「ち、ちょっと…冗談でしょ…!?」
私が思っている事を口にしてくれたのはノーマだ。
「…そんな、まさか」
裏返るシャーリィの声を聞き、私と同じように恐怖を感じているのだろうと察した。
一歩後退する私の隣には、既に小太刀を構えるジェイがいる。
相手を強く睨むその瞳は殺意を放ちながらも、僅かに動揺していた。
「ヴァーツラフ…!?」
拳を構えるセネルは、やっとの事で目の前の男の名前を口にする。
ヴァーツラフの形をした霧は言葉を返さず、
代わりにゆっくりと姿勢を低くし、セネルに習うよう拳を構えた。
「どうして、ヴァーツラフが…!」
「何で!?これってどう言う事!?」
「考えるのは後にしろ!今は目の前の敵を倒すのが先だ!!」
訳が分からないと混乱するノーマに活を入れ
誰よりも先に詠唱を開始したのはウィルだった。
「気を付けて下さい!何が来るか分かりませんよ!」
「あぁ、分かってる!」
ウィルの紡ぐ詠唱を合図に、前衛は目の前の男へと走り寄る。
自らに拳を突き出したセネルを、ヴァーツラフは生気のない瞳でじっと見つめていた。
ドン、と大きな音が響き、相手の胸に沈むセネルの拳。
だけど男は顔を歪める事も、声を上げる事もなかった。
「ッ…」
私も何かしなきゃ。
そう思っているのに、足が上手く動かない。
今まで霧の形をした仲間達を何度も相手にしてきた。
あれが偽物だって、誰に言われなくても分かってる。
なのに足が全然動かない。
まるで自分の体じゃないと錯覚する程、動けと命じてもガクガク震えている。
どうすれば動くの、と歯を食い縛り悩む私に向かい、突如伸びてきた細い腕。
「邪魔です!」
「う、わっ…!」
手は隙だらけの私の服を掴み、投げるように体を後方へと突き飛ばす。
あんなにガッチガチだった自分の体はアッサリと動いた。
「死にたくないならさっさと下がって下さいよ!大して役にも立たないんですから!」
尻餅をつく私に罵倒にも似た言葉を浴びせ
突き飛ばした張本人であるジェイは再び前線へと駆けて行く。
「なっ…」と小さく反論の声を上げるものの
文句を言いたい相手の姿は遠く、ただ虚しいばかり。
「ッ…ああもう!」
相手の言い分が正論過ぎて文句を言う事も出来ず
私は強く杖を握り締め立ち上がる。
あれ程固く動かなかった足が動いていると言う事実にも気付かずに。
「言っとくけど、ジェージェーの愛に気付いてないのはだけだかんね〜!」
後方にいるノーマは意味不明な言葉を私に投げる。
極度の恐怖で頭のネジが一本取れてしまったのだろう、と自己中心的な解釈をし
私は返事もせず、ゆっくりと杖の矛先をヴァーツラフへと向けた。
風が生まれる。
体が熱を帯び、体内を流れる力が一点に集まっていく、いつもの感覚。
「インディグネイション!!」
集まった熱を吐き出すよう声を荒げ、杖を高々を振り上げた。
瞬間、仲間を追い詰める相手の頭上から稲妻が降り注ぐ。
私の力如きでは相手を倒す事は出来ないけど、怯ませる事は出来る。
「大して役に立たないなんて言われてたまるか」、と
これでもかと言う怒りも一緒に込めたのだから。
「え…」
だけど、私の怒りは予想外の形で現状を変える。
…いや、正確には現状を変えなかった事が予想外だったんだ。
「何で、出ないの…?」
震えている自分の声がハッキリと聞こえる。
逆に、今も戦う皆の声は酷く遠くに聞こえた。
…まるで、私一人が世界から切り離されたよう。
虚しく響く私の声に返答はなく
五月蠅いくらいに心臓がバクバク鳴って、体が静止する。
「キャァアッ!!」
言葉じゃ表せないぐらいの大きな音と痛々しい悲鳴。
ハッと我に返ったと同時、生暖かい爆風が頬を掠め
視界の先には抉れた壁と、付近で倒れるシャーリィの姿。
目を見開き、私は嗚咽にも似た声でシャーリィの名前を呼んだ。
「シャーリィ!!」
コンクリートの破片を握り締め、シャーリィは苦しそうに息を吐く。
肺が上手く機能しないのだろう、シャーリィからの返事はない。
「ッ…ク、ぅ…!」
歯を食い縛り半身を起こすシャーリィの服には
彼女自身の血がベッタリと付いていた。
突き飛ばされた時に頭を打ったのだろう。
金色の髪が鮮血に染まり、額から顎にかけて赤い雫が垂れている。
シャーリィを助けようと駆け寄る前衛の動きを阻止し
慌ててブレスを唱える後衛に向かい衝撃波を飛ばし邪魔をする。
戦争で鍛えられた体、戦術、咄嗟の判断。
今までの敵とは違う、圧倒的な力。
「ッド畜生…!」
怯む後衛とヴァーツラフの間に滑り込み、モーゼスは自らの槍を盾にし相手の拳を防ぐ。
鉄製の槍は拳の力で今にも折れそうな程撓った。
「モーゼス…!!」
床が抉れ、足がめり込み、徐々に追い込まれるモーゼスを見て
何か策を考えるよりも先に体が勝手に動いていた。
だけどその足は、たった三歩動かした所で止まってしまう。
「ッ…!」
世界が変わった。
音も立てずに、暗闇が広がる。
仲間達の姿が視界から消え、驚き見開く私の瞳には
暗闇の中佇む仮面の女の姿があった。
