私がとろかったせいか、それとも無駄話をしていたせいか。
どっちにしろ私が原因なのは変わらない。
待ちくたびれたと言わんばかりに眉間に皺を寄せるジェイに
何かを誤魔化すよう、あは、と笑い頭を掻いた。
だけどジェイさんにとってはこの反応がご不満だったらしい。
「人を待たせといて何笑ってるんですか」
「ご、ごめん…」
「……」
「な、何でそこで黙るのさ…!」
「ま〜ま〜良いじゃん!これでロンロンの事は解決〜っと!」
思わしくない空気を誰よりも先に勘付いてくれたノーマに
私は心の中で「ありがとう…!」と言う。
「じゃ、早速出発しよー!」
「お〜!」
テンション高く声を上げればジェイはまたウザそうに眉を顰める。
私はそんな彼にもう一度笑みを向け、元気いっぱいに足を動かした。
磯の香りが漂う海岸沿いを歩き、不自然に拓かれた荒れ地を歩く。
近寄らずとも、ダクトを降りた時から見えていた大きな建物。
入口まで足を運べば、見えない重圧に体がグッと重くなる。
「シュヴァルツちゃん、まだここにいるみたい」
グリューネさんは「みたい」と言いながらも確信を持っているようだった。
シュヴァルツがいる、その言葉だけで仲間達の顔色が変わる。
「何が起こるかわからない。気を付けて進もう」
ウィルの言葉に強く頷き、皆は足並みを揃え前へと進んだ。
迷いはない。
ここへ来ると決めてから、一遍も。
だが、いざ足を動かそうとした時、視界の端で何かが揺れた。
「っ、う…」
微かに聞こえた声を辿り振り返れば
グリューネさんが頭を抱え体を大きく揺らしていた。
グラリと傾いた体は膝から崩れ、大粒の砂利が音を立てる。
「グリューネさん!?」
突然の痛みに目を瞑り耐えるグリューネさんを見、
私は彼女の顔を覗くよう身を屈めた。
「…、」
どうする事も出来ず、そっとグリューネさんの背中を擦れば
苦しみに耐えていた荒い息が徐々に薄れていく。
痛みが引いて落ち着いたのか、ホッと安堵の息を漏らしたと同時
グリューネさんは眉をハの字にし困ったように笑った。
「最近、多いのよねぇ。頭が痛くなるの」
何も出来なかった私に対し、グリューネさんは「ありがとう」と言う。
私はただただ首を横に振った。
「大丈夫?」
「うん、平気よ。ごめんなさいねぇ、心配かけて」
「心配するのなんて当たり前だよ!」
「ありがとう、ちゃん」
「辛くなったらすぐ言って!…い、言われても何も出来ないかもしれない、けど…」
「今も役に立たなかったし」、と言って頬を掻けば
グリューネさんは少し間を置いて、ソッと私の頭を撫でてくれた。
「そんな事言わないで」
「…?」
「お姉さん、ちゃんが笑顔なだけで元気になっちゃうんだから」
温かいぬくもりと優しい言葉。
それが私をどれだけ元気づけているかなんて
グリューネさんはこれっぽっちも知らないんだろうな。
心配していたのは私のはずなのに。
もう、いつの間にかグリューネさんのペースだ。
「の言う通りだ、無理はしないでくれ。言ってくれればすぐに休憩する」
「セネルちゃんもありがとう」
私に向けた笑顔をセネルにも向け、グリューネさんはゆっくりと立ち上がる。
いつものようにスラリと伸びる背中を見て、私は嬉しくも戸惑った。
いつもと同じグリューネさんなのに、何故だか遠くにいるように思えて。
一瞬、声を掛けるのも戸惑う程凛としているような気がしたんだ。
「もう大丈夫よ、先に進みましょう」
依然たる風貌で私達の前に立ちはだかる艦橋を真っ直ぐに見据え
グリューネさんは誰よりも先に建物へと足を踏み入れた。
「あ!待ってよ〜、グー姉さん!」
「ワイ等がちゃんとついてるっちゅうに!」
「余りにもモーゼスさんが頼りなくて一人で行った方が良いと思ったのでは?」
「なんじゃと!?」
