まだ日も昇らない、朝の靄に覆われた街中。

靄に覆われた世界は、不安と少しの希望が入り交じり、何とも言えない気持ちになる。

お日様が顔を出していないと言うだけで、こんなにも気分が滅入るものなのね。
陽の光があれば、未だ戸惑うこの足を一歩前に踏み出せる気がするのに。

そんな事を考えながら空を見つめていれば
ふっと視界の端で何かが揺れた気がして視線を移す。





「おはよ!グリューネさん!」





そこにいたのはお日様よりも眩しい笑顔を振り撒く、一人の女の子だった。















「お兄ちゃん…!お兄ちゃん、早く起きて!」





今にも泣き出しそうなシャーリィの声に目を開ける。

俺の顔を覗き込むシャーリィの顔色は真っ青で
酷く動揺しているのがすぐに分かった。





「っ…何かあったのか?」
「グリューネさんが…グリューネさんがいなくなったの!」
「…、なに…!?」





嘘とは思えないシャーリィの言葉を聞き、慌ててベッドから飛び出す。





「昨日様子がおかしかったから、気になって会いに行って…そしたら手紙が置いてあって…!」





動揺しながらも事の経緯を説明するシャーリィの肩に触れた。

シャーリィは一瞬体を跳ねらせたものの、人のぬくもりに安心したのか
ゆっくりと息を吸い、吐き、いつもの冷静さを取り戻す。





「皆には知らせたか?」
「ノーマが皆を集めてる…お兄ちゃんはウィルさんの家に急いで…!」
「あぁ!」





強く頷くと共に、俺は自分の家から飛び出し
シャーリィの指示通りウィルの家へと向かった。

ただ我武者羅に、もつれる足を懸命に動かす。

グリューネさんがいなくなった。
何故か、悪い予感はそれだけじゃない気がして―――…。















ちゃん、ついて来ちゃ駄目よ」





控えめに、だけどハッキリ言葉を口にすれば
口笛を吹く真似をしスキップをするちゃんはピタッと止まった。

きっとちゃんは怒っている。
だけどそれで良い、わたくしはこの子を危険な目に遭わす事は出来ないから。

そう思いながらも振り返り、背後にいるちゃんへと視線を向ける。
そこにはわたくしの予想とは違う、笑顔のちゃんがいた。





「私の行きたい所がグリューネさんの行きたい所なの!」





「だからついてってるんじゃなくてたまたま方向が一緒なんだよ!」、
そう付け加えて彼女は笑う。

嘘偽りがないと言うのは、その眩しい笑顔を見ればすぐに分かった。
だけどわたくしは数秒の間も空けずに首を振る。

良く分からないけど、シュヴァルツちゃんの所には
わたくし一人で行かなきゃいけない気がしたから。





「お姉さん、これ以上皆を危ない目に遭わせたくないの」
「私もグリューネさんを危険な目に遭わせられないよ」
「…ちゃん」
「私とグリューネさん、思ってる事は一緒だよ!」





