街を覆う黒い空。
頭上に浮かぶ白い月。
すっかり陽の落ちた街の入口、
疲れ切った私達は思い思いの事を口にした。
「結局、肝心な事はな〜んにも分からなかったね」
お手上げのポーズを取るノーマは溜め息混じりにそう言った。
「シュヴァルツが危険な存在と言う事が分かったじゃないですか」
「それは前から分かってるじゃん」
正論を吐くジェイに対し、口を尖らせ拗ねるノーマ。
いつもと変わらぬ流れを見て、控えめに笑うクロエがいる。
「どんなに危険な存在でも、黒い霧に関係している以上放って置く訳にはいくまい」
ウィルの言葉に皆が頷く。
汚れた服と傷だらけの体が嫌でもそれを教えてくれた。
危険な存在、だなんて言葉からは想像も出来ない程、アイツは危険なんだ。
…私も、怖いと感じた。
アイツの責め立てるような言葉から、逃げられないと感じた。
「…一体、目的は何なんでしょうね」
何の気なしに発したジェイの一言に、体がビクリと跳ねる。
いつか誰かが言うだろうと思って身構えていたはずなのに
体は思ったよりも馬鹿正直だ。
“きっと、破壊の少女が欲しいんだよ”
そう言えば何か変わるのだろうか。
いや、きっと何も変わらない。
だって、相手の目的は分かっても理由を知る事は出来ていないんだから。
「例え何であろうと、俺達の大切なものを傷付ける気なら許しはしない」
「ほうじゃの!セの字はよう分かっちょる!!」
「またこの人は…」
良い感じにその場を纏めたセネルの言葉に便乗し笑うモーゼス。
ジェイは深い深い溜め息を吐きやれやれと肩を竦める。
「……」
「…?」
いつもと変わらぬ空気の中、いつもと違う反応を見せるグリューネさんに気付いた。
いつもなら二人の会話を聞き「楽しいわねぇ」と笑うグリューネさんも
今日に限っては俯き、地面を穴が空く程ジッと見ている。
「…グリューネさん?」
異様な空気を放つグリューネさんに対し、言葉をかけたのはシャーリィだった。
グリューネさんはハッと目を見開くと慌てて笑顔を作る。
「な、何かしら?」
「いえ…何か気になる事でもあるんですか?」
「ううん、何でもないわよ」
そう言って再び笑うグリューネさんから嘘偽りは感じられない。
シャーリィも素直に頷き「そうですか」と返事をするだけ。
いつもと違う空気に勘付いているのは私だけだろう。
グリューネさんの笑顔がほんの少しだけぎこちない。
それが分かるのは、これからの事を知っている私だけだ。
「あたし、も〜疲れた…今日は寝よ寝よ!」
「ほうじゃのう…ワイも今日は疲れたわ」
ふわあ、と大きな欠伸を零すノーマは眠たそうに目を擦る。
大怪我を負ったシャーリィの傷を癒したのだから、疲れているのも当たり前だ。
モーゼスもヴァーツラフの攻撃にずっと耐えていたんだ。
笑う余裕がない程疲れているはずなのに、この男は本当に凄い。
「そうだな…今日の事は明日にでもまた考えよう」
「あぁ、そうしよう」
限界なのは皆同じ。
話し合いはすんなりと終わり、皆が皆各々の寝床へと帰っていく。
「おやすみ、!」
「あ…おやすみ!」
名指しで挨拶をされた事に驚きながらも慌てて返事をした私は
仲間達につられるよう、ウィルの家へと向かう。
角を曲がる瞬間、チラ、と宿屋の方へと目を向ければ
そこには頭上にある月を見上げ、その場に立ち尽くすグリューネさんの姿があった。
月明かりを浴びるその姿は今にも消えてしまいそうな程繊細で、儚い。
「……」
そんな姿を見て、思ったんだ。
今私がやるべき事は、このままウィルの家へ行き就寝する事じゃない。
妥協をする為に、この世界に来た訳じゃないんだから。
お空に浮かぶお月様は、一体わたくしに何を語りかけているのかしら。
「…わたくしは…」
セピア色の記憶が、わたくしの頭の中にパッと浮かびパッと消える。
それはわたくしとシュヴァルツちゃんが戦っている光景。
だけど、視界の端にはわたくし達以外の人影があるようにも見えた。
きっと、この記憶はとてもとても大事なもの。
今までずっと、頭の片隅にあった、大事な…。
「わたくしは…」
「わたくしのすべき事を、やっと思い出したのね」
