射し込む陽の光に目が眩んだ。
光に導かれるよう足を一歩踏み出し外へ出る。
磯の香りが体を包み、木の葉の音がはっきりと聞こえた。
そして光に慣れた頃、俺達の目に見えた物は。
…空気中を漂う、尋常ではない量の黒い霧。
「なに、これ?風が真っ黒だよ…」
「この霧は…!」
「ッオイ、あそこ!」
指差したのは祭壇の中央。
木の葉が擦れる音に混ざり、魔物の鼻息と唸り声が聞こえる。
殺意を剥き出す魔物からは霧が溢れ出し、赤い瞳が俺達を睨んだ。
「まさか、こんな所で霧の魔物と出会うとはな…」
「俺達の行動をシュヴァルツに読まれているのか?」
「えぇ、単なる偶然とは思えません…」
「そんなんどっちでもええじゃろ!やる事はどうせ一緒じゃ!」
モーゼスの槍が魔物目掛けて飛んでいく。
「モーすけの言う通りだよ!アイツをやっつける、これで決まり!」
相手の出方も待たずにノーマは詠唱を始め
前衛の俺達は相手の動きを見つつ間合いを詰める。
「…来るぞ!」
そう叫んだと同時、出すか出すまいか悩んでいた魔物の足が一歩前へと飛び出した。
ズゥン、と大地が揺れ、体勢を崩しそうになりながらも相手に向かい走り寄る。
「時間がありません!さっさと終わらせましょう!」
「あぁ、分かっている!」
空高く飛んだジェイは相手の背中に苦無を突き刺し、術で敵の皮膚を焼いた。
傷口から霧が溢れ、視界が悪くなる。
何も見えぬ状況の中、不意を突く相手の攻撃を必死にガードし
赤く光る眼を目印に何とか反撃繰り出した。
「リザレクション!!」
相手の姿が見えないのは、それ程困った事じゃない。
むしろ一番戸惑ったのはこれだった。
いつもと同じブレスが体の傷を癒していく。
だけどいつもとブレスを唱える者が違うのだ。
敵が雄叫びを上げ空気を揺らそうとも、
自分とは比べ物にならないデカい足が振り下ろされても、
怯まず向かう事が出来るのに。
この違和感だけは、戦闘が終わるまで拭う事が出来なかった。
の回復じゃなきゃ嫌だなんて、言っている暇はないのに。
「っ…これで、決める!!」
拳は、シュヴァルツへの怒りをありったけ込めて相手の体にめり込む。
相手の骨が折れる音が聞こえたと同時、勝利を確信した。
魔物は凄まじい量の唾液と血を撒き散らしながら声を上げた。
もう再起は無理だろう、とめり込む拳を勢いよく引き抜く。
相手は反撃を繰り出す事もなく、ズゥン、と大きな音を立て崩れ落ちた。
「…これで、邪魔モノは排除したな」
赤紫の血が付く頬を乱雑に拭き、息を吐いた。
「お疲れ様〜」とノーマが再び癒しのブレスを唱えれば、拳の痺れがスッと引く。
「サンキュ」
「いいえ〜じゃなくて悪うございました〜」
「…何も言ってないだろ」
「本当?顔、すっごく不満そうだけど?…ま〜無事で良かったよ!」
拗ねるよう口を尖らせたノーマからは全くと言って良い程怒りが感じられない。
むしろ、俺の不満そうな顔を見て楽しんでいるようだった。
「…では、滄我への語りかけを開始します」
海に一番近い場所へと歩を進め、
シャーリィはゆっくりと息を吸い目を閉じる。
「…」
小さな体で海を受け止めるシャーリィ。
その背中は微かに震えていた。
「…シャーリィ」
「リッちゃん、しっかり!絶対大丈夫だから!!」
「あぁ、私達が一緒にいる」
シャーリィの微かな変化に気付いたのは俺だけじゃない。
「何が起こっても、ワイ等が何とかしちゃる!」
「モーゼスさんには誰も期待してませんけどね」
「つまらん事言うんはその口か!」
「お前等…応援してるのか邪魔してるのかどっちなんだ…」
何をするにも喧嘩ばかりのジェイとモーゼス。
そんな二人に突っ込みを入れる、と言うお決まりの展開。
こんな大事な時に何やってるんだか、と溜め息を吐く俺。
前方からはふふっと控えめな笑い声が聞こえた。
「?シャーリィ?」
「ごめんなさい…何だかおかしくなっちゃって」
震えていた肩が上下に揺れ、シャーリィはもう一度「ごめんなさい」と言った。
張りつめられていた空気がゆっくりと解れていく。
「良かったなお前等、役に立ったぞ」
「ホントホント!二人のじゃれあいもたまには役に立つんだね〜!」
「その言い方、凄くむかつきますね…」
あからさまに嫌な顔をするジェイを見て、シャーリィは再び笑った。
そして大きく深呼吸をし、再び海を見つめる。
「…よし、頑張ろう」
