「さて、じゃ〜帰りますか!」





一頻り騒いでスッキリしたのか、
満足気なノーマに私は「おう!」と返事する。

何も気にせずギャーギャー騒げたのは久しぶり。

心はもっと皆と話したいと言うけれど、体はそれと正反対にガクガクしている。
ノーマが言う通り、今の私達には早く街に戻り休息を取る事が必要だ。





「ロンロンはど〜やって運ぶの?」
「勿論ウィルが!」
「俺か!?」





疲れたと書かれた顔を指差せば、ウィルは目をバチッと開き慌てた声を上げた。

一瞬で変わったウィルの表情や態度が面白くてブッと噴き出し笑う。
いつも冷静なウィルがこんなにも驚いたんだ、誰だって噴き出すに決まっている。





「お、俺だって疲れているんだぞ…!」
「でも一番力持ち!」
「ブレス系に何を言うか!」
「だって武器すっごい重いじゃん!」
「っ…それはだな…!」
「良いですよ」





「僕が運びますから」





そう言って頬に付いた血を拭い、
ジェイはカツカツと靴音を鳴らし項垂れているソロンに近付く。

言い争いをしていた私とウィルは同時に口を閉ざし、ジェイの動きを目で追った。

まさかジェイがそんな事を言うとは思わなかった。

ジェイは意識のない男を乱暴に引っ張り、体を支える。
消耗しきった体では人を支えるだけでも大変だと言うのに、ジェイは更にと歩を動かした。





「…」
「?何か?」
「あ、いや〜…何と言うか」
「ほんとに、ジェイ変わった!」





ノーマの言葉を代弁すれば、ジェイは驚き目を見開く。

そんなジェイの動作が初々しかったり珍しかったりで
私は声に出して思いっきり笑った。

勿論、決して馬鹿にする訳ではなく。





「その顔超貴重!」
「っ…誰のせいだと思ってるんですか」
「へ?何?」
「何でもありませんよ…」





どうして私が溜め息を吐かれる立場にいるんだろう。

何だか少し不愉快になり、呆れた表情を浮かべるジェイを軽く睨む。
ジェイはそんな私を無視し、ゆっくりと体を動かし皆の方へと向き直った。





「…この度は、お師匠様がご迷惑をお掛けしました」





そう言って頭を下げるジェイの姿に皆は驚き声を失くした。

空気の読めない私だけが「今更!」と笑い
無視はされなかったものの「貴女には言ってません」とキツイ言葉を返される。

皆は数秒の間を置き、ジェイの言葉の意味を理解したのか
柔らかく、温かな笑みを浮かべた。

皆の笑顔を見てジェイは嬉しそうに目を細める。
ああ、こんな表情をするジェイを見るのも何だか久しぶりだ。





「…」
「…?」





足並みを揃え外へ出ようと言う時に、
一人分の足音が足りなくて私は後ろを振り返る。

そこには床の一点をじっと見つめ、立ち止まるグリューネさんの姿があった。

どうかしたのかと思い小走りで近付き顔を覗けば
その表情はほんわか半分、違和感半分と言った感じ。





「グリューネさん?」
「この気持ち…何かしら?」
「へ…」
「何か…とても、嫌な気持ち」





そう言ってグリューネさんが自らの体をギュッと包み込んだ瞬間
「うわぁ!?」と聞き覚えのある女の子の大きな声が耳を劈く。





「な、なにこれ!?」
「な、なに!?」
「ロンロンか、…ら…!」





途切れ途切れの声が導く通り、私はソロンの姿を視界に入れる。





「っ…!」





驚き見開かれた私の目には、
ジェイに担がれたソロンの体から異常なまでの霧が放出されている光景が映った。

その霧は止まる事を知らずにどんどんと溢れ、
晴れていた宮殿の広間は一気に暗黒の世界へと変わっていく。

真っ黒になった視界に映る物は何もなく、ただ仲間達の慌てふためく声だけが耳に届いた。





「な、何だこれは…!」
「体が…動かない…!」
