「え…皆、行かないの?」
「あぁ」





まるで境界線を引いたかのように別れる私と仲間達。

隣にいるのはワルターだけ。
決して心細い訳ではないが、皆で行くと思っていた私には不意打ちだ。





「俺達が行ったらややこしくなるだろ」
「かな?」
「俺に聞くな」





大きな荷物を持たされているワルターは酷く不機嫌だ。
それでも私はお構いなしに話を進める。





「シャーリィも?」
「うん、私も待ってるよ」
「…そっか!分かった!」





無理強いするのも良くない。
ならば早く事を済ませて皆と合流しよう。

「行こ、ワルター!」と言って彼の空いている手を引っ張り私はその場から遠ざかる。

「早くね〜!」と言うノーマに何か返事をしたかったけど
ソロンと言う名の荷物を担ぎ歩くワルターの姿を見ていたから
こっちまで喋る余裕がなくなってしまった。





「…何かアイツ、やけに元気だな…」
「そうか?元の状態に戻っただけのようにも思えるが…」
「何ちゅうか、遠慮がなくなった感じじゃのう」
「…どうだか」





水の民の里の門前で皆が何を話しているか等、耳に入る訳もなく。





「遠慮してないなら、隠し事なんてしないでしょう」
「…隠し、事?」
「まだしてますよ、さんは」





「僕達に秘密にしている事が、まだたくさんある」

「だからこそ、一人でギャーギャー騒いで
 自分でも気付かない内に空回りしているんですよ」





そう言って、門の奥を睨むように見つめたジェイの瞳が
どれだけ恐ろしい物かは、私には知る由もなかった。















久方振りに来た水の民の里は、いつか起きた惨劇を忘れる程に復活していた。

壊れた家も荒れた地もすっかり元通り。
あれ程私を邪険にしていた里の人達も穏やかな顔をしている。

自分がやった事を間違いだとは言いたくないけど、罪悪感を感じていたのも確かだ。
だからこそ、今ここに流れる穏やかな時間に安心している。





「早く行くぞ」
「あ、私場所覚えてない」
「俺が覚えている」
「さすがワルター!」
「自分が捕まっていた場所だ、覚えていて当然だろう」





ワルターの背中を追い、ゆっくりと歩き出す。

その瞬間から、辺りの空気はガラリと変わった。

私とワルターの姿に気付くと、里の住民は慌ただしく駆け出し
仕事を中断して自らの家へと戻って行く。

ガチャリ、と扉の鍵をかける音が何重にも聞こえ
気が付けば鳥の囀りさえも聞こえない不自然な静寂が広がった。





「な、なに…」
「…知るか」
「あ、ちょ、ちょっとワルター!」
「怯えるのも何をするのも自業自得だ」





慌てる私とは逆にワルターは冷静…いや、冷酷だった。

「でも、」と私が零した言葉すら無視し
ワルターは里の外れにある、唯一扉が開いている小さな建物を目指し歩く。

だが、歩みはすぐに止まり、彼の肩が小さく跳ねた。
何事かとその背中越しに正面を覗きこめば、私もまた驚き目を見開く。





「その言い方は同族としてとても寂しいぞ、ワルター」





聞き慣れた声だ。
だけど久しく聞いていなかった。





「久しいな、ワルター…それに、君」
「あ…」
「邪魔だどけ、マウリッツ」
「何をするかを教えてもらえればな」





見慣れないマウリッツの穏やかな笑顔に変な声が出る。

戸惑う私はどうする事も出来ず、意味もなくワルターの顔色を窺った。
ワルターはビックリする程眉間に皺を寄せ、殺気の篭る瞳で相手を睨みつけている。





君」
「うえ!?」
「おや…すまない、驚かすつもりはなかったのだが」
「あ、いや…!な、何…?」
「良ければワルターの代わりに説明して頂きたいのだが」
「う、うん」





客間へと案内される私を見て、
ワルターは何か言いたげなスッキリしない顔をしている。

「なに?」と口だけ動かせば、ワルターは乱暴に私の手を取った。





「少しは警戒しろ、また殺されかけるぞ」
「アハハ!まさか!」
「おい…!」
「あ、分かった!ずっとソロン背負ってるから疲れてマイナス思考になってるんでしょ?」
「っ、何言って…!」
「もっと早く言ってくれれば良いのに!私も反対側から肩貸すよ!」
「待て!勝手に話を…!」