もう、背中を震わす少女はいない。
今のシャーリィは陸の民を滅ぼす為ではなく、世界を救うと言う使命を持った
海に語りかけるメルネスそのものだ。
「お願い、滄我…」
シャーリィの声を合図に金色の髪が眩いくらいに光り出す。
風が吹いた訳でもないのに髪がフワリと大きく揺れて
元の色が分からなくなる程の蒼い光を放つ。
それと同時、倒れていた魔物は霧となり空へと消えた。
俺達はそんな現実離れした光景を目の前に、呆けるばかり。
「、魔物が…」
「凄い光だ…」
霧とは違う。
温かく、何もかもを包み込む海と同じ力。
「…」
静寂が続いた。
聞こえるのはシャーリィの心の声に反応し揺れる波の音だけ。
終わりを告げる合図はシャーリィの髪の色。
蒼色から金色へと戻り、フワフワと浮いていた髪が肩へと垂れる。
「シャーリィ…?」
控えめに声を掛ければ、シャーリは一度空を見上げ
くるりとこちらに体を向けた。
金色の髪の隙間、一瞬見えた瞳はとても綺麗で
小さな唇は弧を描き、俺達に真実を告げる。
「二人とも、光跡翼にいるよ」
柔らかな笑顔はシャーリィそのものだった。
滄我に乗っ取られた、あの頃のシャーリィとは違う。
「ふ、二人…二人って…」
「うん、グリューネさんとだよ。一緒に行動してるみたい」
「ヒョオオ!よっしゃあ!!」
二人が一緒にいる。
グリューネさんの居場所が分かったと同時、もう一つの気掛かりも消えた。
滄我が、教えてくれた。
滄我が、俺達の声に応えてくれた。
「滄我の声が、届いたんだな」
「うん、凄く穏やかだった」
やっぱり海は荒れていた訳じゃない。
きっと、今の世界を見て泣いていたんだ。
もう、俺達を滅ぼそうとしていたあの滄我はいない。
「それなら“猛りの滄我”って名前、変えないとね!もう猛ってないんだしさ!」
「確かにそうだな」
キラキラ光る海を見ながらノーマは言う。
ウィルは深く頷き顎に手を当てた。
「んじゃ、滄我ちんで」
提案して数秒、ノーマは深く考えもせずに何かを口にする。
敢えて何か、と言うのはそれが滄我の名前の一案だと考えたくないからだ。
「では、“大いなる滄我”でいこう」
「“では”って何!?繋がってないじゃん!!」
「大いなる滄我…良いですね」
「って無視かよ!!」
ノーマの発言を無視した事に気が付くと
シャーリィは申し訳なさそうに眉をハの字に下げ、苦笑を零した。
「でも、“大いなる滄我”は今の滄我に、ピッタリだと思うの」
そう言ったシャーリィの温かい笑顔を見れば
ノーマも文句を言う気はなくなるだろう。
「リッちゃんが良いならあたしも良いや!」と笑うノーマに対し
シャーリィは瞳をキラキラと輝かせ、「うん!」と元気いっぱいに返事をした。
とても、幸せそうだった。
長い間、ずっと見てきたどの表情よりも輝いている。
だけど、一瞬の休息すら時は許してくれない。
「…!」
「何だ…!?」
魔物が立てる地響きとは全く違う。
地面全体が揺れて、地表の奥深くが震えている、そんな感覚だ。
「この地震は…!」
揺れが大きく地面にへばりついているだけで精一杯だったが
しばらくすれば揺れも治まり、嫌な音も消え、無音の世界に戻る。
…今までの中で、一番大きな揺れだった。
「…もしや、シュヴァルツの影響か?」
ウィルの推測に対し、ジェイは迷いもせず「ええ」と答えた。
「それって…グー姉さんとの身に何かあったとか!?」
「ド畜生…姉さんが心配じゃ!はよ行こう!」
自分達の危険なんて屁でもない、と言わんばかりにモーゼスは拳を突き上げる。
俺もモーゼスの言葉に強く頷き自らの拳を握り締めた。
「光跡翼に向かいましょう」
「あぁ、あの二人に追いつくんだ!」
揺れる波の音に見送られながら、俺達は新たな目的地を目指す。
強靭な力へ立ち向かう為。
きっとそんな俺達を、大いなる滄我は見守ってくれるだろう。
「ここが一番奥みたいねぇ」
「…、うん」
扉と扉の僅かな隙間から漏れ出す黒い霧。
ここが霧の発生源だと、深く考えるまでもなく分かった。
…間違いなく、この奥にシュヴァルツがいる。
「行きましょう、ちゃん」
「…うん」
「行こう…グリューネさん」
願わくば、私の求める答えがこの手に収まらんことを。
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修正:14/01/16