ジェイの手から眩い程の光が溢れる。
余りにも綺麗で、私はその光から目を反らす事が出来なかった。
瞬間、ドッと鈍い衝撃が自分の体を大きく揺らした。
「なっ…」
言葉にならない声を上げたと同時、正面からスッと伸びてくる腕。
その腕は私の首元を通り越し、引き寄せるように体を抱む。
いや、包むと言うよりはしがみ付いていると言った方が正しいだろう。
「やっぱり、僕は気付かなかった…」
至近距離から聞こえる少年の声に「え?」と無意識に声が漏れた。
雨音程の小さな声は、一体誰に向かって発したものだったのだろうか。
「僕が背負ってるモノと、向き合う気なんてなかったんだ…」
それは聞かずとも少年が答える。
広間を包む暖かな光は少年の体を溶かした。
サラサラと、先程まで実在していた少年が空気に混ざり消えていく。
「自分は可哀想、自分は嫌われ者…そんな事ばかりを覚えてる」
「都合の悪い事は全部忘れて、のうのうと生きて…」
赤い瞳に魅せられ、体が言う事を聞かない。
「僕に全部を背負わせる…」
「何が言いたいの?」、そんな瞳で見つめれば
少年は私の頬を消えかけた掌で包んだ。
「僕は、一体何が欲しいんだ…」
同じ事、ついさっきも聞いたよ。
私がそう口にする寸前、グワリと世界が歪んだ。
突如襲いかかる頭痛に耐え切れず悲鳴を漏らせば、少年の声が耳元で聞こえる。
その声色はとても冷たく…また、寂しそうだった。
「僕だって、忘れたかった…」
まるで良薬のようだった。
少年の声を聞いた瞬間、スウッと頭痛が治まったのだ。
瞑っていた目をそうっと開ければ、そこに広がるのはモノクロの世界。
先程までいた広間は存在せず、白と黒で作られた世界に私は一人立っていた。
「…ジェイ…?」
少年の名を口にしても返事はない。
姿を探し振り返る。
そこには驚くべき光景が広がっていた。
色がなくても分かる。
草木が生い茂る森の中。
私の視界に映ったのは炎の壁。
…そして。
「お師匠様!!」
一人の少年と、男の姿。
「お師匠様!待って下さい、お師匠様…!!」
「黙れ黙れッ!!何も出来ないお前でも囮ぐらいにはなるだろう!?」
「お師匠様…お師匠様…!」
必死に手を伸ばす少年を尻目に、男は灼熱の海から逃げるよう歩き出す。
「僕は知ってる…お師匠様がどんなに優しいかを…」
脳に直接響く声に、ビクリと体が跳ねた。
前後左右、何処を見ても声の主はいない。
ただ、ジェイの姿をした霧の少年の声だと言う事はすぐに分かった。
「お師匠様…行かないで…置いてかないで…」
「僕を、僕を一人にしないで下さい…!」
「ッ…!」
「お師匠様ァッ!」
涙を流し、嗚咽を漏らす少年。
私は目を反らしてはいけない気がした。
その少年からも、これから起きる、知られざる真実からも。
「…ジェイ」
とても優しい声だった。
淡く、弱々しく、今にも消えてしまいそう。
その音色が余りにも綺麗で、私の心臓が嫌な程高鳴った。
男と少年が見合い、どれ程の時間が経っただろう。
涙を流し目を見開く少年に、男は決意の一歩を踏み出した。
しっかりと顔を見せ、しっかりと瞳を見つめ
そして嘘偽りのない微笑みを浮かべる。
瞬間、世界は再び大きく動いた。
爆音と共に巻き上がる旋風。
熱い空気と凄まじい炎が男を襲う。
目を見開く男と少年。
血飛沫が地面を赤く染め、ボトリと何かが落ちる嫌な音。
男の背中は焼け焦げ、少年の服に火の粉が纏う。
男の腕はもげ、その肉片は少年の伸ばした手に当たる。
何が起きてるかを理解する前に
何て卑怯な映像だ、と口を塞いだ。
モノクロの世界の中、真っ赤な血だけが色付いていて
私の頭の中からこびり付いて離れない。
「お前は一体、何が欲しいんだ…」
「自分は可哀想、自分は嫌われ者…そんな事ばかりを覚えてる」
「都合の悪い事は全部忘れて、のうのうと生きて…」
「僕は、一体何が欲しいんだ…」
全てが、繋がった。
男があの日、何を失ったのかも。
ジェイが男から、何を奪ったのかも。
…それをこの少年が、ずっと負の感情として持ち続けていた事を。
