「リザレクション!!」





ノーマの声と同時、辺りが癒しの光に包まれる。





「シャーリィ!平気か!!」
「ッ…お兄ちゃん…ヴァーツラフは…!」
「モーゼス達が足止めしてくれている、お前は何処か安全な場所に…!」
「大丈夫、私…まだ、戦えるよ…!」





ブレスでは治りきらない深い傷に顔を歪めながら
シャーリィは自分の足でゆっくりと立ち上がった。





「ッ、う…!」
「リッちゃん!?」





強敵を目の前に再び羽根ペンを動かそうと腕を伸ばした瞬間
シャーリィの体はバランスを崩し、ガクリと膝から落ちていく。





「ッ…動いて、私の体…!」





力の入らない拳を腿に叩き付け、シャーリィは歯を食い縛り再び立ち上がる。

それでも彼女にはブレスを唱える力も
テルクェスを飛ばす力も残っていなかった。





「ッ…すまん!もう限界じゃ!!」





モーゼスが叫び数秒も経たない内に
カキン、と鉄の弾ける音がした。

相手の力に耐えきれず折れた槍を投げ捨て、モーゼスは新しい槍を取り出す。

だがそれよりも早くヴァーツラフはモーゼスの横を通り過ぎ
未だ完治していないシャーリィ目掛けて走り出していた。





「っ、…!」





素早いヴァーツラフの動きを見て、足が自然と前へ動く。

何かが弾け、深く考えもせず、突発的に取った行動。

足止めする仲間やブレスをかける仲間よりも早く
私はヴァーツラフとシャーリィの間に滑り込み手を広げる。





!?」





近くからセネルの声が聞こえる。
シャーリィの、言葉にならない叫びも。


風が唸り、髪を大きく揺らした。


目を閉じていても何となく分かる。
今ヴァーツラフが自らの拳を引き、私目掛けてそれを繰り出そうとしているのを。

ゴゥ、と音が鳴り誰かの悲鳴が聞こえた。
そして、私は死を覚悟した。

きっと血を流すだけでは済まされない、惨い死に方をするのだろうと。





「…」





…だけど、いつまで経っても痛みはない。
風を唸らせる程の拳は、どんなに時間を経ても私の顔面を潰す事はなかった。





「…なに…?」





動揺するセネルの声を聞き、私は恐る恐る目を開く。





「、あ…」





目を開ければ、私の予想通り拳はすぐ近くにあった。
それこそ視界を覆う程の近距離に。

近距離に相手の拳があるのは当たり前だ。
さっきまで、目の前の男は私の顔を潰そうとしていたのだから。

…じゃあ、何で止まったの?





「……」





霧の男は、その赤い瞳で私をじっと見つめていた。
何か言いたげに口を開くものの、肝心の言葉は何一つ出てこない。





「何で、殺さないの…」





赤い瞳に吸い込まれそうになりながら、震える唇で言葉を紡いだ。

相手は私の言葉を聞いて、再びゆっくりと口を動かす。
だけどその口から溢れるのは黒い霧だけだった。





「…、ねぇ…!」





「何で」、ともう一度問おうと身を乗り出せば
トス、と鈍くも軽やかな音が耳に届いた。

動いていた口がピタリと止まる。
大きな体は音に合わせて一度だけ大きく跳ねた。





「本物のヴァーツラフなら、隙を見せる事なんて絶対に有り得ない」

「所詮ニセモノはニセモノ、ですね」





背中に刺さる苦無を引き抜き、ジェイは小さく溜め息を吐いた。





「…」





ぽっかり空いた心臓部分から砂のようにサラサラと溶け
ヴァーツラフだったものは元の姿へと戻っていく。

崩れゆく体を支えていた膝が消えた時、
ヴァーツラフの体はグラリと私の方へ傾いた。





「ッ…」





それを咄嗟に受け止めようとした私の行動は
傍から見たら馬鹿だと笑われるような行為だったかもしれない。

伸ばした両手が掴んだものは、空気だった。

霧の粒子が掌の上で揺れ、それすらも僅かな風に吹かれ消えていく。

跡形はないが、彼は確かにここにいた。

あれ程までの強靭な力で仲間達を傷付けたくせに
私だけ、無傷のまま消えていった。





「助かった…な」
「運が良かったな、





ホッと安堵の息を漏らすウィルの言葉に私の体がピクリと跳ねる。





「運が、良かった…?」





それ、本気で言ってるの?





「ウィルも、見たでしょ?」
?」
「ウィルだけじゃない、皆も…!」





強敵を倒し喜びを感じる皆を目の前に
私はぐちゃぐちゃな頭を整理する訳でもなく言葉をぶちまけた。





「運が良かったんじゃない!相手が…アイツが止めたんだ!」
…」
「だって、あんな急に攻撃が止まる訳ない!」
「では、何故霧のヴァーツラフは攻撃を止めたんです?」
「何で…って…」





