長い長い階段を上りきり、視界が急に明るくなった。

大きな窓から射し込む陽の光。
反射する割れたガラス管と壊れた装置。

以前来た時と何も変わらない艦橋の最上階で、私達は思い思いの表情を浮かべていた。





「…え〜っと、あたしってば、目が悪くなったのかな?」





重苦しい沈黙を破ったのはノーマだ。

頭をポリポリ掻きながら首を傾げ、
不自然な笑みを浮かべながらも辺りを見渡す。





「…だ〜れもいないっぽいんだけどね」





そう言うと今度は肩を竦め、口の端をヒクリと吊り上げる。

皆同じ事を考えていただろう。
ただどうしてもノーマに習い、真実を口にする事が出来なかったのだ。





「…考えたくはないんだが…」
「…空振り…じゃったんか?」





動揺を隠せない仲間達の中、一人涼しい顔をしているグリューネさんは
私達を置いて部屋の中央へと歩を進める。

しゃんと伸びた背中に私達人数分の視線が刺さる。
グリューネさんは動じず、部屋をゆっくりと見渡した。





「あら?ここは…」





首がかくん、と傾いたのを見て数人が「まさか」と思ったに違いない。
現に隣にいるジェイの頬には嫌な汗が垂れている。





「…先を聞きたくないと思うのは、考えすぎか?」
「だ、大丈夫ですよ。あれだけ自信満々だったんですから、きっと…」
「う〜ん…間違えちゃったかしら?」





ジェイの期待も虚しく、グリューネさんが紡いだ言葉は私達をどん底へと突き落とした。

くるりとこちらを向いて首を傾げる姿に
現実を認めたくない私達も認めざるを得ない。





「っ!?」





残念、と息を吐こうとした瞬間、部屋の雰囲気がガラリと変わった。

音も立てずブワリと広がる闇。

小首を傾げるグリューネさんの背後を中心に沸き上がる霧に
ノーマは指差し口をパクパクと動かした。





「皆、どうしたの?」
「うっ、ううっ、ううう」
「ノーマちゃん、それは新しい遊びかしら?」
「ううううっ!」
「あらあら、と〜っても楽しそうねぇ」





霧に気付かず朗らかに笑うグリューネさんを見て
ノーマはゴクリと喉を鳴らし、声を裏返しながらも叫んだ。





「後ろっ!!」





霧は圧縮し、弾けたと同時一人の女が姿を現す。





「まあ」
「…」





ノーマの指示通り後ろへ振り返ったグリューネさんは
突如現れた女を目の前に呑気な声を上げた。

柔らかい笑みを浮かべるグリューネさんとは対照的に
氷のように冷たい表情を浮かべるシュヴァルツ。

異様な空気を目の前に私達は喋る事も出来ず呆然と立ち尽くす。





「やっぱり、ここで正しかったのねえ」
「…」
「どう?お姉さん、偉いかしらぁ?」
「え、え、偉いから、こっち向かないで!」





声を弾ませ振り返るグリューネさんに対し
「何されるか分からないっしょ!」と声を荒げノーマは武器を取り出した。

褒めてくれないの?と言わんばかりに口を尖らせるグリューネさんの後ろ
シュヴァルツは私達のやり取りをただジッと見つめている。





「…我を感じるまでには力を取り戻しているわけか…」





仮面の奥の瞳は、ずっとグリューネさんだけを見ている。
一体どんな気持ちでいるのか、想像する事も出来ない。





「シュヴァルツとか言うらしいな…お前に聞きたいことがある」





セネルの声にシュヴァルツは素直に反応を見せる。

仮面の奥の瞳は声を発したセネルを捉える。
まるで言葉の続きを催促しているかのようだった。





「黒い霧はお前の仕業なのか?」
「…」
「さっさと答えんかい!それによっちゃ痛い目見せちゃるぞ!」
「…」





何だか、嫌な予感がする。
無意識の内に杖を握り締める手が痛い程震えていた。





「人の子よ…、わきまえよと言っている」





こんな時だけ勘の良い自分を恨めしいと思った事はない。

静かに奏でられた言葉と共に天へ伸びたシュヴァルツの右手。
掲げられた白い手を見た時、体中に流れる血がザワリと騒いだ。





「きゃああっ!」





何かしてくる、と腰にある筒へ手を伸ばしたとほぼ同時
自分の耳に飛び込んできたのは意外にも仲間達の悲鳴。

驚き目を見開く私の周りで皆は膝から崩れ落ち
酷く歪んだ表情を浮かべ唇を噛み締めている。





「な、何なのよ〜!またこれ!?」
「ド畜生!体が動かん!」





