ゾクリ、と走った悪寒はこのせいだったのか。
「お力が戻られていないのですね」
「う〜ん、何だったかしらねぇ?」
「でもグリューネさん、後ちょっとで戻れそうだよ!」
「そうなのですか…私はレムです。思い出せませんか?」
「う〜ん、ごめんなさいねぇ」
「私って言います!よろしくー!」
「…ですか、良い名前ですね」
「マジか!ありがとーレム!」
「主は記憶とお力を封印されたのですね…。
成熟から程遠いこの地では、やむを得ぬ処置だったのでしょう」
「私もこのままの姿で、留まる事は出来ないようです」
「あら、残念ねぇ」
「時の目覚めまで眠りに落ちましょう。その日まで主と、に光の加護を」
「グリューネさんならすぐに思い出せるよ、きっと!」
「えぇ…それと」
「シャドウが未だ姿を見せていません。
未熟なこの世界で彼を一人野放しにしておくのは、とても危険で―――…」
「…シャドウ?」
「誰の事かしらぁ?」
「えっと…何処で会うんだっけな…この後、ではないし…」
「ちゃん、頑張って思い出すのよぉ」
「じゃあ二人で頑張って思い出そ!」
「おぉ〜」
ああ、間違いない。
肌に浮かぶ鳥肌はこの空気のせいだ。
…まさか、まで空気と話すようになっているだなんて。
「あ、皆いる」
レムとの会話に夢中で、部屋の扉が開いた事にも気付かなかった。
ぽかんと口を開け呆然とする仲間達に「やっほ!」と言っても返事がない。
軽く手を振っても屍のように無反応だ。
「まあ、レムちゃんの種だわ。と〜っても素敵ねぇ」
「やったね!」
「ありがとぉ、ちゃん」
「んーん、グリューネさんが嬉しいと私も嬉しいよ!」
「うふふ、ちゃんと〜っても可愛いわぁ」
「……」
「あら?皆お揃いで、何処かお出かけかしら?」
マイペースなグリューネさんにほわっと癒された私とは別
皆の体はプルプルと震え出す。
最初に耐えきれなくなったのはノーマだ。
ダン!、と勢いよく地面を蹴り、両手をブンブンと振り回す。
「そ〜じゃなくて!」
「あらあら、そうね。起きたら、おはようよねぇ」
「…」
「皆、おはよう」
「おはよー!」
「おはようございます。…って、そ〜でもなくて!」
「もグリューネさんの真似すんな〜!」とバタバタ暴れ出すノーマ。
その振動はもう天災レベルだ。
いつの間にか私のせいになってるのは、この際気のせいって事にしとこう。
「…グリューネさん、体は大丈夫ですか?」
「?何の事かしら?」
おずおずとシャーリィが問いかければグリューネさんは小首を傾げる。
一層顔色を悪くする皆を見て、私はばれないように小さく笑った。
「まさか、あの時の記憶がなくなっているのでは…」
「あの時?」
「霧から黒い服の人が出てきて、グリューネさんを攻撃した時です!」
「…?」
はて、と首を傾げるグリューネさんを見て
仲間達は一度輪を作りゴニョゴニョと密談を開始する。
これは相当焦っているな、と私は助言もせずにその場のやり取りを観察した。
「おい、どうする…」
「どうするって、どうする事も…」
「ついさっきの事なのに、もう記憶になさそうだぞ…」
「あら、もちろん覚えているわよ。シュヴァルツちゃんに会った事でしょ?」
「っ、」
ビクン、と全員の体が跳ねたのは
グリューネさんに内緒話を聞かれていたからだろうか。
それとも、知らない名前がごく当たり前の事のようにその口から零れたからだろうか。
一転、空気はガラリと変わり
私はギシギシと揺らしていた椅子をピタリと止める。
無音になった部屋の中、最初に言葉を発したのはセネルだった。
「…グリューネさん」
「何かしらぁ?」
「あの黒い服の奴は、“シュヴァルツ”って言うのか…?」
「そうそう、黒い服の子が、シュヴァルツちゃんよ」
ニッコリ笑うグリューネさんに、皆は呆然と立ち尽くす。
進展のなかった話し合いがこんな形で進むとは、誰も思っていなかったのだろう。
「グリューネさん、記憶が戻ったんですか?」
「う〜ん、それがねぇ…名前だけは思い出せたのだけど…」
「他の事は駄目なんですね」
「もうちょっとで、全部思い出せそうなんだけどねぇ」
「はあ…」
「中々上手くいかないのよ。う〜ん、困ったわねぇ」