パッと掴まれた手を振り解き、ダラリと垂れる男の腕を自らの肩に乗せた。

正直、これだけでもすっごい疲れる。
今まで一人で担いできたワルターがおかしな事を言うのも分かる気がした。





「これでちょっとは楽になった?」
「…」
「何?じっと見つめて」
「…知るか」





フイッと顔を反らしたワルターは、ただただ無言で歩を進めた。
習うよう私も黙って、目の前で私達を誘導するマウリッツの後をついていく。










客間に案内された私は早速マウリッツに事情を説明した。

どうしても生かしておかなきゃいけない人がいると言う事。

だけどその人を野放しにする事は許されず
何処かに留めておかなければいけないと言う事。

灯台の街ウェルテスには彼を置けるような場所等なく
出来ればこの里にある地下牢を使わせてほしいとお願いした。


マウリッツとこんなにも真剣に話すのは久しぶり…いや、初めてかもしれない。


謁見にも似た荘厳な空気に私の体がガチガチで
返事を待つこの沈黙の中で窒息してしまいそうだった。

もしここを断られたらどうすれば良いんだろう。

いっそ行動を共にする?それこそウィルやジェイに怒られる。
いや、怒られるで済めば良いもののそれなりの代償を求められるかもしれない。
例えばゲンコツとか、苦無で一突きとか。

そんなの無理、絶対無理と心の中で泣き叫べば
私をじっと見つめていたマウリッツはフッと息を漏らし笑った。





「良いだろう」





その言葉を聞いた瞬間、嬉しい反面聞き間違いじゃないかと勢いよく顔を上げる。
そこには変わらず満面の笑みを浮かべるマウリッツの姿があった。





「ホント!?」
「閉じ込めておくならば何も問題はあるまい」
「…!」
「食の方も安心してくれたまえ。君達が留守の間は責任を持って預からせてもらおう」
「あ、ありがとう!!」