どうしてこんなにもちゃんの言葉には説得力があるのだろう。

モヤモヤしてたものがスッと音もなく晴れて、心なしか体が軽くなる。
爪術でも出来ない事を、ちゃんはこんなにも簡単にしてしまう。





「大丈夫!」





朝の冷気に触れた冷たい手が、きゅっと暖かいぬくもりに包まれる。
…懐かしい気がする、人肌と言うぬくもり。





「グリューネさんは皆を守りたくて、私はグリューネさんを守りたい」

「それだけで誰にも負けない気がしない?」

「ううん!これは気じゃないよ!絶対に負けない!!」





瞳を輝かせ歯を見せ笑うちゃん。
力説を唱えると、わたくしの手を握るその力もどんどんと強くなった。

その小さな手を、わたくしは何があっても離してはいけない。
根拠もなければ理由も分からない…だけどそう思った。





「…そうねぇ」





頭の中で何かを考えるよりも先に頬の筋肉が緩んで、笑顔が零れた。





ちゃんがいるなら、怖いものなしに決まってるわ」





黒い瞳の中に映る自分の目が、いつもよりも強く輝いて見えた。
不思議…自分の目がこんなにも綺麗だと思えたのはきっと初めて。





「うん!何があってもグリューネさんの事守るよ!」
「ありがとう…お姉さん、ちゃんが大好きよ」
「私も好きー!」





本当に、ちゃんはわたくしの太陽なのかもしれない。
ぎゅっとわたくしの体を抱き締める彼女の体温に、体中がぽかぽかする。

わたくしはこんなに幸せで良いのかしら。
そんな事を考えながらも、このぬくもりを離したくない、と心から思った。















ウィルの家の中へと飛び込めば、そこは重苦しい空気に包まれていた。

机に肘をつき顔を伏せるウィル。
壁に寄りかかるジェイとモーゼス、部屋の隅に立つワルター。

唯一落ち着きなくソワソワしていたノーマは俺の姿を見るや否や
眉を吊り上げダン、と地団駄を踏み声を上げる。





「セネセネおっそいよ!!」
「悪い」





文句を言うノーマに謝罪をしながら足を動かし
ソファに座るウィルの真横に立った。





「グリューネさんがいなくなったって本当か?」
「…あぁ」
「…」





ウィルの言葉には何の感情も篭っていない。
良く言えば落ち着きがある…が、悪く言えば淡泊だ。

仲間がいなくなったのにたったそれだけかよ、と
生気すら感じない声に怒りを覚え、俺はいつの間にか拳を強く握っていた。

だがその拳が飛ぶよりも先、ウィルはゆっくりと、再び口を開く。





「…いなくなった」
「…?」
「グリューネさんだけじゃない」





もいなくなった」





伸ばそうとした手がピタリと止まった。

全身が硬直し、嫌な汗が背中に伝うのを感じる。
やっとの事で発した声は、カラカラに乾いていた。





「…なん、で」





返事はない。

ただ悔しそうに顔を歪め拳を握る仲間達の姿が視界に入り
ウィルの言葉が嘘ではないと分かったと同時、また体が熱くなる。





「ッ何ぼさっとしてるんだよ!いないならいないで、早く探しに…!!」
「所在地も分からないのに、どうやってですか?」





ジェイの言葉は俺に更なる現実を突きつける。

誰もとグリューネさんの居場所を知らない。
分かっていたはずなのに、自分でも馬鹿な事を言ったと思った。

だけど混乱した頭じゃ、落ち着いてなんかいられない。

今にも飛び出したいこの衝動をどう処理すれば良いかも分からず
ただ拳を握り唇を噛みしめる俺の肩をシャーリィがゆっくりと叩いた。

その手元には一枚の手紙らしきものが握られている。





「これが、グリューネさんの手紙だよ」





震えの治まらない手で手紙を受け取り、俺は一文字一文字追うよう瞳を動かす。





初めに謝る事を許してね。
皆、ごめんなさい。

黙って出て行くと心配させてしまうでしょうけど、
お姉さんの事、気にしなくていいわよぉ。

ここから先の記憶は、一人でも探していけるから、
皆は今まで通り、仲良く楽しく幸せに暮らしてね。


皆にはとても感謝しているわ。


皆と一緒に過ごせて、お姉さん、と〜っても楽しかった。
これまでの人生の中できっと一番楽しかったと思う。
記憶のない私が言っても、説得力はないかもしれないけどねぇ。


ノーマちゃん。
いつも元気でいてね、いつも笑顔でいてね、皆を明るくしてあげてね。

モーゼスちゃん、ジェイちゃん。
二人とも、ずっと仲良しでいてね、本当の兄弟のように助け合ってね。

ウィルちゃん。
ハリエットちゃんと、幸せに暮らしてね、皆を支えてあげてね。

クロエちゃん、シャーリィちゃん。
もう笑顔を忘れないでね。皆が傍にいれば、自然と笑顔になれるから。

セネルちゃん。
皆を守ってあげてね、皆との時間を守ってあげてね。

ちゃん、ワルターちゃん。
支えられ、支えてきた事を忘れないでね。
素敵な仲間がいる事を、もう忘れないでね。


お姉さんとの、最後の約束よ。


出会えたのが皆で、本当に良かった。
共に過ごした時間はお姉さんの宝物にするから。


素敵な思い出を、ありがとう。

さようなら―――…。





涙で滲み薄れた文字を最後に、手紙は終わっていた。

涙は一体、誰のものなのか。
問おうとしなければ答えが出てくる事はない。





「…何なんだよ」





言葉が上手く喉を通らない。
絞め付けられたように苦しい。





「勝手にこんなの残して、勝手に消えてッ…」

「あの二人は、俺達を馬鹿にしてるのか…?」





いつの間にか手に持っていた手紙を強く強く握り締めていた。

知らない間にグリューネさんを追い詰めていたの自分自身の弱さに気付く。

こんな時、俺を「大丈夫」と宥めてくれる
「笑いましょう」と微笑んでくれるグリューネさんも、今は何処にいるか分からない。

それが不安で堪らなくて、体が震える。
今この瞬間、昨夜まで時間を戻す事が出来ればと切に願った。










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修正:14/01/16