典型的な困ったのポーズをするグリューネさんを見て
仲間達は真剣に会話するのも嫌になったのか、ヒクリと口の端を吊り上げる。
「全然困った口調じゃないですね…」なんて呟いたジェイの突っ込みも華麗にスルーし
グリューネさんはポン、と手と手を合わせ、再びニッコリと笑った。
「そこでお願いがあるのよぉ」
「どこでだ!話の流れは無視かよ!!」
ノーマの的確すぎる突っ込みに、とうとう耐え切れず声を上げ笑ってしまった。
「ブハッ!」と噴き出した私に送られる視線は
グリューネさんとはあからさまに違う、ジトッとしたイヤーなもの。
ああ、これが愛されているか愛されていないかの違いか…と思いながらも、
再び話し出そうと口を開くグリューネさんに視線が集まる。
「シュヴァルツちゃんに、また会ってみたいのよねぇ」
至極簡単な事のように言ってみせるグリューネさんに、
とうとう頭を抱える者まで出始めた。
「ち…ちぃと待てや…姉さんを攻撃した奴じゃぞ?」
「会えば記憶が戻るような気がするの」
モーゼスの必死な言葉も軽く流し。
「大怪我を負わされたんですよ?」
「今度は仲良くなれるかも?」
きついジェイの言葉をあしらい笑う。
ああ、もうグリューネさんに勝てる人間なんて
ここには…いや、この世の中にはいないだろう。
「良いんじゃない?行こうよ!」
「さん…貴女って人は…」
「グリューネさん一回言い出したら絶対諦めないよ?」
「だからってそんな簡単に言わないで下さいよ。第一場所も分からないんですし…」
「場所、知ってるよね?」
「えぇ、知ってるわよぉ」
グリューネさんの顔を覗きニッコリと笑うと
グリューネさんも同じように目を細め優しく笑う。
「ねー!」と念押しする私に対し「ねえ」とおっとり返事をして
グリューネさんは頬に手を置き温かな空気を振りまいた。
「…俺だけか、を無償に殴りたいのは」
「え、な、何で!」
「いいえ、僕もですよウィルさん」
「待ってよ!グリューネさんも同罪じゃん!」
「お前がいなかったら少しはマシな会話が出来ると思っただけだ」
「うわ…いるよねーそう言う奴。スタイル良い女に味方して―――…」
「そんな話どうでも良い。グリューネさん、本当にアイツのいる場所が分かるのか?」
そんな話?どうでも良い?何だそれは。
どうやらいつも構ってくれるセネルも私なんて眼中にないようだ。
となると、空気が読めない奴はどうやら皆ではなく私らしい。
そう思うと、この数秒で溜まった愚痴を吐き出すのも申し訳ない。
私は自らの口を押さえ、これ以上皆の邪魔をしないよう努める事にした。
「えぇ、シュヴァルツちゃんの居場所なら、手に取るように分かるものぉ」
「…そ、そ〜なの?」
「何故かは分からないけど、何故だか存在を感じるのよねぇ」
「へ、へぇ〜…」
「不思議よねぇ」
「うん、すっごく」
もげるんじゃないかってぐらい首を縦に振るノーマを見て
グリューネさんはいつも通りクスクス笑う。
「…それで、今シュヴァルツは何処に?」
「ん〜…艦橋みたいねぇ」
私相手だとガミガミ五月蠅いジェイも、グリューネさんには勝てないようだ。
気を遣い、分かりやすいよう質問をすると、グリューネさんはのんびりとそれに答える。
「…ど〜する?」
「姉さんを信じて、行ってみるしかないんと違うか?」
「空振りだったらどうするんですか?」
「それもあるが…もしグリューネさんの言う事が本当だったとしたら、不用意に近付くのは危険だ」
「…今まで出会った事のない、大きな力を感じましたからね…」
「動きを封じられた原因も分かってない。無暗に突っ込むのは危険かもしれん」
うだうだと続く話し合いに、私の我慢も限界近くまできていた。
隣にいるグリューネさんなんか、話し合いの真っ最中だと言うのに
窓の外を見て「良い天気ねえ」と鼻歌を歌いだす始末。
「良いから早く行こうよ」
「…あのですね、話聞いてました?」
「聞いてたけど、意味ないじゃん」
「グリューネさんが行きたいって言うなら、それについて行くのが私達のやる事だよ」
自分でもガキっぽい事を言ってると思う。
おもちゃを買ってもらえず拗ねる子供と同じだ。