「“ジェイは、忘れてないよ”…?」
「っ…」
「そんな事、何も知らないのに言わないで下さい…」
「でも、ジェイは…!」
「今の僕は、昔と向き合ってなんかいない…」
「僕がお師匠様の腕を奪ったんだ…」
「僕がお師匠様を止めなければ、お師匠様の腕が吹き飛ぶ事もなかった…」
「僕以外の誰がその罪を償うんだ…」
「向き合っていたのは、僕なのに…」
光に包まれ消える少年の涙は、私は胸を締め付ける。
今まで吐き出す事も許されず、ずっと自分の中に仕舞い込んできた感情を
何故私に見せたのだろう。
…この際、理由なんて何でも良かった。
「…ごめん」
透ける少年の髪を撫でる。
そこに感触と言うものはなかったけど
私はただ、その涙が止まるまで優しく手を動かした。
「私に、見せてくれてありがとう」
「…うん」
「…大丈夫」
「私、忘れないよ」
「ジェイが忘れてても、私が忘れない」
「…アンタの気持ちも、全部霧と一緒に吸うから…」
幼い面影を残す少年をぎゅ、と抱き締める。
そこにぬくもりはなかったけど、少年は消えかけた唇を必死に動かし
私に最後、「ありがとう」と言った気がした。
「…さん」
次に聞こえたのは、何処か懐かしく、温かい声。
閉じた記憶のない目をうっすらと開ければ、そこには現実が広がっていた。
「さん」
起き上がる私を支えるのは、本物のジェイだった。
白い肌は霧の少年とそっくりだけど、紫色の瞳、うっすら紅に染まる頬は違う。
眠りから覚めた私を見て、ホッと安堵の息を漏らすジェイ。
私はそんな彼に、手中で握る物を差し出した。
「どーぞ」
赤い紐にぶら下がる金色の鈴は
風に揺られチリ、と上品な音色を奏でた。
いつから手の中にあったのかは分からない。
ただ、見つかったからには持ち主に返すのが筋だろう。
「忘れ物!」
驚き目を見開くジェイに半ば押し付けるよう鈴を手渡す。
ジェイは自らの手中に収まる鈴をジッと見つめた。
沈黙の後、ジェイが最初に口にした言葉は
何故、どうして、と言う疑問の類ではなかった。
「…懐かしい…」
チリ、チリ、と鳴る鈴の音にジェイは目を閉じて耳を傾ける。
何度も鈴を鳴らし、音を楽しみ、愛おしそうに触って。
私はそんなジェイの姿を初めて見たかもしれない。
「…とても、おかしい事かもしれませんが」
閉じた目をゆっくりと開き、ジェイは静かに言葉を紡ぐ。
長い睫と柔らかい笑みがとても印象的だった。
「この音を聞くと、思い出すんです」
「見た事もない、あの人の優しい笑顔を」
とても小さな声。
だけど私にはハッキリと聞こえた。
「…忘れてないじゃん」
「はい?」
「ううん、こっちの話!」
消えてしまった霧の少年にも届いているだろうか。
だとしたら、一体どんな気持ちで今の言葉を聞いただろう。
都合が良い、と腹を立てているかもしれない。
もうどうでも良い、と突き放すかもしれない。
ただ私にとって、ジェイがソロンの腕を奪ったと言う過去を覚えているよりも
最初で最後の男の笑顔に胸躍らせた瞬間を覚えている事が嬉しいんだ。
「昔のジェイも、良い子だったよ」
「私あの子と話した」、と付け加えると
ジェイは驚きながらも照れ臭そうに「それはどうも」と言った。
ああ、いつものジェイだ。
私はやっぱり、今のジェイが大好きだ。
「ジェー坊!」
「!」
声が聞こえた方へと振り返る
そこにいるのは笑顔の仲間達。
手を振ったり、その場で跳ねたり、いつも通り腕を組んだり。
それこそ言動はバラバラだったけど、私達を呼んでいる事だけはすぐに分かった。
「行こ!」
そう言って、私はジェイの手を強く引っ張る。
一瞬驚くも、ジェイはすぐにフッと柔らかい笑みを見せ
私に負けないくらいの大きな声で返事をした。
「…はい!」
今まで聞いた事がないと言っても過言ではない無邪気な声。
余りにも意外できょとんとしていればいつの間にか立場は逆転し
ジェイは私の手を引っ張り走り出している。
もつれる足を必死に動かし、仲間達の元へ近付けば
皆は手を上げ、私達に掌を向けた。
ここまで来たらやる事はただ一つ。