ギャーギャー騒ぎながらも先を行くグリューネさんを追いかける三人。
出遅れた私達を包むのは波の音と、唸る風。
「…グリューネさんが率先して進むなんて珍しいな」
「記憶の事で、焦りがあるのかもしれない…」
話す仲間達の声は、岩を叩きつける波の音に消されそうな程小さかった。
「…記憶を失うって、とても怖い事なんですよね…」
「自分が誰なのかもわからない、か…想像するだけで目の前が暗くなる」
自らの体を抱くシャーリィの姿が目に入り
私も“もしも記憶を失ったら”と考える。
…そんなの、全然分からない。
でも、きっと正気じゃいられない。
少なくとも、グリューネさんのように誰かの頭を撫で優しく笑う事等出来ないだろう。
「、行こう」
立ち止まる私に、仲間達は手を伸ばした。
ゴオォ、と唸る風に髪が揺れ
一歩建物内へと踏み入れれば、ゾワリと体中に何かが這う。
間違いなくシュヴァルツがいる。
私の体がそう言っている。
それでも、この力を前に後退する事は許されない。
「…うん、行こう」
差し出された手を強く握り、恐怖を押し退け私は前を見て歩く。
恐れる事はない、と自らに言い聞かせながら。
魔物は以前よりも確実に強くなっていた。
その原因は、艦橋の奥から流れてくる黒い霧だろう。
「、ふぅ…」
崩れ落ちた魔物の体から拳を抜き、セネルは頬に流れている汗を拭う。
「ファーストエイドー」
ぽん、と軽く肩を叩けば暖かな光がセネルの腕を包み込む。
光が消えたと同時、セネルの腕にあった傷は綺麗になくなっていた。
掠った程度の傷ではあったけど、見ていて痛々しい事に変わりはない。
本人は気にしていないようだったけど、
処置が出来るならしておいた方が良いだろうと言う私の身勝手な判断だ。
「よし!」
「…」
「はい、ちゃんとお礼!」
「あ、あぁ…サンキュ」
ぎこちないお礼に首を傾げれば
セネルは「あー…」と声を漏らし頬を掻いた。
「いや、良く見てるなって…」
「は?」
「あ、い、いや…俺の勘違いかもしれないけど…」
「今更何言ってんの?いつも見てるってば!」
「…は?」
ぽかん、と口を開け動かなくなったセネルに「シャキッと!」と活を入れ
先程叩いた肩を今度は強めにパーでぶった。
「痛い」、とも「何やってんだ」、とも言わず
セネルは立ちつくし瞳を泳がせるばかり。
顔の前で手を振ってみるも反応はない。
ああ、これはもう駄目だと勝手に結論付け、セネルを置いて前へと進んだ。
「…い、いつも…」
「何勘違いしとんじゃ」
「っ!?モ、モーゼス…!」
「のいつもに期待なんぞすんな!」
「べ、別に期待とかじゃ…」
「ワイだって怪我治してもらった事ぐらいあるわ!」
「…」
「悔しいなんぞこれっぽっちも思っちょらんわ!ド畜生!!」
「な、何か悪いな…」
勿論、そんな会話があった事等私は知る由もない。
その時の私には目の前を歩くグリューネさんの姿しか見えていなかった。
いつもはすぐに迷子になるのに、今日だけは正確な道を突き進むグリューネさん。
街道があっても獣道に入り込むあのグリューネさんが
まるで何かに導かれるようただ黙々と歩いているのだ。
まるで別人みたい、と口には出さず心の中で呟いた時
しゃん、としていたグリューネさんの姿が私の視界からスッと消えた。
「グー姉さん!」
パタパタと慌てて走り出したノーマは
道の中心で蹲り苦しそうに声を上げるグリューネさんの顔を覗き込む。
グリューネさんの顔は見えなかったけど
覗き込んだノーマの顔が酷く歪んだのが全ての答えだった。
「少し休憩しよう」
建物と建物の間、霧のかかる森の中で
私達は輪を作り腰を下ろして休んだ。
休憩をしてから数分後、グリューネさんの呼吸は落ち着き顔色も大分良くなった。
