倒れたまま動かないさんを囲う。
「…?」
遠慮がちにさんの名前を呼ぶセネルさんの声。
不安に満ちた震えた声は、彼女の指先をピクリと揺らした。
「…」
ゆっくりと開かれた目。
僕達に返事をする前に彼女はまず体を起こす。
キョロキョロと辺りを見回し、手を開いたり閉じたり、ひたすら繰り返す。
何かを確認するように、何度も何度も。
ほんの少しの時間がとても長く感じた。
僕達の気も知らないで、彼女は黙々と自分の体を動かす。
そして最後には意地悪く、ニヤリと笑った。
「さーどっちでしょう」
こんな状況で勝ち誇った笑みを見せ冗談を言えるのは
僕達が知っている中でただ一人しかいない。
喧嘩を売っているような口調なのに、この人の笑顔は人を安心させる。
不釣り合いな組み合わせが一番彼女らしかった。
「気が付いてるならもっと早く返事してくれ…」
「ごめんごめん」
「!!」
いつも通りの仕草を見せる彼女に対し、モーゼスさんは耳を劈く程の大きな声を上げた。
「お?」と笑いながら手を広げるさんの胸に
モーゼスさんは涙を潤ませ、飼い主を待っていた犬のように飛び込んでいく。
小さな体に納まるはずのないモーゼスさんの体に手を回して
「よしよし」と髪を撫でるさんは本当にいつも通りだ。
「戻ってきたんじゃなあ…!」
「戻ってこない方が良かった?」
「んな訳ないじゃろ!」
「なら良かった!」
愚図愚図大人気なく鼻を啜るモーゼスさんの髪をわしゃわしゃと撫でるさんは
しばらくすると「暑苦しい」と彼の体をベリッと剥がす。
その変わり身の早さも相変わらずだ。
「ジェイ!」
そして彼女は、思いがけない事に僕の名前を呼ぶ。
モーゼスさんにつられ抱きつくノーマさんとシャーリィさんを宥めながらも
その手は間違いなく僕の方へと振られていた。
「ただいま!!」
…本当に、いつもそうだ。
貴女を想ってくれる人はこんなにもいるのに
輪から離れ立ち尽くすだけの僕に声を掛けて、
僕はそれを煩わしいと思いながらも幸せだと胸を痛くする。
だけど、何だか様子がおかしい。
空元気とは少し違うけど、振る舞いの中に見え隠れする彼女の本音。
何かを隠していて、それを僕に悪いと思っている…そんな顔だ。
「…貴女って人は…」
カツン、と冷たい靴音を鳴らすと
思った通りさんは体を強張らせた。
彼女は近付く僕を見て的外れな弁解をし、首を横へ振る。
僕はそれを無視して彼女に近付きジッと見る。これもいつもの事だった。
「わ、私何か悪い事した…!?」
「いいえ」
「じゃあ、何で怒って…!」
「…誰も怒ってるなんて言っていないでしょう」
「そう…なの…?」
「…まぁ、どっちかと言うと怒ってますけど」
「やっぱ怒ってる…!」
「無暗に体力を消費したくないので…だから怒りません」
さっきまであんなにはしゃいでいたのに
僕と視線を交わした瞬間、さんは黙った。
一つ、冷たい風が吹く。
風は彼女の背中をゆっくりと押した。
「ごめん、なさい」
「…ええ、本当に」
遠慮がちに謝る彼女に僕は一言、そう答えた。
彼女の言動を見ていれば、何に対しての謝罪か等嫌でも分かった。
ぎゅっと、胸の上で自らの手を握り締め、僕から視線を反らす。
内股を擦るように足を動かし、そして聞き慣れない敬語を喋る。
挙げようと思えばさんらしくない所等たくさん挙げられた。
僕に遠慮をしているのが、嫌でも伝わる。
「…良い事を思いつきました」
自分が思っていた返事ではなかったのだろう。
さんは瞳を上げ、首を傾げて僕を見つめた。
そんな彼女の目の前に、僕は自らの服からある物を取り出す。
「これ、無しにしてくれます?」
手中にあるのは変色しかけた一枚の葉だ。
風に揺れる葉を見て一度は首を傾げるも
さんはそこに書かれている文章を見て驚き目を見開いた。
時間が経っていても、どんなに形が崩れていても
彼女“だけは”この葉を見間違える事はない。
「なっ…!?」
「何か?」
「え、いや…!何か?じゃなくて、何でそれ…!」
「泉で流した時、丁度僕の前で止まったのでつい」
嘘偽りなく、ありのまま話をする僕を指差し彼女はパクパクと口を動かした。
明らかに動揺している…それもそのはずだ。
この葉は、彼女が星祭の時に流したと思っていた彼女自身の葉なのだから。
「途中で流れが変わって枝に引っかかったんですよ。運が悪かったんですね」
「そ、そんな事言われても…!あ、でも文字読めないよね!?」
「読めました」
「はぁ!?何で!?」
