考えていれば
「キュキューッ!!」と元気いっぱいの声が耳に届いた。
何事かと振り返った視線の先には、完全復活と胸を張るキュッポの姿。
「キュッポ、大丈夫?」
「ジェイ…!本当に、ジェイなんだキュ…?」
「僕が幻に見える?」
ジェイの笑顔を見てキュッポは瞳をキラキラとさせた。
興奮しているのだろうか、その小さな手がプルプル震えている。
「ジェイ、良い顔をしてるキュ…強い目をしてるキュ!本物の戦士の目だキュ!!」
熱く語るキュッポにジェイは照れながら「そうかな?」と返事をした。
キュッポは情熱的な瞳でジェイを見、何度も何度も頷く。
ジェイはそんなキュッポにクスリと一つ笑みを零した後
神妙な面持ちで口を開いた。
「…ピッポとポッポは何処にいるの?」
「二人は、キュッポの代わりに囮役を務めてくれてるはずキュ」
「囮だって…!?」
キュッポの言葉は周囲をざわつかせた。
「今のソロンは危険だキュ…得体の知れない力を感じるキュ」
「なら、早く行かなきゃピッポとポッポが…!」
「ジェイ、聞くキュ」
「ソロンはどれだけ戦っても、絶対に疲れないんだキュ」
「それに怪我をしても、すぐに傷が塞がるんだキュ」
キュッポの言葉を聞き、皆は「まさか」と言わんばかりの表情を浮かべる。
「そのまさかだよ」と頷いてみせたが、少女はあれからちっとも動かない。
「…黒い霧の魔物にも、同じようなやつがいたな…」
「雪花の遺跡でロンロンが呼んだ魔物も、黒い霧を出してたよね…?」
「まさか、ソロンが霧の元凶なのか?あの、霧から生まれる魔物も…」
皆が考えれば考える程、事態は別の方向へと転がっていく。
今すぐ「違うよ」、と言えない無力な自分への怒りに拳を握れば
私の代わりに言葉を発してくれたのはモーゼスだった。
「今は話し合うとる場合と違うじゃろ!!」
ハッと我に返った皆の顔に影はない。
あんな風に深く考えていたのも、一瞬霧の瘴気に当たっただけなのだろう。
「確かに…モーすけの言う通りだね」
「相手がどんな奴だって今まで倒せてきたんだ。問題なんてあるものか」
皆の顔に笑顔が戻る。
私はホッと安堵の息を漏らし胸を撫で下ろした。
「ジェイ、気を付けるキュ」
「…大丈夫だよ、皆が一緒なんだから」
「もう頼れるのは皆しかいないんだキュ」
「ソロンを、倒してほしいキュ…!」
ドクン、と強く脈打つ心臓。
ぶれる視界と、一度だけ大きく跳ねた体。
痛い、苦しい、色んな感情が頭の中に流れ込んでくる。
痛みに意識が飛びそうだった。
体を乗っ取っている少女は、私の心までも奪おうとしている。
そのきっかけは、本当に些細な言葉。
「僕はその為に戻ってきたんだ…絶対にソロンを倒す!」
“ソロンを倒す”
たった数文字の言葉を聞いて、少女の瞳は狂気の色へと変わる。
あんなにきつく締められていたのに、少女はモーゼスの腕を簡単に振り払った。
腰にぶら下がる筒へと手を伸ばし、一本の短剣を取り出した時
「ヤバい」と脳が警報を出す。
シュッと風を切る音に、つぶらな瞳がこちらへ向いた。
「キュ?」と小首を傾げるキュッポは自らに迫る危険に気付いていない。
その首目掛けて飛ぶ刃を避けようとも防ごうともしないのだ。
止めろ…!
強く強く思えば、自分の体はピタリと止まった。
私の気持ちが勝った、と思いながらも油断する事は出来ない。
毛先に触れる短剣はカタカタと揺れ、私が少しでも気を緩めたらキュッポの体に傷が付く。
後数センチ刃を動かせばその首から血が流れ出る。
そんな緊迫した空気の中、短剣を持つ少女はゆっくりと口を開いた。
「倒してほしい…?」
震える少女の声が、辺りに響く。
「そんなの、駄目…!」
「殺させてたまるかッ…!!」
獣のように歯を剥きだし、呆然とするキュッポから短剣を離す。
驚き声を出す事も出来ない仲間達を睨み付けると、その場から逃げるよう走り出した。
視界がじんわり滲む。
私はそれに首を傾げる。
「どうして泣いてるの?」、と問うてみても少女は何も答えようとしない。
ただただ奥へ進もうとする少女を引き留めたのは私の声じゃなくて
彼女の腕を掴んだ、誰かの手だった。
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修正:14/01/15