ただシュヴァルツが手を上げただけなのに
仲間達はその場に蹲り悲痛な声を上げていた。

私はそんな皆を見て狼狽える事しか出来ず
それでも怖がってはいられないと地に着く足に力を入れた。





「貴女に聞きたい事があるの」





黒い霧が充満する部屋の中、透き通った声が響き渡る。
その声の正体がグリューネさんだと言う事は考えるまでもなく分かった。





「…哀れだな、グリューネよ。我が誰かも分からぬとは」
「貴女はシュヴァルツちゃんでしょ?」
「名など意味を持たぬ」
「教えてくれないかしら?貴女は誰?わたくしは誰なの?」
「…時が全てを教えるだろう」





「世界が虚無に還った後に全てを知るやも知れぬがな」





色のない無機質な声。
私の体はその声に惹かれるよう、ゆっくりと動く。





「っ…黒い霧は貴女の仕業なんですか?」
「霧は我そのもの…我は霧そのもの」
「要するにワレが悪の黒幕かい!!じゃったら成敗しちゃる!」
「…人の子よ」





「わきまえよと教え―――…」





不自然に途切れた音。

知らぬ内に行動を起こしていた私は
気が付けばグリューネさんの横で足を止めていた。

仮面の奥の瞳が私を捉えているのが分かる。
シュヴァルツが私を見つめると、私の中で何かが騒ぐ。

それが何か、分からない。





…?」
「ッ何してるんですか!危険です!!」
「オイ、早く下がれ!」





皆の声が聞こえる。
足が、少しだけ震えている。

でも、何だろう。
これはきっと恐怖じゃない。





「皆を離して」
「どけ、破壊の少女よ…まだ子の出る幕ではない…」
「そんなの、アンタが決める事じゃない」





あれ程無機質に聞こえていた声が震えている気がした。
微かに漏れた吐息が、とても人間らしいと感じた。

それでも女は怯む事はない。
微かに動揺を見せるものの、私の要望に応える気は更々ないと言ったところだ。

ならこっちも遠慮しない。
私は先程よりも大きな声で、今度は倒れる仲間達に向かって言葉を発した。





「皆、聖爪術だよ!」
「へ…?」
「いつも霧なんてそれでぶっ飛ばしてるじゃん!」
「…そうか…!」
「聖爪術があれば、コイツに負ける訳ない!」





目の前にいる女を指差す私の周りで眩しい程の光が溢れ出す。
それは部屋に充満していた霧を一瞬にして消し飛ばした。





「お前が災いを生むと言うなら、俺は立ちはだかってやる!!」





立ち上がる仲間達の爪はとても暖かな光を放っていた。

人の影すら消してしまう程の強い光は七色に輝き
割れたガラス窓から見える海の水面のように大きく揺れる。





「この光…」





絶望的な戦力を埋める事が出来た仲間達の瞳に恐怖はない。
その逆、光の中で聞こえる女の声は僅かな動揺を見せていた。





「聖爪術があればもう怖いもんなしって感じ!」
「どうじゃ!参ったか!!」





嬉々として声を上げるノーマとモーゼスは手に持つ武器の矛先を相手に向ける。
それでも女は微動だにしなかった。


長い沈黙がどれだけの間続いただろう。


緊迫した空気に押し潰されそうな体に一つ汗が伝ったと同時
先に行動を起こしたのはシュヴァルツだった。





「強い光…忌々しい光だ…」





そう言って、先程と同じように右手を上げる。





「この子等が、グリューネの希望の種か」





雨音程の小さな声はポツリと地面に落ち、波紋を作った。
そこからまた、消えたはずの霧が溢れ出す。

涸れる事を知らない泉のよう、
霧は私が吸い上げようとしても、仲間達が消しても、いくらでも沸き上がる。





「…ならば、ここで無に還るが良い」





どうして、と考えている暇もなく相手は言葉の続きを紡ぎ
私達は驚き目を見開いてただ呆然と部屋の中央に集まる霧を見つめる。

霧は形を成し、女は音も立てずに消えた。

お決まりの展開に「またか」と言える程の余裕はなく
私達は相手の置き土産を前にただ動揺してばかり。





「…何…」





疑問の声を発したのは誰だったろうか。
セネルか、ウィルか、ワルターか…それとも私か。

仲間と自分の声も認識出来なくなった私の目の前には
いつか自分が殺した男が、佇んでいた。










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修正:14/01/16