「…杯は満ちた」
再び姿を現したシュヴァルツを前に私は混乱するばかりで
「何」と言うたった二文字の言葉も口にする事が出来ずにいる。
馬鹿正直にビクリと肩を震わせて
駆け出したはずの足は再び後ろへと下がっていた。
「もう何もかもが手遅れだ」
「何、言って…」
「子に残された道はただ一つ…」
スッと伸びる女の手。
「忘れるな、人の子よ」
その指先は、糸を手繰り寄せるかのようにゆったり動いた。
「子の命は、我の手中にある事を」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
何かがうねりながら全身を駆け巡り、
襲いかかる吐き気と眩暈、頭痛に私は嗚咽を漏らした。
「ッ、ウ…!」
グラリと大きく体を揺らし、酷い痛みに頭を抱え、眠くもないのに視界が霞む。
体中から汗が噴き出て、ポタポタと暗闇の中へ落ちるいく。
それとは正反対に、体は冷え口を覆う手はガタガタと震えていた。
いつか、こんな症状が私を悩ませた事がある。
それがいつだったのかは、こんな状況でもすぐに思い出せた。
まだ目の前の女と交渉する前の、霧を吸い込んだ時に起きた症状にそっくりだ。
「ウッ…、っハァ…!」
「抗うな、人の子よ」
「、なに、言って…!」
「いくら足掻こうと、子は我を倒す事は出来ぬ」
「かくも人間とは無力なモノよ」
そんな事を、さも当たり前のように言う女が許せなかった。
それが人間だと決めつける、目の前の女に怒りを覚えた。
「…そっちこそ、」
未だ残る吐き気を堪え、荒い息に言葉を混ぜる。
ギュッと服越しに自分の胸を締め付ければ
ほんの少し、体を駆け巡る違和感を抑えつけられた気がする。
「自分の立場…忘れてるんじゃないの?」
闇の世界に杖を放った。
杖は音も立てず闇に呑み込まれ姿を消す。
空いた手で自らの腰にぶら下がる筒の中から一本の短剣を取り出し
妖しい光を放ちながら自らの首元にピタリと付けた。
ナイフの冷たい感触が、体の中の熱を消してくれる。
「人間、舐めない方が良いよ」
「…」
「破壊の少女が必要なんだよね?」
理由は分からないけど、コイツが破壊の少女に一目置いているのを知っている。
何かあればすぐに飛んでくるし、昔手を組んでいた事も把握済みだ。
きっと、この子の強大な力をもう一度手に入れたいと思っているんだろう。
私はそれを逆手に取り、首の薄皮一枚をスッと音も立てずに切った。
「アンタの言う事聞くぐらいなら、自分の首飛ばした方が全然マシだよ」
迷いはない。
私の気持ちは変わらない。
「私は、絶対に仲間を裏切らない…!」
全てを受け入れてくれた仲間達を。
何があっても、私を見捨てずにいてくれる仲間達を。
私がこうしている間も、必死に戦っている仲間達を。
絶対に、絶対に裏切ったりはしない。
「ならば何故未だ素をさらけださぬ」
女の返答は、私が思っていたものとはかけ離れているものだった。
余りにも予想外で、ドクンと心臓が跳ねた拍子
大きく揺れた体がナイフに当たり新たな傷を作る。
「全ての結末を知っていながらも、子はそれを口にせぬ」
「都合の良い事ばかりを口にし、笑い、誤魔化す」
「疑われる事を怯え、歩く速度を合わせ、自分もこの世界の者なのだと思い込む」
ガタガタと震えるナイフの刃から鮮血が伝う。
袖を濡らす生暖かい血がどす黒く見えた。
まるで、私が人ではないかと錯覚する程、黒く…どす黒く。
「ちが、う…」
「違わぬ」
「五月蠅いッ!!」
血で滑るナイフを自らの首から離し、相手の喉元目掛けて投げつける。
シュヴァルツは突然の攻撃に怯む事もなく
刃の先が当たった瞬間自らの体を霧へと変化させ
無傷のまま、再び無力な私を見つめた。
「忘れるな、人の子よ…」
「子の生は、摂理に反するものなのだ」
「子は存在を許された訳ではない…この世界に留まるだけで、罪になるのだ」
「…さあ、早く我の手を取れ…破壊の少女」
霧となり消えていくシュヴァルツの言葉は、私を現実へと突き落とす。
忘れていた訳ではない。
忘れた事は、一度もない。
「っ…」
分かっていた。
分かっているからこそ、言われたくなかった。
暗闇の世界に取り残された私に残ったのは
体に残る吐き気と痛みと、アイツが放った言葉だけ。
「違う…」
世界が変わり、闇は晴れた。
ゆっくりと上げた視線の先には、私が別世界へ飛ぶ前と何も変わらない光景。
「絶対に、絶対に裏切るものか…!」
今私の体を動かすものは、信念よりも責任なのかもしれない。
責任、なんて。
いつから私は、皆の傍にいる事を責任と感じていたんだ。
皆と一緒にいたいと、そう強く願ったのは私なのに。
おかしい。
霧に耐える事の出来る肉体を手に入れて
怖いものなんてもう一つもないと思っていた。
なのに、成長したと思っていた精神は
一瞬でもアイツの言葉に、グラリと揺らいでしまったのだ。
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修正:14/01/16