久しぶりに聞いた彼女の奇声につい意地悪い笑顔が零れる。
いや、これを笑わずに何を笑えと言うのか。
「わ、笑ってないで返して!!」
「不思議ですよね」
「っ…?」
「葉を手に取ったら、聞き覚えのある声が頭の中で聞こえたんですよ」
「…」
「懐かしいような、つい最近も聞いたような…」
本当、あの声は何だったのだろう。
過去を思い出す僕に対してさんは訳が分からないと言う顔をしていた。
僕が科学的に証明出来ない事を口にするのが信じられないのだろう。
「…なにそれ…」
「貴女をこの世界から切り離したくない神のお告げ、ですかね?」
「神様…って人の書いた願いバラさないでよ!!」
「もう容赦しねええ!!」と何とも男らしい声を上げ
彼女は僕の手から葉を取ろうとする。
ただヒラヒラ揺れる葉を追いかけるしか能のないさんに取られる訳がない。
ムキになると身を乗り出し人の服を引っ張って、
届かないと分かると体をめいっぱい伸ばして必死になって。
本当、馬鹿らしい。
どうしてこの歳になってもこんな事が平気で出来るのか。
だけどこの呆れた空間が、とてつもなく心地良いのも確かだ。
「もうこんなもの、いらないでしょう?」
「ッ…!」
「こんな事、願っていないでしょう?」
「こんな願い、僕が許しません。ここにいる皆だって、許すはずがない」
「“誰にも迷惑を掛けずに元の世界に帰りたい”?
充分迷惑を掛けた貴女が言う台詞じゃない」
言いたい事をこれでもかと吐き出してみせれば
さんはゆっくりと僕を掴む手の力を弱めた。
プチ、と芯の切れる音が広い空間に響く。
後は葉の脈に沿って割き、粉々になったそれを風に乗せた。
「やり直してください」
「…は…?」
「やり直してくださいって言ってるんですよ、星祭を」
風に流される葉を目で追うさんの頭の上は、もう疑問符だらけだ。
それでも僕は口を開く。
きっと、彼女が待っているであろう言葉を紡ぐ為に。
「神なんて下らないものに頼るぐらいなら
今の貴女の願い、僕が確実に叶えてあげますよ」
クッと喉で笑える余裕があったのは、彼女の答えが否定ではないと分かっていたから。
さんが僕の交渉を断る事は絶対にない。
僕は彼女の願いを分かっていて、わざとこの条件を出しているのだから。
「…いいの?」
ポツリと落ちた声は、余韻を残さずすぐに消えた。
僕はそれに頷きも首を振りもしない。
それは僕の望んでいる答えではない。
「だって、それじゃ、ジェイがここに来た意味が…」
「意味なんて、後から何だって付け加えられる」
似たような事を、経った数時間前にも彼女に言った。
それから僕の気持ちは何も変わっていない。
「仕方がないじゃないですか、聞いてしまったんですから」
「僕も、貴女も…彼女の言葉を」
驚き見開かれた彼女の瞳に映る僕は、とても柔らかい笑みを浮かべていた。
それは扉が開いた時、男が破壊の少女に向けていた笑顔に似ている。
それが何とも複雑だった。
「…ジェイなら分かってくれると思ってた」
「さっきまで凄く不安そうでしたけど?」
「気のせい気のせい!」
勝気な笑みを浮かべる彼女は、僕の中にある複雑な心境を吹き払う。
「「ソロン様がいてくれないと、私がこの世界に留まってる意味なんてないのに」」
二人の声が重なった瞬間、僕達の笑顔はきっと今まで以上に輝いていたに違いない。
過去、今、たくさんの人を傷付けた男の存在を、僕は認める事を決意した。
新しい気持ちを胸に抱き、対等な立場であの人と向き合うと決めた。
「ジェイ、私…ソロンを倒したくない」
「ええ」
「あんなんでも、あの子の大切な人だから」
「…ええ」
「……お願い」
「…それが貴女の新しい願いなら」
もう、恐れる事は何もない。
「出向く手間が省けたと言うのに、感動の再会等に時間を潰されてしまっては意味がない」
「こんな入り口で立ち話もなんでしょう。どうぞ中に入りくつろいで下さい」
「…ホタテ臭い所で申し訳ありませんが」
僕達を見下し、クスクスと嘲笑う男を
こうして正面から見つめる事が出来たのは、きっと初めてだ。
何もかも、隣にいる彼女のお陰だ。
だから僕は、もう迷わない。
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ちょっと分かりづらいですね…!
ジェイと夢主は破壊の少女の気持ちを知り、共感してしまい
そんな彼女の想い人を殺す事が出来ず、ソロンを止める事を決意したのです。
修正:14/01/15