眉間の皺はなくなり、いつもと同じ穏やかな笑顔を浮かべている。
「もう痛みはないですか?」
「えぇ、お陰で良くなったわ」
柔らかな声色で言葉を紡ぎ、頬に手を当てる仕草にも無茶を感じない。
私達はほぼ同時に安堵の息を漏らし、「良かった」と顔を見合わせた。
「記憶が戻る前触れなのかもしれないな」
「オウ!そうじゃとええのう!」
二カッと眩しいくらいの笑顔を浮かべるモーゼスを見て
何故だか私の心はチクリと痛んだ。
「そ〜だ!記憶が戻ったら、盛大に記念パーティーしよ〜よ!」
「それは良い考えだな」
ほら、またチクリ。
「ハリエットが喜びそうだな」
「ハっちの料理を喜ぶのって、グー姉さんだけだからね!」
「記憶が戻ると同時に、味覚も正常化するかもしれませんよ?」
「それは困るな…グリューネさんは最後の砦だ」
「とか言って、ウィルっちなら全部自分で食べるっしょ!何たって親馬鹿だからさ!」
ハリエットの作った料理を顔を青くし食べるウィルの姿が安易に想像出来る。
きっと皆も、私と同じような光景を想像し笑っているのだろう。
だけど、今の私は上手く笑えているのかも分からない。
白い鉄の壁にうっすらと反射する私は
その場の空気から程遠い表情を浮かべていた。
「お祝い、楽しそうですね」
「ホタテ三兄弟とか、フェロボンとか、皆呼んでワイワイやろう!」
「ザマラン殿もな」
「あ!エルザさんとオルコットさんも!」
「だったらいっそロンロンも呼んじゃお〜よ!」
「冗談でもそんな事言うの止めて下さいよ…」
そしてまた、皆が笑う。
私だけが、また違う。
「そんなパーティー出来ないよ」、なんて
口にする事は許されないし、許されたとしても言う事はないだろう。
「と〜っても素敵ねぇ、お姉さん今から待ちきれないわ」
「泉にピクニックに行くのも良いですね」
「風が気持ち良さそうです」と言って微笑むシャーリィを見て
グリューネさんはクスリと声を出し笑った。
「ふふっ…」
優しいその声に、私の胸がまた痛む。
「皆と〜っても仲良しで、お姉さんと〜っても嬉しいわ」
「みんなと一緒の時間がいつまでも続けば良いわねぇ」
何の気なしに言うグリューネさんから目を反らしながらも
私もずっとこうしていたい、と首を縦に振る。
この気持ちに偽りはなかった。
「今を守る為なら、俺は何処までも戦える」
「誰かに俺達の時間を奪わせたりはしない…絶対にだ」
森の隙間から差し込む陽の光が、鉄の壁にキラリと反射する。
まるでセネルの言葉に世界が応えたようだった。
「セの字の言う通りじゃ。いつか来るにしても、別れは旅立ちであるべきなんじゃ」
グッと拳を握りモーゼスは強気に笑った。
モーゼスらしい、ただ真っ直ぐと前だけを見ているあの笑顔だ。
…私も同じ笑顔を浮かべているはずなのに、何故こうも違って見えるんだろう。
「そんじゃ、グー姉さんの記憶を取り戻しに行っちゃおうか?」
服についた汚れを掃い立ち上がるノーマも笑っていた。
この扉の奥にある恐怖に怯む事なく、真っ直ぐ前を見据えて。
「今を守る為なら、俺は何処までも戦える」
私もそうだ。
もう、迷いはない。
「…うん、行こう」
誰よりも遅く立ち上がった私は
自分自身に言い聞かせるよう気持ちを口にした。
思った以上に頭は単純で、口に出せば本当に何でも出来る気がした。
「私も皆と一緒にいたい」
「その為なら、何でも出来るよ」
声を張り上げれば、自分にそれだけの力があると思いこめる。
皆がいれば、どんな壁も乗り越えられる。
「出来るよ…私達なら」
鉄で出来た扉を開けば、そこはまた薄暗い世界。
だけど皆がいれば、もう、何も怖くない。
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修正:14/01/16