ガタリ、と立ち上がり私は勢いよく頭を下げた。
それこそ目の前の机に頭をぶつけそうな程勢いよく、だ。





「じゃあ私、運んでくる!」
「おい、場所は分かってるのか」
「うん、思い出した!」
「一人で平気か?」
「余裕余裕!いざとなったら引き摺るし!」





母親のように私の事を心配するワルターを余所に
グ、と力を入れ壁にもたれる男を持ち上げる。

余裕、と言ったもののかなりキツい。
細い体してるくせに、どうしてこんなに重いのか不思議な程だ。





「…やはり俺も…」
「っ大丈夫!」
「…何を意地張っている」
「だってワルター、何かマウリッツと話したそうだし…!」





私の言葉を聞いて目を見開いたのが何よりの証拠。

「ほらね!」と言い、立ち尽くすワルターの横をズリズリと通り
私は沈黙の流れる客間から外へ出て、里のとある一点を目指し歩を進めた。










「…貴様、に謝罪もしないのか?」
「今ので借りは返した」
「…随分と軽く考えているものだな」





「一人の男を牢に閉じ込め、一人の女を殺そうとしたにも関わらず」





「…その節は本当に悪かったと思っている」
「…」
「だから今こうして、彼女の望みを聞き入れたのだ」





磯の香りを纏う風が窓を通り、水の民特有の綺麗な髪をサラリと揺らした。





「…海が荒れていないのだ」
「…」
「我等は滄我の意思に従う水の民」





「海が荒れぬ以上、水の民は君達の訪問を心から歓迎するよ」





微笑むマウリッツの表情は、あの時の惨劇からは考えられない程爽やかで優しい物だった。





「…まるで俺が水の民ではない言い方をするな」
「そんなつもりはない。ワルターも我等と同じ水の民だ」
「もう良い」





「そんな仲間意識はない」





音を立てマントを翻すと、ワルターはマウリッツに背を向ける。





「波が轟き海が荒れようが、俺はの下に就くと誓った」





ピリッとした空気を放つ彼は、別れの挨拶もせずに建物を後にする。
そんなワルターを見て、マウリッツは目を伏せ再び笑った。





「お前がそう決めても、滄我はお前から恩恵を奪わない」





ピタリ、と止まった靴音。
静まり返る二人の空間。





「滄我はお前のそう言う所を認めながらも、恩恵を与え続けてくれているのだよ」





マウリッツの言葉に応えるよう、窓を通し波の音が聞こえる。

しばらく続いた沈黙を破ったのはマウリッツの微笑か、ワルターの足音か。

どちらが先かは分からなかったが、
ワルターはマウリッツの言葉に返事もせず、ただ無言で部屋を後にした。















「うっ…し…!」





ドサ、と音を立て牢の中に男を下ろせば
砂埃が立ち、ゴホ、と数回咳き込む。

ふう、と息を吐き汗を拭きながら目の前で横たわる男を見て
私の良心がチクリと痛んだ。





「…さすがに酷いかな…」





下ろした男に手を伸ばし、壁を背もたれにするよう半身を起こす。

服に付いた埃を掃い、俯く男に掛かる長い髪をどかして
今度こそ、と埃の付いた手を叩き立ち上がる。





「……」





何だか違和感を覚え、心臓にソッと手を当てた。

目の前にいる男…ソロンとの戦いが終わってから
あの子は一度も私に語りかけてこない。

こんなにも近くに大好きな人がいるのに、あの子は胸をときめかせる事もしないのだ。

疲れて眠っているのかな、と余り気にしないようにはしていたけど
何だか寝ていると言うより起きているのに黙っている、と言った感じだ。

それが何故なのかはいくら考えても分からない。





「…シュヴァルツ…」





ただ、憶測でならば答える事は出来た。

…そうだ。

あの時、ソロンとの戦いが終わった後
シュヴァルツが姿を現した時からこの子の様子はおかしい。

ただそれが分かった所で、現状は何も変わらない。





「…その内、分かるかな」





里の入口に皆を待たせているし、長居も出来ない。

「分かるかな」、で済まして良い問題なのかは分からないけど
私は今やるべき事を優先するべく体を反転させた。





「生きててくれて、ありがと!」





何も伝えられない少女の代わりに、眠る男へ感謝の言葉を述べた。

勿論返事がないのは分かってる。
だから私は男の反応を見ようともせず、来た道を駆け足で戻った。

クスリと、優しく微笑む男の存在にも気付かずに。















「何故もっと怒らなかった」





そして地下から出た瞬間、仏頂面のワルターからこの質問。





「怒るって…マウリッツに?」
「あぁ」
「だって、怒る理由がないし」
「理由がない…?酷い目に遭ったんだぞ」
「うーん…あれは私も悪いし」





言葉を濁す私を、ワルターはジッと見つめる。
私はその瞳に耐えきれず自分から目を反らした。

掘り返されたくない事をズケズケと…と心の中で文句を言いつつ
これ以上は触れられたくない、と誤魔化すように笑って見せれば
ワルターはフワリと私の頭に手を乗せ髪を撫でる。

大きなぬくもりと、繊細な手つき。
何だか凄くくすぐったい。





「ど、どうしたの急に?」
「無理をして笑っているように見えた」
「…それ、アンタのせいだよ」
「俺の…?」





「そうだよ、アンタが思い出したくない事を思い出させるから…」なんて言おうと口を開いた時
ワルターがきょとんと瞳を丸くし小首を傾げる姿がまるで子犬のようで。

そんな顔されたら愚痴を言う気もなくなる、と内心キュンとしながらも
「何でもない!」と広い背中をバシンと叩いた。





「別にここの人達のせいでもないし、ワルターのせいでもないよ!」
「何…?」
「もう絶対後ろ向かないって決めたんだ!」





「前だけを見て、明るい未来を目指すの!」

「誰も悲しまない、皆が笑ってる幸せな未来だけを見てるんだ!
 だから嫌な過去はしまっておくの!」





「そう決めたんだよ!」と言って満面の笑みを見せれば
ワルターは今一度きょとんと瞳を丸くし、そして次には溜め息を吐いた。





「それは我侭だな」
「良いんだよ!人間ポジティブじゃなきゃ!」
「ただ馬鹿なだけじゃないか」
「なっ!?」





良くもまあ堂々と人の悪口を、と声を上げる私に対し
ワルターは何が面白いのか、仏頂面を崩しフッと柔らかい笑みを浮かべた。





「お前がいると、自分が張り詰めているのが馬鹿らしく思える」
「…そう、なの…?」
「ああ」
「私、役に立ってる?」
「別にそうは言ってない」
「じゃあ何さ!」
「いや、ただ―――…」





「…―――全てが終わったら、こんな毎日が送れるのかと思うと、
 そう悪くはないと思ってしまう俺がいるだけだ」





遠回しなワルターの言葉に考える事三秒。
ワルターはぽかんとする私を見ると頬を朱に染めてふいっと目を反らす。

そんな彼らしい行動を見て私は言葉の意味を理解し、その大きな手を取り笑った。





「じゃあもう一回ここに来ようよ!」
「…里に、か?」
「うん!私もちゃんと皆と和解したい!」
「…」
「テューラにも会ってないし、後ソロン迎えに来なきゃいけないしさ!」





「ね?」と言いもう一度笑ってみせれば
ワルターは「そうだな」と言って私の手を握り返す。

そして私も同じ事を思うのだ。
こんな日々がずっと、これからもずっと続けば良いと。

私が望む未来は、すぐそこにある。
だから絶対に負ける訳にはいかないんだ。

頭上に広がる青く澄み渡った空が、まるで私を応援してくれているかのように思えて
眩しい程に光る太陽に笑顔を零し、一歩前へ踏み出した。










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修正:14/01/16