宿屋のお庭に忘れ去られたガーデンチェアにゆっくりと腰を下ろす。
ギシリ、と長く使われていない木の音が辺りに響くものの、夜の街は静かなまま。
「…けれど、わたくしは一体何者なのかしら?」
「それが分からないのよねぇ」、なんて言葉にしてみても
お月様はただわたくしを見つめてばっかり。
「どうしてかしらねぇ?」
「どうして、シュヴァルツちゃんを倒さなければならないのかしら?」
「…また分からない事が、増えてきてしまったわねぇ」
「ねえ、ちゃん」
「…あら?」
自然と口から零れた名前に、わたくしはゆっくりと首を傾げる。
「…どうして、ちゃんなのかしらねぇ?」
セピア色の記憶とは別に
キラキラした景色を背負い満面の笑みを見せるあの子の姿が脳裏に浮かぶ。
わたくしはクスリと小さく笑った。
とってもとっても可愛い、ちゃんの笑顔につられて。
「…思い出さない方が、幸せなのかしら…?」
それでも、知らなきゃいけない事がある。
今が好き。
今が大好き。
皆、皆大好き。
だからこそ、わたくしは知らなきゃいけない。
皆を守る為にも、わたくしが何処かへ落としてきた記憶の全てを―――…。
「…私、ちょっと寄るとこある」
住宅街へと入る手前、ポツリと言葉を零した私に対し、皆は一斉に振り返る。
「寄るって…もう夜だぞ?」
「うん…夜だけど」
「店なんぞ何処も開いとらんじゃろが」
「あ…開いてないけど!」
けど、に続く言葉が見当たらない。
「ならば何故未だ素をさらけださぬ」
こびり付いて離れないシュヴァルツの言葉。
思い出すだけで、唇が震える。
「…お前、アイツと会ってからおかしいぞ」
ビクリ、と肩が跳ねた。
仲間の声なのに誰の声かも分からなかった。
いつもなら顔を見なくてもすぐに判断出来るのに。
「行きはあんなに張り切ってたのに、帰りは一言も喋らなかったし」
「それは…疲れちゃってて…」
「話しかけても上の空なぐらいか?」
「へ…私、話しかけられてた?」
「ほら……俺の事いつも見てるんじゃなかったのかよ」
不貞腐れるセネルに対し「残念じゃったのう!」と肩を抱き笑うモーゼス。
二人の会話の意味も分からず適当に笑う私の口角は痙攣していたに違いない。
「寄る場所があるのではなく、何かを考える時間が欲しいんじゃないのか?」
「…!」
「図星か」
「…な、何で分かるの…」
「の考えている事ぐらいすぐに分かる」
溜め息混じりのウィルの言葉に何も言い返す事が出来なかった。
黙っていると言うのは、肯定していると同じ事なのに。
「…ごめん」
「ん?」
「ウィルが言っている事、合ってるよ」
夜の街に私の声がポツポツ落ちる。
ほんの少し音を立てれば掻き消されてしまいそうな程の、小さな小さな声だった。
「考えたい事があるんだ」
「…」
「けど、その…自分でも何を考えたいのかイマイチ分かってなくて」
「……」
「でも、今考えないといけない気がして…」
いつも隠し続けていた本音を、たどたどしく口にする。
きっとこれは、私なりのシュヴァルツへの対抗だ。
「ならば何故未だ素をさらけださぬ」
そう言って、私を負の色に染めようとした、アイツへの。
「…良いだろう」
「…?」
「ただし、街の外には出るな…もう夜遅い」
ウィルは仕方ない、と溜め息を零す。
周りにいる仲間達もゆっくりと頷き、そして笑った。
「止める訳にもいかないな」
「クロエ…」
「がそこまで話してくれる時は、余程の事なのだろう?」
そこまでって…私、何処まで話したんだろう。
何だか頭がいっぱいいっぱいで、自分が何を口走ったのかも覚えていない。
「一つだけ約束してくれ」
「へ…?」
「今まで何度も言った事だが…もう、無茶だけはするな」
そう言ってウィルは私の髪を撫でる。
月を背負うウィルの表情は、何だかとても悲しげに見えた。
「少しでもタイミングがずれていたら
お前は今日、死んでいたのかもしれないのだから…」
ウィルの言葉に数人が頷き、同じような表情を見せる。
そんな皆の瞳を見ていたら、ジワジワと恐怖が蘇り体が震えた。
あの時はシャーリィを助ける事に精一杯で、自分の命なんて二の次だったけど