「ど、ど〜なっちゃってんの!?」





声だけを頼りに足を動かす。
だが、私が仲間の元に辿り着く事はなかった。

暗闇に慣れた瞳は仮面の女の姿を捉える。
足はそこで、自然と止まってしまった。





「ッ…シュヴァルツ…!!」





驚き声を上げる私を、女は仮面の奥からジッと見つめている。
たったそれだけで足が竦んでしまう…体は恐怖に対しとても正直だった。





「…」





何かされる、と身構えたものの体に異変が起きる事はない。

変わった事と言えば、真っ暗だった世界がほんの少しだけ明るくなっただけ。
いや、正確に言えば部屋に充満していた霧がシュヴァルツの手中へと集まっているのだ。

晴れた視界の中には女の後ろで顔を歪め伏せる仲間達の姿があった。
居ても立ってもいられず走り出そうとすれば、私を制止したのは綺麗な手。





「貴女は…」
「久しいな、グリューネ」





グリューネさんは戸惑いながらも言葉を紡ぐ。
そんなグリューネさんを見て、女はここに来て初めて口を開いた。





「わたくしの、お知り合いなのかしら…?」
「…よもや記憶すら戻っておらぬとは」
「貴女はわたくしの事、ご存知なのかしら?」





噛み合わない会話の隙を見て、私は皆の元へと走った。

!」と私の名を呼ぶノーマの前で屈み、
皆を取り巻く黒い霧を何とか吸い込もうと手を当てた。

だけど、いつまで経っても反応がない。
いつもなら放って置いてもそっちから好き勝手に寄って来る癖に。





「グリューネが我を知るのと同様に、我はグリューネを知る存在…」
「私も、貴女を知ってるのね?」





背後で為される会話を無視し、私は「吸え」と頭の中で何度も何度も命令をした。

だけど状況は変わらない。
伏せる仲間達の体は私がどんなに頑張ってもピクリとも動かなかった。





「何で…!」
「っ……?」
「何で、こんな時だけ役に立たないんだよ…!」
、手が…!」
「いつもなら、何もしなくてもこんなの吸い込めるのに!!」





どうすれば、と焦る心の中で何度も自分自身に答えを求めた。

どうすれば皆を助けられるのか。
どうすれば、この状況を打破できるのか。

どうすれば、霧を消す事が出来るのか―――…。





「そのまま滅びの道を歩め」





ハッと我に返った瞬間、ドサリと何かが地面に落ちる音が耳に届く。

恐る恐る振り返る私の視界の中には
地に伏せるグリューネさんの姿があった。





「ッグリューネさん!」





何の音もしなかった。
いつあの女が攻撃したのかも分からなかった。

後方に飛んだグリューネさんの体はピクリとも動かない。
人形のように機能が停止している。





「グー姉さん!?」
「グリューネさん、しっかりして下さい…!!」
「ッ…くそ、何で動かないんだよ!!」





震える拳を地面に叩き付け、セネルは鋭く女を睨む。
女は私達全員を見下ろしながら、その薄い唇を開き言葉を紡いだ。





「足掻くな、人の子よ…」
「お前はっ…、お前は誰だ!?」
「…知る必要はない」





無機質な声に、ゾクリと体が震える。
女がそこにいる…それだけで鳥肌が立つ程不気味だった。





「何も変わらぬ…苦しみは消える事等ない…」
「…」
「心の休まる時等、存在しないのだ…」
「なに…それ」





「私に、言ってんの…?」





自分でも驚いた。
私、こんなに低い声が出せたんだ、って。

ジッと私だけを見つめる女は、私の言葉に肯定も否定も示さない。
ただそれが、女にとっての肯定だと言う事を私は知っていた。

疲れ果てていたはずの体がユラリと動き、私は女をこれでもかと言う程強く睨んだ。
その仮面の下の、どんな色かも忘れてしまった瞳に届くようにと。





「ッ絶対負けない…!」
「…」