乾いた音が広間に響き、暖かいぬくもりと微かな痺れが手を覆う。
そして「ああ、やっと終わったんだ」と実感した。
「一件落着〜!」
「よう頑張ったなワレ等!!」
「うん!」
私の頭をわしゃわしゃと撫でるモーゼスは
まるで自分の事のように私達の無事を喜んでくれる。
感涙にむせぶ暇もなかった。
もっと皆の笑顔が見たくて、今まで笑い合えなかった時間を埋めたくて
私は馬鹿みたいに意味もなく声を上げて、喜びを体全体で表現する。
「あ!ジェージェー、さっきに何もらったの?」
「あぁ…ただの鈴ですよ」
一頻り騒いだ所で声を上げたのはノーマだった。
ジェイはポケットに入れた鈴を取り出し、目を輝かせるノーマへ見せる。
「昔僕が拾われた時、この鈴を握っていたそうなんです」
ジェイは目を細め笑う。
過去を懐かしむ彼の姿に影はなかった。
「高く売れる?」
「あげませんよ」
本気なのか冗談なのか分からないノーマの言葉を聞き、ジェイは鈴を隠して相手を睨む。
「怖い怖い」と私に抱きつくノーマの背中をぽんぽんと叩いて
ジェイはそんな私とノーマに溜め息を吐いて。
ああ、いつもと同じ日常だ。
「いつもの調子に戻っちゃってさ〜、も〜少し大人しくしてれば良かったのに!」
「数分前の僕だったら、冗談なんて通じてないと思いますけど?」
「う…それはそれで嫌…」
「クカカ!やっぱりこうでないとおもろないわ!!」
愉快に笑うモーゼスと、キーキー騒ぐノーマ。
そんな光景を見てシャーリィとセネルがクスクス笑う。
いつもなら五月蠅いと怒るウィルも、今日は一緒になって笑ってくれた。
「ってかさ、ロンロンってこれからど〜するわけ?」
一件落着、と思い込む仲間の輪の中で
意外にも先を見据えていたのはノーマだ。
気が付くと皆の視線が私へと集まっていて
逃げられない状況に「あー…」と小さく声を漏らす。
…と言っても、もう逃げる必要なんてないんだけど。
「このまま殺したくはないんだ…あの子の為にも」
「…そうか」
「…で、ウィルの地下牢とか空いてる?」
「空いていようが無理だ…ハリエットがいるんだぞ」
とりあえず生きていれば良いのだ。
出来る事なら他人に危害を加えないよう、何処かへ閉じ込めておきたい。
問題はその場所なのだが、ウィルの家の地下牢が駄目となると他には―――…。
「水の民の里!」
「…は?」
「あそこにも牢屋があるじゃん!」
「この前壊しちゃったけど修理すれば大丈夫!」と念押しすれば
辺りはシンと静まりかえる。
「あれ、名案じゃない?」と付け加えてみても誰も返事をしてくれない。
ワルターなんてぐらぐらと体を揺らし頭を抱えていた。
「つい最近騒ぎを起こしたと言うのに、これ以上問題を起こす訳には…」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ」
ブツブツと小姑のように文句を言うワルターを遮り
ニッコリと笑ったジェイは自分の手の中にある苦無をピッと立てた。
「騒ぎを起こさない為に、彼の足をもらったんですから」
言いにくい事をサラッと言ってのけるジェイに反論出来る者など一人もおらず。
長時間掛かるかと思っていた話し合いはたったの三分で幕を閉じた。
そんな私達を祝福するよう、強い風が吹く。
突然の暴風に皆は目を閉じた。
ブワリ、と風が舞い上げた一枚の葉は
私達の頭上、天高くへユラリユラリと飛んでいく。
まるで優雅に舞う蝶や、自由に羽ばたく鳥に見えた。
「…良かったね、ジェイ!」
「はい?」
「願い事、叶ったんだよ」
「私とジェイの願い事、両方とも!」
ジェイの願い事が書かれた葉は、風に運ばれ遠くへ消える。
だけどそれで良い。
その願いは、今ジェイの胸の中にあるのだから。
それは、これから先ずっと消える事はないだろう。
どんな苦難が待ち構えていようとも
私達の絆だけは、絶対に壊れる事がないのだ。
私達が望む限り、ずっと、ずっと―――…。
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修正:14/01/15