命がなければこうしてウィルや皆と話す事も出来ていなかったんだ。
私、痛い思いをして死ぬ事より皆と別れる事の方が辛い。
「…大丈夫だよ!皆に心配かけない為に色々考えたいんだから!」
夜の街に不釣り合いな明るい笑顔を見せる。
この言葉に嘘はないんだよ、って伝わるように。
「外はもう寒い、なるべく早くレイナードの家に帰るようにな」
「うん!ありがと!」
羽織るようにと言われたクロエのマントを「クロエが寒くなるから」と遠慮し
ついて来ようとするワルターには両手を合わせ「ごめん」と一言謝った。
元気いっぱいに手を振る私に対し、皆は笑顔を見せてくれる。
皆私を心配してくれている。
こんな私の我儘を許してくれる。
こんなにも優しい気持ちを、たくさんくれる。
私は何も返せない。
だけど、私が自分の為、皆の為にやれる事は、もう一つしかない。
考えるんだ。
私が今、何を知るべきなのかを。
心地良い水の音につられ、噴水広場へと辿り着く。
静寂に身を委ね、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……」
そっと、自分自身の胸に手を当て目を瞑る。
「破壊の少女よ…」
頭の中で、儚げな声が響く。
無機質ではない、あの女らしくない、悲しげな音。
「…どうして、」
そう、どうして。
どうしてアイツは、この子を異様に求めるんだろう。
霧で作った魔物も、人間の分身も
アイツが求めているであろう力を持っている。
それに比べて破壊の少女は
私と言う枷がある分、思う存分力を発揮する事は出来ない。
なのに、何であんなにもこの子に執着するのだろうか。
「…昔、手を組んでたから?」
ううん、きっと違う。
自分の思い通りに動かせない相手をシュヴァルツが欲しがる訳がない。
「この子に、何か特別な力があるの…?」
例えそうだとしても、その力が使えるかどうかは私次第。
私が拒み邪魔をすれば、その半分を発揮出来るかどうか程度になる。
「…、何なんだよ…」
ポツリと呟いた私の声は、噴水の音に全て掻き消される。
それがまたとても無力であり、虚しく感じた。
どう考えても答えは見つからない。
一体何を見落としたのだろう。
一体何を勘違いしているのだろう。
この世界の全てを知っていると思っていた私には
分からない事があると言う事実が何よりも恐怖だった。
「っ…」
最後の頼みの綱だと、私の内にいる少女へ「教えて」と問いかける。
だけど少女はいつからか深い眠りに堕ちて、戻ってこないまま。
「何で、他の誰かじゃなくて破壊の少女なの…?」
それはきっと、この世界の何処を探しても出てこない。
破壊の少女と、シュヴァルツだけが知っている真実。
「…、そうだ」
頭を抱える自らの手がピクリと動く。
その瞬間、絶望的な情景に光が射し込んだ気がした。
「…そっか!」
必死に考えても答えは見つからない。
真実を知っているのは破壊の少女とシュヴァルツだけ。
破壊の少女は深い眠りにつき、私の質問に答えてくれない。
ここまで分かっていれば、私の取る行動はただ一つ。
そこに気付くのに、私は余りにも遅すぎた。
「簡単な事だよ…!」
「アイツに聞けば良いだけじゃん!」
相手を目の前にするとどうしても感情的になってしまい
ただ睨み、怒鳴る事しか出来なかった。
だけど冷静になればもっとやれる事がある。
シュヴァルツが破壊の少女を大事にしていると分かっていたのに
何故その理由を相手に問おうとしなかったのだろう。
至極簡単な事だ。
今まで何度も話してきた相手に対し
私の疑問をぶつければ良いだけなのだから。
どうして破壊の少女じゃなきゃいけないのか。
どうして別の者じゃいけないのか。
一体少女と女の間に何があるのか。
全部無理矢理にでも聞きだして、スッキリしてしまおう。
そうすればきっと、私は前に進める。
「…よし」
私は、私の為に決意の一歩を踏み出す。
夜の街に響く噴水の音は、まるで私の背中を押してくれているように聞こえた。
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修正:14/01/16