地震の影響は思いの外酷かった。
歪んだ地形、崩れ落ちた壁、倒れた柱、いくつもの障害が俺達を襲う。

だけど完全に道が塞がっている訳ではない。
元々が一本道な分、迷う事もない。

この角を曲がり坂を登れば、二人に会える。





「よし、後はそこの坂を登れば…っ!?」





飛び出すように角を曲がり、目指す方向に視線を向ける。
瞬間、足がズサァ、と音を立て摩擦でコンクリートを削った。

ピリ、と足の裏が痺れる。
だけど痛みを訴えるはずの口は機能しないままだった。





「どったの!?セネ、セ…ネ…」





続けて角を曲がったノーマの言葉も、俺と同様不自然に途切れた。
いや、この光景を見て喋り続けられる方がおかしいだろう。

…今、目の前には何が広がっている?





「…何、これ…」
「ッ…!?」





酷い吐き気を覚えた。
グラリ、と視界が傾いた。

何で、どうして。
どうして、こんな形で再会しなければいけないのか。





「嘘、だろ…?」





黒い髪が、ハラリと頬へ落ちた。

大きな瞳は目蓋に隠され、かつて薄紅色だった唇は開いたまま。
そこから吐き出されているはずの息は…ない。

出血をしている訳でも、打撲痕がある訳でもない。
最後に別れた時とほぼ同じ姿で、少女は眠るよう…落ちている。

言葉通り、坂の手前で投げ出されたかのように、落ちていたんだ。





「ッ、!!」





ノーマは倒れている少女の名前を叫び、飛び出した。
ノーマの声を聞き、「ああ、これは俺だけに見えている幻ではないのか」と震えた。

今目の前に広がる光景は、間違いなんかじゃない。
本当に、が―――…





…―――が死んでいる。





震える体は怒りからなのか、恐怖からなのかは分からない。
だけど何かしらの感情が俺の全身を駆け巡る。





「おい、しっかりしろ!」
、聞こえる!?!!」
「っ、お願い…!これで…!」





ただ呆然と立ち尽くす俺とは違い
ウィルとノーマ、シャーリィは動かないを囲い治癒のブレスを唱える。

三人分の暖かい光に包まれても、は目蓋すら動かさなかった。

ブレスをどんなに長い時間掛けても
の唇が酸素を取り入れようと呼吸を開始する事はない。

ただただ、ブレスをかける三人の疲労が増すばかりだった。





「こんな事をしたのは、何処のどいつだ…」





背後から聞こえた恨めしい声。
声の正体はワルターだった。

殺気に満ちた瞳がギラリと光り
抑えていた感情が溢れたかのようにデルクェスが解き放たれる。

黒い翼は俺と同じ感情を纏い、今にも羽ばたこうとしていた。





「ただでは済まさん…ッ!!」





一人突っ走るワルターに「待て」と声を掛けるよりも先に
ワルターの前に立ち塞がったのはジェイだった。





「一人では危険です。先に行く事は僕が許しません」
「ッ貴様…!!」
「貴方の役目は何ですか」





淡々と言葉を述べるジェイだが、その瞳はワルターと同様殺気に満ちている。
それはワルターに対しての怒りではない。
恐らく気持ちは俺やワルターと同じだ。





さんをここに置いて行くのが貴方の使命なんですか?」

「仕えるべき主人が死んだら貴方は放って置くんですか?」

「…彼女を守るのが貴方の役目なら、さんを背負い坂を登るべきです」





二人の間に沈黙が広がる。

そこからまた数分沈黙を重ねた後、
ワルターは黒い翼を仕舞い倒れたへと近付いた。

ジェイに返事をする事はなかったが、納得した上での行動だろう。





「おかしい…おかしいよっ!!」





二人のやりとりが終わったと同時、ノーマの声が辺りに響く。
響く、と言うよりは劈くと言った方が正しかっただろう。





「三人がかりでブレスをかけてるのに、全然戻らない!!」
「そんな…!」
「戻らないどころか、掠り傷一つ治せないんだよ!!」





「今までならどんなに酷い怪我でも、ならすぐに治ってたのに…!」





「何でダメなの」、とノーマは混乱しながら叫ぶ。
その問いに答えられる者は誰もいなかった。

は怪我をしても、いつもへっちゃらだって笑っていた。

今だってパッと目を覚まし「おはよう」と能天気に起き上がりそうな気がして
絶望の中、ない期待をしてしまう俺がいる。





「これも、シュヴァルツの影響なんか…!?」





モーゼスの推測も的外れなものではないだろう。
だけどそれに「はい」と断言出来る者はいない。

ただただ何も分からないまま
ブレスを唱える三人の疲労だけが溜まっている。

シャーリィの額からは汗が落ち、ノーマはどうしてと叫び続け、ウィルの手が震えを増す。

昔、どんなにブレスを唱えても状況を変えられなかった時がある。
確か、あの時はどうなったのだろう。

どうする事も出来なくて、無力に嘆き絶望したんだ。
ステラを救えなかった時と同じように、今回も、俺は―――…。





「とりあえず先に行きましょう!グリューネさんが心配です!」
「あ…」
「グリューネさんまでそうなってしまったら、本当に僕達の手に負えなくなりますよ!」





ジェイの言葉を合図にブレスは止み
ワルターがを横から掬い上げるかのように持ち上げ、おぶる。

動作は俊敏であったがその手は何事よりも慎重だった。
これ以上壊れないように、細心の注意を払っているのが見ているだけで分かる。





「セネルさん、行きますよ」
「あ…あぁ」
「…グリューネさんとさん、二人を助ける為ですよ」
「っ…」





「勿論だ…!」





ここまで来たのは、二人に会う為だ。
二人の笑顔を見る為だけに走ってきたんだ。

シュヴァルツを倒し、嬉しそうに笑うに向かい、俺も笑って、平穏な日常が戻る。
そんな“誰かの笑顔を見たい”なんて細やかな願いまで、無駄にされてたまるかよ。















「…記憶亡き者が、如何なる用でこの地を訪れた」
「…わたくしは、あなたと戦わなければならない。その事だけは思い出せたのよね」





辺りはとても静かだった。





「そのような半端な覚醒で、我の前に姿を晒した事、後悔するぞ」
「後悔なんてしないわよ。わたくしが正しいと思う道ですもの」





わたくしの中に、今まで感じた事のない感情が沸々と湧き出す。





「…それに、後悔するのはシュヴァルツちゃんよ」





すんなり出て来た言葉は震えていた。
どうしてかしら、と考えなくても理解する事が出来た。





「わたくしの大事なちゃんを傷付けた事、お姉さんはぜ〜ったいに許さないんだから」
「…哀れな存在だな、グリューネよ。子の為に我を忘れ怒りに震えるか」
「そんな事しないわ…でも、怒ってるのは本当よ」





長い沈黙がわたくし達を取り巻く。

わたくしはこの沈黙の中、
何となくだけどシュヴァルツちゃんが次に紡ぐ言葉を分かっていた。

…まるで遥か昔から、何度も同じ言葉を聞いているみたいに。





「…事態が如何なる方向へ変わろうと、道は変えられぬか」
「それは貴女も、同じなのでしょう?」
「…」





「言葉は無意味だ…始めようか」





そして今、ゆっくりと幕が上がる。










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修正:14/01/16