グリューネさんとなら何が起きても大丈夫。
この先どんな敵が相手だろうと、負ける気がしない。
そう思っていたのに、案外最強の敵は私のすぐ傍にいた。
「違うわよぉ」
「私が違うんじゃなくて、グリューネさんが違うの!」
「そんな事ないわ、シュヴァルツちゃんの気配はこっちから感じるもの」
「だから、そっちに行くにはあっちの道を回らなきゃいけないの!」
「…そうかしらぁ?」
「そうだよ!」
「違うわよぉ」
「んなっ…!」
このやり取り、もう何回続いているんだろう。
無理矢理引っ張り連れて行こうとしても、グリューネさんはちっとも動いてくれない。
まるで石のように重たく、うんともすんともしないのだ。
「ッじゃあ、そっちに行って道がなかったら信じてくれる!?」
「道なら目の前にあるじゃない」
「そう言う道じゃなくて!!」
「…も〜」
普段聞く事のないグリューネさんの声色に、ほんの少し戸惑った。
あれあれ、もしかしてグリューネさん、お怒りだったりします?
なんて口にする前に、グリューネさんはぷくっと頬を膨らませて私の手をパッと払う。
突然の事態に呆然とする私を置いて、グリューネさんはフイッと反対方向へ歩き出す。
「ちゃんなんて、もう知らないんだから」
そんな捨て台詞を残しながら。
「…へ?」
やっとの事出した声はとても小さく、グリューネさんは気付いてもいない。
ただヴェールを靡かせながら一歩、また一歩と私から離れて行く。
置き去りにされる中、私は自分に否があったかどうかを必死に考えた。
私はグリューネさんが誤った道へ行こうとするのを止めただけ。
この行動に間違いは一つもなかったはずだ。
「っ…じゃあ良いよ!こっちだって勝手にやるから!!」
カッと声を上げても、グリューネさんが止まる気配はない。
振り向きもしないスラッと伸びた背中を軽く睨んでみせても
グリューネさんは私が怒っていると言う事にも気付かず、無関心な態度を取っていた。
フン、と鼻を鳴らし五月蠅いくらいに足音を立て、私は自分が目指すべき道へと進む。
「何なんだよもう…!!」
治まりきらない怒りをそこら中に撒き散らしながら、ただただ歩いた。
ああ、言いたい事はまだまだいっぱいあった。
折角なら、全部ぶちまけてから別れれば良かったんだ。
もっと、たくさん文句を…。
「…」
動かしていた足が止まる。
それと同時、自分が犯した過ちに気付いた。
いつもなら笑って許していた。
相手はあのグリューネさん…道を間違えるなんて些細な事、許せない方がおかしい。
今日に限って、グリューネさんのマイペースっぷりが癪に障ったのだ。
いつもその空気を有難いと思っていたにも関わらず。
何でこんな苛立っているんだろう。
…きっと、この先の未来が不明瞭で不安なんだ。
「…何、一人で空回りしてんだろ」
身勝手なのは私だ。
グリューネさんだって辛い訳じゃないはずなのに。
「…」
生温い風が吹く方へ瞳を向ければ、そこには暗闇が広がっている。
一寸先も見えない状況に背筋が凍り、手足が震えた。
「ッ…」
道の奥から微かに漂う血の匂い。
この先にどんな魔物がいるかも分からないのに、一人で進まなきゃいけないんだ。
私の体は自然と半歩後退した。
こんな所で退く訳には、と気持ちを入れ替えるも足が全然動かない。
強く強く念じれば、やっと半歩前へ出た。
でも、もう無理。
見えない恐怖に視界が滲む。
数分掛けて進めた足がまた動かなくなる。
一人になった私は、無意識の内に誰かに助けを求める。
声に出さず、心の中で「助けて」と、酷く弱々しい声で。
「…―――ちゃん」
ぼやけた視界で前を見る。
だけども声の主はいない。
戸惑う私の手首に何かが触れ、尋常でない程体が跳ねた。
幽霊だろうか。
それとも新種の魔物だろうか。
カタカタと震える手で短剣を取り出そうとも上手くいかない。
私はただ、背後から感じる何者かの気配に怯え震えた。
「ちゃん」
澄んだ声が耳元で聞こえる。
瞬間、魔法みたいに手の震えが止まった。
「グリューネ、さん…?」
恐る恐る振り返り、心当たりのある人物の名を呼べば
私の予想通り、そこにはグリューネさんがいた。
ハの字に眉を下げ、私をじっと見つめるグリューネさんは
触れ合う程度であった手と手を絡めぎゅっと握る。
「ちゃん」
「…?」
「さっきはごめんなさいねぇ」
「…は?」
無意識の内に発した言葉はたった一文字。
間抜けな反応だと笑われるかもしれないが、こんな状況でまともに返事を出来る方がおかしい。
だって、あの喧嘩からまだ五分も経っていないのだから。
「お姉さんが悪かったわ」
「…」