「何言ってるか分かんないけど、これぐらいで挫ける私達じゃない!」
「…」
「これは、宣戦布告だ!」





「アンタなんか、私とここにいる全員で、消してやる…ッ!」





私がいないシナリオの中でも、皆はシュヴァルツに勝てたんだ。

ゲームのシナリオに加え、ここと言う現実には私もワルターもいる。
ならばこれだけは自信を持って言える…こんな奴に負けるはずがない、と。





「人の子は同族を蹴落として生きていく」





それでもシュヴァルツは声色を変えず繰り返す。





「子は気付いていないのだ」

「既にその命、我の手中にある事を」





そう言って、シュヴァルツは自身に黒い霧を纏わせ風を巻き起こす。





「ま、待って…!」





手を伸ばす私の気持ちも知らず、シュヴァルツは禍々しい光を放ちその場から消えた。
ただ一つ、意味深な言葉を私に残して。





「今のは、なんだったんだ…?」





仲間達は小首を傾げ、夢だったのではないかと強く目を擦る。

セネルの口から漏れた疑問に答えられるのは私だけ。
だけど私にはこの状況を説明する事が出来ず、噛み締めた唇の隙間から息を漏らすばかり。





「ッ…分からない…」





セネル達が知らない事を私は知っている。
でも、それを口にするのは私の役目じゃない。

…そんな事より。





「既にその命、我の手中にある事を」





あの言葉は、一体何だったんだろう。





「グリューネさん、大丈夫ですか!?」





出口の見えない迷路を彷徨う思考を遮ったのは、シャーリィの声だ。

ピクリとも動かないグリューネさんの体を抱き起こせば
ジンワリと滲む程度の血が背中を濡らしている。
恐らくシュヴァルツに吹き飛ばされた時に出来た傷だろう。





「ッグリューネさん…!!」
「傷は治せたのに、何故目を覚まさないのだ…!」





ウィルの額に汗が浮かぶ。

激戦の後ブレスを使ったせいか、その顔色はとても悪い。
ウィルだけじゃなく、ノーマもシャーリィもだ。

私はそんな皆を癒し励ます事も出来なければ
目の前にいるグリューネさんを呼び戻す事も出来ない。

私には、何も出来ない。





「人の子は同族を蹴落として生きていく」

「子は気付いていないのだ」

「既にその命、我の手中にある事を」





この時空から消える瞬間、シュヴァルツが私に放った言葉。
耳にこびり付いて離れない、一語一句間違わずに繰り返す事が出来る。

人を蹴落とすのは誰で、蹴落とされるのは誰か。
誰の命が、彼女の手中にあるのか。

考えても出てこない答えに私は歯を食い縛り
ゆっくりとグリューネさんの腕を自らの肩に回した。





…?」
「グリューネさん担ぐ」
「え?」
「ここにいても仕方ないし、一旦街に戻ろ!」





これ以上傷付けないようにと踏ん張ると、足がガクガク震えた。
だけど歩けない程じゃない。街までなら私一人でも何とかなる。

何がダメで、何が良いのか分からない。
どう行動すれば正解なのかも分からない。

ただ一つ、分かっているのは
シュヴァルツに惑わされちゃいけないと言う事。

それが今、私がしなきゃいけない唯一だ。





「ま、待て…!、お前…!」
「私だって、分かんないけど…!」





「ッまだ、足掻く事ぐらいなら出来る…!」





ここで立ち止まる訳にはいかない。





「…見てろよ、シュヴァルツッ…!」





私は、全部知っている。
アンタがこれからしようとしている事も、どう言った気持ちで動いているかも。

だから今度こそ私が守ってみせるんだ。
この世界を、皆を…そして、私自身の未来を。










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修正:14/01/15