「不公平だよ。皆は行きたいとこ行ってるのに、グリューネさんだけがダメなのは」
「何言ってるんですか…それとこれとは話は別です。第一今回は敵の規模が―――…」
「…じゃあ良いよ」
「私とグリューネさんだけで行くから」
キィ、と椅子を揺らし私はその場に立ち上がる。
折れたスカートを直し、未だベッドの上でぽわぽわしてるグリューネさんに近付いて
「あらぁ?」と小首を傾げる彼女の手を取り部屋の外を目指した。
ドアノブに手を掛けた頃だろうか。
いきなり肩をガッと掴まれ
何事かと振り返れば握り拳を作るモーゼスの姿がそこにある。
「ワイも行く!悪さしちょる奴を野放しにはしとけん!!」
「モーゼス…」
「ちゃあんと考えてみれば、の言い分のが正しいしのう!」
「あ、ありがと!」
「オウ!」
「俺も行こう。一人では不安だ」
「ワルター…!素直になったねー!」
「…気分が変わらぬ内に行くぞ」
「ちょ、ちょっと待った〜!あたしも行く!!」
「え、ノーマも?」
「うわ、何よその露骨に嫌そうな顔〜!こうなったら意地でもついてくんだから!!」
「…お前等」
「ウィル、抑えろ抑えろ」
怒りに震えるウィル、それを宥めるセネル。
ジェイは能天気な私達を見て何も言う事はなかったが、
その白い額に青筋を一つ浮かべていた。
「もう放っとけないだろ?」
「…」
「何より手掛かりは他にないんだ。俺は行くべきだと思う」
「私も、お兄ちゃんとに賛成です」
「ああ…何かが起ころうとしているのなら、私達の手で止めなければ」
強く頷く三人を見て、私はパアッと笑みを浮かべた。
ここまで来ればもう勝ったも同然だ。
「…何でいつもこうなるんだか…」
「仕方がないですよ。相手はさんとグリューネさんですし」
ハァ、と溜め息を吐く二人の前、遠慮もなしにガッツポーズをしてみせた。
グリューネさんは未だ状況を理解出来ていないのか、「あらあら」と笑っている。
「…言っとくが、艦橋についてもそのペースだったら殴るからな」
「分かってるってー!どんと来い!」
「少しでも気を抜くなよ。くれぐれも注意は怠るな」
「心配性だなあウィルは…そんなに気張ってると疲れちゃうよ?」
「…お前だけ先に殴ってやろうか?」
「い、良いです良いです!!」
今殴られればいつもの三倍、いや、五倍は痛い。
震えるウィルの拳を見れば馬鹿な私でもそれくらいは分かる。
想像するだけで涙が溜まりそうになり、ブンブンと首を横に振る私を見て
ウィルは「よし」と言って拳を解いた。
九死に一生を得た、と安堵の息を漏らす。
隣にいるグリューネさんはクス、と優しく笑い、温かな笑みを皆に向けた。
「ありがとうね…お姉さん、皆大好きよ」
たった一言でこんなにも気持ちが温かくなる。
それはきっと、相手がグリューネさんだからなのだろう。
グリューネさんの言葉がある限り、私の中に諦めの二文字が浮かぶ事はない。
絶対に、シュヴァルツに屈したりするもんか。
「よし、じゃあ早速しゅっぱ―――…」
「待って下さい」
いざ、と足を動かした刹那
ジェイはその場の空気も読まず私の声を遮った。
相変わらずな奴め、と溜め息を吐けば、ジェイは私を鋭く睨み口を動かす。
(正直怖いと思ったのは内緒だ)
「さん」
「な、なに」
「地下」
「…地下?」
「水の民の里の牢に移動させるんでしょう?」
「…な、何を?」
「何って…今ウィルさんの家の地下にあるモノを」
私にでも分かる説明を求めているにも関わらず
ジェイは中々話の核心に触れようとしない。
それどころかとある部分を避けて、敢えて分かり辛く説明しているようだった。
「ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ…!」
「だから、出発する前にさっさと処理をしろとっ…」
「だから何を!」
「ッ…だから!!」
そして、ジェイが次に発した言葉を聞いて
私は初めて、「ああ、今のは私が悪かった」と気付き謝る。
まさか自分でも思ってなかった。
こんな大事な事、忘れていたなんて。
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修正:14/01/15