「ごめんなさいねぇ、もうあんな事しないようにするわ」
「(断言はしないんだ…)」
「許して…くれるかしら…?」
しゅん、と言う効果音が似合いそうな程背中を丸くし
グリューネさんはジッと、潤んだ瞳で私を見つめる。
「……もう」
そんな顔されて、そんな目で見つめられたら、許しちゃうに決まってるじゃん。
「…私の方こそ、ごめんなさい」
「ちゃん…」
「グリューネさんだって色々不安なのに、私の考え押し付けちゃって」
深々、とまではいかないものの
私はグリューネさんに向かいゆっくりと頭を下げる。
「…ちゃん」
グリューネさんは再び申し訳なさそうに私の名を呼ぶと
私の頭を優しく撫でて「良い子ねぇ」なんて嬉しい言葉を口にする。
ゆっくり顔を上げればぎゅっと良い香りに包まれて
驚く私を見てグリューネさんは柔らかく笑った。
「じゃあ、仲直りしましょ?」
「うん!握手!」
「えぇ、握手〜」
体の震えはいつの間にか止まっていた。
あんなに動かなかった足も
グリューネさんが隣にいればすんなり動いた。
「でも、グリューネさんとの喧嘩は何だか新鮮だったな!」
「そうかしらぁ…またする?」
「ううん、良い…あんまり楽しくないし」
「そうねえ…お姉さんもちょっと悲しかったわ」
「あっれーちょっとだけ?」
「ううん、と〜っても」
目を細め笑うグリューネさんは、いつも通りほわほわしていた。
自分の事しか考えず苛々していた私と違い
グリューネさんはすぐに私を追いかけ謝ってくれた。
きっとこんな事、グリューネさんにしか出来ないんだろうな。
「う〜ん…それにしても」
「?」
歩きながらも口元に指を添え難しい顔をするグリューネさんに対し
私は次に紡がれるであろう言葉を黙って待った。
「わたくし達、どうして喧嘩しちゃったのかしらねぇ?」
「…」
「不思議ねぇ…」
「…えー…」
一難去って、また一難。
やっぱりグリューネさんとの二人旅は前途多難だ。
岩を砕く大きな波。
覚束なくなる程の強い風。
穏やかと言うには程遠く、海は酷く荒れていた。
まるで俺達を歓迎していないかのように。
「海が荒れているな…」
「…でも、怒ってる時とは何か違う…」
俺と同じ事を思ったのだろう。
クロエは白波を立てる海を見ながら言葉を発した。
シャーリィは寂しそうに目を伏せ首を振る。
シャーリィが目を伏せた理由が知りたくて、俺はもう一度海を見た。
ザアア…と聞こえる波音が、何処か泣いているように聞こえる。
「…グー姉さんもも、一人で大丈夫かな?」
波が引いたと同時、ノーマの声が辺りに響く。
「…とても楽観視は出来ない。早く見つけないと危険だ」
「シュヴァルツっちゅうんは、得体の知れない奴じゃからのう」
いつものモーゼスなら「楽勝じゃ!」と何の根拠もなしに言いそうではあるが
今日に限ってはやけに弱気…と言うよりも慎重だ。
「…けど、」
冷静なモーゼスの判断に頷こうとした時、誰か別の者の声がそれを遮る。
そこには、モーゼス以上に冷静なジェイの姿があった。
「思い返してみると、僕達が動きを封じられた中で
グリューネさんとさんは動いてましたよね?」
ジェイの言葉に皆が目を見開いた。
勿論それは俺もだ。
そう言えば、シュヴァルツを目の前に動けなくなった時
は俺の名前をとても近くで呼んでいた気がする…。
「…言われて見れば、確かに動いてたな」
「それも、凄く自然に…」
あの時は必死で気付かなかったけど、今考えてみれば確かにおかしい。
シュヴァルツが人を選んでいたのか…?
いや、相手の言動を考えるにそれはない。
なら、グリューネさんとに特別な力があるのだろうか。
「二人の謎が、また一つ増えましたね」
事の真相はジェイにも分からないのだろう。
ハア、と大袈裟に溜め息を吐き肩を竦めてはいるものの
解決出来ない謎を目の前に眉間の皺は消えていなかった。
「と、とにかく!今はグー姉さんを探すのが先!」
いつまでも突っ立ってる俺達に対しノーマは両手を振り回し奥を指差す。
大きく口を開き俺達を待つ祭壇の入口に視線を向ければ、冷たい潮風が頬を掠めた。
「シュヴァルツの居場所を特定出来れば、グリューネさんも必ずそこに現れるはずだ」
「オウ!姉さん、待っちょれよ!」
「ぜ〜ったい追いつこ〜ね!」
グッと握り拳を作るモーゼスとノーマを見て、俺も負けじと気合を入れる。
「ああ、絶対にだ。絶対に追いついてみせる!」
決して諦めない。
例え相手が大いなる存在だとしても、仲間の為を想えば怖くはなかった。
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修正:14/01/16