そんなの、私が聞きたいよ。

私、何一つ相手の思い通りに動いてない。
散々邪魔してるし、邪険に扱ってるし、何度も罵声を浴びせている。

それでも…嫌でも感じるんだ。

ヴァーツラフが、霧が…シュヴァルツが
私を、破壊の少女を生かそうと必死なのを。





「考えても答えが出ないならば、今話し合うべきじゃないでしょう」





ジェイの言葉に私は俯く事しか出来なかった。

正論だ。

今まで疑問に思った事は何度もある。
何でシュヴァルツがこの子に執着するのか、と。

答えは出ていたはずだ。

シュヴァルツは世界を滅ぼす為に、またあの子の力を利用しようとしているんだ。
昔手を組んでいた者であり、力を持つあの子を。

…そこまで分かっているのに、それを口にする事が出来なかった。

ヴァーツラフの形を成した霧が
とてもそれだけの感情で私を助けたようには思えなかったから。




「…ごめん」
…?」
「やっぱきっと、運が良かったんだよ」
「…」
「私、今までも運だけは良かったし!」





そう言って私は笑った。
思ってもいない事を口にしながらも懸命に。

それでも、あの赤い瞳が脳裏にこびり付いて離れない。

私の勘違いならそれで良い。
だけどどうしてもそうは思えなかったのだ。

まるで寂しい、悲しいと私に訴えかけ涙を流す赤子のように見えたから。





「うっ…」





微妙な空気が漂う輪の中、小さな呻き声に皆は視線を移す。





「く、ゥッ…!」
「グリューネさん…!?」
「ハァ、うぅっ…!」





そこには蹲り頭を抱えるグリューネさんの姿があった。
…いや、正確には蹲ると言うより倒れているに近い。

眉間に皺を寄せ、額から頬にかけて汗を流し
痛みに堪え切れず声を漏らし荒い息を吐く。





「グー姉さん!また頭痛いの!?」





慌てて駆け寄ったノーマは身を屈め、顔色を窺うようグリューネさんを覗き込む。





「…だ、大丈夫よ…」





そうは言いながらもグリューネさんの容態は元に戻らない。
体を震わせ嗚咽を漏らす彼女に対し、ブレスをかけるも効果はなかった。

それでも数分、数十分と時間が経てば徐々にグリューネさんの呼吸が落ち着いていく。
自然と回復するグリューネさんの姿を見、私達はほぼ同時に安堵の息を漏らした。





「…ごめんね、皆」





「もう大丈夫よ」とグリューネさんは微笑む。
多少顔色は悪いけど、それでも痛みに耐えていた時よりは幾分かマシだった。





「何か思い出せましたか?」





早速、と口を挟むジェイにグリューネさんは申し訳なさそうに笑う。





「何も思い出せないわ、ごめんなさいね」





ジェイはグリューネさんの返事を聞いても責め立てようとはしなかった。

「残念」、と眉を下げ笑うノーマに対し、
グリューネさんは「本当ねぇ」と他人事のように言葉を発する。

そんなやり取りに重傷を負うシャーリィは、痛みも気にせずクスリと笑った。





「…シュヴァルツはいつの間に消えたんですかね?」





ジェイの言葉につられるよう辺りを見渡す仲間達。

シュヴァルツどころか黒い霧の粒子もない。
あるのは偽物のヴァーツラフが抉った大きな壁だけだった。





「ド畜生…!今度会うたら、ただじゃ済まさんッ…!!」





怒りに拳を握り吠えるモーゼス。
私も同じ事を思っているはずなのに、何故かチクリと心が痛んだ。

アイツはシャーリィを傷付けた。
今までも散々、仲間達を傷付けたんだ。

心が痛むはずなんかない。
これはきっと、怒りを通り越した感情なんだ。

決して、罪悪感ではない。





「もうシュヴァルツはここにいないのか?」
「う〜ん…近くにはいないみたいねえ」





すっかりいつもの調子を取り戻したグリューネさんの言葉を聞き
安堵の息を漏らす者もいれば、事が解決出来ず溜め息を吐く者もいる。

私はただ、どっちつかずの反応を見せ皆の会話を見守った。





「一体、シュヴァルツとは何者なんだ…?」





二度も接触しているのに、肝心な部分が分からない。
その焦りを感じているのはウィルだけではないだろう。

解決する手がかりもないのに、
これから先も強靭な力を持つ敵を相手にしなければならないのだ。

不安にならないはずがない。





「何だか疲れちゃったわねぇ、ベッドでお休みしたいわぁ」





長い沈黙を破ったのは、グリューネさんの柔らかな声だった。

緊張感のないのんびりしたグリューネさんの言葉に
仲間達の肩が一斉にガクリと落ちる。





「…ま、いつまでもここにおっても仕方なかろう」
「あたしも疲れた〜街に戻ろ!」
「そうだな…シャーリィ、肩を貸す」
「ありがとう、お兄ちゃん」





セネルに支えられ、シャーリィは足を引き摺りながら一歩一歩前へと進んだ。

私がもっとしっかりしていれば
シャーリィは傷を負わずに済んだかもしれない。

きっとそんな事を口にすれば自意識過剰と言われるだろう。

それでも、もしもの事ばかりが浮かんで
仲間を守れなかった悔しさに拳を握った。





!さっさと行くぞ!」





仲間の声にハッと顔を上げれば、皆の姿は既に遠く。
広い部屋の中、一人佇む私は何とも滑稽だっただろう。





「っ…今行く…!」





とろい私を気に掛けてくれる仲間の声が、凄く嬉しかった。

まだ私は皆と一緒にいても良いと、必要とされていると、
錯覚でも思う事が出来るから。

…それなのに、さっきから心が晴れないのはどうしてだろう。





「忘れるな、人の子よ…」

「子の生は、摂理に反するものなのだ」

「子は存在を許された訳ではない…この世界に留まるだけで、罪になるのだ」

「…さあ、早く我の手を取れ…破壊の少女」





いつまで経っても、モヤモヤが消えない。










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修正:14/01/16